「私が『大海原のソングライン』を日本人に見てもらいたい理由」

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台湾の若手映画プロデューサーである筆者は、沖縄に映画会社を立ち上げ、「大海原のソングライン」という映画を配給することを決めた。台湾から南洋諸島など南の島々に広がる音楽の共通性を「ソングライン」と名付け、台湾から各地で伝播していく音楽ロードをたどっていくというアイデアで撮影された野心的なドキュメンタリーだ。8月1日から日本で上映される。

作中でソロモン諸島のチャールズ・マイマロシアは「同じDNAを持つ子孫たちが一緒に一つのことを作り上げるのはこの5000年で初めてのことではないでしょうか」と述べている。私が思うに、DNAという言葉はこの作品をよく表している。普通の映像が持つナラティブ(語り)でなく「ソングライン」という特殊な手法によって作り出された流れは、身体的で非言語的な躍動を音楽によって呼び起こす「音楽映像体験」である。それは映画というよりもむしろ、音楽ライブと身体的なパフォーマンスの中間に位置するような体験であり、映画館という場はこのような五感を呼び覚ますためにある。

台湾人にとって、台湾が「南島語族」の起源の地であることは教科書に載るほど誇りに思えることだ。(この起源に関する考古学的議論はここではなしにしましょう)。確かに私は、ニュースでオーストロネシア諸島の国々の間で多くの「感動の再会」が起きたことを見たことがある。

例えば、ニュージーランドのマオリの人々は彼らの文化的ルーツを見つけるために、台湾のアミ族の村までルーツを探し求めて来たことある。あるいは、遺伝子調査と言語学的研究を通しても、数千年にわたるオーストロネシアの人々の巨大な海の道を見出すことができる。小さな島で育った人々が何千キロも離れた「外国」に自分と似た言語や文化の特徴を見つけることこそ、世界の時間の流れや進化の複雑さを人々に充分感じさせるだろう。

ミュージックムービー『大海原のソングライン』(提供元:Small Island Big Song)
ミュージックムービー『大海原のソングライン』(提供元:Small Island Big Song)

少数民族が文化を維持するため、世代から世代へと歌い継いだ曲や伝統的な楽器と母語で歌唱が続く。(提供元:Small Island Big Song)
少数民族が文化を維持するため、世代から世代へと歌い継いだ曲や伝統的な楽器と母語で歌唱が続く(提供元:Small Island Big Song)

この作品は、学術的な手法とは逆に、現代を生きる人々とその声を通して、人々の間に共通点を探すという新しい考え方を示している。少数民族が文化を維持するために世代から世代へと歌い継いだ曲や伝統的な楽器と母語での歌唱は、今日の世界地図と国籍の想像力を超え、海と星を指標とする海の上の人々の長い航海を呼び戻す。海の人々の長い航海の伝承と道標が、文字を超えた身体に染み付いた理解を生み出す。

オーストラリア出身のワールドミュージックのプロデューサーであるティム・コールと共同制作者である台湾人の陳玟臻氏はバックパッカーのような簡素な荷物で、16の島国にまたがった海の「ソングライン」を収集した。この音楽には、輪唱があり、合唱があり、アンサンブルやコーラスなど多岐に渡る。先住民の音楽に馴染みのない人にでも、彼らの育んできた土地や星空を紡ぐ独特の世界観を想像させることができる。 そして、本プロジェクト(「スモール・アイランド・ビッグ・ソング」というアルバム、ワールドコンサートツアー、本作ドキュメンタリーを含んだ一大プロジェクト)はまるで南の島や海原の吟遊詩人たちが乗り込んだ船のように、その旅とさまざまな形の合唱や演奏を通して、世界中で成長し続けている。

私は2019年の初め頃、台湾で行われたドキュメンタリーのピッチングフォーラムで本作の予告とプレゼンを見てとても感銘を受けた。映画やドキュメンタリーをバックボーンにもたないクリエイターのカップルは、セルフメイドな条件下で、私たちに鮮やかな、そして見たこともない世界観を提示した。この作品は豊かな音楽の旅というだけでなく、地球温暖化における環境保護の思考をも持ち合わせている。このあと私たちは多くの時間を費やして、日本公開までたどり着くことができた。

台湾の先住民族は、南太平洋の民族と共通点があると言われている。(提供元:Small Island Big Song)
台湾の先住民族は、南太平洋の民族と共通点があると言われている(提供元:Small Island Big Song)

言語と国籍の違いを忘れ、純粋なリズムを楽しみ、お互いを知ることができる。(提供元:Small Island Big Song)
言語と国籍の違いを忘れ、純粋なリズムを楽しみ、お互いを知ることができる(提供元:Small Island Big Song)

台湾は小さな島で、狭い島のテリトリーの想像では、限られた人と人、民族と民族の想像になってしまう。そして日本は比較的大きな島国であり、それゆえに島とその周囲を覆う海洋の関係を意識しづらい。『大海原のソングライン』は文化の体験を通じて、同じ文化的ルーツを持つ人々がリズムと音楽を通じてアンサンブルし、数千年後にリンクできることを証明している。

その一方で、現在の世界情勢下でも「民族を越えた共通理解」というコンセプトによって、言語と国籍の違いを忘れ、純粋なリズムを楽しみ、お互いを知ることができる。「陸地」や「国家」の枠組みを一旦放棄して、映画が示す海に基づいた世界観に委ねてみよう。映画の宣伝コピーにある「16の島国を旅する」というのは実際のところ大して重要ではない。

「民族」「国籍」「身体」「性別」。これらの定義が人と人の差異と共通点をラベリングし、個人を規定することは一種の政治的な行為である。本作においては「南島語族」というラベルから始まり、文化的ルーツに残された音楽の共通性を模索するが、最終的にはアンサンブルによってその文化の共通性と違いを「検証」することになる。

台湾先住民(政府が認定した16部族)はそれぞれ異なる文化と言葉をもつように、沖縄もまた各島や地域ごとに言葉の違いは大きく、通じないこともあるという。しかし、社会的な認識としてはそれらを同じラベルの下に分類され、徐々に「文化的共同体」が形成されていった。本作は数千年前に存在した「南島語族」をテーマの根底においた音楽映画であるが、「私たちは誰なのか」「私たちはどこから来たのか」というような現在の世界地図に分けられた民族概念への疑問も投げかけている。見た人にはこのような考え方や思考を持ってもらえれば幸いである。これも私が日本の方々に本作を見てほしい大きな理由である。

バナー写真=ミュージックムービー『大海原のソングライン』は、ポリネシア、ラパヌイからマダガスカルなどの先住民族を訪ねた(提供元:Small Island Big Song)

*本作は8月1日から日本公開。詳しいは公式HP(http://moolin-production.co.jp/songline/)へ。

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