インド映画SUMOに出演した元力士が語る「驚くべきインドパワー」

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インド映画といえば、日本でも大ヒットした「ムトゥ 踊るマハラジャ」などがある。あのヒットから22年。すでにインド映画のスターの出演料は、ハリウッドスターをもしのぐ勢いになっている。突然のオファーを受け、インド映画「SUMO」に出演することになった元力士が、その撮影秘話とそこで感じたインドパワーについて語ってくれた。

突然やって来たインド映画のクルー

身長188センチ、今も体重180キロの体躯を持つ田代良徳(たしろ・よしのり)さん(43)の現役時代の四股名は東桜山(とうおうやま)。最高番付は幕下7枚目で、大関・栃東の付き人を務めたこともある。現役時代はけがに悩まされ、2007年の引退後はスーパーマーケットの店長をしたほか、力士モデルなどとしても活動。17年にはスーパーモデルのカーリー・クロスとファッション誌『VOGUE』の誌面を飾ったこともある。

そんな田代さんの元に19年3月、一通のメールが届いた。インドと日本をつなぐ仕事をしているインド人が経営する日本の会社からで、「インド映画に出演してほしい。クルーが来ているから、顔だけでも合わせてほしい」とのことだった。「いいですよ」と電話したら、何分か後には田代さんの事務所にそのインド人クルーたちがやって来た。

インド映画「SUMO」に出演した田代良徳さん
インド映画「SUMO」に出演した田代良徳さん

ところが、彼らはずっと英語とタミル語(南インドの言葉)で勝手に盛り上がって話をしていて、田代さんには一体何が起こっているのか分からない。そのうちギャラや契約の話もなしに、「スチールを撮りたいから、どこかのスタジオを借りられないか」と言い出した。なぜか田代さんがスタジオを探して借りて、移動した。田代さんは「出演候補として撮るだけかな」と思って、とりあえず撮影に応じ、言われるがままメイクされ、ポーズも取らされた。その写真が今、映画「SUMO」のポスターになっている。

映画「SUMO」のポスター
映画「SUMO」のポスター

とんでもなく強引だが、仕事が早いとも言える。

「まだ何の契約も映画の撮影もしていないのに、ポスターの撮影をしたんです。しかし、そのまま話を進めるわけにはいかない。僕らはそれまでもイベントなどで、インドの方と仕事を何度もしていました。彼らはすぐに『いいよ、いいよ』、『大丈夫』、『OK』と言いますが、後で必ず話が二転三転する。だから映画に出演するのは、ちゃんと契約書などをつくってからという話をして、やっと契約したのは3カ月後の6月。ロケ地の富山県での撮影がスタートする前日でした」(田代さん)

世界に出て環境を変えようとする、インド人スタッフの力

台本もスケジュールもなかった。渡されたのは、日本語で書いてある1枚の紙だけ。紙には「インドに漂着した日本人をインドのサーファーの青年が見つける。日本人は記憶喪失で子どものようになってしまっている。実は彼は日本の相撲チャンピオンだった。彼を日本に連れて行くために、インドの人々が協力する。青年とともに日本に戻ると、ヤクザと戦うなど紆余曲折の末、彼はトレーニングを再開し…」というような簡単なあらすじが書いてあった。

主演はインドの人気コメディアン、ツンダラム・シワクラム。そのほか14年公開のインドのコメディ映画『マダム・イン・ニューヨーク』に出演したプリヤ・アーナンドや、インド映画の主役を張る俳優が脇役で出演している。田代さんがこの仕事を受けたのはなぜか。

「僕は力士が罪を犯すとか、悪いイメージになるような、相撲をリスペクトしていない仕事は受けません。この映画では力士が強いと認識してくれて、馬鹿にされていないと分かったから引き受けました」

6月から1カ月半の撮影が、自然の美しさや撮影への支援体制があることから富山で始まった。富山での初日の撮影は午前9時にスタートということだったが、田代さんにはこれまでインド人と仕事をした経験から、スタッフが遅れてくることは分かっていた。新幹線の都合上、9時半に撮影現場に着くと、案の定スタッフはまだ来ていなかった。実際に撮影が始まったのは、午後2時だった。「インド人は時間にルーズ」と思うだろう。しかし田代さんは、違うことを感じていた。

「逆に日本人が精密機械のように動き過ぎだと思います。時間通りに動くなんて、そんなことはどうでもいいんです。それより僕が感じたのは、彼らのパワーです。彼らは英語もできて、自国の外に出ようという力、世界に出ることで自分の環境を変えようという力があります。日本人が『日本が最高』などと言っていると、成長がないと思う。インドでは1日7万人の子どもが生まれ、人口は13億人。伸び代はハンパない。撮影を通して、そういうインドパワーを肌で感じました」

19年末に公益社団法人「日本経済研究センター」は「アジア経済中期予測」において、現在は日本の半分くらいのインドの名目国内総生産(GDP)が29年に日本を超え、その経済規模は世界3位になると予測している。

女性通訳の話が無視される「男性社会」

インド映画の撮影では、演出の人もいない。そのため田代さんも自分で考えて工夫した。

「撮影が始まってしばらくして気付いたのですが、例えば『おいしい』と思ったとき、日本人は首を縦に振りますが、インドの人は首を横にひねるんです。インタビューでも、『わかるよ、そうだね』というときには首を横にひねる。そこで撮影の途中からそれを取り入れたら、カメラマンに『最高だ』と褒められました」

その一方で、こんなこともあった。

「通訳の女性に、『セリフを変えたい』という僕の意見を伝えるのですが、彼女は『自分が言っても女は黙れと言われるから、言えない』と言うんです。彼女の意見ではなく僕の意見なのだから、と言っても『言えません』と。男性社会なんだなと思いました」

インドでの映画撮影の際、田代さんの控え室になっていたバスの中。ベッドやテレビ、シャワー、トイレが完備されているホテルのような内装。主演俳優のバスはこれよりもっと豪華で一回り大きかったという
インドでの映画撮影の際、田代さんの控え室になっていたバスの中。ベッドやテレビ、シャワー、トイレが完備され、ホテルのような内装。主演俳優のバスはこれよりもっと豪華で一回り大きかったという

大スターの映画はシネコンで1日何十回も上映し、すべて満員

インド国内での撮影にも参加した田代さんは、インド映画の驚異的な人気と映画業界の人たちの経済的、社会的地位の高さを感じたという。

「インドの街中でも撮影しましたが、スタッフは『静かにしろ!そこどいて!』という調子で、一般の人たちを強引にどかしてどんどん撮影していきます。車やバイクも平気で止めます。エキストラは使わず、そこにいる人たちにマイクで呼びかけて指示をし、参加させたりしていました。何事もなんとかしてしまう力がある。また、映画のインド人スポンサーの家にあいさつに行ったら大豪邸で、高級車が十数台置いてありました。大スターの人気はすさまじく、トップ俳優の年収は50億円くらいだそうです。大スターのサルマン・カーンが誕生日に自宅のバルコニーに出てくると、家の前には群衆が集まって絶叫します。まるでロックスターのライブのようです」

街の人をエキストラにしたシーンの撮影中の様子
街の人をエキストラにしたシーンの撮影中の様子

田代さんは数年前に、このサルマン・カーンとインドの下着のCMで共演したことがあるが、この時も突然のオファーで、これほどのスターだとは知らなかった。サルマンと一緒の写真を見せると、インド人の田代さんへの態度は劇的に変わり、「一緒に写真を撮ってくれ」と言われるという。

「インドで大スターの映画が公開されると、とんでもないことになります。現地でシネコンに行って上映スケジュールを見ると、十数スクリーンあってもすべてその大スターの映画で1日80回くらい上映しています。それが全部、満員。みんな大騒ぎしながら、1日に何度も観るから、100日くらい連続で上映しても満員なんだそうです。インドのスケールの大きさに驚きます」

インド映画の人気はインドだけではない。大ヒット映画「バーフバリ」シリーズなどインド映画を多く配給する日本の映画会社「ツイン」の松本作(まつもと・つくる)さんはこう語る。

「世界興行収入300億円を超えた『バーフバリ』のヒットによって起こったインド映画ブームは、今までとは違いました。日本でも観客がタンバリンを鳴らし光り物のサイリウムを振り、映画の世界に入り込んで、主人公たちを応援し歓声を上げるという“応援上映”が各地で行われた。こうした体験から熱狂的なファンが生まれ、日本人の有志によるインドツアーなども行われています。3月27日には、『バーフバリ』のプラバース主演でオープニング世界興行収入歴代2位を記録した『サーホー』が日本でも公開されます」

日本人も人間的なパワーをつけないと勝てない

インド映画の後には、田代さんは中国映画「唐人街探案3」に、妻夫木聡、長澤まさみなど日本の名だたるスターたちと共に出演。力士役でポスターにも登場している。
インド映画の後には、田代さんは中国映画「唐人街探案3(原題)」に、妻夫木聡、長澤まさみなど日本の名だたるスターたちと共に出演。力士役でポスターにも登場している。

一方、田代さん出演の「SUMO」の公開は1月8日と聞いていたが、いまだに公開されていない。スタッフにどうなっているのか問い合わせても何の連絡もなかった。インドの人からみると「そんなの、気にすることないよ」という感じなのだろう。それもまたインドパワーか。

「日本には細かいことを気にする人が多い一方、昔みたいに強気でギラギラした人がいない。最近の若者は草食系でまったく欲がなく、争いごともせずにとても静か。『なんとかしてやろう』という人間的なパワーがなくなっているように思います。もっと人間的パワーをつけないとインドには勝てない。僕も今回の経験で、まずは英語を勉強しようと思いました。そうじゃないと同じ“土俵”に立てませんから」

取材・文:桑原 利佳、POWER NEWS編集部
インタビュー撮影:今村 拓馬
インタビューカット以外の写真は、全て田代良徳さん提供

バナー写真:映画「SUMO」のポスター(部分)

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