日中文化考(2):紹興酒とみりん

文化 社会 暮らし 歴史

日本の正月には、お屠蘇(とそ)が欠かせない。みりんに薬草など生薬を浸したお祝いの酒だ。みりんは、中国の紹興酒と同様、主原料が糯米(もちごめ)の醸造酒であり、共通点も少なくない。どちらも縁起がいい日中両国のお酒を飲み比べてみると……。 

正月のお屠蘇は中国が起源

新年が明けた元旦の朝。日本の家庭でお屠蘇を飲むのは、おせち料理や雑煮と並んで正月の風物詩である。お屠蘇の酒器セットは銚子(ちょうし)と大中小三段重ねの盃(さかずき)。正月三が日、毎朝飲むお屠蘇の風習は邪気を払い、長寿を願うものだ。

お屠蘇とは、山椒(さんしょう)、防風(ぼうふう)、白朮(びゃくじゅつ)、桔梗(ききょう)などを調合した漢方薬「屠蘇延命散」(屠蘇散)を絹袋などに入れ、お酒に浸したものだ。独特の香気がある。

日本のお正月はお屠蘇で始まる
日本のお正月はお屠蘇で始まる

お酒は日本酒(清酒)でもいいが、琥珀色のとろりとした甘みの強いみりんが使われることが多い。

屠蘇はもともと、中国の三国時代の魏の伝説的名医、華佗(かだ)が処方した霊薬といわれる。唐の時代に仙人が考案したという別の説もある。日本には平安時代に伝わり、正月にお屠蘇を飲む習慣は江戸時代に一般庶民に広まったという。

みりんは伝来説と日本発生説

みりんは漢字では味淋、味醂、蜜淋、美淋など様々な字が当てられる。森田日出男編著『みりんの知識』(2003年刊)によると、「本来の名前を推定してみると、蜜淋酒または蜜淋酎が正しいと推定される」。蜜が淋(したた)るような甘く濃い酒という意味だ。

みりんは糯米が主原料。製法は蒸した糯米を米麹(こうじ)と焼酎とともに仕込み、それを絞って長期間熟成させる。日本の酒税法では「米、米こうじに焼酎又はアルコールを加えて、こしたもの」などと定義、アルコール分が15度未満のものとされている。

みりんの歴史をひも解くと、日本で製造されるようになったのは戦国時代からといわれる。みりん誕生には「中国伝来」と「日本発生」の両説がある。

一説は中国から琉球(沖縄)や九州に伝わった甘い酒が起源とされる。もうひとつは日本に古くからあった練酒や白酒などの甘い酒に焼酎を加えるなど改善を重ねて現在のみりんになったとの説だ。

愛知県にこだわりの醸造元

みりんの主な産地は「白みりん」で有名な千葉県をはじめ愛知県、兵庫県、埼玉県、広島県などだ。とりわけ愛知県三河地方は温暖な気候と豊富な伏流水に恵まれ、昔からみりんの醸造が盛んだ。同県碧南市には醸造会社が5社集中している。

安永元年(1772年)創業で、現存する「日本最古」の醸造元を自負する九重味淋株式会社(碧南市浜寺町)。伝統の製法、厳選された原材料による「本みりん」などを製造・販売しており、予約すれば工場見学もできる。併設されているレストラン&カフェにも寄ったことがあるが、みりんを使ったランチやデザートを堪能できた。

明治43年(1910年)創業の株式会社角谷文治郎商店(碧南市西浜町)は国産の特別栽培米や有機農法米を使い、製法にこだわった「三州三河みりん」や「三州味醂」をつくっている。米麹と焼酎も自家製という徹底ぶり。角谷文子さんは「『米一升、みりん一升』の仕込み方法も変えていない」と、醸造用アルコールなどを一切加えていない“本格みりん”であることを誇りにしている。

甑(こしき)でふっくらと蒸し上がったもち米を手際よく放冷機に移す(角谷文治郎商店の工場)
甑(こしき)でふっくらと蒸し上がったもち米を手際よく放冷機に移す(角谷文治郎商店の工場)

明治時代から3代引き継がれてきた角谷文治郎商店
明治時代から3代引き継がれてきた角谷文治郎商店

紹興酒は世界三大美酒の華

中国の銘酒である紹興酒は、日本の純米吟醸酒、フランスのワインと並んで醸造酒における世界三大美酒の一角を占める。中国で最も古い酒といわれ、紹興酒の歴史は2400年以上前の春秋時代にまで遡る。

紹興酒の故郷は浙江省紹興市の周辺。上海の南の温帯と亜熱帯の境目に位置し、主原料である良質な糯米を産出する水郷地帯である。紹興にある鑒湖(かんこ)の名水も醸造に貢献してきた。紹興は文豪、魯迅の生誕の地である。書聖、王羲之ゆかりの蘭亭もある歴史と文化の香り高い土地柄でもある。

紹興酒は蒸した糯米に、小麦で作る麦麹や酒薬と呼ばれる独特の微生物を含む発酵素などを加え、鑒湖の水で仕込む。甕(かめ)に入れて密封、貯蔵するが、古くなるほどふくよかな風味が増す。茶褐色でアルコール度は14~20度程度のものが多い。

台湾で15年ものの紹興酒を嗜む
台湾で15年ものの紹興酒を嗜む

紹興酒は製法の違いで元紅酒、加飯酒、善醸酒、香雪酒の4種がある。琥珀色で芳香がある香雪酒はスイートタイプで、日本のみりんに似ている。

紹興ではかつて女の子が生まれると、父親が糯米で造った紹興酒を甕に入れて地中に埋め、娘が嫁ぐ日に掘り出して祝い酒にしたという。この酒は「女児紅」とか「花彫酒」と呼ばれ、今では商品化されている。

中国では米など穀物を原料とする醸造酒を黄酒(ホアンチュウ)と総称する。黄酒を5年、8年、10年、20年、30年と長期熟成させたものが、いわゆる「老酒(ラオチュウ)」である。

フランスのシャンパーニュと同様、正式な紹興酒は紹興の地で造られたものだけを指す。紹興酒の華やかな老酒こそ、黄酒の最高峰といえる。

香港、台湾、日本でも食中酒

2004年1月下旬、紹興を訪ねたことがある。魯迅の短編小説『孔乙己(コンイーチー)』に出てくる居酒屋の名前と同じ「咸亨酒店」に真っ先に向かい、お椀で飲む紹興酒と茴香豆、臭豆腐を注文した。小説を思い出しながら、ちびりちびりとやる至福のひとときだった。

紹興酒は中華料理を引き立てる食中酒である。江南の料理とよく合う。上海蟹(大閘蟹)や酔蟹との相性も抜群だ。北京市東城区の「孔乙己酒店」には30年物の紹興酒もある。香港の九龍地区にある老舗「天香樓」ではなぜか、28年物の紹興酒しか置いていない。

紹興酒に合う上海蟹
紹興酒に合う上海蟹

北京の孔乙己酒店
北京の孔乙己酒店

台湾には“台湾紹興酒”がある。南投県にある埔里酒廠で造られている「玉泉紹興酒」などが知られている。ボラの卵巣から作る唐墨(からすみ)は台湾の特産だ。同じ唐墨でも日本ほど塩辛くなく、紹興酒のつまみとして丁度いい。

台湾の紹興酒
台湾の紹興酒

日本でも美味しい紹興酒が飲める中華料理店は目白押しだ。東京・神保町の上海旬彩料理「新世界菜館」が輸入している甕出し紹興酒も有名だ。今年は11月11日に活上海蟹の姿蒸し・老酒漬けとともに熱燗の紹興酒を楽しんだ。東京・目黒の中国料理「香港園」では12月3日と11日、紹興酒で上海蟹などを味わった。

幻のみりん「柳かげ」が復活

上品な甘みと芳醇な香りが特徴のみりんは本来、高級なお酒だった。戦国時代は高貴な人しか飲めなかったが、江戸時代になると庶民にも普及し、女性にも好まれた。

ところが、江戸時代には調味料としても普及した。特にうなぎのかば焼きのたれや、蕎麦つゆに愛用された。みりんは料理に「テリ」や「ツヤ」をつけ、食材の臭みを消し、煮崩れも防ぐ。明治以降、一般家庭でも調味料として使われるようになり、経済成長とともに消費量が拡大していった。

三河みりんの代表的銘柄
三河地方のみりんの代表的銘柄

みりんは調味料として重宝される半面、お酒としては半ば忘れられてきたのも事実だ。紹興酒も中華料理の調味料として不可欠だが、食中酒としても隆盛を極めているのとは対照的だ。

こうした中で、角谷文治郎商店が幻のみりんを復活させた。室町時代から甘口のお酒として親しまれてきたみりんは、江戸時代に甘さを控えたものを別に造り出し、「柳蔭(やなぎかげ)」と呼ばれたが、戦後の混乱の中で消えていった。同商店は仕込みから焼酎歩合を大きくした「三州柳かげ」を開発した。酒税法ではリキュールに分類され、デザートワインのような味わいだ。

和食は2013年、ユネスコの「世界無形文化遺産」に認定された。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、和食はますます注目を集めるし、日本料理にはみりんが必須だ。今後は調味料だけではなく、飲む酒としても再び脚光を浴びることができるかどうか。

バナー写真:お正月の銀製のお屠蘇セット(東京・銀座の銀製品専門店の株式会社宮本商行)

正月 お屠蘇 味醂 紹興酒