香港国家安全法の危うさ 日本は意思表明すべき?

政治・外交

6月30日、中国全人代常務委員会での可決・成立により香港は国家安全維持法を施行した。翌日には同法による逮捕者が現れ、欧米各国が注視している。多くの国では指導者らが中国に対し公式な批判を行っているが、中国の隣国の日本の動きはそこまで積極的ではない。G7で唯一の東アジア国として、日本の態度は大変重要で、引き続き「憂慮」を表明するだけでなく、もっと積極的な強い意思表明をすべきではないだろうか。

政府、民間で高まる香港民主活動家の支援

6月30日、中国北京で開かれた全人代の常務委員会で「香港国家安全維持法案」(以下、国家安全法)の採決が行われ、全会一致で可決・成立し、香港の憲法にあたる「香港基本法」の付属文書に追加された。日本政府は菅義偉官房長官が翌日の記者会見で遺憾の意を表明する一方、去る6月9日、非政府組織(NGO)においても、香港政府が進めた「逃亡犯条例」改正案に対する反対運動、いわゆる「100万人デモ」から丸1年を迎えたこの日、「香港問題から国際的連帯を考える」シンポジウムが、都内の衆議院第1議員会館で開催、ネットで中継もされた。

シンポジウムでは香港とリモートでつながり、香港の民主活動家・周庭(アグネス・チョウ)氏や香港区議会議員の葉錦龍(サム・イップ)氏が画面に登場し、日本の会場にはデモ参加者が携帯していたガスマスクや、催涙弾の残骸、抗議の旗などが展示。他にも、日本人カメラマンが撮影したデモの現場写真も展示され、シンポジウムでの解説とともに、参加者に香港の民主化運動が直面している困難について、訴えかけていた。

香港では国家安全法問題によるデモが続いているが、当日は日本の会場でも日本で働く香港人が旗を掲げたり、シュプレヒコールを上げたりしていた。都内で働く張さん(30)は、「中国政府が言う国家安全法草案の“外国勢力と結託”というのは非常に皮肉な話だ。なぜなら香港には多くの政府高官とその家族が英国のパスポートやオーストラリア、ニュージーランド、カナダの公民権を有しており、それに比べ、1997年の中国返還以降に生まれ、香港籍しか持たないデモの若者から見れば、高官らこそが本当の“外国勢力と結託”した人々なのだ」と語ってくれた。

もう一人、都内で学校に通う香港人のデビットさん(27)は、「香港は19世紀の開港以来、ずっと欧米や西洋の価値観の影響を受けてきた」と言う。続けて苦笑いしながら、「もし外国勢力と結託というのなら、150年前から結託していたことになるのでは?」と語り「香港は150年かけて中国と西洋文化の交差点になった。香港は中国の伝統文化を保持してきたが、それと共に、これからも西洋の自由や民主主義、人権尊重について諦めてはいけない」と語った。デモ隊が訴えてきたのは、中国政府が当初、約束したことを守ってほしい、それだけなのである。

東京都内で行われた「香港問題から国際的連帯を考える」シンポジウム。会場にはデモ隊が携帯していたガスマスクや催涙弾の残骸が展示されていた(筆者撮影)
東京都内で行われた「香港問題から国際的連帯を考える」シンポジウム。会場にはデモ隊が携帯していたガスマスクや催涙弾の残骸が展示されていた(筆者撮影)

香港人材の受け入れ推進を表明した安倍首相

中国政府による国家安全法の導入で香港の一国二制度の崩壊の危機が迫る中、英国、台湾、欧米各国では、どのような方法で自由や民主を求める香港人を救うべきか、対策が講じられようとしている。居留期限の延長から高度技術者移民の支援など、これら全てが検討されてきた。6月11日、安倍首相も参院予算委員会で、香港の金融センターをはじめとする人材受け入れを推進する考えを表明した。将来、香港が金融危機に陥った際、多くの香港人が日本にチャンスを求めてやって来るかもしれない。

先の都内で働く張さんは、「日本政府が香港人へより多くのチャンスを与えてくれることに、とても感謝しているが、同時に、香港人が必要なのは、国際社会からの注目と支持で、亡命を選択することは誰も望んでいない。香港がそういう状況にならないよう希望する」と語った。

また、ため息混じりに、「実際のところ、経済力のある香港人はとうに他の国へ移民していて、本当に助けが必要なのは、1997年以降に生まれた、貯蓄ができず、未来に希望が持てない10~20代の若者だ。国際社会はこの世代に注目してほしい」と窮状を訴えた。

6月9日の「香港問題から国際的連帯を考える」シンポジウムでは、日本人参加者も衆議院議員が提議した日本政府のより積極的な香港の民主主義への支持表明に共鳴していた。その中で質問に立ったある人は、「もし日本政府がより積極的に動かなければ、私たちがここで香港について議論をしていても意味はない」と悲観的に語った。

2019年に香港でデモが発生以来、欧米各国に比べ、日本政府はずっと静観を保ってきた。同年10月23日に安倍首相が中国の王岐山国家副主席と会見した際、香港情勢に関し「大変憂慮」している旨述べつつ、引き続き「一国二制度」の下、自由で開かれた香港が繁栄していくことの重要性を指摘した。

しかし、日中双方の焦点は、当時注目されていた中国の日本人学者拘束事件や尖閣諸島海域への中国公船侵犯などであり、また、王副主席の来日の主目的が習近平国家主席の特使としての新天皇・皇后両陛下の即位の礼への参列だったこともあって、突っ込んだやり取りは行われなかった。

都内で行われた「香港問題から国際的連帯を考える」シンポジウム。香港の民主活動家・周庭氏(アグネス・チョウ)はリモート登壇した(筆者撮影)
都内で行われた「香港問題から国際的連帯を考える」シンポジウム。香港の民主活動家・周庭氏(アグネス・チョウ)はリモート登壇した(筆者撮影)

諸外国の予測を超えた中国の強硬突破

2020年5月末から、香港の国家安全法に関する議論を巡り、世界情勢は緊迫していた。6月19日、中国全人代常務委員会はすでに審議入りしていた香港版国家安全法について修正を行った。その中で「外国と国外勢力が香港の実務に干渉」することを予防、制止、罰するとあった条文を、「外国あるいは国外勢力と結託」などに修正され、再び物議を醸した。律政司の鄭若驊(テレサ・チェン)司長を含む多くの香港当局者は、中国政府が修正を行うことを事前に知らされていなかったという。

新型コロナウイルスによる影響で、中国政府は当初4月29日に開催予定だった両会(全人代と全国政治協商会議)を5月22日に開催。しかし中国当局が香港版国家安全法の推進を堅持していたことと、修正の速さは周囲の想像を超えていた。

2019年6月に起こった香港「逃亡犯条例」デモから今日にいたるまで、大小さまざまな衝突が収まる気配はない。将来、中国政府が香港の「一国二制度」を廃止することは、国家安全法の審議を1カ月ほどで大幅に前進させたことを考えれば、将来、廃止の審議も速やかに行い、実施してしまうだろう。

明らかに、香港政府はすでに立法における自立性をなくしつつあり、中国政府からの横やりで独自の法律解釈権を失いつつある。親中国紙とされる香港の『星島日報』は、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が北京に向かい、中央指導者から香港版国家安全法草案を直接、受理しようとしたが、門前払いを食らったと報じた。中国政府は現在の新型コロナの混乱に乗じ、各国が国境封鎖を継続している間に、一気に香港での国家安全法導入という政治目的を達成しようとしていると見られる。

東京都内で行われた「香港問題から国際的連帯を考える」シンポジウム。日本人カメラマンが撮影したデモの現場写真も展示されていた(筆者撮影)
東京都内で行われた「香港問題から国際的連帯を考える」シンポジウム。日本人カメラマンが撮影したデモの現場写真も展示されていた(筆者撮影)

日本は「踏み絵」を踏めるのか?G7が最後の訴えの場になるのか?

香港住民の抗議行動が続き、世界各国が新型コロナウイルス対策に追われている中、最も重要なのはこれから開催される主要7カ国(G7)サミットで、先進各国のリーダーが新型コロナ後の世界情勢について意見交換を行うことだ。

6月18日、これに先立ちG7外相会談では、共同声明で香港情勢について「重大な懸念」が示された。日本の態度も引き続き注目され、安倍首相は香港情勢について、G7サミットの中で共同声明発表をリードし、香港について新しい態度を表明すると語った。

このような動きは当然、中国の不満を引き起こし、中国外交部は日本の動きについて、「深い憂慮」を示したほか、G7外相による共同声明には、「G7が香港のことについて、つべこべ口出しすることに強い不満と断固反対を表明する」とし、このような声明で国家安全法を推進する決意は揺るがないと述べた。G7で東アジア唯一の代表である日本がこの議題を強く進めるには限界があり、加えて中国の習主席の国賓来日スケジュールが不透明なことから、日本の公式表明はさらに慎重になっていた。

日本の立場で難しいのは、米中間の狭間に立たされ、バランスを保てないことだろう。近年は中国も外交である程度日本に接近しており、天安門事件があった1989年ごろの状況に似ている。改革開放時には日本は他国に比べ、対中赤字の削減に成功していた。中国当局が天安門事件で学生運動を弾圧した後、世界各国から猛烈な非難を浴びたが、日本は率先して中国に対する国際的孤立に反対を世界に呼びかけ、天皇訪中につなげた。その結果、日本の「寛容」の姿勢は、ここ30年来、中国外交で狡猾に利用され続け、両国の諍い(いさかい)や矛盾が生じるたび、中国は反日運動をあおり、民族主義を掲げるようにもなった。

G7は結局のところ、世界各国が、中国が香港版国家安全法を強行前の、最後の国際社会でのアピールの場で、その時、欧米各国と中国の意見は必ずや再び衝突するだろう。このような衝突は日本をさらに難しい立場に追い込む。欧米各国やG7各国と価値観を共有する日本は、香港の国家安全法が人権や自由を侵害していることに引き続き憂慮を示すが、中国との関係悪化を招くだけでなく、その後の東京五輪や経済活動に影響を及ぼすかもしれない。日中関係もまたG7で新たな局面を迎える。

結論から言えば、日本政府はやはりG7サミット時にその他各国とともに、より強い意思を示すべきだ。その後の日中関係に悪影響を与え、さらには中国から言われなき領土侵害を指摘される可能性があるとはいえ、日本は必ず重要な局面で自らの立場を堅持しなければならない。新型コロナ後の国際社会は、かつてのようなあいまいな解釈ができるゆとりはない。香港の国家安全法問題はまさにこの典型例で、将来の米中関係下の台湾問題も同様である。香港の国家安全法問題は、日本と欧米各国、中国の国益主張の場に他ならないのだ。

バナー写真=香港国家安全法を可決して、依然として7月1日香港返還の日でデモを参加した香港の抗議者たち。(Willie Siawillie Siau/SOPA Images via ZUMA Wire/共同通信イメージズ)

中国 安倍晋三 台湾 香港 国家安全法