台湾人の日本ロスは「脳内旅行」で癒せるの?

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日本は、台湾人の5人に1人が旅行したことのある親しみのある国だ。なかでも世界一の日本愛を自負する台湾の日本ファン「哈日族(ハーリーズー)」は、海外旅行ができなくなった今、どんな気持ちでいるのだろうか? 哈日族の代表である哈日杏子(ハーリー・きょうこ)氏が日本へ旅行したいという強烈な欲求をどのように解消しているのかなど心境をつづった。

自分を「だまして」脳内旅行

日曜の午前、私はすき家で焼き魚定食を食べながら、自分は今、横浜旅行を楽しんでいると妄想する。火曜、コメダ珈琲でお茶をしてシロノワールを頬張りながら、今は名古屋旅行の最中だと夢想する。水曜の夕食は大阪王将の焼き餃子だ。こうして私は大阪旅行に来たつもりになる。木曜はサイゼリヤでピザを頼み、ドリンクバーを飲みまくって、東京旅行に来たつもり。金曜の午後は伊藤久右衛門の抹茶パフェと抹茶カレー。繊細な抹茶の香りを楽しめば、まるで京都旅行に来たようだ。土曜の夜、モスバーガーで柚子シャーベットアイスを食べれば、私の心はもう高知である……。

新型コロナウイルスの世界的な流行により、日本に行けなくなった私は毎日このように「脳内旅行」を繰り広げている。台湾で狂ったように日本の味を求めることで、日本旅行をしたかのような気分を味わうのだ。

「脳内旅行」、これは2020年に台湾で生まれた新しい言葉だ。文字通り脳内で旅行へ行く妄想をすること。ある意味、一種の瞑想状態である。あくまで妄想であるので、行きたい場所ならどんな所でも行くことができる。お金もかからないし、時間の制約もない。思い立ったらすぐに出発し、帰りたいと思ったらすぐに帰って来られるのだ(笑)。航空券の予約も不要ならば、慌てて空港に行くこともない。脳内旅行は最も経済的でかつ効率的な新しいリフレッシュ方法だと言える。

海外へ脳内旅行をする際、かつての旅行気分を思い出すために、何かしら外国の人や物による刺激が必要だ。厳密に言うなら、脳内旅行の成功は旅行者が過去にその旅行先に行ったことがあるかにかかっているのだ。そう言うと「その場所に行ったことがない人は、脳内旅行ができないのか?」と思う人もいるだろう。それについて、私はこう思う。できないことはないが、難しい。あなたの脳内にあらかじめその場所に関する大量の風景と情報があるのならば良いが、そうでなければ、その脳内旅行は中身がなく、面白味に欠けるものになってしまうだろう。

今、ふと過去に見たSF映画のストーリーを思い出した。もしかしたら近い将来、人類は他人の記憶を買って、自身が行ったことのない場所への脳内旅行ができるようになるかもしれない。もし、そんな日が来たのなら、旅行の記憶は新しいビジネスの材料になるだろう。そうなったら「旅行記憶家」という職業が誕生し、旅行市場には「記憶旅行社」という会社が次々と現れることだって考えられるのだ。

新しい旅行様式「オンライン旅行」

2020年、「脳内旅行」と同時に誕生したのが「オンライン旅行」である。「オンライン」とはもちろんインターネットのことで、ネット上で映像を見たり、現地情報を見て自分の旅への欲望を満たす行為だ。多くのネットユーザーが私に教えてくれた方法はこうだ。彼らは毎日Googleで行きたい日本の地名を検索し、地図、もしくは3Dモードの地図で街を眺め、日本へ行きたいという気持ちを慰めているのだという。

また、いくつかの日本の鉄道会社は「オンライン乗車体験」を公開しており、ユーザーはオンラインで車掌席からの沿線の風景を楽しむことができる。列車が走る音を聞きながらバーチャル鉄道の旅へと出るのだ。そのオンライン乗車体験では、ある鉄道会社が現地に来られない、応援の気持ちがいっぱいのファンたちに「運賃」として寄付を募ったそうだ。すると多くの寄付が寄せられ、一時的ではあるが、新型コロナウイルスによる経営危機を乗り切ったのだという。

ただ、脳内旅行やオンライン旅行が終わると、私の心は何とも言えない虚無感に襲われる。時に「出発前」より虚しくなるくらいなのだ。空気の匂い、周囲の雑談の声……、目の前に広がる風景は私が生活している台湾だ。この日常の風景が私に「海外旅行になど行っていないのだ」と告げるのである。

哈日族の声なき叫び

日本を好きになって数十年、まさか日本に行けなくなる日が来るとは思わなかった。日本が大好きな私にとって、新型コロナウイルスによる「鎖国」はまさに青天の霹靂(へきれき)だった。最後に日本に行ったのは2020年2月下旬だ。たった数カ月前のことだが、私にとってはもう何年も前、遠い遠い昔のことのように思える。

前回の旅行で私は大阪と和歌山を訪れた。いつものように大阪南船場の美容院でパーマをかけ、私が一番好きな道頓堀で美味しいたこ焼きを食べた。梅田に行って地下街を散策し、家電量販店に行き、そして和歌山で親友に会った。その後、イオンで買い物をし、最後にたくさんの戦利品を携えて、満足して台湾に戻ったのだ。

当時、すでに世界中で新型コロナウイルスの情報が出ていたとはいえ、まだ出入国に伴う14日間の隔離は始まっていなかったことから、少なからぬ人達が旅行を続けていた。まさか海外から台湾に戻った旅行者の中に新型コロナウイルスに感染していた人がいるとは思わなかった。しかもその数は少なくなく、死者数も増えていった。

そして3月17日、台湾の中央感染症指揮センターは日本と米国3州の他19カ国に対し、警戒レベルを第3級(警告、Warning)に引き上げ、不要不急の渡航を禁止、さらに当該地からの旅行者の台湾への入境も原則禁止とした。台湾は鎖国状態になったのだ。それだけでなく、3月19日からは全ての国からの入境者は、14日間の在宅検疫が義務付けられた。

この時になってようやく私は、いや、全ての台湾人が事の重大さに気がついたのだ。その後、新型コロナウイルスの流行は収拾がつかない状態になり、全世界が鎖国時代に入った。

日本が警戒レベル第3級に指定されてからというもの、ネット上では悲しみの声が続出。日本旅行を計画していた人は航空券の払戻しやホテル、レンタカー等のキャンセルをすることになった。哈日族にとってこの3月は「日本旅行のキャンセルに追われた月」だと言える。

台湾政府は新型コロナウイルスの影響による旅行のキャンセル料についてルールを定めたが、日本行きを予定していた人の中には、どうしても旅行を諦めきれず、航空券の払戻しは行わず、出発日を6月や8月に延期した人もいた。かく言う私もその1人である。3月には、何カ月か経てば、また日本に行けるだろうという楽観的な気持ちを抱いていたのだ。

しかし、日本国内における新型コロナウイルスの感染者数は増加の一途をたどり、7月29日にはついに1日の感染者数が1000人を超えてしまった。この報道を見た時、私は死刑判決を受けたかのような気持ちを味わった。日本はまだウイルスを封じ込められていない、つまり次に日本へ行ける日ははるか遠く、いつになるかもわからないということだ……。

日本に行けない…まさに世紀の大悲報

2月に台湾に戻って以来、この数カ月間で私の気持ちはどんどん沈んでいった。日本に行けないことによって、うつ状態になったのだ。何もやる気が起こらず、毎日沈みがちで、元気が出ない。尋常でない量の髪が抜け、目には力がなく、顔色も冴えない。心はまるでぽっかりと穴が開いたようで、理由もなく泣きたくなる。この胸の痛み、悲しみ、戸惑いは、何の前触れもなく愛する人との別れを強いられた時に似ている。そして、何か突き上げるような思いが常に心を襲う。

まるで、相思相愛のまま恋人と引き裂かれるように苦しくなってしまいます。その悲しみを癒す薬は「時間」しかないだろう。だが考えないようにすればするほど考えてしまい、行けなくなればなるほど行きたくなる。時間が経てば経つほど、無気力な状態がどんどん強まっていくのだ。これは以前味わった「日本に行きたいけれど、今すぐには行けない」時の心情とは全く異なるものだった。

基本的に台湾の哈日族は日本旅行が終るたびに、すぐにワクワクしながら次の日本旅行を計画するものだ。私もそうである。私が知る限り、毎年、決まった額の旅費を貯金し、毎年、同じ季節に日本へ遊びに行く人も決して少なくない。春になれば日本でお花見を、夏になれば日本の祭りや花火大会を、秋であれば紅葉狩りに行き、冬にはスキーをして、年末、日本で年越しをする……。

日本各地の鉄道の記念スタンプを集め、各地のお寺で御朱印を授かり、地域限定のお土産を買い、グルメや駅弁を楽しむ。そしてスーパー、ドラッグストア、商店街で爆買い。このような日本旅行は台湾人にとって1年間の最も大切な行事の一つになっているのだ。

毎年の日本旅行という楽しみがあるから、仕事も頑張れる。日本旅行は心のよりどころであり、生活を彩ってくれるものであり、そしてたくさんの素晴らしい思い出を私達に与えてくれるものなのだ。

日本に行けなくなり、私は人生の最大の楽しみと生活の目標を失ってしまった。そればかりか、日本に住んでいる台湾人のことを妬みさえした。日本在住の台湾人がSNSに投稿した日本の新商品や観光スポット、グルメ写真を見ると、なぜか焦りの気持ちが沸き上がってくる。嫉妬と羨望は紙一重だ。そうだ、私は羨ましかったのだ。私が行けない日本を自由に旅行でき、日本での生活を続けている彼らが羨ましかったのである。

この時期、Facebookで日本の話題が出ると、他の人からも「日本に行きたい」「とても懐かしい」「この前、ここに行った時は……」など、日本をしのぶ言葉が本当によく見られた。

本来、2020年は哈日族にとってとても楽しみにしている年だった。なぜなら東京オリンピックがあるからだ。人の一生で何回オリンピックを見ることができるだろう? 2013年、国際オリンピック委員会により第32回にあたる2020年夏季オリンピックの開催地に東京が選ばれた。この決定には日本全国が喜びに沸いただけでなく、台湾の哈日族も大いに興奮したものだ。せっかちな人はすぐさま「2020年東京オリンピック巡礼の旅」を計画していたくらいだ。

1964年の東京五輪に行くチャンスはなかった、この57年後に巡ってきた機会は何があっても逃すことはできない。どんな困難をも乗り越えて絶対に現地に行って、その歴史的瞬間に立ち会いたい。7年後のオリンピックを控え、都内では大規模な建設ラッシュが始まっていた。新国立競技場、選手村、競技会場、聖火リレーのランナーの募集、駅の拡張工事、また大型ショッピングモールも続々と誕生し、オリンピック関連のニュースを見るたびに私の心は弾んだものだ。

開催までの7年の間、私は毎年日本に行き、五輪カウントダウン時計を見ては、期待をふくらませていた。それなのに、行われるはずだった素晴らしいイベントが新型コロナウイルスのせいで延期せざるをえなくなるとは……。

「新型コロナウイルスの流行がなければ良かったのに。ドラえもんのタイムふろしきがあったら、コロナのない時代に戻りたい」私は家にある色とりどりのマスクを見て、パスポートを握りしめながら、やるせなさでいっぱいの思いをつぶやくのだった。

ストレス解消法として広がる「リベンジ消費」

海外に行けない、複数人で集えない、どこに行ってもソーシャルディスタンスを守らなければならない……。長期間、外出せずに家にいると、ストレスが溜まってくるものだ。ウイルスの封じ込めに成功した台湾では、人々は檻(おり)から解き放たれたように外に出るようになった。7月には1000台湾ドル(約4000円)の自己負担で3倍の3000台湾ドル分(約1万2000円)使うことができるチケット「振興三倍券」が発行され、また国内旅行に対し、補助金が出る「安心旅行キャンペーン」のおかげで、台湾では「リベンジ消費(報復性消費)」と呼ばれる現象が起きた。リベンジ消費とは、新型コロナウイルス流行によるストレスの反動からくる消費ブームのことである。

国内旅行でのリベンジ消費は脳内旅行より現実味がある。なぜなら妄想と違って実際に見て、食べて、泊まって、遊ぶことができるからだ。体内に眠っていた快楽をつかさどる遺伝子が一斉に覚醒し、興奮度はMAXだ。私達は何にリベンジしているのだろう? 海外に行けないことからくる辛さへの、そして新型コロナウイルスの流行によるストレスへのリベンジだ。お金は使えばいい! もともと海外旅行の旅費にするためのお金だ。

さらに振興三倍券もある。豪快に思うがままに使ってしまって、台湾を満喫すればいい。美味しいものを食べ、今まで手が出なかった高価な商品や電化製品を買い、高級ホテルに泊まり、飛行機やフェリーで台湾旅行を楽しむ。こういう言い方は良くないかもしれないが、これらは新型コロナウイルスの賜物だ。

リベンジ消費の波は虫の息だった旅行業界にも広がり、国内旅行の需要はピークに達した。新型コロナウイルスの流行は依然として続いてはいるが、7月下旬には1年に一度行われる澎湖海上花火フェスティバルに多くの旅行客が訪れ、会場はもはやすし詰めだったという。その混雑ぶりはネット上に投稿された動画で「まるで年越しみたいだ!」とコメントされるほどである。

そうなのだ、「物極まりて必ず反転す」ということわざの通り、長く抑えつけられた感情は、最後には爆発するのである。この前代未聞の異常な消費ブームは今のところ、外出禁止状態だった苦しみから台湾人を救う特効薬になったと言える。一方で、ブームの中でもお金を使わずに貯めようという理性的な人もいる。少しでも多く貯金して、次の日本旅行でリベンジ消費し、旅をより豪華なものにしようというのだ。

親愛なる日本、次に会えるのはいつですか?

志村けんさんの訃報に続き、老舗のお店やホテルが次々と休業や廃業に追い込まれ、鉄道会社も経営危機に陥っている。一連の悲しいニュースは世界で一番日本が好きな台湾人を「一体、次に日本に行けるのはいつだろう。日本はもう(私が知っている)日本ではなくなってしまったのか?」と不安にさせていく。

私達がよく知る日本、人を魅了してやまない日本の姿は少しずつ変わり、そして消えようとしている。

以前、日本に行った時に撮った写真を見ると、悲しい気持ちが沸いてくる。

毎日、こう自問する。「いつになったら日本に行けるのだろう」

先日、久しぶりに日本の友人であるユウコさんから連絡があった。そこには「私がいつ台湾に行けるかわからない。杏子、あなたがいつ日本に来られるのかもわからない。また会える日を待って、その日に会いましょう!」と書かれていた。

読み終えると鼻の奥がツンとした。ああ、こんな短期間に日本と台湾の距離がかくも遠くなってしまうなんて。

1日も早く、日本の新型コロナウイルスの封じ込めが成功しますように。

1日も早く、新型コロナウイルスのワクチンが開発されますように。

1日も早く、親愛なる日本と再会できますように。

そう心から祈ります。

バナーイラスト:筆者提供(脳内で日本を旅行するしかない哈日京子さんの切ない気持ちを表現している) 

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