17年ぶりの政界汚職捜査を進める東京地検特捜部:「最強の捜査機関」の歴史

社会

カジノなどの統合型リゾート(IR)汚職事件で、10年ぶりに国会議員を逮捕し、政界汚職事件としては実に17年ぶりの捜査を進める東京地検特捜部。「ロッキード事件」で元首相を逮捕するなど、「最強の捜査機関」と呼ばれたが、長い政界捜査の空白で「特捜」を知らない人も増えてきた。そこで特捜部の歴史を振り返りたい。

戦後間もない「昭電疑獄」がきっかけで特捜部誕生

事件の捜査は通常、最初に警察が行う。容疑者は逮捕・検挙の後、検察庁に送られ、検察官は起訴するか、罪を問わない不起訴にするか判断。起訴になって裁判が始まると、検察官は裁判に立ち会い、被告人の有罪を証明していく。簡単に言うと、警察が犯罪の捜査、検察が公判維持(裁判での立証)と職務が分かれている。

だが、政治家や高級官僚がからむ汚職、大型経済犯罪(商法の特別背任事件など)といった難事件は、東京、大阪、名古屋の各地方検察庁に設置された特捜部が捜査する。刑事訴訟法191条1項の「検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる」と、検察庁法6条の「検察官は、いかなる犯罪についても捜査をすることができる」の規定に基づいている。

東京地検特捜部は、終戦から4年後の1949年5月に発足した。源流は47年に同地検に設置された「隠退蔵物資事件捜査部」だ。当時は連合国軍総司令部(GHQ)の占領下で、戦後の混乱で隠されていた旧陸海軍や政府の物資に関する事件を担当した。

翌48年、食糧増産政策に関する巨額の復興資金を受けた肥料メーカー「昭和電工」から、政界・官界に賄賂が贈られた汚職事件「昭電疑獄」が起きた。当時の芦田均内閣は、この事件で西尾末広副総理が東京地検に逮捕され、倒れた。芦田首相本人も総辞職から2カ月後に逮捕される大事件となった。

この事件がきっかけとなり、捜査終結後に担当した検事と、隠退蔵物資事件捜査部、さらに全国から選ばれた検事が合体して、東京地検特捜部が誕生したのである。ただ、昭電疑獄は裁判になって芦田、西尾、大蔵省の福田赳夫主計局長(後に首相)ら主だった被告が、職務権限などの法律解釈で無罪となった。

佐藤栄作幹事長の逮捕直前に指揮権発動の「造船疑獄」

東京地検特捜部が陣容を整え、正式に政界と対決したのは、占領が解除となり、主権を回復してから2年後の1954年に起きた「造船疑獄」だ。国家助成による計画造船の割り当てを巡り、海運・造船会社から政界の実力者に金銭が広くばらまかれた。 

特捜部は会社社長や、政治家を次々と逮捕。そして、当時の吉田茂長期政権を支える与党・自由党の佐藤栄作幹事長(後に首相)の逮捕状請求の許可を、検察トップの検事総長が犬養健法相に求めた時に前代未聞の「指揮権発動」(検察庁法14条により、法相は検事総長を指揮できる)があった。次に池田勇人総務会長(後に首相)の逮捕も予定されており、2人が逮捕されれば内閣が崩壊するのは間違いなかった。吉田首相らの指示で法相が「佐藤逮捕」に待ったをかけ、事件捜査は崩れた。

しかし、法相は翌日に辞職。吉田内閣の支持率は低下し、その年に通算6年半続いた長期政権は倒れ、ワンマン宰相は退陣した。この事件も、裁判になると多くの被告が無罪となった。

造船疑獄を巡る佐藤栄作自由党幹事長の逮捕許諾請求問題で指揮権を発動し、記者団に囲まれる犬養健法相=1954年4月21日(読売新聞社/アフロ)
造船疑獄を巡る佐藤栄作自由党幹事長の逮捕許諾請求問題で指揮権を発動し、記者団に囲まれる犬養健法相=1954年4月21日(読売新聞社/アフロ)

「総理の犯罪」と闘ったロッキード事件

検察が政界捜査で全面勝利となったのは、1976年、「総理大臣の犯罪」と闘った「ロッキード事件」だ。全日空の旅客機導入の選定に絡み、米航空機メーカーのロッキード社の販売代理店となった商社「丸紅」などから、田中角栄元首相ら政治家に多額の賄賂が流れた。米国上院外交委員会で発覚し、東京地検特捜部は米国の資料などを徹底的に分析。秘密資金の流れをつかんで、田中元首相、橋本登美三郎元運輸大臣ら3人の政治家を逮捕した。

捜査開始の検察首脳会議で、布施健検事総長は「日米両国にまたがる事件だから、真相解明には困難が多いだろうが、検察が失敗を恐れて消極的な態度を取ることは許されない」「責任はすべて私がとる。思う存分、捜査をやってほしい」と検察の並々ならぬ決意を述べた。

政治家逮捕前の自民党内では、捜査を容認している三木武夫首相を早く退陣させようという「三木おろし」の工作があった。稲葉修法相は電話で法務省刑事局長から田中逮捕の許可を求められ、「(検察を)信頼しましょう」と異論をはさまなかった。こうして、造船疑獄の時のような指揮権発動はなく、事件捜査は進んだ。

5億円の賄賂を受け取り、受託収賄罪に問われた田中元首相に対し、東京地裁は1983年、検察側の主張を認め、懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を言い渡した。元首相は最高裁に上告中の93年に死亡したが、贈賄側の丸紅元社長らの有罪が95年に最高裁で確定し、検察が勝った。だが特捜部を含めて検察は、ロッキード裁判対策に人材を割かれ、捜査態勢が弱くなったことを否定できず、80年代はしばらく政界捜査が途絶えた。

リクルート事件で総辞職した竹下内閣

ロッキード事件の後、東京地検特捜部が再び世間の注目を集めたのは、1988年に発覚した「リクルート事件」だ。就職情報誌から事業を拡大して急成長中だったリクルート社が、子会社の未公開株を政界などにばらまいた。政治家では中曽根康弘内閣の藤波孝生元官房長官と当時野党だった公明党の衆院議員が起訴された。

特捜部の捜査が進む中、当時の竹下登内閣でリクルート社と関係した宮沢喜一蔵相(後に首相)ら閣僚が次々と辞任。昭和から平成に代わり、89年5月には国会で中曽根元首相の証人喚問が行われた。竹下首相が公表していなかったリクルート社からの借入金が明らかとなり、国民の政治不信から支持率が10%を割った竹下内閣は、翌6月、総辞職した。

リクルート本社の家宅捜索後押収した書類の入った段ボール箱を運び出す東京地検の係官=1989年2月15日、東京都中央区(時事)
リクルート本社の家宅捜索後押収した書類の入った段ボール箱を運び出す東京地検の係官=1989年2月15日、東京都中央区(時事)

特捜検察の怖さを知らない今の政治家たち

特捜部出身の検事総長は多い。その1人で、「ミスター検察」と呼ばれた伊藤栄樹元検事総長は1985年の就任時、検事たちに「巨悪を眠らせるな、被害者とともに泣け、国民にうそをつくな」と訓示した。

時に政権・与党に立ち向かう「最強の捜査機関」はリクルート事件の後、散発的に政治家の逮捕・起訴を重ねたが、21世紀に入り大型の政界汚職事件から17年も遠ざかっていた。

長い空白期間のためか、今回のIR事件では、贈収賄側双方の大胆な金銭(賄賂)の授受が疑われる状況になっている。贈賄罪で起訴された中国企業の元顧問は、収賄罪で起訴された秋元司衆院議員(元IR担当内閣府副大臣、自民党を離党)ら政治家に金銭を渡したとされる時期に、大量の札束を指さす自身の写真をフェイスブックに投稿したと報じられるほどだ。現在の政治家たちは「東京地検特捜部の怖さを知らないからだ」と指摘する法務関係者もいる。

「検察ファッショ」「人質司法」の批判も

特捜の捜査に対しては、昔から「検察ファッショ」という批判がある。事件史で見たように、無罪となるケースもあり、初めは多くの逮捕者を出したのに竜頭蛇尾で終わることもあったからだ。検察当局が勝手に事件の構図を描いて暴走していると、強権的な捜査が批判されるのだ。

大阪地検特捜部では2010年、厚労省の村木厚子局長(無罪確定後に事務次官)に対する虚偽公文書作成容疑などの捜査で、主任検事が証拠物件のフロッピーディスクを改ざんする事件があった。特捜部長(当時)らがこのことを隠したとして犯人隠避の容疑で逮捕され、検事総長が辞任して検察の権威は失墜した。「特捜部不要論」が出てきて、東京地検特捜部も捜査態勢が一部縮小された。こうしたことが、大型事件から遠ざかる要因の一つになった。

特捜部は政界以外に経済事件も捜査する。現在、海外逃亡で世界的に注目されている日産自動車のカルロス・ゴーン会長(当時)を巨額の役員報酬を隠したなどとして、東京地検は2018年に逮捕・起訴した。

東京拘置所から保釈された日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告(中央)=2019年3月6日、東京都葛飾区(時事)
東京拘置所から保釈された日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告(中央)=2019年3月6日、東京都葛飾区(時事)

ゴーン被告は、130日間、東京拘置所に収容されたことで、否認すれば長期間、外に出られない「人質司法」だと日本の刑事司法制度を批判している。被告は1月8日、レバノンでの記者会見で、「(特捜部の取り調べは)1日8時間にも及び、弁護士の立ち会いがなく、自白を強要された」などの主張を述べた。一方、東京地検は「1日平均4時間弱。弁護士とは日曜以外は2時間前後、接見していた」と直ちに反論した。

特捜部の捜査への国民の期待が大きかったロッキード、リクルート両事件の当時と比べ、検察を取り巻く環境は変化している。ただ政界などの腐敗をえぐり出し、その実態を明らかにできるのは、特捜検察である。「巨悪に立ち向かう」伝統を持つ特捜部は、今後どのような捜査を展開していくのだろうか。

バナー写真:ロッキード事件に関する外為法違反容疑で逮捕され、東京拘置所へ向かう田中角栄元首相(中央)=1976年7月27日、東京・霞が関の東京地検玄関前で(毎日新聞社/アフロ)

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