東京五輪でサプライズを狙うセブンズ日本代表の現在地:“にわか”でも分かる7人制ラグビー
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2020年6月13日、ラグビーファンにはちょっとショッキングなニュースが流れた。
ラグビーワールドカップ2019日本大会で鮮烈なトライを連発し、日本代表を初の8強進出に導いて「和製フェラーリ」の異名を取った福岡堅樹が、東京五輪を目指すセブンズ日本代表候補からの離脱を発表したのだ。
福岡が東京五輪を断念した理由は、幼少の頃からの夢である医師を目指すため。医師の家系に育った福岡は、19年ワールドカップと20年東京五輪で15人制と7人制の両方の代表として世界に挑戦し、その後、医学部受験のため試験勉強に専念することをかねてから宣言していた。
コロナ流行がラグビーに与えた影響
新型コロナウイルス・COVID-19の感染拡大は、さまざまなスポーツに影を落としている。ラグビーも、その一つだ。
2019年のワールドカップでの快進撃は列島に大ブームを巻き起こし、「にわかファン」「ワンチーム」「ジャッカル」などさまざまな流行語も生まれた。年明けに開幕したトップリーグでは連日、大観衆がスタジアムを埋めたのだが……、15週かけて行われるはずだったトップリーグ2020は6節までで強制終了となった。
そして、セブンズが正式採用された東京五輪はいまだ開催が不透明な状況で——と当たり前のように書いてきたが、そもそも「7人制ラグビー」の競技特性と日本代表の実力は、15人制ほど知られていないのが実情だ。
日本で開催される国際大会が少なく、一般にはなじみの薄い7人制ラグビーだが、実は2016年のリオデジャネイロ五輪では男子代表が世界を驚かせている。
初戦で優勝候補のニュージーランドを破る金星を挙げ、さらに快進撃。メダルは逃したものの、日本ラグビーの世界大会史上最高位となる4位に食い込んだ。
2015年のラグビーワールドカップイングランド大会で、優勝候補の南アフリカを破る大金星を挙げ「世界のスポーツ史上最大の番狂わせ」と評された15人制の勝利に匹敵するサプライズ。
2016年のセブンズ日本代表は、キャッチコピーの「次に世界を驚かすのはオレたち/私たちだ!」の通り、世界に衝撃を与えたのだ。
セブンズとは何か? 15人制との違いは?
セブンズこと7人制ラグビーとはどんな競技なのか。
簡単に言えば、1チーム7人で行われるラグビーだ。スクラムは3対3で組む。試合時間は7分ハーフと短いが、グラウンドは15人制と同じ70m×100mのフルサイズ。半分以下の人数で同じグラウンドを使うのだから、1人あたりのスペースは倍以上となる。
当然、有効な攻撃スペースは増えるわけで、個人に求められる仕事量、運動量も多い。試合時間は短くても、試合中は広いグラウンドを走り続けなければならないから超人的なスタミナが必要だ。
同時に、15人制で「分かりにくい」と言われがちなスクラムやモールなどの密集戦が少なく、ボールがよく見えるから、観戦初心者にも楽しみやすいのが特徴だ。
競技の特性が違うから、世界の強豪国には15人制とは違う顔ぶれが現れる。
セブンズ王国として知られるのはリオ五輪男子で優勝したフィジーだ。南太平洋に浮かぶ人口約88万人の島国だが、長い手足と強靱(きょうじん)なバネを持つ選手がそろい、サーカスのようにボールをつなぐ様は「フィジアン・マジック」と呼ばれる。
フィジーと双璧をなすのが、ラグビー王国のニュージーランド。リオ五輪では男子が初戦で日本に敗北、女子も決勝でオーストラリアに敗れて無冠に終わったが、ワールドカップセブンズでは2013年ロシア大会、2018年アメリカ大会ともアベック優勝を飾っている。生活に根付いたラグビー文化、選手層の厚さは男女ともに世界の最高峰だ。
セブンズの面白さは、フィジーが世界最強の座に君臨しているように、15人制ではなかなか勝てない国が世界の上位に食い込むところだ。
世界各地で年間10前後の大会を行うワールドシリーズでは、男子はケニア、アメリカ、女子ではカナダといった、15人制では頂点とは縁遠い国が優勝争いによく顔を出す。
リオ4位の男子セブンズが、東京で表彰台を目指す
では、日本はどうか。
まず男子。前回リオでは初戦でニュージーランドを破って4強進出を果たしたが、準決勝ではこの大会で五輪初代王者となるフィジーに完敗。南アフリカとのブロンズファイナルにも敗れ、メダルの夢は破れてしまった。
それでも、世界4位は日本ラグビーにとって過去にない好成績。それまで日の当たる機会が少なかったセブンズの環境が東京五輪に向け改善されるか——と期待されたが、そこからの4年間の足取りは決して順調ではなかった。
なにより2019年ワールドカップのホスト国ということで、トップリーグも日本ラグビー協会も15人制の強化に注力。セブンズの合宿や遠征にはなかなか選手が集まらず、18年のワールドカップセブンズは15位に甘んじた。ワールドシリーズでも、18-19シーズンに世界サーキット全大会に出場できるコアチームに昇格したものの、総合15位に終わり、そのシーズン限りでコアチームから降格してしまった。
日本ラグビーを長く支えてきた大学チームも企業チームも、7人制にはなかなか選手を拠出してくれない。そんな歴史が長く続いてきたのだ。それでも東京五輪が近づくにつれ、強化の機運はじわじわと高まり、セブンズの特性を理解した選手も増えている。
注目選手は、パナソニックの藤田慶和とサントリーを退団したばかりの松井千士だ。2人はともに、リオ五輪ではバックアップ(補欠)として現地入りしたものの、実戦はおろか選手村にも入れない悔しさを経験。それをバネに東京を目指してきた。
藤田は東福岡高(福岡市)3年のとき7人制、15人制の両方で日本代表入りし、早大4年時には15人制のワールドカップにも出場。それ以降15人制では日本代表を外れているが、ゲームの流れを読み、トライチャンスを呼び込むアタックセンスはスペースの広いセブンズでは特に生きる。
来季のワールドシリーズ昇格に挑んだ、20年2月のチャレンジャーシリーズ・ウルグアイ大会ではMVPを受賞した(昇格が決まるプレーオフは新型コロナウイルスの影響で10月に延期)。
松井は、50メートルのベストタイムが5秒7。福岡堅樹を上回ると言われる剛脚がウリだ。長い手足を生かしたダイナミックなストライドで芝を駆ける様はサラブレッドの疾走を思わせる。
異色選手として話題なのは、トップリーグのキヤノンを2018年に退団し、セブンズ専門選手として日本代表活動に専念する林大成だ。自宅も定職も所属チームも持たず、合宿と遠征の宿舎を渡り歩く。SNSで募集した一般の中高生や女子、他競技の選手たちを練習相手に、何度もタックルをかわす「ステップチャレンジ」を敢行し、突破力を磨いてきた。
東京五輪の1年延期が決まった際は、SNSにいち早く「よっしゃあ!」と投稿。すべてをプラス材料にとらえるポジティブ思考が武器だ。
リオ五輪10位の女子。タレントぞろいの現チームは躍進の予感
女子はリオ五輪では10位。残念ながらメダルには遠い成績に終わったが、その後は若手や他競技からの転向選手を積極的に登用して強化を図ってきた。
2020年2月のワールドシリーズ・オーストラリア大会では初戦で女王ニュージーランドを相手に、ハーフタイムまで0-0と互角の勝負に持ち込む健闘。最後は0-28と突き放されたが、以前はフィジカル、スピードで圧倒された世界のトップ相手に接点で食い下がるたくましさが備わり、交代で入るインパクトプレーヤーも含めて選手層は厚くなった。
14年から始まった「太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ」はワールドシリーズと同じ大会フォーマットで毎年、国内各地で4大会を実施。世界でも他に類を見ない大会で、ニュージーランドやスペインなど海外の代表クラスも多数参戦。この大会が転向組も含めた日本女子選手の経験値を高め、日本代表の選手層を厚くすることに大きく貢献した。
期待を集めるのは日体大1年生の松田凛日(りんか)。
男子15人制ワールドカップ4大会で代表になり、2013年までトップリーグでも活躍した名フルバック・松田努さんの娘で、中学生時代からユースアカデミーに招集され、高1で日本選抜に選ばれ早くも国際大会を経験。スピードとパワー、プレーのダイナミックさを併せ持つ逸材だ。
スケールの大きさが光るのは日体大4年生の大竹風美子。
高校まで陸上競技の七種競技選手で、ナイジェリア出身の父から受け継いだ走力と、チームの「ポジティブリーダー」に指名された明るいキャラクターが武器だ。
活路は自国開催のアドバンテージにあり
男女とも、これまでメダルに手が届いたことはないが、19年のワールドカップで証明したように、本番をホームで戦えるのは大きなアドバンテージだ。
五輪のセブンズはワールドシリーズなど単独の世界大会とは異なり、スタッフの人数も限られる分、参加国はいつもと勝手が違う戦いを強いられる。
だが、日本代表はメジャーな大会でも、そもそも恵まれた状態で戦えていないから、相対的に不利な材料が減る——強引にも聞こえる理屈だが、これは4年前、日本男子を率いた瀬川智広ヘッドコーチ(HC)が大会前に明かしていた勝利へのキーワードだ。実際、通常の大会なら自分たちの希望がすべて通る環境でプレーしているニュージーランドは、そこに戸惑い、ペースをつかめず敗れた。
目下、五輪そのものの催否さえ不透明な状況だ。予定通り来夏開催されるとしても、あらゆるチーム、選手にとって不確定要素と不安材料が渦巻く。だがそれも、瀬川HCの理屈を借りれば日本にとって有利な要因になりうる。4年前の男子が強引な理屈を信じて戦い、4位という結果を得たのが何よりの証左だ。
無事開催されれば今度は自国開催、熱狂的な応援を背に戦える。もうちょっと悪のりして、都合のいい理屈を信じ抜けば、悲願のメダルだって夢じゃない——この際、そう期待したくなるのである。
(バナー写真=東京五輪の出場断念を発表した福岡堅樹。写真は2016年リオ五輪のフランス戦 時事)