“木のぬくもり”に包まれた「国立競技場」お披露目:東京五輪・パラリンピックのメイン会場

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2020年東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムとなる国立競技場が、11月末に完成した。12月15日に行われた竣工式後、報道関係者に公開されたスタジアム内部や周辺設備を紹介する。

新しい国立競技場が2019年11月30日に完成。招致活動時から工事期間中までは「新国立競技場」と呼ばれてきたが、竣工日より正式に「国立競技場」の名称となった。

12月21日にオープニングイベントが開催され、20年元旦のサッカー天皇杯全日本選手権の決勝が競技場としてのこけら落としとなる。7月24日から始まる東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムで、開閉会式や陸上競技が繰り広げられる。

国立競技場南側からの空撮 写真提供:(独)日本スポーツ振興センター
南側上空から撮影した国立競技場 写真提供:(独)日本スポーツ振興センター

竣工式には、安倍晋三首相や橋本聖子五輪相、小池百合子東京都知事らが出席。左端が設計を担当した隈研吾氏
竣工式には、安倍晋三首相や橋本聖子五輪相、小池百合子東京都知事らが出席。左端が設計を担当した隈研吾

日本全国の木材を使用した和のスタジアム

「杜(もり)のスタジアム」がコンセプトの国立競技場は、国産木材をふんだんに使用した世界的にも珍しい“木のぬくもりが感じられるスタジアム”。

間近から見上げると、スタジアム外周の木製の軒庇(のきびさし)が印象的だ。スギの縦格子で覆われ、360度つながり、ゲート部分では5層にもなる。一際大きい最上部は「風の大庇」と呼ばれ、スタジアム内に四季折々の風を効率良く取り込むように設計してある。軒庇の木材は47都道府県から調達し、一番北側部分に北海道、南端には沖縄と、方位に応じて地域順に並べたという。細部にこだわりながら、日本の伝統的な木造建築の要素を現代的にアレンジしている。

木のぬくもりが感じられるスタジアム。ゲートの軒にも木材が使われる
木のぬくもりが感じられるスタジアム。ゲートの軒にも木材が使われる

近くから見上げると木材の印象がより強まる
近くから見上げると木材の印象がより強まる

建物の構造は地上5階、地下2階で、競技フィールドは地下2階レベルに設置。屋根をフラットにしたことで、高さは地上約50メートル以下に抑えられた。約6万の観客席を持つスタジアムにしては圧迫感が少なく、木のぬくもりと相まって巨大建造物にありがちな無機質さが和らぎ、隣接する緑豊かな明治神宮外苑の景観とも調和する。

低木を中心に4万7000本、130種が植樹され、140メートルのせせらぎも整備 写真提供:(独)日本スポーツ振興センター
低木を中心に4万7000本、130種が植樹され、140メートルのせせらぎも整備 写真提供:(独)日本スポーツ振興センター

旧国立競技場の壁画をモニュメントとして飾る東ゲート
旧国立競技場の壁画をモニュメントとして飾る東ゲート

圧迫感がないため、神宮の杜とも調和する
圧迫感が少ないため、神宮の杜とも調和する

計画は一度頓挫したが、工事は順調に完了

膨れ上がった総工費のため、当初のザハ・ハディド案が白紙撤回となり、再コンペの末に大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JVの案に決定したのが2015年12月。その1年後の着工から予定通りの36カ月で工事が完了し、11月30日に運営主体の日本スポーツ振興センター(JSC)に引き渡された。スタジアム本体と周辺を含めた整備費は1569億円で、計画時に設定した上限額1590億円以内に収まっている。

11月30日から、晴れて「国立競技場」と呼ばれるようになった
11月30日から、晴れて「国立競技場」と呼ばれるようになった

スタジアム内部にも、至る所で木材が利用されている。総重量2万トンの大屋根を支える梁(はり)は、鉄骨にカラマツとスギを組み合わせたもの。鉄骨で十分な強度を生み、木材で地震や強風によるひずみを吸収するハイブリッド構造だ。ドーナツ型の屋根を108個もの梁で支えているため、観客席とフィールドも木のぬくもりが包み込む。

建物内のラウンジやテラス、展示空間の壁や天井、ベンチなどにも木材が効果的に利用されている。

大屋根の内側にも木材がずらり。太陽の光が木漏れ日のようフィールドに差す
大屋根の内側にも木材がずらり。太陽の光が木漏れ日のようフィールドに差す

木材と鉄骨を組み合わせたハイブリッド構造で総重量2万トンの大屋根を支えている
木材と鉄骨を組み合わせたハイブリッド構造で総重量2万トンの大屋根を支えている

日本文化を発信する展示などが行われる予定の「情報の庭」からも、スギの縦格子がよく見える
日本文化を発信する展示などが行われる予定の「情報の庭」からも、スギの縦格子がよく見える

チーム更衣室にも木のぬくもりがあふれる 写真提供:(独)日本スポーツ振興センター
チーム更衣室にも、木材を印象的に配置している 写真提供:(独)日本スポーツ振興センター

アスリートが力を発揮し、観客と一体に

フィールドの芝は天然芝で、年間を通して最適な育成環境にするために地中温度制御システムを整備した。陸上トラックは反発力が高い合成ゴムで、「高速トラック」として知られるイタリアのモンド社製を採用。好記録ラッシュが期待される。

すり鉢状の3層スタンドには、視界を遮断する柱が一切ない。分断されることなく360度つながるため、観客とアスリートに一体感が生まれる。シートは、フィールドの赤と緑、大屋根の木材、空の青と調和する5色をランダムに配置。木漏れ日をイメージし、空席があっても目立たない。

ライティングされたフィールドと観客席。高速トラックで、世界新記録が連発するか
ライティングされたフィールドと観客席。高速トラックで、世界新記録が連発するか

スタンド席の配色がランダムなので、遠目には観客が座っているように見える
スタンド席の配色がランダムなので、遠目には観客が座っているように見える

南側と北側のスタンド上部には大型スクリーン、2層スタンドの下部には場内を一周する帯状の電光掲示板「リボンボード」があり、多彩な演出で競技を盛り上げる予定だ。

1、2層スタンド上部には、気流創出ファンを185台設置。「風の大庇」などからの風が弱い日や日差しが強い時に、スタンドの温度を下げ、フィールドの熱や湿気を上部へと排出する。猛暑が懸念される東京五輪・パラリンピックでは、重要な役割を担う設備だ。

北側の大型スクリーンは縦9メートル×横36メートルで、南側もほぼ同じサイズ。リボンボードは縦0.9メートルが640メートル続く
北側の大型スクリーンは縦9メートル×横36メートルで、南側もほぼ同じサイズ。リボンボードは縦0.9メートルが640メートル続く

観客席に風を送りつつ、フィールドに上昇気流を生み出す気流創出ファン
観客席に風を送りつつ、フィールドに上昇気流を生み出す気流創出ファン

安心、快適に観戦できるスタジアム

さらに国立競技場は、「世界最高水準のユニバーサルデザイン」をうたう。すべての人が快適に観戦できるように、設計段階から工事期間中まで、障害者団体や子育てグループ、高齢者支援団体などと意見交換を重ね、設備に反映した。

車いす席は常設500席で、パラリンピック開催時は約250席を追加予定。旧国立競技場の40席から大幅に増えただけでなく、全ての階にバランスよく配置している。他のスタジアムでは車いす席がサイドなどに固められることが多いが、観客の好みの位置から観戦でき、同伴者とも分断されないように配慮した。

車いす使用者と同伴者が分断されないように、同伴者席を2つ並べて両脇に車いすスペースをつくった
車いす使用者と同伴者が分断されないように、同伴者席を2つ並べて両脇に車いすスペースをつくった

スタジアムへの進入口なども勾配が緩やかで、建物内の通路は当然バリアフリー。誘導ブロックや階段の手すりの設置も徹底している。車いすやオストメイトに対応可能なアクセシブルトイレは93カ所用意した。

海外からの心配の声も多い地震対策では、上層部は斜め梁(はり)と鉄骨ブレースで強度を上げ、オイルダンパーを集中的に配置した下層部で揺れを吸収する制振構造を採用。スタンドや通路は迅速に避難できるように設計され、貯水槽や防災備蓄倉庫、非常用電源を完備している。

車いすトイレは、右利き用と左利き用が並んて設置される。写真は右利き用 写真提供:(独)日本スポーツ振興センター
車いすトイレは、右利き用と左利き用が並んて設置される。写真は右利き用 写真提供:(独)日本スポーツ振興センター

スタジアム外にある盲導犬用トイレ 写真提供:(独)日本スポーツ振興センター
スタジアム外にある盲導犬用トイレ 写真提供:(独)日本スポーツ振興センター

今後、最上階に整備した1周850メートルの散歩道「空の杜」を市民に開放する予定だ。五輪・パラリンピック終了後の活用方法などは、いまだ不透明で先送り状態だが、自然と調和する日本らしいスタジアムだけに、大会の成功、国民に愛され続けるようなレガシーの構築を期待したい。

競技場の外から階段やエレベーターで上がれる「空の杜」は、市民ランナーなどに愛されそうだ
競技場の外から階段やエレベーターで上がれる「空の杜」は、市民ランナーなどに愛されそうだ

民営化などが検討される中、五輪・パラリンピックの成功によって新たな価値を生み出せるか?
民営化などが検討される中、五輪・パラリンピックの成功によって新たな価値を生み出せるか?

国立競技場

  • 所在地:東京都新宿区霞ヶ丘町10-1
  • 竣工日:2019年11月30日
  • 面積:敷地=約10万9800平方メートル、建物=約6万9600平方メートル、延べ床面積=約19万2000平方メートル
  • スタジアム:大きさ=南北約350メートル、東西約260メートル 高さ=約47メートル 地上5階、地下2階
  • 観客席数:約6万席(うち車いす席500)
  • アクセス:JR総武線「千駄ヶ谷」駅・「信濃町」駅から徒歩5分。都営大江戸線 「国立競技場」駅から徒歩1分。東京メトロ銀座線「外苑前」駅から徒歩9分

取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部

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