日本のマンガを多角的に紹介:大英博物館で国外最大規模の展示

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日本国外では最大規模の漫画展が5月23日から大英博物館で開催される。漫画が日本でどのように生まれ、アニメ、ゲーム、コスプレといった文化現象として世界中にいかに広まっていったのか、担当キュレーターに聞いた。

5月23日から8月26日までロンドンの大英博物館で日本の漫画をテーマにした「The Citi Exhibition Manga」展が開催される。約50人の漫画家の70作品余りが展示される。日本国外で開催される漫画展としては過去最大規模で、大英博物館内でも有名なセインズベリー・エキシビジョン・ギャラリーを会場として使用するのは、日本関連の展覧会では初めて。さらに、現役アーティストの作品を中心に紹介する展覧会は大英博物館にとって初の試みだ。

今年はラグビーワールドカップが日本で開催、来年は東京五輪・パラリンピックが開かれる。この時期に漫画展を開催することは、日本にとってまさに良いタイミングだとキュレーターを務めるニコール・クーリッジ・ルスマニエール氏は言う。漫画展が日本と英国の文化交流の幕開け的存在になるからだ。

今回の漫画展は1990年代半ばから2000年代前半生まれのジェネレーションZ(Z世代)と呼ばれる若者をメインターゲットにしているが、「大英博物館によく足を運んでくれる50代、60代の方々も含めて、全ての世代に楽しんでもらえます。普段、漫画を読まない人でも、漫画に詳しくなり、漫画とは何かがきっと分かると思います」とルスマニエール氏は語る。

展示は6つのゾーンで構成される。まず、玄関ホールに進むと、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』をテーマにした作品が飾られている。展示が本格的に始まる前から、来場者は漫画の存在を感じることができるのだ。『不思議の国のアリス』をはじめとした、ルイス・キャロルの作品はジョン・テニエルがイラストを描いており、日本の漫画、アニメ、ゲームに大きな影響を与えたと言われている。また、ルイス・キャロルの作品は日本語にも翻訳されている。三島由紀夫が『不思議の国のアリス』を翻訳し、最近では草間彌生が挿画を手掛けた『不思議の国のアリス With artwork by 草間彌生』も出版された。

星野之宣『アリス』(©小学館)
星野之宣『アリス』(©小学館)

最初のゾーン「The art of manga(漫画という芸術)」では、初心者でもわかるように、漫画の描き方や読み方など、基本的なことを紹介する。こうの史代による、12世紀の絵巻物鳥獣戯画を現代風にアレンジした4コマ漫画『ギガタウン 漫符図譜』のウサギのキャラクターが登場し、漫画特有の表現記号の読み方を教えてくれる。

ゾーン2「Drawing on the past(過去から学ぶ)」では漫画の歴史を解説。大英博物館を舞台にした星野之宣による『宗像教授異考録』に収録された『大英博物館の大冒険』を電子書籍で読むことができるほか、今年3月末で閉店した東京・神保町の老舗漫画専門店「コミック高岡」の内部を撮影した写真も飾られ、まるで書店の中にいるかのように感じる。

星野之宣『大英博物館の大冒険』(©小学館)
星野之宣『大英博物館の大冒険』(©小学館)

ゾーン3「A manga for everyone(全ての人に漫画を)」は、来場者に自分のお気に入りの漫画を見つけてもらうゾーンだ。スポーツ、冒険、SF、ラブ、エロス、ホラーなどさまざまなジャンルの漫画を展示する。

ゾーン4「Power of manga(漫画の力)」では、漫画と社会の関わりがテーマで、漫画ファン、コミケ、コスプレが社会に及ぼす影響を探る。

ゾーン5「Power of line(漫画家が描く線の力)」では、過去の作品から現代の作品までバラエティに富んだ作品を展示する。その一つが、1880年に画家の河鍋暁斎が描いた「新富座妖怪引幕」だ。長さ17メートルに及ぶ巨大な引幕には、妖怪と幽霊が描かれており、今にも作品の中から飛び出して来場者にまとわりつきそうな気配さえする。

「新富座妖怪引幕」をじかに見るとその巨大さに圧倒される。(©早稲田大学演劇博物館)
「新富座妖怪引幕」をじかに見るとその巨大さに圧倒される。(©早稲田大学演劇博物館)

最後の展示エリアとなるゾーン6「Manga: no limits(広がる漫画の世界)」では、前衛的な作品、ゲーム化された漫画などを紹介し、国際的な漫画の広がりに焦点を当てる。

先入観を覆す

英国では漫画に対する社会的評価が低い。「漫画は子ども向けのもので、テレビで見るものだと考えている人が多いです。でも実は視覚的に物語る奥深いものなのです。特に歴史の主流にいなかった人々、歴史に埋もれてしまった人々にとってはそうです」とルスマニエール氏は語る。

2011年3月の東日本大震災での地震、津波、福島第一原発の事故から影響を受けた作品も展示される。竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』も紹介されるが、この作品は作者自身が福島第一原発で働いた経験を基に描いた作品だ。他にも、震災をテーマにしたしりあがり寿の作品も展示される。しりあがり自身、何度も被災地を訪れたという。

昭和天皇の一生を描いた、能條純一の『昭和天皇物語』もインパクトの強い作品だ。今回の漫画展のインタビューで、能條はなぜ天皇を題材にした漫画を描こうと思ったのかについて答えている。2006年公開の英国映画『クイーン』は、主演のヘレン・ミレンがエリザベス女王を演じ、ダイアナ妃が事故死した当時の混乱した英国王室の裏側を描いている。能條はこの映画からヒントを得て『昭和天皇物語』を描くことを思い付いたという。

ルスマニエール氏は「日本のテレビや映画では、映画『クイーン』と同じような切り口で皇室や天皇を取り上げることは難しいと思います。でも漫画でなら表現できます。書き言葉よりビジュアルのほうが、時として訴える力が強いことがあるからです」と分析する。

「英国の漫画ファンの中には、漫画を読むことで、自己アイデンティティーを確立し、自分自身を見つめなおす人もいます。漫画がその人の肉体的・精神的成長に大きな影響を与えているのです。漫画を軽く見る人もいますが、この漫画展には実に深い意味があるのです」

海外の漫画の影響と変化

日本の漫画の歴史を振り返ると、西洋のコミックと互いに影響を及ぼしあってきたことが分かる。例えば、漫画の神様・手塚治虫が、米国ディズニーのキャラクターで描かれる大きな目を、自身の作品に取り入れたことはよく知られている。後に手塚の漫画『ジャングル大帝』が『キンバ・ザ・ホワイト・ライオン』のタイトルで、米国で放映された。

フランスの漫画界の巨匠といわれるメビウス(本名ジャン・ジロー)は、大友克洋浦沢直樹宮崎駿をはじめとした日本の漫画界に多大な影響を与えた。現代のデジタルテクノロジーの発達により、国を超えた交流がより盛んになってきており、今回の展示会でも、松本大洋とフランス人漫画家ニコラ・ド・クレシーのコラボレーション作品も展示される。「今後、もっと多くの交流が生まれると思います」とルスマニエール氏は言う。

その一方で、デジタルテクノロジーの発達は漫画を根底から変えようとしている。日本では漫画本の売り上げが減少しているが、今回の漫画展では、来場者は漫画を無料で携帯電話にダウンロードできるようになっている。

「漫画はますますデジタル化されています。今まではビデオゲームはゲーム機でやる。漫画は漫画本を読む、というように異なるツールで行っていましたが、これからはゲームも漫画も同じツールの携帯電話で楽しむ時代になるでしょう」とルスマニエール氏は言う。

萩尾望都の代表作『ポーの一族』の原画が展示される(©小学館)
萩尾望都の代表作『ポーの一族』の原画が展示される(©小学館)

漫画を通して見る新しい世界

ルスマニエール氏に来場者に望むことを聞いた。「とにかく、漫画を楽しんでもらい、何か新しいことを発見してもらいたいです。そして自分のお気に入りの漫画を見つけてくれたら嬉しいです」

「そして、漫画がいかに私たちの身の回りの生活に密着しているかに気付いてほしいです。例えば町でよく見かける広告。これも実は漫画の影響を大きく受けています。今回の漫画展を見て、今まで気付かなかったことに気付き、世界が少し違って見えるようになると良いですね」

(原文英語。取材・文=トニー・マクニコル。取材協力=大英博物館。バナー写真=漫画展のキービジュアルに選ばれた『ゴールデンカムイ』©野田サトル/集英社)

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