ルポ・福島第1原発 : 9年たっても見えない出口

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東日本大震災から9年。首都圏で暮らしていると、日常的に震災の影響を実感したり、原発事故の恐怖を感じたりすることは少なくなった。しかし、事故はまだ終わってはいない。9年目の福島第1原発を取材した。

2011年3月11日2時46分、私は都内のビルの10階で仕事をしていた。過去に経験したことがない大きく長い揺れに足がすくんで、オフィスのドアを開放するという基本動作すら取れなかった。でも、地震動以上に恐ろしかったのが、街ごと飲み込んでしまうかのように海岸線を襲った津波の威力と、東京電力の福島第1原子力発電所の爆発だった。

旧ソ連でチェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)が起きた後、首都圏でも原発反対運動が盛り上がった。しかし、時間がたつにつれて危機感は薄れ、便利な家電製品やパソコン、携帯電話の普及で私たちはますます電気に依存して暮らすようになっていった。100%安全ではないかもしれないけれど、しかるべき安全基準にのっとって、真面目で慎重な日本人が運営する原発が致命的な大事故を起こすことなどないだろう――私だけではなく、多くの人が漫然と考えていたのではないだろうか。テレビに原子炉建屋が爆発する瞬間が繰り返し映し出されても、頭は「これが現実である」と認識するのを拒否しているような感覚にとらわれていた。

水素爆発を起こした福島第一原発3号機(左手前)と4号機(2011年3月15日撮影 出典:東京電力ホールディングス)
水素爆発を起こした福島第1原発3号機(左手前)と4号機(2011年3月15日撮影 出典:東京電力ホールディングス)

敷地内の96%は特別な装備不要に

事故から9年目の2020年2月13日、初めて、福島第1原発を取材した。入構の手続きを済ませ、いよいよ現場に出る前に、身支度をするための部屋に通された。用意されていたのは、不織布のベスト、軍手、靴下、防じん用マスク、ヘルメットと外歩き用の靴。数年前までは、取材に入る報道陣も防護服に全面マスクの着用が求められていたが、放射性物質が付着したがれきが撤去され、除染が進んだことで、構内の96%は特別な装備が必要のないレベルまで放射線量が下がっているそうだ。

東京電力廃炉資料館(福島県双葉郡富岡町)にある福島第一原発構内で労働環境についての展示。95%のエリアは左側の一般作業着で対応可能とある
東京電力廃炉資料館(福島県双葉郡富岡町)にある福島第1原発構内で労働環境についての展示。現時点では、ほとんどのエリアが左側の一般作業着で対応可能という

担当する作業やエリアによっては、いまだに全面マスクが必要なところもある。作業員は現場に向かう前に必要な装備を整える
担当する作業やエリアによっては、いまだに全面マスクが必要なところもある。作業員は現場に向かう前に必要な装備を整える

東電の担当者から、ベストの両胸のポケットに入構証と線量計を入れるよう指示された。ポケットはメッシュで、外側からも中身が見えるようになっている。ベストには放射線をさえぎる機能はなく、手続きを踏んだ来訪者であって、怪しい侵入者ではないことを一目で分かるようにするための目印といったところだ。靴下を2枚重ね履きして、外歩き専用のゴム製の靴を履き外に出る。靴底に不着した放射性物質を発電所の外に持ち出してしまわないため、靴を脱ぎ履きすきる場所も厳しく決められている。

取材前の身支度。手には軍手、靴下は2枚重ね履きで、砂粒などが入りこまないよう、ズボンの裾を靴下の中に入れるよう指示された
取材前の身支度。手には軍手、靴下は2枚重ね履きで、砂粒などが入りこまないよう、ズボンの裾を靴下の中に入れるよう指示された

ベスト、ヘルメット、防じんマスク着用での取材風景
ベスト、ヘルメット、防じんマスク着用での取材風景

構内を車で移動して、事故を起こした1~4号機の原子炉建屋の近くの高台に立った。建屋までの距離は100メートルほど。事前に思っていた以上に近くまで行けることに驚き、「本当に大丈夫なの?」と不安がよぎる。激しい爆発を起こした1号機は、吹き飛んだ原子炉建屋の骨組みがむき出しのままで、いまだに屋根の上には汚染されたがれきが残っている。その影響で、線量計は最大で毎時118マイクロシーベルトを示した。「10時間その場にいると一般の人の年間被ばく限度である1ミリシーベルトを超えるが、高台での取材する数分間なら心配するようなレベルではない」と説明される。

高台から見た1号機。手前は「ベント」に使われた排気筒
高台から見た1号機。手前は「ベント」に使われた排気筒

その途端、ベストのポケットに入れた線量計がビー、ビー、ビーと鳴り出した。構内に入ってからの線量が20マイクロシーベルトを超えたことを知らせるアラートだった。警報音が5回鳴った時点、つまり100マイクロシーベルトに達した時点で、取材は打ち切りとなる。東京からニューヨークへのフライトでも自然界から受ける放射線で100マイクロシーベルト程度被ばくするという。だから、1回目のアラートでビクビクする必要などないのだ。頭では分かっていても、気持ちはその場から少しでも離れたい気持ちになる。しかし、見下ろせば、廃炉作業に当たっている人の姿が見える。彼らにとっては、この原発が「職場」なのだ。

高台で計測した空間放射線量は最大で毎時118マイクロシーベルトだった。東電の担当者は、毎日のようにこの場に立って、取材や来訪者の対応をしているという
高台で計測した空間放射線量は最大で毎時118マイクロシーベルトだった。東電の担当者は、毎日のようにこの場に立って、取材や来訪者の対応をしているという

高台から1号機(左奥)、2号機(中央)を望む。1号機は水素爆発で吹き飛んだ原子炉建屋の骨組みがむき出しのままだ
高台から1号機(左奥)、2号機(中央)を望む。1号機は水素爆発で吹き飛んだ原子炉建屋の骨組みがむき出しのままだ

熱を発し続ける燃料デブリ

その後、車で1~4号機の建屋がある敷地に移動した。高台から見下ろしていた原発を、今度は下から見上げる。廃炉作業のための足場や侵入経路となる構台が作られ、巨大な重機が設置されていて、一見すると建設現場のようにも見える。しかし、吹き飛んで壊れた原子炉建屋の壁は分厚く、割れた壁の間からはぐにゃりと曲がった鉄骨が見える。改めて、爆発のすさまじさを思い知らされるとともに、首都圏の電気を賄うために、これほどの威力を持つ設備を200キロ以上も離れた場所に設置していたことに、私たちはあまりにも無関心・無感動だったと、今更ながら思い至った。

3号機の上にはドーム型のカバーが設置されている
3号機の上にはドーム型のカバーが設置されている

隙間からは9年前の爆発の爪痕が見えた。鉄骨がぐにゃりと曲がっている
隙間からは9年前の爆発の爪痕が見えた。鉄骨がぐにゃりと曲がっている

事故で炉心溶融(メルトダウン)を起こした1~3号機には核燃料などが溶け落ちた「燃料デブリ」が残っている。2号機では2018年1月に格納容器の底にデブリとみられる小石状の塊の存在を確認、19年2月の調査では一部のデブリを機器でつかむことにも成功した。このため、政府が19年12月に改訂した廃炉工程表では、21年に2号機から試験的に取り出すことが明記されている。ただ、現時点ではデブリの成分や量、形状など詳しいことは分かっていない。工程表はこれまでも何度も改定されており、予定通りに進められるかは未知数だ。

右は2号機の原子炉建屋。手前は排気塔を切断するための重機
右は2号機の原子炉建屋。手前は排気塔を切断するための重機

現場近くに設置されていた線量計
現場近くに設置されていた線量計

燃料デブリはいまだに熱を発し続けている。そのため、原子炉格納容器に水をかけ続け、冷却状態を維持している。この作業により、高い濃度の放射性物質を含んだ「汚染水」が今も発生し続けている。原子炉建屋などに地下水や雨水が入り込んだ水も「汚染水」となるため、1~4号機の周囲には土壌を凍らせて地下水の建屋への流入を減らす「凍土遮水壁」を設けるなど少しでも汚染水を減らす工夫を積み重ねている。

4号機。グレーの骨組みのような構造物は、使用済み燃料の取り出しなどのために設置された構台。事故を起こした1~4号機の中で唯一、4号機だけが燃料取り出しが完了している
4号機。グレーの骨組みのような構造物は、使用済み燃料の取り出しなどのために設置された構台。事故を起こした1~4号機の中で唯一、4号機だけが燃料取り出しが完了している

1~4号機を取り囲むように「凍土遮水壁」が設けられている。パイプ内にはマイナス30度の冷媒があり、土を凍らせて氷の壁を作ることで、山側から海側に向かって流れている地下水をブロックする
1~4号機を取り囲むように「凍土遮水壁」が設けられている。パイプ内にはマイナス30度の冷媒があり、土を凍らせて氷の壁を作ることで、山側から海側に向かって流れている地下水をブロックする

増え続ける“処理水”のタンク

構内にある「多核種除去設備(ALPS)」では吸着剤などを使って、セシウムやストロンチウムなどの放射性物質を除去している。東電では、この装置を通すことで、「汚染水」が「処理水」になるというが、実は、「処理水」は完全に放射性物質フリーではない。浄化装置を通しても、現在の技術では、トリチウムだけは除去することができない。

多核種除去設備(ALPS)の外観
多核種除去設備(ALPS)の外観

ALPSの内部。吸着剤などを使って、汚染水から放射性物質を取り除く。ほとんど無人で運転されている
ALPSの内部。吸着剤などを使って、汚染水から放射性物質を取り除く。ほとんど無人で運転されている

トリチウムは、通常運転中の原発でも発生しており、基準を満たす濃度に薄めて海に流すことが国際的に認められている。ただ、史上最悪レベルの原発事故が、福島県の浜通り地方に与えた打撃は甚大だった。周辺にはいまだ帰還困難区域も残る。農業・漁業などの一次産業は壊滅的な被害を負った。このため、これまで処理水の海洋放出はせず、敷地内にタンクを建設して、現時点で約118万トンを保管している。

構内のあちこちには、鋼鉄製の巨大なタンクが整然と立ち並び、その数は、既に1000基に達した。今後の廃炉作業では新たな施設の建設も必要となるため、タンクを設置できる場所には限りがあり、汚染水の発生を抑える工夫を重ねたとしても、2022年には満杯になる見込みだという。経済産業省が20年1月末に、処理水の処分方法として「海洋放出」と「水蒸気放出」の2案を「現実的な選択肢」として提示したが、風評被害への懸念は根強く地元の理解を得るのは容易ではない。

視察を終え、事務棟に戻った。2時間近い取材で受けた線量は30マイクロシーベルトで、線量計のアラートが鳴ったのは、結局、高台での1回だけだった。健康診断の定番メニューである胸部レントゲン1回分程度の被ばく量だと聞いて心のどこかでホッとする。

しかし、「9年前の事故はまだ終わっていない」――その事実がずしりと胸に残った。燃料デブリは熱を発し続け、汚染水を処理した水のタンクは敷地を埋め尽くす勢いで増え続けている。

処理水を保管する鋼鉄製のタンク
処理水を保管する鋼鉄製のタンク。タンクの周囲には二重の堰(せき)を巡らせるなどして、万が一の漏えいに備えている

処理水を保管するタンクが林立する。新たなタンクを建設する敷地の余裕は少なくなってきている
処理水を保管するタンクが林立する。新たなタンクを建設する敷地の余裕は少なくなってきている

事故が起こった直後は、私も含めて、多くの日本人が原発安全神話を、無批判に信じ込んでいた現実を突きつけられた。何も考えずに電気を浪費してきた生活を見直し、節電を心掛けようと思った。ところが、時間がたつにつれて、原発が稼働しなくても電気は十分に供給され、事故を起こした福島第1原発もしかるべき基準にのっとって誰かが粛々と処理を進めてくれているに違いないと漫然と思いこむようになっていた。

処理水を水蒸気放出するのか、海洋放出するのか、地元の人にとって日々の生活に関わる深刻な問題だ。風評被害を払しょくするため、国の基準よりも厳しい自主基準を設けて、少しずつ市場に受け入れられるようになった福島の農業・漁業が再び深刻な被害を受けることになるかもしれない。その痛みを、少しでも「自分のこと」「私の生活に結びつくこと」として考えるために、何年たっても3月11日という日付を忘れてはならないのだと思った。

排気筒を切断するための重機
排気筒を切断するための重機

排気筒の近くは線量が高いため、離れた場所に設置したバスから重機を沿革操作している。バスの側面は、作業を担当する協力企業の社員の子どもが描いた絵でバスをラッピングしている。危険な現場で働くお父さんへのエールだ
排気筒の近くは線量が高いため、約300メートル離れた場所に設置したバスから重機を遠隔操作している。作業を担当する協力企業の社員の子どもが描いた絵でバスをラッピングしている。危険な現場で働くお父さんへのエールだ

写真=土師野 幸徳(ニッポンドットコム編集部)
バナー写真 : 処理水のタンクが林立する福島第1原発構内。左奥の屋根にドーム型カバーがのっているのが事故を起こした3号機

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