台湾の高雄市長リコール、果たして日本でも起きるか?

政治・外交

台湾・高雄市で韓国瑜市長が住民投票によって罷免された。台湾の地方自治史上初めてリコール(解職請求)で罷免された直轄市長となり、台湾の民主化プロセスにとっても重大な意義を持つ。一方、日本では過去70数年の民主主義の歴史の中で、リコールのシステムは存在するが、相対的にリコールの例は少なく、行われたとしても成立する確率も高くない。しかし、最近、愛知県知事のリコール問題が浮上している。日本人が政治家に寛容なのだろうか?それとも台湾人が政治に熱中し過ぎているのだろうか?それぞれの歴史的背景とも関係がありそうだ。

直轄市の市長として初めて罷免される

台湾南部の港湾都市の高雄市は、最近、新たな政治的局面を迎えた。2020年6月6日の市長罷免を問う住民投票で、高雄市民は賛成に93万9090票(得票率40.83%)を投じ、高雄市長の韓国瑜氏の罷免を決めた。6月11日、韓氏は身辺整理をして正式に市庁舎を離れる際に行った別れの演説で、高雄を離れるのは大変心残りで遺憾だが、高雄の将来がますます明るいものとなるよう祈っていると、高雄への思いを強調した。

2018年11月24日の統一地方選挙で、台湾の野党国民党は予想外の大勝となり、韓氏はこの選挙最大の功労者とされた。国民党公認候補として20年ぶりに高雄市で勝利しただけでなく、「韓流」と呼ばれるブームを作り出し、国民党が多くの県市の選挙戦で勝利し、地方政権の奪取に貢献した。しかし、そこから1年半に満たない間にブームは消え去り、韓氏は失意の中で、かつて自身を人生のピークだった高雄市長のポストから、再び政界の落武者になってしまった。

韓氏は2020年の総統選の期間中、国民党公認候補として参戦した。しかし多くの人々から、高雄市長就任から4カ月足らずで総統選に参戦したことで、まず基本的な有権者の信頼を失った。また、韓氏は多くの政策を誇大に語りがちで、政策実行のための具体的評価が乏しく、政策の実現性は相当低いものだった。あとは韓氏の人となりの問題で、舌鋒は鋭くても低俗な言葉をしばしば用いた結果、最後は市民がため込んでいた不満が爆発した。

1年前の勢いに比べ、辞任前の韓国瑜氏はすでにメディアの寵児(ちょうじ)ではなくなっていた(高雄市政府提供)
1年前の勢いに比べ、辞任前の韓国瑜氏はすでにメディアの寵児(ちょうじ)ではなくなっていた(高雄市政府提供)

愛知県でも解職請求運動が起こる

一方、日本では愛知県でも知事の解職請求運動に向け準備が進められていた。しかしこの運動は高雄市のそれに比べればシンプルだ。発端は当地で開催された国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の企画展「表現の不自由展・その後」で、昭和天皇の肖像を燃やすような動画が展示され、日本の皇室支持者の不満を引き起こしたのだった。東京で美容外科「高須クリニック」を経営し、ツイッターで80万人のフォロワーを有する愛知県出身のインフルエンサーである高須克弥院長は記者会見で、大村秀章愛知県知事が企画展の開催を容認したことで一連の混乱を招いたことの政治的責任を負うべきで、知事の解職に向けた運動を始めると述べた。

しかし、高須氏の解職の呼び掛けの後、ネット上ではそれに反対する声も多く出現した。原因は高須氏本人が過去に歴史認識についての発言で論争を引き起こしていただけでなく、大村知事側も特段物議を醸すような言動もなく、企画展によって愛知県民の怒りが湧き上がったわけでもなかったからだ。また、日本の法律では、仮に解職請求を求めるなら、愛知県の約612万人の有権者の中で、86万5400人の署名があってはじめて成立する。法律が定める2カ月の間にこの署名数を集めるのは相当に困難であろう。

台湾の選挙罷免法は1980年に制定され、途中何度かの修正を経て、1994年にほぼ現在の形になった。しかし全有権者の半数以上の投票が必要とハードルが高く、罷免の成功はほとんどないと見られていた。2016年、民進党がこのハードルを全有権者の25%の投票に改正したことで、実現可能性が高まった。先の提案者数と第一段階の署名数はそれぞれ全有権者の1%と10%で、日本に比べハードルは低い。韓氏罷免を呼び掛けた団体は、2019年12月にはすでに行動を開始しており、半年間の活動期間という時間的余裕もあった。

高雄市長罷免を問う住民投票の前に、変わらず草の根運動に勤しむ韓国瑜氏(高雄市政府提供)
高雄市長罷免を問う住民投票の前に、変わらず草の根運動に勤しむ韓国瑜氏(高雄市政府提供)

日本ではリコールは流行らない?

日本の近代政治史を俯瞰すると、まだ一人も罷免された知事はいない。2000年から2020年の20年間でも約20の市町村長がリコールされたが成立しておらず、日本の有権者の政治家への許容度が高いことを示している。実際には、日本社会は第二次大戦後の70数年間に成熟した民主的運営システムを、すでに作り出しており、政治家の評価が良くなければ、任期が終わるころに選挙によってより理想的な政治家に取って代わっている。

その中で特に重要なのは、日本の政治家は台湾の政治家に比べ、引き際を知っているということだ。仮に汚職や色恋沙汰、道徳的スキャンダルが発覚した際、多くは官職を辞して謝罪する。過去には東京都の舛添要一前知事や河井克行前法務大臣らが、辞職して謝罪し、怒りが社会に燃え広がる前に事態を収めた。

日本の有権者の態度も相対的に冷静だが、台湾の有権者は感情的だ。長年、中国に干渉を受けてきた台湾は、毎回の統一地方選挙や総統選挙が「統一か独立かの勢力争い」と見られてきた。過去1年間では、中国は香港問題と一国二制度の失敗などで台湾人から非常に警戒された。総統選が終了した後、相対的に親中国的立場の韓国瑜氏に対して、彼の過去の言動などの問題も含め、高雄市民はリコールという方法で1年半にわたる不満を発散したのだ。

しかし、実際のところ台湾もそれほどリコールが好きということではない。過去、最も高いレベルでも立法委員がリコールの対象となっただけだ。成立する確率も高くない。仮に韓氏が総統選の敗北後、自ら「日本式」の深いお辞儀で謝罪をして、同時に高雄市民に期待に背いたことを謝り、高雄に戻ってからしっかり市のための政治を行って二度と高雄市をおろそかにしないと誓っていれば、もしかしたら心優しい高雄市民は心を動かされ、もう一度チャンスを与えていたかもしれない。

6月9日、韓国瑜氏は最後の市政会議を開催した後、市長の職を辞した(高雄市政府提供)
6月9日、韓国瑜氏は最後の市政会議を開催した後、市長の職を辞した(高雄市政府提供)

韓国瑜氏から見えること

韓国瑜氏の態度とスタイルが、最終的に高雄でポストを失う原因になった。過去の日本でも多くの政治家の発言が問題視されたが、韓氏のような言語感覚の持ち主はほとんどいなかった。かつてあるメディアが韓氏の話し方は橋下徹前大阪市長に似ていると評したことがあった。しかし、橋下氏は少なくとも日本の司法試験を突破した法曹のエリートで、38歳の若さで、大阪府知事に初当選した。橋下氏は舌鋒鋭いが、基本的にはやはりエリートの思考で物事を論じる政治家に属する。

仮に比較をするのであれば、韓氏のスタイルは「れいわ新撰組」の山本太郎氏に少し似ているかもしれない。両者とも型破りな政治家だからだ。筆者はかつて2019年の参議院選挙で現場取材を行った際、山本氏の演説力を目の当たりにした。コメディ役者出身の山本氏は、韓氏と同様、その場の雰囲気づくりや人々の心をつかむことに長けていた。二人ともポピュリストスタイルの政治家だ。ただ、山本氏が将来成功した政治家になると言えるのか、必ずしもそうとは限らないだろう。

以前、韓氏の選挙戦で、筆者はいわゆる「三山造勢」と呼ばれる動員集会を取材したことがあった。当時現場には日本人記者もいて、「韓国瑜氏は横山ノック氏に少し似ている」と言っていた。横山氏はコメディアン出身で、舌鋒鋭く、知名度も高かった。参議院議員に当選後、大阪府知事に当選したが、セクハラスキャンダルで辞職して有罪判決を受け、数年後に病気で世を去った。韓氏と同様、横山氏も「一世風靡(ふうび)」型の政治家だ。

SNS(会員制交流サイト)による情報拡散が高速化し、政治全体の新陳代謝も非常に速くなっている。以前は政治家の賞味期限は任期の4年と言われていたが、今では韓氏によって2年に満たないことが証明されてしまった。韓氏の罷免は、今後、台湾で民意にそぐわない政治家はリコールに直面するというリスクを見せつけた。一旦、ポピュリズムに流れしまうと、民主主義の成長にとっては好ましくないだろう。

ただ、台湾で将来、いくら解職請求が増えても、10年、あるいは20年のうちに罷免される政治家はもう現れないかもしれない。なぜなら賛成票は必ず不賛成票を上回る必要があり、今回の罷免賛成票の多さは中国からの圧力と韓氏自身の言動や振る舞いが重なって起きた必然的結果だからだ。この問題から日本社会が受け取るべきことは、台湾人が再度、「中国」と距離を置いたことと、韓氏はかつて日本の政治史上にも出現した線香花火のような政治家であったということだ。韓氏のような政治家がなぜ現れたのか我々は冷静に考え直してみなければならない。

バナー写真=前高雄市長の韓国瑜氏は市長罷免を問う住民投票で94万票近い賛成票を集め罷免が成立した。2020年6月6日、台湾高雄市(高雄市政府提供)

中国 台湾 国民党 高雄 解職請求 韓国瑜 リコール