沖縄と台湾の絆を強めた超未熟児:がじゅまるの家の小さな国際交流

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沖縄県南部で、治療の必要な子どもや妊産婦、その家族を支援するために設立された「がじゅまるの家」。2017年3月、新婚旅行で沖縄を訪れ、緊急出産することになった台湾人夫妻を支えた。

旅行中の緊急出産で800万円の請求

2019年4月初旬、那覇市に隣接する沖縄県立南部医療センター・こども医療センターのすぐ近くにある宿泊施設「がじゅまるの家」で、台湾からやってきた2歳の男の子が元気に走り回る姿に、スタッフが目を細めていた。

男の子は、台湾南部の高雄市に住む李詩縁(リーシーエン)さん、鄭吉倫(ツェンチールン)さんの長男・竣鴻(チュンホン)ちゃん。生まれて間もない時期に2カ月ほどを親子3人で「がじゅまるの家」で過ごしたので、2年ぶりの「里帰り」だった。

李さん鄭さんは17年3月、2泊3日の新婚旅行で沖縄を訪れた。李さんは当時、妊娠7カ月。臨月まではまだ余裕があったが、長距離移動がたたったのか、旅の疲れなのか、突然、破水して、新生児の高度医療対応施設であるこども医療センターに緊急搬送されて出産した。赤ちゃんはわずか886グラムの超未熟児だった。

旅行保険には入っていたものの出産は対象外で、分娩費に加えて、新生児集中治療室(NICU)の入院費や滞在費など合計800万円も負担しなければならなくなった。結婚したばかりの若いカップルにはそんな蓄えもなく、赤ちゃんが生まれた喜びに浸る間もなく、どうしていいのか途方に暮れるしかなかった。

そんな2人を支えようと立ち上がったのが、沖縄県に住む台湾出身者のネットワーク「琉球華僑総会」(張本光輝会長)だった。当初は会員に寄付を募ったが、地元新聞社などを通じて幅広く県民にも協力を求めた。

沖縄本島と台湾の距離は約630キロ、飛行機でわずか90分ということもあり、LCC(格安航空)の路線が充実し、相互の行き来が盛んだ。国内外から沖縄を訪問する観光客の1割に相当する90万人が台湾からの観光客ということもあり、最も身近に接する機会の多い外国人でもある。「台湾の若いカップルを支えたい」「未熟児として生まれた赤ちゃんを応援したい」という善意が積み重なり、寄付額は1カ月余りで必要額の倍以上の2000万円に達し、李さんは無事に病院への支払いをすることができた。その後、李さんと鄭さんは、赤ちゃんの体重が1500グラムを超えるまで約2カ月間、「がじゅまるの家」で過ごしたのだ。

李さんと鄭さんの今回の沖縄旅行は、寄付に協力するなど滞在中に2人を支えてくれた人たちや、2カ月間を過ごした「がじゅまるの家」のスタッフたちに未熟児で生まれた竣鴻ちゃんが元気に育っている姿を見せ、お礼の気持ちを伝えるためだった。

離島の病児を支える「がじゅまるの家」

沖縄県や鹿児島県の奄美群島地域では、高度医療が受けられる病院が限られているうえに、交通の便も十分ではない。離島や県北部から通院や入院治療する病児とその家族が、「経済的な負担は小さく、家庭的な雰囲気の中で安心して滞在できる施設を」との思いから「がじゅまるの家」は開設された。食事の提供はないが、キッチンで自炊することができ、宿泊費は1200円と格安だ。

子ども医療センターは沖縄県内に限らず、奄美大島、徳之島など鹿児島県の奄美群島域からの患者も広く受け入れているため、「がじゅまるの家」も、沖縄県外の利用者が半数近くを占めるという。また、ここ数年増えているのが、外国人の利用だ。

多言語表記のパンフレット。沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)の助成で作成した、2019年4月4日午前、沖縄県南風原町の「がじゅまるの家」(筆者撮影)
多言語表記のパンフレット。沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)の助成で作成した、2019年4月4日午前、沖縄県南風原町の「がじゅまるの家」(筆者撮影)

沖縄県のまとめによると、2018年度に訪れた外国人観光客は300万800人で、来沖する観光客全体のほぼ3人に1人に達する。数が増えれば、旅行中に病気になったり、けがをしたりする人も増える。4~5年前には、李さんと同じように、ルクセンブルク在住のフランス人女性が旅行中に出産し、夫と共に4カ月間、「がじゅまるの家」に滞在したことがあった。また、離島域には、結婚移民として来日したフィリピン人女性やベトナム人女性が多く、彼女たちが出産する際にも、「がじゅまるの家」を利用することがある。

4、5年前にルクセンブルクから沖縄を旅行中に出産したフランス人女性から届いた礼状。赤ちゃんの成長ぶりが分かる写真は、「がじゅまるの家」のスタッフにとって励みになる、2019年4月4日午前、沖縄県南風原町の「がじゅまるの家」(筆者撮影)
4、5年前にルクセンブルクから沖縄を旅行中に出産したフランス人女性から届いた礼状。赤ちゃんの成長ぶりが分かる写真は、「がじゅまるの家」のスタッフにとって励みになる、2019年4月4日午前、沖縄県南風原町の「がじゅまるの家」(筆者撮影)

利用者の中には、日常的な会話には困らない程度に話せる人もいるが、込み入った話は難しいため、スタッフが知り合いのつてを頼って通訳のボランティアを探すことも珍しくない。「がじゅまるの家」の運営を受託するNPO法人こども医療支援わらびの会の儀間小夜子事務局長は「言葉が十分に通じないところで病院にかかるのは不安な気持ちが大きいものです。母国語で、少しでもおしゃべりができたら、少しは気も紛れると思うのです」と話す。

「同じ釜の飯」で小さな国際交流

「がじゅまるの家」での食事は近くのスーパーなどで食材を買ってきて自炊するのが基本。調理したら共同スペースで食べるのがルールだ。病児を抱えていると、どうしてもマイナス思考に陥りがちだが、一緒に食卓を囲めば、つらいのは自分だけではないと気付き前向きに考えるきっかけにもなるし、情報交換もできる。

利用者間のコミュニケーションを重視したルール。食事は食堂で食べることになっている、4月4日午前、沖縄県南風原町の「がじゅまるの家」(筆者撮影)
利用者間のコミュニケーションを重視したルール。食事は食堂で食べることになっている、4月4日午前、沖縄県南風原町の「がじゅまるの家」(筆者撮影)

外国人が滞在していると、食堂は即席の国際交流の場となる。言葉は通じなくとも、病気の子どもを抱えた親同士、身振り手振りやスマホの翻訳アプリに助けられて、お互いに励まし合うのだ。不安に押しつぶされそうになっていた人に、笑顔が戻る瞬間だ。

沖縄本島から400キロ余り離れた石垣島に住む高橋朋代さんも、李さん・鄭さん夫婦と同じ時期に、息子の琉太(るうた)君の通院のため、がじゅまるの家を利用していた。会話は漢字の筆談とスマートフォンの翻訳アプリが頼りで、完璧なコミュニケーションが成立しているわけではなかったが、毎日、顔を合わせて、時には得意料理をお裾分けしあううちに仲良くなった。一緒に買い物に出て、高橋さんが、日本語が話せない李さんのサポートをすることもあった。

旅先で出産した娘を気遣い、李さんの母親が台湾からやってきた時には、台湾でポピュラーなお焼き「葱油餅」を作るのに、息子の琉太くんも加わり、異国の味に舌鼓を打った。

李さんは、当時を振り返って「がじゅまるの家では、自宅で過ごすような日々で、家族以上に親身になって優しくしてもらった」と改めて、感謝の気持ち伝えた。一家の再訪の時期に、たまたま石垣島から沖縄本島に来ていた高橋さんも、超未熟児だった竣鴻ちゃんがやんちゃに成長している様子を見て「大きくなったねぇ」と嬉しそうだった。血はつながっていないけれど、もはや、他人ではない―そんな関係が知らず知らずに築かれていた。

冒頭で紹介した竣鴻ちゃんのために集まった寄付金は、1100万円以上の剰余金が生じた。華僑総会は、多くの人の善意を無駄にはしたくないと、県に寄託し、外国人観光客の医療支援に役立ててもらうことにした。見ず知らずの赤ちゃんを助けたいと集まった善意は、沖縄と台湾の絆を深め、さらに、まだ見ぬ誰かへと引き継がれる。

参考文献

  • 「わらびの会 10周年記念誌」(わらびの会、2017年)
  • 「ファミリーハウスがじゅまるの会10周年記念 がじゅまるの家のたからもの」(わらびの会、2018年)
  • 「特集 沖縄・先島地域のトランスナショナルな移動と社会関係―フィリピン人女性を中心に―」(琉球大学沖縄移民研究センター「移民研究」第11号、2016年)
  • 「特集 島嶼への結婚移住をめぐる比較研究―フィリピン人を中心に」(琉球大学沖縄移民研究センター「移民研究」第15号、2019年)

バナー写真=沖縄で出産した長男の竣鴻(チュンホン)ちゃんを抱き、夫の鄭吉倫(ツェンチールン)さんと共に「がじゅまるの家」を再訪した李詩縁(リーシーエン)さん(左端)。高橋朋代さん(右2人目)や儀間小夜子事務局長(右端)と再会した、2019年4月4日午前(筆者撮影)

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