忘れられない「台南駅のトイレのにおい」——12人の「台南通」が明かす台南の尽きない魅力

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12人のアーティストが台南の魅力を語る

台湾南部・台南に、筆者は足かけ8年暮らしている。不思議な魅力のあふれる町で、何年たっても、飽きがくるどころか、台南への探究心は強くなる一方だ。また数多くの地元の人たちや旅人たちと出会い、親交を結んできた。彼らとお茶を飲みながら話したり、連れ立って町を歩いたりするたびに、台南の新たな一面を発見するのだ。

 『遊步台南  12位藝術家的台南慢時光』
『遊步台南  12位藝術家的台南慢時光』

今回、台南をこよなく愛する友人たちと台南について語り合った事を、一冊の本にした。『遊步台南  12位藝術家的台南慢時光』(皇冠文化出版)という書名で、2019年6月に台湾で出版した。各界で活躍中の台湾人6名、日本人6名、総勢12名のアーティストが、それぞれ5カ所ずつお気に入りの場所を訪ね、筆者と交わした対話の内容に多数の写真を添えた本だ。歴史や飲食文化、伝統工芸、さらには地元の特徴ある人々が送っている肩肘張らないライフスタイルなど、台南のさまざまな表情を描き出すように努めた。

協力してくれたアーティストは、映画監督の魏徳聖さん、シンガーソングライター謝銘祐さん、書道家の陳世憲さん、美術修復師の蔡舜任さん、茶人であり詩人でもある「十八卯茶屋」のオーナー葉東泰さん、カメラマンで民宿「屎溝墘客廳」を経営する蔡宗昇さん。日本人は作家・歯科医・舞台女優の一青妙さん、台湾で大活躍中の女優大久保麻梨子さん、ギタリストの大竹研さん、台南に関する著書があるイラストレーターのヤマサキタツヤさんと佐々木千絵さんだ。

トイレのにおいは時空の連結点

台南郊外の旧永康市で生まれ育った魏徳聖さんは興味深い思い出話をたくさん聞かせてくれた。魏さんが選んだスポットの一つは「台鉄台南駅」。特に思い入れが強いのが、なんと構内に漂う「尿のにおい」だという!

「中学生の頃から21歳までの間、アルバイトや空手の練習のために、ほとんど毎日台南駅を利用していた。台北に引っ越して、高鉄(新幹線)ができてからはめったに来ることがなくなったけれど、半年くらい前のある日の夜、久々にロビーで電車を待っていたとき、ふと気が付いたんだ。駅の建物も、そこに漂うにおいも、あの頃からまったく変わっていないと。そのにおいとは、つまるところトイレからロビー全体に漂ってくる尿の匂いだ。それは僕にとって、ある種の時空の連結点なんだよ。」

そういうわけで2017年の秋、魏さんと筆者は懐かしのにおいをひとかぎするべく台南駅を訪れた。ところがどうしたことか、いくら歩いてもそれをかぎつけることができない。ちょうど線路の地下化に伴う駅の大規模な改築工事が始まったばかりで、トイレの入り口は封鎖されていた。工事は2022年末まで続くそうだ。ぼくらは失意を胸に、もう一つのトイレで並んで用を足し、トイレの前で記念写真を撮った。

チャリティーライブで「音なき拍手」を聞く

過去に2千を超える歌を作詞作曲し、台湾で最も権威がある音楽賞の「金曲奨」で最優秀台湾語歌手賞を二度も受賞した台南在住の謝銘祐さんは、本書の中で、台湾で最初に築かれた港町・安平を中心に台南の歴史を語ってくれている。自らを「府城流浪漢」(台南のホームレス)と称する謝さんは、日々台南の路上を歩き回り、お年寄りと語り合い、この町の小さな物語を拾い集めて歌を作っている。

一方、大変温かい心を持つ人で、お年寄りに楽しんでもらうことを使命とするバンド「麺包車楽団」のリーダーとして、精力的に各地の老人養護施設や病院でチャリティーライブを行っている。この活動はもう十数年間続けていて、もらった感謝状は二千枚以上になるという。

「観客の多くは脳卒中のため、寝たきりで拍手さえも出来なかったりする。でも俺たちが『思慕的人』や『望春風』など彼らがなじみ深い台湾語の歌を演奏した後、メンバーたちは皆、『音なき拍手』を聞き取るんだ」。

謝さんが作る歌と彼の歌声には、台南の人情味が満ちている。読者のみなさんも機会があればぜひ『台南』や『舀肥』などの台湾語アルバムを聴いてみてほしい。

謝銘祐さんと「麺包車楽団」(筆者提供)
謝銘祐さんと「麺包車楽団」(筆者提供)

台南散歩の醍醐味:街角の小工房の観察

プロのイラストレーターで、ものづくり全般が大好きな佐々木千絵さんが紹介してくれたのは、路上で見られる小さな工房だ。中山路の手作り帆布製品の店「合成帆布行」では、90歳のおばあさんを筆頭とする一家三代が、毎日大量の帆布カバンを積み上げた机の前で黙々と働いている。

台南の街角では他にも畳、刃物、ブリキのバケツ、紙糊と呼ばれる紙工芸など昔ながらの物を昔ながらの方法で職人が作っている光景が随所で見られる。職人の邪魔にならない程度に、こうした道端の小工房を観察するのが、台南散歩の醍醐味(だいごみ)といえる。

「合成帆布行」で作業中の90歳のおばあさん(筆者撮影)
「合成帆布行」で作業中の90歳のおばあさん(筆者撮影)

外見よりも中身を重視する価値観

「台南の人はすごくアーティスト気質。普通に生活している中でも随所に創意工夫が見られて、生活を楽しんでいるなあ、と感じます」と語るのは、台湾で実力派女優として活躍している大久保麻梨子さんだ。彼女のお気に入りはかき氷「八宝冰」の老舗、黃火木。濃厚なタロイモのペースト、粒あん、杏仁豆腐、パイナップル、ハトムギ、蓮の実、リョクトウなど十数種ある手作りの具から8つを選び、上に氷を載せ、シロップをかけて食べる。具が氷に完全に覆われているから、よく雑誌などで見かけるマンゴーかき氷のように「インスタ映え」はしないが、三代目店主の妻、方秀芬さんはいう。

「スプーンで氷の下の具をすくいながら食べていくと、氷、シロップ、具が最後まで一緒に味わえるのよ。具が氷の上にあると、後半は氷ばかりが残ってしまうでしょう」

こういう細かい配慮に、筆者は台南の人の、外見よりも中身(食べ物の場合は味とか満足感)を重視する価値観を感じるのだ。

かき氷の具材をお椀に載せる「黄火木」の二代目店主(筆者撮影)
かき氷の具材をお椀に載せる「黄火木」の店主(筆者撮影)

ラフなライフスタイルの裏には洗練された都会的な感性がある

最後に、沖縄楽器の三線を台湾各地で演奏する一人のアーティストとして筆者が台南を愛する一番の理由を一言で表すなら「自然体の生活」である。不必要に気取ったり、力んだりすることなく、簡潔さと実用性と心地よさを何より重んじるのが、台南人の基本的な生活態度だ。

年齢を問わず、かなりの割合の女性が化粧をせず、バイクに乗る事が多いせいかヘアスタイルもあまり気にかけない。スーツを着ている人はめったに見かけず、役所の職員さえTシャツにジーパンだ。路地裏や公園に椅子を並べて日がな一日おしゃべりしたり象棋(中国将棋)を指したりしているおじいさんたちのリラックスぶりも相当なものだ。肌が透けて見える薄手の白い半袖シャツにゆったりした半ズボンが昔ながらのスタイルで、椅子に片足をのせていると睾丸が丸見えだったりする。

この点において台南は、台北や高雄などの都市と、はっきり一線を画している。台北の女性は、日本ほどではないけれども一般に化粧をしているし、台南では年中沖縄のかりゆしウェアと花柄ビーチパンツにサンダルという格好の筆者でも、同じ身なりで台北のデパートに入るのには抵抗がある。

こういうラフなスタイルは台南が田舎だからできる、と考えるのは誤りだ。台南は、今でこそ一地方都市だが、台北とは比較にならないほど長い年月、台湾の政治と経済の中心地であり、国際都市であった。オランダを始めとするヨーロッパ諸国や中国大陸、日本などと入れ替わり接触を持ち、文化的な層の厚さが台湾各都市の中で群を抜いている。

地元の人々は、台南人であることに強い誇りと自信を持っている。それ故に、自分を無理して飾り立てる必要がない。機能性と心地よさが、常に形式より優先される。私の結婚式にも短パンとサンダルで出席するような人たちがいたが、それが許されるのは、この町の人々が成熟し洗練された都会的感性を持っているからだと、筆者は思う。

『遊步台南』では台南の歴史や飲食文化と共に、現代の日本人にとっても学ぶべき点が多々ありそうな台南式ライフスタイルを紹介している。

台南「赤崁楼」(筆者撮影)
台南「赤崁楼」(筆者撮影)

バナー写真=魏徳聖さんと筆者、台南駅トイレの前で(筆者提供)

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