「かわいい」ってなんだろう:実験心理学の研究で分かったこと

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ファッションやキャラクターグッズと結びついた「かわいい」は、日本を代表するポップカルチャーとして脚光を浴びている。しかし「かわいい」とは何かを説明するのは難しい。この曖昧な感情を科学的に解明するため、筆者は10年以上研究を続けてきた。

「かわいい」を科学的な視点で研究

「かわいい」は、現代の日本人が最もよく使う言葉の一つである。動物や赤ちゃんだけでなく、服装やインテリア、お菓子などにも使われ、なんとなくウキウキ、楽しい感じがする。しかし、「かわいい」とは何か、「かわいい」と何が良いのかを説明するのは難しい。

「かわいい」に注目する日本の文化は、1970年代に若い女性から始まったとされる。当時は、どんな事物にも「かわいい!」と叫ぶ若者の語彙(ごい)力のなさを嘆く大人も多かった。しかし、その世代が社会人となり日本を支えるようになると、ファッションやキャラクターグッズと結びついた「かわいい」は、日本を代表するポップカルチャーとして脚光を浴びるようになった。アニメやゲームなどの登場人物に扮するコスプレのイベントが海外でも行われるようになると、日本の「かわいい」は世界の「kawaii」になったと言われた。

自国の文化が海外で好意的に受け止められていると聞くと、自尊心がくすぐられる。しかし、残念なことに「kawaii」という言葉は、世界中でそれほど知られているわけではない。さらに、「kawaii」は日本では「kawa-EE」と「E」を伸ばして発音することを知っている人はほとんどいない。一般的にはHawaii(ハワイ)と同じように「Kawai」と発音される。

「かわいい」とは何かを、海外の人にどう説明したらいいだろうか。「かわいい」と「cute」は同じなのだろうか。日本には、言葉を駆使して論理的に説明するという習慣があまりない。それよりも自分で見て聞いて体験して感じることを重視する。「かわいい」についても、いくつか例を見せて「なんとなく分かるでしょう」で済ませてしまうことが多い。しかし、もし「かわいい」を日本発のポップカルチャーとして世界に知ってもらいたいなら、「かわいい」をきちんと言葉で説明できた方がいい。

複雑な現象を解き明かし、多くの人に説明するためには、科学が役に立つ。実験心理学は、人間の心や行動の一般法則をデータに基づいて明らかにする科学である。私は10年ほど前から、「かわいい」について実験心理学に基づいた研究を行っている。その経緯については、近著『「かわいい」のちから:実験で探るその心理』(化学同人)で紹介した。「かわいい」についての文化論は多数出版されているが、科学的な視点から体系的に論じた本は世界でも初めてである。 

「かわいい」を対象の属性から明らかにしようとするとすぐに行き詰ってしまう。例外が多く見つかるからである。ある人にとってかわいいものが、別の人にとってはまったくかわいくないこともある。そこで発想を変えてみた。対象はさまざまであっても、かわいいと感じている人はおそらく似たような心理状態でいるだろう。そうでなければ、「かわいい」という言葉で意思疎通ができないからだ。かわいいと感じる心理に焦点を当てれば、実験心理学の視点からこのテーマに取り組めると考えた。

これまでの学説に当てはまらない多様性

動物行動学者のコンラート・ローレンツ(※1)は、1943年に発表した論文の中で、人間はある種の身体形状をかわいいと感じる生得的な傾向を持っていると提唱した。身体に比べて頭が大きい、おでこが広くて前に突き出ている、顔の下半分に大きな目が付いているといった特徴があると、それが生き物であってもなくても、いとおしく感じられるというのである。この仕組みはベビースキーマ(赤ちゃん図式)と呼ばれる。

60年代に入ると、ベビースキーマについての実証的な研究が行われるようになり、ローレンツの直感に基づく提案は、実験によって裏づけられた。分かりやすい学説であることから、一般にも知られるようになった。

ところが、日本語の「かわいい」は、ファッションやお菓子など、ベビースキーマとは関係ないものに対しても使われる。また、「キモい(気持ち悪い)」と「かわいい」がくっついた「キモかわいい」や、「ブサイク(不細工)」と「かわいい」がくっついた「ブサかわいい」のような不思議な複合語も使われている。ベビースキーマ説には当てはまらない多様な「かわいい」をどうやって説明すればよいだろうか。私の研究はそこからスタートした。

日本人の大学生を対象とした実証研究を通じて、以下のことが分かった。

  • 「かわいい」は「幼い」とは異なる概念であること
  • 養育や保護というよりも、対象に近づいてそばにいたいという気持ち(接近動機づけ)と結びついていること

例えば、「笑顔」は幼いとは評価されないが、男性にとっても女性にとってもかわいいと感じられる。さらに、かわいいものを見ると1秒もたたないうちに笑顔になることも、顔面表情筋の電気活動を記録することで明らかになった。かわいいものを見ると笑顔になるが、その笑顔は周囲の人にはかわいいと感じられ、その人たちを笑顔にする。このように、「かわいい」という感情は、社会的場面で拡散し、らせん状に増幅していくと考えられる。私はこの現象を「かわいい」スパイラルと名づけた。

(※1) ^ オーストリアの動物行動学者。1973年にノーベル生理学・医学賞を受賞。

社会的交流を促すポジティブ感情

「かわいい」が日本でこれほど普及していることには、理由があるはずである。人間の行動は、なにかしら報酬がないかぎり、継続しないからである。これまでに発表された実験心理学の研究によれば、かわいいものに接すると、以下のようなさまざまな心理状態や行動が引き起こされることが分かった。

  • 注意を引きつけられる
  • 長く見つめたくなる
  • 丁寧に行動するようになる
  • 細部に注目するようになる
  • 握りしめたくなる
  • 擬人化するようになる
  • 世話をしたくなる
  • 手助けをしたくなる
  • 頼みを断らなくなる
  • 自分に甘くなる
  • 癒やされる

笑顔を誘う、近づきたくなるといった「かわいい」の特性は、社会のいろいろな場面で応用できる。例えば、日本の工事現場に行くと、かわいい動物の形をしたバリケードや、作業員のキャラクターが深々とお辞儀をしている掲示物があり、心が和む。また、さまざまな企業や官公庁が、「ゆるキャラ」と呼ばれる独自のマスコットキャラクターを創作し、利用者との距離を縮めようとして真摯(しんし)に取り組んでいる。このような試みは、これまで経験的に行われてきたが、上記した「かわいい」感情の効用として科学的に裏づけることもできるだろう。

「かわいい」は、快であり、接近動機づけを伴い、社会的交流を促進する感情である。感情であるから、その背景には生物学的な基盤があり、文化によらない人間の普遍的な性質であると考えられる。日本には、そのような感情を社会的に受容し、価値を認める風土があったために、世界に先駆けて「かわいい」文化が誕生し発展したのだろう。このような感情に共感する人は、海外にも少なからずいると考えられる。

さまざまな価値観が共存するグローバル社会では、社会的交流を求めるポジティブ感情である「かわいい」の意義がさらに注目されることになるだろう。日本語の「かわいい」は感情であるが、英語の「cute/cuteness」は対象の属性を表している。「かわいい」は感じるものだが、「cute」は知覚するものである。「cute」にはベビースキーマのような正解があるが、「かわいい」には正解がない。ある対象を「かわいい」と感じるかどうかは、その対象と自分との関係性によって変わる。だから、人それぞれであり、状況によっても異なる。「かわいい」は自分で発見するものであり、他者に押しつけられるものではない。

日本の「かわいい」文化をそのまま世界に広めなくてもよい。「かわいい」先進国である日本の役割は、「かわいい」という感情が存在し、それが私たちの心や行動に影響を与えていることをデータによって示すことである。そして、世界のさまざま地域の人たちが自分たちの「かわいい」を発見することを見守っていけばよいのである。

バナー写真=さまざまな「かわいい」(筆者提供)

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