津波減災は「3人寄れば文殊の知恵」 : GPS衛星で宇宙から初動をキャッチ

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初めて訪問する場所に行く時、スマホのGPS機能を使っている人が多いのではないだろうか。人工衛星が発する電波を受信して現在地を特定する仕組みで、実は、私たちの上空にはたくさんのGPS衛星が航行しているという。そのGPS衛星を活用して、宇宙から津波の初期の状態を特定し、津波予測に活用しようという研究を紹介する。既に存在するインフラを防災に役立てる発想に注目!

激減した台風の人的被害

2011年3月11日の東日本大震災から9年が経過した。科学技術大国である日本で、2万人近い犠牲者を出したこと、そのほとんどが津波によるものであったという事実は、科学者として悔やんでも悔やみきれない。

日本は、長年、台風に苦しめられてきた。戦後最大の被害をもたらした1959年の伊勢湾台風では5000人以上が犠牲となるなど、かつては、数千人規模の人的被害が出ることもあった。

しかし、富士山レーダーや気象衛星ひまわりの登場で、台風の進路予想は革新的に進化し、事前の避難や備えをすることで人的被害は大幅に減らすことができるようになった。記憶に新しいところでは、2019年に東日本を直撃した台風19号は100人近い犠牲者を出したが、レーダーや気象衛星導入前であれば、何十倍もの被害になっていただろう。

チリ地震の教訓

日本に襲来する台風の数や、浸水被害自体は1950年代から大きく変化していないことから考えると、予測技術の向上は、人命を守ることに貢献していると言える。同じように、津波予測の精度を高めることができれば、今後の津波による人的被害を減らすことができるのではないだろうか。

1960年、地震観測史上世界最大のマグニチュード(M)9.5の地震がチリで発生した。その津波は、ほぼ1日で太平洋を横断し、日本に到達した。実は、地震発生直後に、ハワイから津波情報がもたらされていたが、気象庁が津波予報を発出したのは、実際に津波が沿岸部を襲った後だった。震源から遠く離れた日本で24時間という十分なリードタイムがあったにもかかわらず、142人もの犠牲者を出したことから、正しい予報を出すことの重要さが分かる。

この出来事以降、遠地津波の予測精度向上のためにハワイにある米国の太平洋津波警報センターなどとの国際連携を強化して、津波情報の共有が図られるようになった。しかし、東日本大震災のような、日本近海を震源とし、沿岸に到達するまでの時間が比較的短い津波の被害をいかに軽減するかは、現在も残る課題である。

なぜ津波の予測は難しいのか

津波予測がなぜ難しいのか――この答えを一言で言えば、「津波の始まりを捉えることが難しいから」に尽きる。もし、津波がどこでどのように始まったのかが分かれば、コンピュータシミュレーションで津波の伝搬は手早く高精度で計算できるのだ。

高校生の頃、こんな練習問題を解いた記憶はないだろうか。

Q ボールをある高さから静かに落としたとき、地面に到達するのは何秒後で、その時の速さはどの程度か?

物理が苦手だった人でも「どの高さから落としたのか分からなければ、到達にかかる時間も、速さも計算できない」と答えるだろう。高ささえ分かれば、ニュートン物理学で簡単にはじき出すことができる。

ボール落下問題の「高さ」に相当するのが、「津波の初期の状態」だ。地震直後、どの地点でどの程度海面が盛り上がっていたかなど、津波の初期の形状を知ることさえできれば、正確なシミュレーションによる予測ができるのだ。

膨大なデータベースで津波を予測

ところが、津波の始まりを捉えることは容易ではない。どこで起こるかわからない津波を発見するため、人工衛星で広い海を常時監視することは、当面は、技術的にもコスト的にもハードルが高い。

そこで、従来から行われているのは、地震の震源とマグニチュードから津波を推定する方法だ。地震波は、秒速約7キロメートルのP波(縦揺れ)と、秒速約4キロののS波(横揺れ)として伝わる。複数の観測点で地震波を検知すれば、発生場所や地震の規模・マグニチュードを2分以内に算出できる。

気象庁では、あらゆる地震の発生場所とマグニチュードを想定し、数万を超える組み合わせで事前に想定される津波伝搬の計算をしており、観測された地震情報にあわせてデータベースから津波予測結果を引き出す。

ただ、この手法の限界は、P波・S波から震源とマグニチュードを算出する方法が、マグニチュード(M)8規模までの地震にしか通用しないことにある。東日本大震災のような超巨大地震の規模を瞬時に算出できず、「M8」と過小評価してしまうのだ。

どんなに良質なデータベースを整備していても、地震の規模を「9」ではなく「8」としてしまうと、エネルギーで約30倍もの差が生じ、正確に津波を予測することはできない。東日本大震災でも、即時に正しいマグニチュードを把握できなかったことが過小な津波予報につながり、各地に設置された防潮堤を超えることはないという間違った判断に基づいて、避難が遅れ、犠牲者が増大する一因となってしまった。

東日本大震災後の津波予測への挑戦

甚大な津波被害を少しでも減らそうと、東日本大震災以降、国立研究開発法人「防災科学技術研究所」が房総沖から十勝沖までの海底に、日本海溝海底地震津波観測網(S-net)を整備し、既に運用が始まっている。地震計と津波計が一体となった観測装置を光海底ケーブルで接続して、24時間リアルタイムのデータを収集するもので、ケーブル総延長は5500キロに及ぶ。来るべき南海トラフ地震に備えては、2020年から、四国沖でも海底地震津波観測網(N-net)の構築が始まった。

海底地震津波観測網は、震源となりそうなエリアに機器を設置し、海底で直接的に津波を捉えるという点で、極めて有力なツールである。ただ、海底にケーブルを敷設し、計測器を接続するには、設置のための初期投資はもちろんのこと、機器の維持・メンテナンスにも莫大な費用がかかる。

そこで、同じ発想で、コストのかからない初期の津波の形状算出方法を考えた研究者がいる。東京海洋大学の稲津大祐准教授は、航行する船に装着が義務付けられている船舶自動識別装置(AIS)のデータから、津波通過による船舶速度のずれを求めて、津波の初期の形状を逆算できることを東日本大震災の事例で示した。

AISデータは数十キロの沿岸のほとんどの船舶から電波でリアルタイム情報が送られており、近いうちに人工衛星で電波が沿岸へ届かない洋上船舶のAISデータまでリアルタイムで取得できるようになる。つまり、海上の船舶が津波測定器になるのだ。船舶数や配置分布が一定でないため、精度に揺らぎはあるとしても、既存インフラのみで運用できるという点では、新機軸の技術となりうるであろう。

宇宙空間で津波を捉える

次に、地球上で地震波や津波を直接的に感知するのではなく、空の上で津波をキャッチしようとする筆者らの研究を紹介したい。

津波が発生すると、盛り上がった海面が空気を持ち上げゆっくりと振動する音波(インフラソニック波)を生む。その音波は、高度300 キロの宇宙空間まで8分程度で伝わる。

高度300kmの空間では、ごくわずかに残る大気の一部が太陽からのエネルギーでプラスとマイナスのイオンに分かれる「プラズマ」と呼ばれる状態になっている。津波を起源とするインフラソニック波はプラズマも大きく振動させるのだが、その変化を空間的にみると、さながら津波初期の形状が映し出されているように見えるのだ。

カーナビやスマートフォンの普及で、GPS(Global Positioning System=全地球測位システム)機能はごく身近なものになった。測位衛星は高度約2万キロを航行しており、日本上空に常時多数存在している。また、測位の位置基準のために、国土地理院は電子基準点を日本に1300点も設け、常に測位衛星からの電波を受信し、データは1カ所にリアルタイムで集められている。

測位衛星から基地局に送られる電波には、プラズマを通過した時の情報が含まれている。そこからプラズマの変動を抽出すれば、津波の初期の形状を正確に判別することができる。現状では、M9クラスの地震で、津波の発生から判別までに20分程度を要するが、これを12分程度まで短縮する技術を開発中だ。

この技術の最大の利点も、測位衛星という既存インフラを活用できることにある。初期投資なしで、宇宙空間から日本近海の津波をくまなく監視する体制を整えられるのだ。さらには、この技術はインフラ投資の余力のない国にも展開可能だ。低コストの津波予測技術を実用化できれば、甚大な津波被害を受け、世界中から多くの支援をもらった日本からの「返礼」にふさわしいものではないだろうか。

科学技術と一人ひとりの身を守る意識

伊勢湾台風で多くの人命を失ったことが台風の進路予想の進化をもたらしたように、我々科学者がなすべきは、仮に、東日本大震災の時と同じような大津波に襲われるようなことがあったとしても、同じ被害を繰り返さないために研究と技術開発に注力することだ。

今回、紹介した以外にも、東日本大震災以降、さまざまな津波予測のための技術開発が行われている。いずれも発展途上の技術ではあるが、そもそも地震の予知も津波の始点を確実に捉えることも難しいことを考えれば、それぞれの長所を活かした多様なアプローチによる、複合的な予測システムの構築が有効だと考えている。それぞれが補い合うことで、一つの手法では埋められなかった穴をふさぎ、より多くの人命を守ることこそが究極の目的だ。

一方で、皆さんには、現時点では決定打と言える予測技術は残念ながら存在しないことを知っていてほしい。一人ひとりの「経験」と「直感」と「日ごろの備え」も、津波減災には不可欠な要素だ。沿岸部に住む人は、日ごろから高台の避難場所がどこかを確認し、大きな揺れを感じたら、大津波が来る可能性を意識し、避難行動を取ってもらいたい。

地震の巣の上に位置する日本列島は、今後も、津波被害を完全に免れることはないだろう。しかし、科学技術と一人ひとりの努力によって、失われる命が少しでも少なくなることを目指したい。

バナー写真 : 東日本大震災で津波被害を受けた福島県相馬市の松川浦漁港付近の様子(写真提供 財団法人消防科学総合センター)

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