石橋貴明ら大物芸能人が続々参入:YouTubeは新たなエンタメに

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大物芸能人のYouTube参入が続いている。コロナ禍でテレビのロケやスタジオ出演の機会が激減したり、不祥事などでテレビ出演がかなわなくなった芸能人が収入を得る目的で始めるなど、動機はさまざま。中には数日で100万人以上のチャンネル登録者を集める芸能人や、600万回以上の再生回数を記録する動画も生まれている。大物芸能人の参入でますます活気づくYouTubeの新潮流を探る。

本人も驚いた石橋貴明の成功

「(俺に)YouTubeできるの?」

いまだにスマートフォンは持たないと言い、自分のガラケー画面を冗談っぽく人差し指でなぞり、お笑いコンビ「とんねるず」の石橋貴明(58)はおどけつつも、不安げな心境をこう漏らした――。

その彼が「貴ちゃんねるず」でYouTubeデビューしたのは、2020年6月19日。高校野球の強豪、帝京高校野球部出身で、自他ともに認める“熱狂的野球ファン”の石橋は、これまで映画『メジャーリーグ2』『メジャーリーグ3』で謎の日本人選手「タカ・タナカ」として出演、カミカゼ・プレーで人気を博した。

「ネット音痴」だという本人がその成功をいぶかしんだ第1回の配信は、コロナ禍で延期されていた日本プロ野球の開幕日。当初の目標はチャンネル登録者数1万人。日本のテレビ業界で天下をとった石橋にしては、ずいぶん控えめな数字と思われたが、10代や20代の若年層が中心とされるYouTube視聴者にどこまで訴求できるか分からない。

しかし、「とりあえずノリでやってみよう」と始めた石橋のチャンネルは、フタを開けてみると、なんとわずか3日間で100万人がチャンネル登録するという快挙を成し遂げた。

配信開始から3カ月、その数字は伸び続け、20年9月現在で130万人以上のチャンネル登録者数を獲得。31本の動画で再生回数は5410万回以上となっている。

オールドルーキーが気負わずバットを振り抜いて、「シングルヒットを打てればいいか」のつもりが、思いがけず場外ホームランを放ったかのようだった。

意外な結果には本人も驚いているようで、この計画を持ちかけたバラエティ番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」の総合演出を担当していたマッコイ斎藤(50)とハイタッチで喜びを分かちあった。

メジャーリーガー参入のインパクト

高校の同級生である木梨憲武と1980年に結成した「とんねるず」は、テレビの黄金期と重なり、バラエティ番組の王者として君臨。アイドルタレントを呼び捨てにしたり、悪ふざけのようなノリが若者に熱狂的に支持された。

ある民放プロデューサーは「世代ギャップと同時に若者のテレビ離れが加速。ここ数年はとんねるずのハラスメント的芸風が時代にそぐわなくなった」と指摘する。28年半続いた冠番組『みなさんのおかげでした』も視聴率低迷で2018年に長い歴史を閉じた。代替えで用意された深夜放送の『石橋貴明のたいむとんねる』も2年で打ち切り。現在、地上波レギュラーはそれよりもさらに深い時間帯の『石橋、薪を焚べる』1本のみだ。「このまま引退してもおかしくないという状況でのYouTube進出だった」という。

だが、メディアの王道からやってきた石橋はスターの風格を見せつける。と同時に、お笑いを作らせたら世界一のクオリティと言われるニッポンの職人、バラエティ・チームが制作するのだから、「予算がないから適当ですよ」と言い訳をしながらも、その内容とレベルは他のYouTubeコンテンツと比べても格段に高い。画面の作りやテロップの入れ方、演者のリアクションなどを総合すると、シンプルなスタッフ構成にもかかわらず、テレビ番組そのもの。草野球的な面白さが売りだったYouTubeに、本物のメジャーリーガーが入ってきた印象なのである。

実際、元巨人の4番打者、清原和博が3日連続で登場した初回は624万回視聴され、既存の大手メディアが「サプライズ」と見出しを取り、こぞって後追いで取り上げたほど。国民的スター選手でありながら16年に覚せい剤所持で逮捕された清原は、20年に執行猶予が満了したものの、現在も薬物依存症加療中ということもあり、めったに公に姿を現さない。しかし、石橋のYouTubeにはリラックスした様子で参加し、コンプライアンスが厳しくなる一方の地上波では絶対に話せないような、ドラッグにまつわるトークを展開。石橋の容赦ない突っ込みに清原も気軽にジョークを飛ばし、「貴ちゃんねるず」でしか視聴できないようなコンテンツに仕上がっている。

ロケーション場所は東京・六本木にある焼肉屋の個室。薄くカットされた牛タンが運ばれてくると、それを2人が熱い鉄網の上で焼きながら、「タンといえばイチロー君(元シアトル・マリナーズ)を思い出す。一枚一枚、ものすごいていねいに焼くんだよね」「結構あいつ、こだわりがある。ちょっと変態ですよね」という野球人脈の豊富な両人だからこそ成立する会話が飛び出すあたり、このコンテンツが多くの視聴者の心に刺さるのも当然かと思える。

テレビ広告費の減少が芸能人のYouTube参入を促す

YouTubeを開始する前に「(レギュラー番組が少なくなって)暇だな」とぼやいていた石橋が、今ここで、新たな熱量を抱えて、再び以前のように輝きを取り戻しているのは、多くの芸能人にとって希望と言えよう。黎明(れいめい)期は「子供だまし」とさげすまれていたYouTubeが、Hikakinやはじめしゃちょー、フィッシャーズ、東海オンエアなど年収数億円を稼ぐとされるスターを生み出し、オーバーグラウンドに躍り出た。

民間の最新アンケート調査によると、将来なりたい職業は男子小学生、男子中学生ともにYouTuberが1位、男子高校生で3位という結果が出ている。社会的認知度は確実にアップし、かつての「テレビで働きたい」という夢に取って代わっている。

その背景にはこんな事情がある。20年3月発表の電通「日本の広告費」によると、19年度のインターネット広告費は2兆1048億円で、前年に比べ113.6%と6年連続で2桁成長で、テレビメディア広告費(地上波テレビ+衛星メディア関連)の1兆8612億円(前年比97.3%)を超える結果となった。今年は新型コロナの影響により、さらにインターネット広告費が上昇すると予測されている。

大手広告代理店の幹部は「今後テレビの広告費が減少し、その分がインターネット広告に流れるとみていいでしょう。それに付随してテレビの制作費は大幅なカットを余儀なくされます。少子高齢化の傾向で、企業は購買力のある年齢層をターゲットに、限られた予算の中で広告を打たなければならない。民放がこれまでの世帯視聴率から、個人視聴率、あるいはコアターゲットやキー特性(13歳~49歳の男女)という名の購買者向けの視聴率にシフトしたのも、その顕著な例です」と言う。

その点、インターネット広告は独自のアルゴリズムによってユーザーの特性に合わせた広告を打てることから効果的とされている。「テレビ出演者も視聴率を取れているのかどうか、これまで以上に厳しい物差しで見られることを併せて考えると、テレビで活躍している芸能人がYouTubeに流れるのは必然」と予想する。

芸能人にとって願ってもないシステム

テレビは番組出演に対してのギャランティとなるが、視聴率が稼げても、それに比例して出演料がはね上がることはない。しかしYouTubeの場合はYPP(YouTube Partner Program)を通じ、簡単に言うと、クリエイター(芸能人)が動画を作成、広告再生回数に応じて広告収入を得るシステムだ。

つまり芸能人の人気度によって左右されるのだが、アクセス数増加によって収入に直結するというのは、旧来の芸能界と違い、「見える化」がされ、分かりやすく魅力的だ。人前で芸を見せる芸能人にとっては願ってもないシステムといえる。

また、万人に満遍(まんべん)なくアピールするテレビの基本姿勢から、ある一定のコアな層に深く刺さるような表現をしたい芸能人にとっても、YouTubeは可能性が広がるメディアである。

現在日本のYouTubeで芸能人部門の上位を占めているのは、米津玄師(547万人チャンネル登録数、以下同)やONE OK ROCK(331万人)、ARASHI(300万人)、AKB48(240万人)、Official髭男dism(215万人)らミュージシャン勢で、存分に彼らの音楽を聴きたいファンに支えられている。また闇営業問題で地上波テレビからオファーが途絶えた宮迫博之のような独立組の受け皿にもなっている。

2019年、日本の「令和元年」は「芸能人YouTuber開設元年」といわれており、前年から比べて2.5倍の118件(ユーチューバーNEXT調べ)のYouTubeチャンネルが開設。20年はさらに激増中で、「芸能人」タグのある新規YouTubeはすでに200チャンネルを突破した。登録者数の多さで注目されたのは江頭2:50、佐藤健、手越祐也、川口春奈、アイドルグループのNiziU 、渡辺直美、錦戸亮&赤西仁など、いずれも大物芸能人である。

とはいえ芸能人全てが成功しているわけではなく、テレビでの露出や知名度の割にチャンネル登録者数と動画視聴回数が伸びないケースも散見される。専門スタッフを使って制作費をかけたにもかかわらず、視聴回数が少なく、労力と経費が利益と釣り合わないという悩みもあるようだ。

結果を出し続けなければいけない世界

冒頭で紹介した石橋貴明はまさに幸先のよい船出であったが、芸能界で成功を収めた大物でさえも、チャレンジに躊躇(ちゅうちょ)する新世界だ。そこで結果を出せなければ「格下げ」、あるいは「人気がない」という烙印を押されるという心配も生まれてくる。

さらに言うと、これだけ多くの芸能人が続々と新規参入しているということは、YouTubeは前途洋々の海原では決してなく、すでにレッドオーシャン(血で血を洗うような激しい競争が展開される既存市場)にほかならない。無名の一般人よりは圧倒的なアドバンテージを有するが、アーカイブ化するYouTubeにおいては一定の水準が期待できる動画を作り続けることが大事である。

テレビの視聴率以上に、YouTubeの視聴回数を課題にする場面が増えるだろう。より一層、芸能人は不安定な要素である「人気」に向き合うことに。そして、自身の「プロデュース能力」がこれまで以上に試されることになるだろう。

バナー写真:プロ野球 ロッテ対ソフトバンクの試合前、自身のYouTubeチャンネル、「貴ちゃんねるず」の取材で訪れた石橋貴明がロッテ井口資仁監督と挨拶を交わす ZOZOマリンスタジアム 2020年9月25日(産経)

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