蔡英文二期目の任務:アフターコロナの経済・国際関係でブレークスルーを

政治・外交 国際

5月20日、台湾蔡英文総統は正式に政権の二期目をスタートさせた。過去4年間の実績を振り返りつつ、将来の4年を考えた際、「台湾主権独立」から「台湾の利益を守る」ことに立場を転換したことで、中台関係では中国のボトムラインに挑戦しない立場を守るだろう。また、アフターコロナの世界では、いかに台湾の経済を立て直し、内政を強化して国内産業を活性化するかも重要だ。日本との関係では、中国との摩擦回避のため、引き続き民間での交流を促進するだろう。

中国包囲網からの活路を見いだすか

台湾の蔡英文総統は5月20日に二期目を迎えた。今回の就任式典は、新型コロナの影響で、本来の総統府ではなく、台北賓館に場所を変えて行われた。

蔡英文は演説で新型コロナ対応において、産業界や政府職員の努力、台湾人の忍耐強い協力に対し、改めて感謝を伝えた。未来4年間の目標として、国内のエネルギー、医療、国防、科学技術の能力を引き続き高め、台湾をアフターコロナの新しい国際社会の変化に対応できるよう導くと述べた。中台関係では「平和、対等、民主、対話」を前提に中国との対話を進め、「一国二制度」による台湾の矮小(わいしょう)化を拒否する意向を表明。演説の最後に、産業界の人々を含め、新型コロナの拡大抑制をサポートしてくれた台湾人は全て英雄だとして、再び台湾人の負託を得たことを光栄に思いながら、より良き国家を造り上げていくと誓った。

再び中華民国国璽(こくじ)を受け取る蔡英文総統(中華民国総統府提供)
再び中華民国国璽(こくじ)を受け取る蔡英文総統(中華民国総統府提供)

4年前、総統府で馬英九・前総統から総統印を直接引き継いだとき、再度の政権交代だけでなく、台湾で初の女性総統の誕生をわれわれは目撃した。しかし、それから続く4年間は、蔡英文、そして、台湾自身にとっても、山あり谷ありの日々であった。

就任後の2年は、中国が経済的な力で台湾を7つの友好国との断交に追い込み、台湾がいかなる国際組織に参加する可能性をつぶした。その後、蔡英文は年金改革など内政の改革に対する圧力を受け、保守勢力の怒りも買ってしまい、2018年11月24日の統一地方選で蔡英文・民進党政府は大敗を喫した。野党の国民党は、高雄市長に当選した韓國瑜が新たな政治スターとして台頭するなど、地方政界での優勢を勝ち取った。

当時の台湾の若者世代は、中国の勢力がついに台湾にも忍び寄り、民進党政権が中国共産党によって包囲されているような恐怖に包まれた。しかし、2019年1月2日、中国の習近平国家主席が「一国二制度の台湾モデル」を発表したところ、変化が生まれる。蔡英文は強硬な口調で「絶対に受け入れない」と中国当局に反論し、民進党は内政、外交、SNSの発信などで大きく変わった。6月の香港で逃亡犯条例反対運動は、さらに台湾人の共産党への不安を呼び起こした。

一度は再任が危ぶまれた蔡英文だが、民進党からの立候補を認められ、国民党が推した韓國瑜・高雄市長と対決することになる。数カ月に及んだ選挙戦で集会や討論を重ね、蔡英文は最後に過去最高の得票で勝利した。その後中国の武漢で起きた新型コロナ問題に対して、蔡英文政府の対策は民衆の信頼を勝ち取り、その声望は再び頂点に達した。過去の苦境から抜け出した形だが、今後の4年間は、蔡英文政府は、依然として慎重に一歩ずつ前進して行かなくてはならない。

台湾利益を守る外交

悪化している中台関係については、民進党は長い間、中国から台湾独立派と見なされ、受け身に立たされ、2018年の地方選挙で国民党の捲土重来を許した。しかし、香港での抗議デモの激化によって台湾社会での対中警戒感が高まると、民進党は大幅に戦略を調整した。過去の台湾のように「統一か独立か」の争いに陥ることを回避し、「台湾の利益を守る」という立場に切り替えたのである。

民進党は、過去の「台湾主権独立」を「台湾の利益を守る」に転換することで世論戦の戦い方が相当に明確になった。台湾の統一か独立かという問題について、人々の意見はかなり異なっているかもしれないが、台湾の利益を守るということについては、いかなる台湾人でも反対はしない。これにより、香港の抗議デモと中国のアフリカ豚コレラの発生後、大部分の台湾民衆は中国共産党の脅威を強く認識し、民進党の支持率も向上するなど、総統選挙に大きな影響を与えたのである。

その後、新型コロナが世界を席巻することで多くの国々の政治および経済の利益が損なわれた。中国が発生地と思われる新型コロナウイルスの起源は、科学的に検証されるべきで、政治化されるべきではない。しかし、中国の当初の政治的な動きが感染をまん延させ、WHOを操作して全世界をミスリードし、多くの国が中国共産党に疑問を抱く事態となった。台湾は国家利益の保護を出発点にして、現時点で感染者440人、死者7人に抑え込み、他の国々との違いは明らかだ。

台湾が新型コロナの感染に対応して「国家利益を守る」ことの世界的なモデルになったため、今後の4年間の中台関係は、米中関係におけるアジェンダとなった。蔡英文の二期目は、中国のボトムラインに挑戦しないという立場を守るだろう。これは台湾の利益を守ることだけでなく、中国に利用されないことにつながる。なぜなら、中国は政治的に不安定な状況を作り出すことで、台湾の指導者を惑わし、台湾社会に不安を与えたいからだ。もともと韓國瑜・高雄市長がその役割を果たすはずだったが、成功しなかった。

野党国民党は「92年コンセンサス」以外、中台関係の新しい主張を作り出すことができていない。未来の国民党が、92年コンセンサスが台湾の利益を守ことになると強弁すれば、次第に台湾社会の世論に「台湾の利益を売り渡している」と受け止められかねない状況に追い込まれることも自然の流れであろう。過去、中国の外交的な包囲網に苦しめられた民進党も、今後4年間はウェブの力で対外アピールを行い、アフターコロナ時代の健康問題をテーマに、国際社会で台湾への信頼を高められる。

就任式で宣誓を行う蔡英文総統(中華民国総統府提供)
就任式で宣誓を行う蔡英文総統(中華民国総統府提供)

経済と内政の再調整

台湾内部の経済再調整の問題もある。新型コロナの状況が緩和に向かう中、蔡英文・民進党政府は悪化する経済から抜け出さなければならない。世界的に観光業や中小企業へのダメージは前例のないものだ。各国の空港も事実上閉鎖されている。台湾も同様で、感染状況は深刻ではないが、観光業はまずは国内観光から復旧させていくしかない。

ただ、世界の観光客を失うことは、国内観光産業の上昇につなげる機会にもなる。台湾観光はもともと海外客に依存しすぎていると目されていた。特に中国人観光客の大量流入で、ファストフード型の消費傾向が強くなり、特定の業者に牛耳られていることもあって、内需への影響も小さかった。台湾人は格安航空会社で日本、韓国、東南アジアに行くので、国内旅行消費は割に合わないと考えられてきた。

今日の国内観光業は日本から学んでしっかりとした観光業の確立を進めながら、伝統的な屋台市場での小皿料理などの衛生環境も整えれば、将来復活した後の海外観光客に対して、さらに良好な台湾旅行体験を提供できるだろう。

日本人が一人当たり10万円の特別定額給付金を提供したように、台湾も一人あたり1万台湾ドルの支援金を出している。しかし、一部で抗議が上がっているように手続きが複雑で時間がかかり過ぎるなどの問題がある。いかに公平なサポートを国民に与えられるかは各国でも議論の焦点になっている。蔡英文政府は未来の4年間、台湾社会の福利政策をさらに強化し、リモート教育などにも力を入れなければならない。

現在の蔡英文総統の支持率は高いが、台湾の民意の流動性は高く、はっきり言えば、利益誘導にも引き寄せられやすい。2018年11月24日の統一地方選の大敗後、蔡英文政府の支持は谷底に落ちて、「株価」が下げ止まって再上昇したと言えるだろう。今後の内政でトラブルが続き、地方の政治家が人心を失い、世論調査の結果にあぐらをかけば、想像を超えた反発を招くかもしれない。

就任式で演説を行う蔡英文総統(中華民国総統府提供)
就任式で演説を行う蔡英文総統(中華民国総統府提供)

日本との関係について

最後は日本との関係だ。台湾は一貫して親日的な国であり、過去4年間も日台関係は安定していた。大使館に相当する台北の交流協会の「日本台湾交流協会」への名称変更も関係向上への一歩となった。ただ、現実には福島とその周辺5県に対する食品輸入の開放という重要問題について、4年間で進展はなかった。

2019年5月、筆者は柯文哲台北市長と一緒に東北地方を訪問し、福島や岩手、宮城県に立ち寄り、東日本大震災から復興状況を見て回る機会があった。当時の柯文哲市長は自民党の萩生田光幹事長代理(現文部科学大臣)と東京で面会し、メディアに対して、「日本は本当に食品開放問題を気にしている」と語った。

日本側は、食品開放問題は科学的な問題だと認識しているが、台湾ではなお政治問題である。科学的な検査に基づいて開放したとしても、民進党は台湾で「媚日」のレッテルを貼られるだろう。親中派や中国政府にナショナリズム的な批判の宣伝材料にされてしまう。加えて、民進党は過去4年間、親米、親EUの路線を取ってきたが、以後4年間は中国をとにかく刺激をしない中で、日台関係は民間交流を中心に政治的色彩を弱めて関係強化をしていかなくてはならない。

過去4年間の執政期間で、蔡英文総統の声望の起伏は非常に激しいものだった。基本的に、総統再選を決めた2019年1月より前の蔡英文と後の蔡英文は、まったく異なる個性を持った指導者のように見える。前の蔡英文は決断力がないが、後の蔡英文はブレなくしっかりとしている。これらは、彼女の目の輝きからも見て取れる。未来の4年間、蔡英文総統は台湾の民衆を安心させるため、いかに国際社会における中国の介入を切り抜けていくのか、期待せずにはいられない。

2016年5月20日、蔡英文総統が総統就任演説の場で「92年コンセンサスが歴史的事実であることを尊重する」という言葉を語ったことについて、中国は「未完成の回答だ」と批判した。2020年5月20日の再任においては、世界が中国の新型コロナに対する疑問の目を向けており、今度は中国が自ら多くの問題に答えなくてはならない。ただ、国際情勢はなお混沌(こんとん)としており、台湾は楽観論に甘えることはできない。瞬時に多くの変化が生じる今の時代に、蔡英文・民進党政権はいかなる問題にも臨機応変に立ち向かうべきである。

蔡英文総統と新任の頼清徳副総統(中華民国総統府提供)
蔡英文総統と新任の頼清徳副総統(中華民国総統府提供)

バナー写真=総統就任式に臨む蔡英文総統と閣僚ら、2020年5月20日、台湾台北(中華民国総統府提供)

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