アメリカ生まれの「江戸前」: 千葉の新名物ホンビノス

文化 環境・自然

かつてアカガイ、バカガイ、アサリなど東京湾で採れた貝類は埋め立てや東京湾の水質悪化で漁獲量が急減した。代わって、太平洋を渡ってやってきた「ホンビノス」が東京湾の新名物になりつつある。

握りずし、天ぷら、うなぎの蒲焼——日本の食文化を代表するこれらの料理は、江戸時代、江戸城の前に広がる遠浅の豊かな内湾からもたらされる恵みを使って考案され、長い年月をかけて洗練されてきたものだ。

日本は、これらの料理を生んだ江戸前の海を犠牲にすることで高度経済成長を遂げた。1960〜70年代にかけて、大規模工場や港湾施設、流通施設の建設のために海岸線が埋め立てられ、川から流れ込む生活排水で海は汚染され、多くの生き物がいなくなり、異臭の漂う東京湾は「死の海」とまで呼ばれた。

埋め立てのピークを過ぎると、今度は埋立地の前面に人口の砂浜を整備し、環境再生、自然の復元に力が入れられるようになった。幕張海浜公園、お台場海浜公園は都会の生活に潤いをもたらす場として、多くの人でにぎわう。葛西海浜公園のなぎさは野鳥の飛来地として知られる。

2000年代に入ると、工場・流通施設から商業・居住地域へと臨海部の再開発が進み、オフィスビル、タワーマンションが立ち並ぶようになった。2020年の東京五輪・パラリンピックに向けても臨海部に多くの競技会場が建設される。

姿を消した貝類

では、「江戸前」の食材どうなっているのだろう。

東京湾では、1960年代をピークに漁獲量が激減した。そう聞くと、海が汚れて魚がすめなくなった、と思いがちだ。もちろん間違いではない。しかし、統計を見ると漁獲量が激減したのは、魚というよりも貝類であることがわかる。壊滅的ともいえるダメージだ。

江戸前の鮨(すし)に欠かせない、蛤(ハマグリ)、赤貝(アカガイ)、鳥貝(トリガイ)、青柳(バカガイ)、平貝(タイラギ)といった貝類。流通が発達した現在では、全国各地から豊洲の市場に集まってくるが、かつては、みな東京湾で豊富に採れたものだ。

かつて東京湾で豊富に採れた貝類で握ってもらった。左上から ………。ここにないホタテ、北寄貝、ツブ貝といったネタはどちらかというと新参者。
かつて東京湾で豊富に採れた貝類で握ってもらった。中央がひもきゅう(赤貝のヒモとキュウリ)、左上から時計回りに鳥貝、本ミル貝、青柳(バカガイ)、小柱、平貝、白ミル貝、煮蛤(ハマグリ)、赤貝。ここにないホタテ、ホッキ、ツブ貝などは鮨ネタとしては新参者

鮨だけではない。例えば、千葉駅の「やきはま弁當」(万葉軒)。1940(昭和15)年に販売開始されたこの駅弁は、潮干狩りや海水浴客相手に販売されていた甘辛いタレで串焼きにしたハマグリを、ご飯にのせてほしいというリクエストに応えて誕生したものだ。

現在でも定番の駅弁として販売されているが、残念ながらハマグリは東京湾産ではない。コスト的にとても成り立たないからだ。
今も人気の「やきはま弁當」は、80年近く販売当初からのスタイルを維持しているという

現在でも定番の駅弁として販売されているが、残念ながらハマグリは東京湾産ではない。コスト的にとても成り立たないからだ。

アメリカ生まれの貝がすみついた

埋め立てや水質汚染の影響で、豊かな海からまずアカガイ、サルボウガイ(別名モガイ、アカガイより一回り小さい二枚貝)がいなくなり、続いてハマグリが消えた。減少しつつも東京湾の採貝漁の中心だったアサリが激減したのが10年前である。船橋漁協の統計では、2006年に1万100トン採れていたのが、翌07年326トンにまで激減。それ以降、復活することなく、ここ数年は16年0.5トン、17年338トン、18年76トンと低レベルで推移している。

多くの貝類が採れなくなってしまった中で、元気のいいのがホンビノスガイ漁だ。

ホンビノスは、米国ではクラムチャウダーの具材としてお馴染みの食材。日本で初めて確認されたのは1998年、千葉県の人口海浜・幕張の浜だった。コンテナ船などの船舶がバランスを取るために積んでいるバラスト水に混じって東京湾にやってきたと考えられている。

東京湾奥部では、河川などから流れ込む栄養分をバクテリアが分解するために大量の酸素が消費され、水中の酸素量が極端に低下する貧酸素水塊が出現しやすい。一般的には貧酸素状態は水生生物の生存に致命的な影響を及ぼすが、ホンビノスは貧酸素に強い耐性を持つことから、東京湾内で生息域を広げている。

漁が行われている「三番瀬」は、江戸川放水路の河口、市川と船橋の沖に広がる東京湾奥部に残された数少ない干潟だ。海から陸を眺めるとディズニーランドや高層ビル。こんな都会の真ん中の海底に食べられる貝がいるのかと思うと、少し不思議な気分になる。

「うまいぞ、これは」

1990年代の終わり、千葉県市川市行徳漁協の貝漁師・澤田洋一さんは、見慣れない白くて大きな貝が増えていることに気が付いた。県の水産試験場に持ち込むと、北米などに広く分布するホンビノスだと判明した。

「澤一丸」船主・澤田洋一さんは三代目の漁師。かつてはアサリ漁が主だった。
「澤一丸」船主・澤田洋一さんは三代目の漁師。かつてはアサリ漁が主だった

「アメリカでは食用になっていると教えてもらったけど、最初食べたときは、ちょっと怖かったね。でかいしさ、見たことないしさ。試しに電子レンジでチンしてみたの。おっかなびっくりだよ。大きいから半分に切って食べてみたんだけど、これが結構うまいんで、友達の漁師にも、おい、これ食えるぞって」(澤田さん)

ハマグリやアカガイ、サルボウガイなども混じることもあるが、ほとんどがホンビノスガイだ。
ハマグリやアカガイ、サルボウガイなども混じることもあるが、ほとんどがホンビノスだ

本格的にホンビノス漁が始まったのは、2000 年代中頃。漁場の水深は2メートルほど。アサリと同じ漁法で、「大巻」と呼ばれる柄のついたステンレス製の網カゴを船の上から海底に下ろし、砂泥がカゴの中にたまらないように柄をゆらしながら、海底10センチほどを掘り進んでいく。減少したアサリに変わるものとして期待されたが、なにせ見慣れぬ外来種、販路の開拓はすんなりとはいかず、「白ハマグリ」「大ハマグリ」といった呼称で流通していた時期もある。

しかし、食べてみれば美味しい貝。漁協を中心にした朝市などでのPR 活動によって、船橋市内でもホンビノスを提供する飲食店がだんだんと増え、メディアに取り上げられる機会も多くなった。認知度はじわじわと上がり、2017 年、千葉県は「三番瀬産ホンビノス貝」として「千葉ブランド水産物」に認定。現在では日本各地へ出荷されている。

2008年194トンだった漁獲量は、販路も広がったこともあり、ここ3年は16年1333トン、17年1511トン、18年1676トンと順調に伸びており、最近では若手漁業者の新規参入も見られる。

盛況だったクラムチャウダー選手権

2019年2月には、船橋漁港で「第1回日本クラムチャウダー選手権」が開催された。居酒屋、レストラン、ラーメン店など地元の13軒の飲食店が、三番瀬産ホンビノス貝を使って、オリジナルのクラムチャウダーを1杯300円で提供した。食べた人がお気に入りの一杯にスプーンを「投票」して、最優秀チャウダーを選ぶ仕組み。午前9時の開場とともに、大勢の人が詰め掛け、10時前に完売してしまうお店もちらほら。

13種中、制覇できたのは6種だけど、とても満足。
クラムチャウダー選手権で筆者が制覇できたのは13種中の6種だったけれど、とても満足

オーソドックスな生クリームを使ったボストン風から、マンハッタン風のトマト味(といっても味噌が隠し味だったりするから楽しい)。船橋特産の小松菜を使ったグリーンのチャウダー。タイ風のココナッツミルク味(パクチーもトッピングできる)。魚のつみれが入ったもの……と、まさにクラムチャウダーのダイバーシティ。バラエティーに富んだ味なので、何杯食べても飽きが来ない。個人的には千葉の名産品・ピーナッツを加えたチャウダーが絶品だと思った。

「ホンビノスを船橋の名物にして、全国に広めたいと仲間とノリで始めたようなもの。船橋漁港に3000人もの人が集まってきたのを見たのは、40年生きてきた中で生まれて初めて」――イベント実行委員長を務めた内海金太郎さんは、ホンビノスのポテンシャルの高さに確信を持ったようだ。

実行委員長の内海金太郎さんは、船橋で海産物卸売会社「かねはち水産」を営む若き経営者
実行委員長の内海金太郎さんは、船橋で海産物卸売会社「かねはち水産」を営む若き経営者

イベントが開催された2月は真冬の寒さだったが、大混雑にも殺気立った雰囲気はなく、みんながクラムチャウダーでほっこりと温まるのを楽しんでいるようだった。

東京湾の干潟のほとんどは埋め立てられ、海岸線はコンクリートの護岸で覆われてしまった。このままではいけないと、生態系の復活を目指し、人工干潟や人工海浜も試みられ、成功もしつつある。とはいえ、東京湾全体を再生するのは至難の技だ。かつての「江戸前」を取り戻すことは厳しいだろう。

その代わり、太平洋の向こうからやってきた新顔のホンビノスを受け入れ、新しい食文化を生み出していくことも、国際都市となった東京の新しい「江戸前」の在り方かもしれない。皆さんも、スーパーなどで見かけたら、ぜひ味わってみてほしい。そして、大都会の海という極めてユニークな東京湾と、そこに生きる生き物に少しでも関心を持っていただけたらと思う。

バナー写真 : 三番瀬(PIXTA)

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