福島第1という「非日常」の中の日常
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福島第1原発取材の前日2月12日の夜、テレビ画面に速報が流れた。
福島県浜通り 震度4
「大きな地震の前兆だったらイヤだな」「実家の母には、明日、福島第1に行くとは言わないでおこう」―瞬時にいろいろな思いが巡った。取材が決まってからは、ルーティンの仕事をこなしながら、福島第1原発に関連する過去記事を読み返すなど、淡々と準備を進めていたつもりだったが、やはり、心のどこかで身構えていた。
食堂メニューは、がっつり高カロリー
当日、申請した本人であるのか、危険物を持ち込こもうとしていないかなどいくつもの関門を通過しながら、普通の取材現場ではないことを改めて体感する。
現在、原発構内で働いている人は4000人強。もちろん、東京電力の社員だけではない。原発メーカー、土木工事、水処理、空気清浄化などさまざまな分野の“協力会社”からも派遣されてきている寄せ集め部隊だ。だからこそなのだろう。廊下や下駄箱ですれ違う人どうし、「こんにちは」「ご苦労さまです」と声を掛け合っていたのが印象的だった。山のあいさつに似ている。単なるマナーというよりも、お互いの無事の確認と、たとえ顔を見知った間柄ではなくても、緊急時にはコミュニケーションを取れるようにするめに、日々、下地を整えておく小さな積み重ねのように思えた。
食堂のメニューは、定食、丼もの、カレー、麺類の4種類で全て390円。都会のオフィスの社員食堂と違うのは、どのメニューも800~900カロリーと熱量高めだ。私が食べたラーメンには小籠包とライスもセットになっていた。外での現場仕事の人が多いため、「低カロリー健康志向」「炭水化物ダイエット」メニューへのニーズはほとんどないそうだ。
中で働く人たちには「給料日だから、今日は外に食べにいくか」という選択肢はない。常設メニューの「カレー」も、日によってポークやチキンと肉が違い、ルーやトッピングの組み合わせで、毎日カレーでも飽きないように工夫されているという。取材した2月13日は、バレンタインデーの前日。食堂の入り口には「バレンタインカレー」として、ハート形のコロッケがトッピングしたカレーのポスターが貼ってあった。特殊な職場であるには違いない。けれど、そこで働く人にとっては、そこで過ごす時間が日常なのだ。
スマホで撮影は禁止
同じ現場で作業しているメンバーなのだろう。4~5人でかたまってはいるものの、会話もなく黙々とかき込んでいるグループもあれば、食べ終わった後も、お茶を何度もつぎ足して雑談をしているグループもある。中には、食べている間も左手のスマートフォンを離さず、ずっと画面に見入っている人も。これも、どこの会社でもよくある光景だ。ただ、取材を申し込んだ時から、「携帯電話、スマートフォンは持ち込めません」と何度も念押しされ、駐車場に停めた車の中にスマートフォンなどは置いてきている。
「中で働いている人はスマホ持っていてもいいんですか?」と、東京電力の担当者に聞くと、「はい、私も持っていますよ」とポケットから取り出して見せてくれた。スマホ禁止は構内のセキュリティに関する情報が外部に漏洩しないよう、撮影を禁止するためのもの。つまり、カメラの持ち込み禁止ということになる。中で働く人は、持ち込む機種を事前に登録し、カメラ機能が使えないように、レンズをシールで封印した上で、持ち込みが許可されているという。休み時間、お気に入りの動画を見て気分を紛らしたり、もしかしたら家族や友だちとLINEでやり取りしたりしているのかもしれない。
取材の前と後で「ホール・ボディ・カウンター」の検査を受けた。人が体内に持つ放射性物質の数を外側からカウントする装置だ。中で働く人は3カ月に1度のチェックを義務付けられているが、来訪者は当日中に2回の検査を受けることになる。今回の取材では、防護服が必要な線量が高いエリアには立ち入らなかったし、担当者の指示で砂ぼこりが舞うような場所では防じんマスクを付けた。それでも、事故を起こした1~4号機のすぐそばまで行っているので、何かしらの影響は受けているだろう。取材後の検査は、やや重たい気分だったが、計測結果を見て、「あれ、なんで?」ちょっと拍子抜けした。取材前よりも数値は下がっていた。
「さっき、トイレ行かれましたよね。私たち、日々の食事を通じても放射性物質を体内に取り込み、排出しているんです。日頃の食習慣も影響するので、ケース・バイ・ケースですが、一般的には海藻をよく食べる日本人の方が、欧米人に比べると高めです」とのことだった。
店内に取り残されたマネキン
事務棟の1階ホールにはコンビニがあり、テーブルと椅子がランダムに配置されていて、簡単な打ち合わせもできるようになっている。ホールの裏手には所内で唯一の喫煙スペースがあるのだという。非喫煙者の私は、日ごろは「喫煙スペースの近くはたばこ臭い人が多くていやだな」と思うこともあるが、この日に限っては「ここで働く人に一服できる場所があってよかった」と心から思った。
取材を終えて宿泊するホテルに車で向かった。原発周辺は放射線量が高く、「帰還困難区域」に指定されている。廃炉のために原発に出入りする車の往来が多いためだろう、人が住まなくなって9年もたつというのに、道沿いの街並みは意外なほど荒れた様子がない。それでも、生活感ゼロの不気味さが漂っていた。カジュアル衣料品チェーンの「しまむら」の店内には、ラックにかかった洋服がそのまま放置され、取り残されたマネキンがポツンと立っていた。
写真=土師野 幸徳(ニッポンドットコム編集部)
バナー写真 : 廃炉作業が進む3号機周辺。一見すると普通の工事現場のようだが、原子炉格納容器には、いまだに熱を発し続ける燃料デブリが残っている