人の数だけ正解がある「バイリンガル教育」、台湾の現場から

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台北にある「台北日本語授業校」は、駐在員家庭や台湾人との国際結婚カップルの子どもに日本語を教える補習校だ。授業も含めて全てが保護者のボランティアによって運営されている。「海外で育っても親の母国語である日本語を継承させたい」という思いで行われるバイリンガル教育にスポットを当てた。

「継承」という視点でのバイリンガル教育

バイリンガル教育について語られるのは、世界経済の最前線で活躍するグローバル人材の育成といったシーンが多いように思う。ただ今回は、日本人と台湾人との間に生まれた日台国際児たちに向けて、「海外で育っても親の母国語である日本語を継承させたい」という思いで行われる日本語教育にスポットライトを当ててみたい。このような日本語教育は地域ごとに小規模で行われることが多く、その正確な数を把握することは難しいと言われているが、当事者は筆者含め一定数存在し、おそらくこれからも増え続けるからだ。

台湾における日本語習得の選択肢とは

台湾で子どもに日本語を習得させたいと思った時、選択肢は都市部の方が豊富だ。主なものとして、日本語班のある私立幼稚園、台北・台中・高雄にある私立の日本人学校(小学部・中学部)、塾や補習校、家庭教師、通信教育などが存在する。

その中で、台北市にある「台北日本語授業校」は、卒業生や保護者が口をそろえて「大変だったけれど、続けて良かった」と評する。ここは土曜日の2時間日本の国語を中心とした授業を行ういわゆる海外の日本語補習授業校に相当する。「補習校」と言っても校舎があるわけではなく、学校の教室を借りて、保護者によって運営される組織だ。

保護者自身が自分の子供がいる学年のクラスで授業を行う。教務・事務・運営のすべてがボランティアだ(提供:台北日本語授業校)
保護者自身が自分の子供がいる学年のクラスで授業を行う。教務・事務・運営のすべてがボランティアだ(提供:台北日本語授業校)

幼児クラス、小1〜6年の各クラス、中学クラスに分かれて、現在90名ほどが日本の国語の教科書を使って学んでいる。もともと日本人の母親が有志ら数名と始めたものが、2020年で創立20周年を迎え、今では日本政府の援助対象校に認定されるまでになった。

同校では、教務・事務・運営のすべてが保護者によって行われている。これがどのくらいすごいことなのか説明したい。

日本の小学校では国語の授業時間は学年によってばらつきがあるが、年間平均で243.5時間ほどある。これに対して土曜に2時間だけ授業を行う「台北日本語授業校」の年間授業時間はわずか約60時間。4分の1の持ち時間で、教員経験のない保護者も指導書等を参考にして授業を行う。

教務担当以外の保護者も教室で授業をサポートしたり、登下校や授業中の安全確保のための見守りを分担する。さらに授業と並行して、年に一度の文集作成や学習成果発表会、避難訓練といった日本式の行事もこなさなければならない。親子で通い続けるのはそれ相応のエネルギーが必要だ。

授業時間が限られているので、家庭学習や宿題も必要だ。教務担当は量を加減しながら、どの部分を宿題にすべきかを考える(筆者撮影)
授業時間が限られているので、家庭学習や宿題も必要だ。教務担当は量を加減しながら、どの部分を宿題にすべきかを考える(筆者撮影)

2人の日台国際児を幼児クラスから「台北日本語授業校」に通わせている日本人の母親Nさんに、同校を選んだ理由を聞いた。

「同じような家庭環境にいる子どもたちが、日本語を学びながら一緒に成長できる場所だなと感じて選びました。成長するに従って、親にはしないような話もできる仲間が必要になってくると思うんです」

台湾における日台バイリンガル教育にはアドバンテージがある

国立台湾大学で日本語教育に従事する一方、子どもを11年間「台北日本語授業校」に通わせ、2010年・11年度の運営委員長を務めた服部美貴さんにも話を聞いた。服部さんは、子どもが卒業した現在もアドバイザーに就任されている。

※「日台バイリンガル」とは、日本語と「台湾華語(台湾で使われている中国語)」のバイリンガルであるという意味合いで使用しています。

服部美貴さんの著書(筆者撮影)
服部美貴さんの著書(筆者撮影)

服部美貴さん

国立台湾大学文学院日本語文学系講師。2005年以来、台北日本語授業校の活動に保護者として参与。2010年度、2011年度同校運営委員長。台湾各地の日本語継承活動団体をつなぐ台湾継承日本語ネットワークの代表を2012年より務める。著書に『台湾に生まれ育つ台日国際児のバイリンガリズム』(国立台湾大学出版中心、2015年)。

実は台湾での日台バイリンガル教育は有益な情報が少なく困難であると思い込んでいた筆者だったが、服部さんの言葉にはっとした。

「台湾の現地校で習う中国語(台湾華語)の『繁体字』は、日本語の漢字よりもさらに難しく複雑です。海外育ちであっても漢字に抵抗がないのは、日本語を学ぶうえで、大きなアドバンテージがあると言えるんです」

筆者も含めた日本人保護者が頭を悩ませるのが、台湾の詰め込み教育だ。筆者が暮らす台北では、小学1年生からどっさり宿題が出される。担任教師の方針にもよるが、「親が見てもかわいそうになるくらいの量」というケースもある。小学生が夜遅くまで宿題をする姿は食堂やカフェでもよく見かける街角の光景だ。

宿題の大半を占めるのが、漢字の書き取りだ。例えば、台湾の小学1年生で習う漢字に「聲(声)」「邊(辺)」などがある(カッコ内は日本の漢字)。中国大陸では漢字が簡略化された「簡体字」が用いられているが、台湾ではこの複雑な「繁体字」を学ぶ。

ちなみに、台湾の小学生が6年間で覚える漢字は約2000〜2500字。一方、日本の小学校6年間で習うのは1026文字(2020年度からの新学習指導要領)。日本語はひとつの漢字に対して音読訓読があるため、文字数だけで比較することはできないが、台湾では、覚えなければならない漢字の量が倍だ。

筆者の子どもが現地校で小学一年生の際、実際に使用していた国語(台湾華語)の教科書(筆者撮影)
筆者の子どもが現地校で小学一年生の際、実際に使用していた国語(台湾華語)の教科書(筆者撮影)

服部さんは続ける。「『自分が習ったように日本語を身につけさせたい』という親心があっても、現地校に通う生活にオプションとして日本語学習を加えるというのは容易なことではありません。ただ、一見は無機質に思える台湾の漢字学習も、日本語学習に活きていることを知っていただけたら」

同じ境遇だからこそ分かり合える、悩みと喜び

「『台北日本語授業校』の良いところは、上の学年の人たちの姿を見ながら、同じクラスのメンバーと一緒に進級していけること。これは子どもだけではなく、保護者にとっても同じなんです」と服部さんは語る。

「例えば幼児クラスの場合、子どもを教室まで連れてきて、席に座らせるだけでもひと苦労です。小学校低学年になれば現地校との両立に、中高学年は習い事とのバランス、中学クラスになると高校受験という悩みに遭遇します。でも、保護者が全てを運営しているので、それぞれの学年の保護者たちの話題が自然と耳に入ってくるんですね。

教務もまずは幼児クラスから始めて、内容が次第に高学年向きになっていくので、慣れることができます。もちろん自分の子を含めた子どもたちを教えるというのは本当に難しくて、大学で学生に教えているのとは全く違う難しさがあります。外国人に日本語を教えるための教科書ではなく、生活レベルまでは日本語が使える子どもたちに向けて、日本の教科書を使って指導するのは、子どもたちの日本語使用状況や現地校での学習といった背景を理解している保護者が適役だと思うんです」

別々に取材したにも関わらず、Nさんも服部さんも全く同じことを口にしたのが印象的だった。

「子どもに『日本語を勉強しなさい』と言っても伝わらないけれど、『お母さんと一緒に頑張ろう』というメッセージは伝えられるし、子どもも私の姿を見てくれているんですよね。それに授業校は自分の子どもだけでなく、子ども全員を皆で見守りながら育てられる場所です」

「台北日本語授業校」の卒業式は、卒業生と保護者たちの涙であふれる。そこには苦楽をともにした仲間と分かち合える喜びと達成感があるからだ。

現地の生活があってこそ、「バイリンガル教育」が成り立つ

日本語の学習では、単に言語をツールとして操る力だけでなく、「読解力」が鍛えられる。つまり深く想像し、思考する力だ。
個人的な考えだが、それは日本人同士のコミュニケーションにおいて求められる「察する」能力にもつながっているように思う。この能力が日本人特有のものであり、海外で働き子育てしながら暮らす今の自分を支えてくれていると常々感じているからだ。

だから、子どもが人格形成の基礎を築く時期に「日本人の子どもとして生まれたのだから、日本人らしさをもたせてあげたい」という親の思いは、とても尊いものであるように思う。

一方で服部さんの言葉にもあったように、バイリンガル教育はあくまでベースとなる現地での生活があってこそ成り立つオプションだということも、忘れてはならない。

台湾で語学塾を営むオーナーの言葉が今でも心に残っている。「文章の行間を読める言語が何かひとつあれば、人間は救われる。まずひとつ柱となる言語を持つことが大切で、第二言語はそれからです」

どのようにバイリンガル教育を行うか、正解は一つではない。同じように日台国際結婚をしている諸先輩の経験と知恵を借りながら、親子で、家庭で相談しながら自分たちで模索するしかない。服部さんの言葉を借りると、「言語の教育は、その人自身の幸せのためのもの」なのだから。

台湾における日台バイリンガル教育、出口はどこに

筆者自身、子どもたちへの日台バイリンガル教育の緒に就いたばかりだ。もしかしたらこの先、いったん中止したり、諦めたりしなければならないこともあるかもしれない。ただ当事者になってみて初めて、バイリンガルは決して自然に形成されるものではなく、相応の努力が必要であることを知ることができた。

私たちは日々、教育について選択を迫られている。そうすると気掛かりなのは、そのよりどころの所在だ。引き続き、日台バイリンガル教育が子どもたちの未来にどのようにつながっているのかを探ってみたい。

バナー写真=「台北日本語授業校」で出された国語の宿題を行う子ども(筆者撮影)

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