インドネシアの製紙会社が日本人ボランティアと連携 : 本物の森で生態系回復目指す
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苦い経験を乗り越えて
「企業が存続するために利益の追求は不可欠だが、利益だけにとらわれることなく、社会貢献ができないか。環境を犠牲にして経営の持続はもはやあり得ず、地域とともに発展する資源循環型経営、つまり持続可能な開発が企業には求められている」。世界最大規模の生産能力を持つインドネシアの総合製紙メーカー、アジア・パルプ・アンド・ペーパー・グループ(APP)で、持続可能およびステークホルダー・エンゲージメント担当執行役員を務めるエリム・スリタバさんは、こう話す。
APPには、実は苦い経験があった。
「開発独裁」ともいわれたスハルト政権時代、インドネシアでは利益至上主義が自然林伐採を助長。APPのサプライヤーによる違法伐採が横行し、自社が順法的な伐採をしていても、結果的に環境破壊に加担していると指摘された。
実際、大口顧客から契約を打ち切られるなど経営を圧迫するような事態にまで発展した。
そこで、APPは2013年、熱帯雨林の伐採をやめ、原材料を植林だけでまかなう「自然林伐採ゼロ」を宣言し、経営の大転換に踏み切った。「単なる利益追求ではなく、環境保全と経営を両立させなければ、企業は生き残れない」(テグー・ガンダ・ウィジャヤ会長)。資源循環型経営にかじを切り、東京都の約6倍にあたる140万ヘクタールの植林地を管理するグローバル企業として、地球温暖化防止に向けた先駆的役割を果たすようになった。
「本物の森を作れ」
自然林伐採の即時停止を宣言した「森林保護方針(FCP)」で、ひとつの大きな柱となるのがインドネシアで100万ヘクタールにおよぶ熱帯雨林の保護・再生支援プログラムだ。国家規模ともいえる壮大な事業だが、これに注文を付けた日本人学者がいた。「森の神様」と呼ばれる、植物生態学の世界的権威、宮脇昭・横浜国立大学名誉教授だ。
「製紙メーカーが商業用として外来種のユーカリやアカシアを必要とする事は理解する。しかし、外来種は後継樹が育つ土地本来の樹木とは違う。土壌劣化も起きる。必要なのはエコシステム。その土地本来の樹種を中心に混植・密植する『潜在自然植生』を生かした9000年続く『自然の森』だ。この事業(森林の保護・再生支援プログラム)を一過性のものにせず、長期的視点に基づくエコロジカルな新しいビジネスモデルとして、インドネシアから世界に発信すべきではないか」。
2014年10月、スマトラ島を現地調査した宮脇教授は、ジャカルタにあるAPP本社でウィジャヤ会長と会い、「元手を食いつぶすビジネスならだれでもできるが、持続可能な土地本来の森をつくるべきだ」と力説。経済林だけではなく、自然林の保護を強化しようと迫った。
提案に反論する理由はない。ただ、100万ヘクタールプログラムも始まったばかりで、ここに自然林の植樹が加われば、企業負担が増えるのは確実だ。しかし、提案は“本気度”を示す好機ともいえる。APPは実施を即決した。
APPはスマトラ島リアウ州で、地元固有の樹種を年間1万本植えるプロジェクトに着手。その指揮を執るAPPの日本法人、APPJのタン・ウイ・シアン会長によれば、これまでに87ヘクタールの保護エリアで計4万2000本を植樹してきたという。
「1万本プロジェクト」の根幹を担うのは日本人ボランティアなどで、今年9月に行われた植樹には20人が参加。スマトラ島の固有種である広葉樹のジュルトンを、スマトラトラやスマトラゾウの生息地としても知られる自然保護地域で植樹した。まだ小さな苗木は、やがて成長し、この土地の生態系の修復の一端を担うことになる。
植樹を前に行われた式典で、公益財団法人「鎮守の森のプロジェクト」の新川眞事務局長は「30年も前から植樹の大切さが叫ばれてきたが、実際に実行された例は少ない。APPの1万本プロジェクトのような活動こそ未来を切り開く」と期待感を表明。その上で「大切なのはまずできる事から実行に移すこと。誰もが、いつでも、どこでも、一本の木を植えることから始めるべきだ」と訴えた。
3年連続でボランティアに参加している酒井嘉子さんは、宮脇教授の呼びかけに賛同し、北海道・洞爺湖で自然の森の大切さを訴える活動に取り組んでいる。インドネシアの森林破壊が、社会に根差す貧困問題に起因していることを知り、「その抜本から解決を目指すAPPの姿勢に感動した」と話す。
貧困撲滅が生む互恵関係
インドネシアの人口は世界第4位の約2億6000万人と東南アジア最大。5%台の経済成長を維持する一方で、所得格差が拡大し、失業や貧困問題が深刻化している。
特に最貧困層が集中する農村部では、原始的な焼畑農業が今も続く。温室効果ガスの排出に加えて、森林火災を誘発したり、煙害(ヘイズ)が及ぼす健康被害は海を越えて国際問題化している。
「生産と森林保護の両立のために現場は一生懸命に努力している。その実状も見てほしい」(タン会長)。インドネシア側のこんな強い思いもあり、植樹プロジェクトの参加者は地域社会との共存を目指し、APPが進める地元経済の底上げを図る現場を視察した。
植樹が行われたエリア近くの農村で暮らすヘルマンさんは、これまで焼畑を繰り返しては油ヤシの違法栽培をしていた。しかし、市場価格は安定せず、収入は月2万円程度で資金回収すらできない状態が5年間続いた。APPは、こうした状況に置かれた地域経済の底上げを図ろうと、技術と資金の供与、教育と販売ルートの確保を通じて農民に対する支援に乗り出した。総合森林農業システムという地域の問題を包括的に解決しようという取り組みの一貫で、農民個人に対する支援にとどまらず、道路建設などのインフラ整備によって地域経済としての機能強化も図ってきた。
ヘルマンさんも支援を受けて、油ヤシから有機野菜や果物の栽培に転換した結果、月収は40万円を超え、車も2台購入した。「知識を得て収入が増える。周囲の仲間にも教え、みなが豊かな暮らしを手に入れたらいいと思う」。こんなヘルマンさんの思いは地域に浸透しており、支援対象地区はすでに300地区を越えたという。
「貧困問題など日本国内にいては想像できない、現地が抱える切実な課題が見えてきた」。大手製紙会社で環境問題など担当する幹部は、植樹プロジェクトにはボランティアとして加わり、APPの活動についてこう感想を述べた。
日本製紙連合会の統計によると、日本はパルプの原料となる木材の約70%を輸入に頼っている。生産地の問題は“対岸の火事”では済まされないはずなのだ。にもかかわらず、消費国は供給国の実状などほとんど知らない。知らなくても、問題があれば調達先を変えることだってできるからだ。
しかし、中長期的には、日本の製紙業界も世界を見据えた環境対応は避けて通ることはできない。消費国と供給国それぞれの持つ課題を共有し、日本が持つ技術や資金の提供も必要になるだろう。
APPJのタン会長は「宮脇教授の発案で始まった植樹プロジェクトには、これまで個人のボランティアの参加が中心だったが、今後は、企業との連携も進めたい。日本から欧米へと森を守る協力の輪を広げたい。私たちの行動を地球規模に広げ、供給側、消費側の互恵関係を築いていきたい」と話している。
バナー写真=地平線の先まで続くAPPが管理する植林地(スマトラ島リアウ州、同社ヘリから空撮) バナー、本文中の写真は全て筆者撮影