台湾で根を下ろした日本人シリーズ:YouTuber日本語教師・Iku老師

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「台湾で最も勢いのある外国人YouTuber」として活躍する日本語教師のIku老師。自分が好きなこと、楽しいと思うことを人々と分かち合い、多くの共感を得ている。

Iku老師 SATŌ Iku

1986年東京生まれ。本名は佐藤生(さとう いく)。大学3年の時に旅行した台湾の魅力に取り付かれて卒業後は台湾師範大学に語学留学し、そのまま定住。学習塾の日本語講師、雑誌編集者を経て2017年よりYouTuberの活動を開始。台湾、香港、マレーシア等、主に華語圏の視聴者向けに日本語教育、日台文化の相違、日本の旅行情報等を発信。2018年には 「台湾で最も勢いのある外国人YouTuber」に選出される。日台の企業や政府・自治体とのコラボレーション企画、著書も多数。イラストも自作。
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好きなことで一番になる

小学校高学年から中学生にかけての佐藤生少年は、学校での授業に意味を見出せないでいた。いわゆる不登校児であった。しかし、そんな彼を母親は温かく見守ってくれた。通学を決して強要せず、映画館、美術館、博物館、動物園を巡るのにいつも付き合ってくれた。中学生になると、今度は学校近くの山や川で自然と戯れるようになった。

中学3年の時だった。授業を聴く気もなく、教室の片隅で漫画を読みふけっていたのに、ふと気付くと、教師がフランス革命の話をしているのが耳に入ってきた。フランス革命の進行過程が、まるでゲームかドラマを見ているかのように生き生きと感じられ、初めて授業を面白いと思った。教師に質問をし、授業に参加している自分がいた。学習モードのスイッチが入った瞬間だった。

授業にはそれまではほとんど顔を出さなかった佐藤だったが、部活だけは一貫して熱心だった。郷土芸能部、民族舞踊部、中国舞踊部を掛け持ちし、太鼓や踊りは他のどの部員よりも練習を重ね、誰からも一目置かれていた。

「日本の伝統芸能では、皆が輪になって踊ったり、一つの太鼓を皆で回してたたいたりするのですが、中国舞踊では主役がセンターを張るのです。真ん中に行くには、人より努力するしかない。それが顧問の先生にも他の部員にも認められ、卒業までセンターは誰にも譲りませんでした。これが最初の成功体験となりました。ある分野でどれだけ自分がそのことに時間を使ったのか、努力したのか。結局、成長は足し算なのです」。

勉強では遅れをとったかもしれないが、自分の好きなことで一番になればいい。勝てる分野で勝つ。ここが佐藤の生き方の原点となった。

Iku老師(Iku老師提供)
Iku老師(Iku老師提供)

日本での就職を蹴って台湾に向かう

大学に進学した佐藤は教師を目指した。不登校だった経験から、どうしたら生徒にとって面白い授業ができるのだろうかという問題意識を持ち続けていたからだった。大学では一転して授業には真面目に出席し、高校の歴史と公民、中学の社会の教員免許の取得に心血を注いだ。一方、学費と生活費を自ら稼ぐべく、販売員、居酒屋の店員、チラシ配り、ヒーローショーの着ぐるみ要員、家事補助等あらゆるアルバイトに明け暮れた。しかし、大学3年の秋にそれまでの無理がたたって過労で倒れてしまう。

「さすがに疲れ果てました。卒業までの学費も稼ぎ終えたので、冬休みはのんびりと海外旅行にでも出掛けようと思っていたところ、たまたま電車の吊り広告に『台湾・韓国・ハワイ』向けツアーの宣伝を見つけました。その中で具体的なイメージが浮かばなかった土地が台湾でした。ならば台湾に行こうと決めました」。

この時、佐藤はあえて下調べはせず、ガイドブックも持たず、未知との遭遇に心踊らせて台湾に向かった。果たして行く先々で見ず知らずの台湾の人々からの親切に触れながら、台湾を一周した。ある台湾の女性に勧められるがまま、最南端のリゾート地・墾丁の鵝鑾鼻の灯台にも足を運んだ。帰国すると、旅先で出会った一人一人に礼状を送った。すると、鵝鑾鼻行きを勧めてくれた女性からほどなく返信があった。今度は彼女が日本に旅行に来ることとなり、佐藤が案内役を務めた。この女性は、現在の佐藤夫人その人である。

さて、大学4年で佐藤は人生の大きな決断に迫られていた。翌春から大手メーカーでの就職が内定していた。かつてのアルバイト先でトップ・セールスマンだった彼に早々と白羽の矢が立ったのだった。一方、台湾の彼女との交際も始まったばかりだった。もともと目指していた社会科の教職課程の単位も順調に取れていた。

「最終的に台湾で日本語教師になる道を選びました。日本で社会の教員をやろうが、台湾で日本語教師をやろうが、先生になることには変わりないと思ったのです。そして、日本語教師養成講座に通い、480時間の授業を半年でクリアして日本語教師の資格を手にしました」。

Iku老師(Iku老師提供)
Iku老師(Iku老師提供)

2009年に日本の大学を卒業すると、数カ月間のアルバイトで軍資金を貯め、台湾師範大学漢語センターの門をたたいた。大学の授業のみならず、7、8人の台湾人を捉まえて毎日のようにお互いの母語を教え合う「言語交換」も続けた。ここでも「成長の足し算理論」を実践し、誰よりも努力した。中国語の能力はめきめきと向上し、1年3カ月で語学留学を修了すると、そのまま台北駅近くの「補習班」と呼ばれる語学学校で日本語教師兼教務スタッフとして迎えられた。たまたま、そこに通ってきていた出版社の営業担当者に声を掛けられ、2012年からは午前中だけアルバイトとしてその出版社でも掛け持ちで働くこととなった。しかし、二足のわらじを履く生活は長くは続けられなかった。学生時代に過労で倒れた記憶がよぎり、翌年には塾を辞めて、出版社の仕事一本に絞った。

チャンネル登録者数20万人のYouTuber「Iku老師」

当時その出版社が刊行する外国語教材は英語のみだったが、佐藤が中心となって日本語教材・雑誌の出版企画を立ち上げ、日本語部門と海外部門の双方を統括することとなった。またこの間、日本語教材を中心に多くの著作も発表し、イラストも自ら手掛けた。一方、出版社の仕事のかたわら、2017年3月に佐藤は自身のYouTubeチャンネルを開設した。YouTuber「Iku老師」の誕生である。

「きっかけは自分の著作を自分で紹介しようと思ったことです。新刊書のポスターを作っても、お客さんが本屋さんに行かない限り、それが眼に触れることはありません。それよりも自分が前に出て、自分の本を紹介した方が効率的です。そうしなければ、日々、多くの書籍が出版されていく中で、自分の作品が埋もれてしまうという危機感を持ったのです」。

Iku老師(Iku老師のYouTubeチャンネルより)
Iku老師(Iku老師のYouTubeチャンネルより)

もともと立ち上げていたFacebookのファンページを足掛かりに、YouTubeページへとファンを誘導。通常は、語学学校に通ったり、テキストを買わなければ学べないような日本語取得のためのノウハウや旅の情報を無料で惜しげもなく公開した。まずは、一番質の高い情報を徹底的に提供することで、ファン層との信頼関係の構築を図ったのだった。この戦略は功を奏した。そこでの情報に価値を見出してくれたファンは、自然な流れでIku老師の新刊本の購買者にもなってくれたのだ。

現在、Iku老師のYouTubeチャンネルは、台湾、香港、マレーシアといった華語圏の視聴者が9割を占める。そのコンテンツは日本語学習、日台の文化比較、日本の旅行情報と多岐にわたっているが、中でも人気なのは、日本各地の方言と標準語を比較した番組である。Iku老師はネルソン・マンデラの次の言葉を引き合いに、語学の向こうにある相手の文化を知ることの大切さを説いてくれた。

「『If you talk to a man in a language he understands, that goes to his head. If you talk to him in his own language, that goes his heart.(相手が理解できる言語で話せば、それは相手の頭に届く。相手の母語で話せば、それは相手の心に届く)』もし外国人がその土地の方言をその土地の人に一言でも話したら、一気に双方の距離が縮まり、信頼関係を築きやすくなりますよね」。

2018年3月には出版社を辞し、YouTuberの活動に専念することにしたIku老師。「何かをするのは苦しい時がある。でも、何もしないのはもっと辛い」を信条に、大きく人生の舵を切った。同年には 「台湾で最も勢いのある外国人YouTuber」に選出され、行政院農業委員会、台北市、苗栗県等の台湾の中央行政府や地方自治体、日台の運輸・観光業界、物流業界、飲食業界、メーカー等からも次々とコラボレーション企画のオファーが入り、台湾と日本の間を文字通り飛び回る売れっ子となった。2019年6月時点のYouTubeのフォロワーは20万人に達し、FacebookとInstagramのフォロワーも加えると、その数は30万人を超えている。コミュニケーションツールが日進月歩の進化を遂げる中で、将来のIku老師の姿はどのように変化していくのだろうか。

「帝政ローマ時代も劇場があり、役者はいました。時代が変わっても、演じる舞台が違うだけで役者自体はいつでもいますよね。身をもって自分が楽しいと思うことをし続けるだけです」。

好きなものを見つけたが勝ち。今後もIku老師の繰り出すネタや生き様を筆者もフォロワーの一人として楽しんでいきたい。

Iku老師(Iku老師提供)
Iku老師(Iku老師提供)

バナー写真=Iku老師(Iku老師提供)

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