「平民宰相」菅義偉は親中派か親台派か?―日本の新リーダーを台湾の専門家はどう見ているか
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菅新首相は台湾で親近感を持たれている?
健康問題を理由に辞任した安倍晋三首相の後を引き継ぎ、2020年9月16日、菅義偉氏が首相に就任した。それに先立つ14日、菅氏の自民党総裁選勝利を受け、真っ先に祝意を表したのは中国外交部だ。台湾政府も同じタイミングで祝賀のコメントを発表している。そこで注目したいのは、政権交代によって日本の対中国、対台湾政策にどのような変化が現れるのかということだ。そこで、私たちは2人の台湾の政治経済学者に分析を依頼した。
「菅新首相は控えめな人物だと見られています。彼は在職日数が歴代最長となった官房長官であり、安倍前首相からも大変信頼されています。農家出身のたたき上げで、世襲(せしゅう)議員にありがちなしがらみもありません」そう話すのは台湾・淡江大学日本政経研究所の蔡錫勳(さい・しゃくくん)所長だ。蔡所長は、秋田県の農村出身の菅首相は勤勉だと言われており、台湾の伝統的な農家によく見られる実直で温和な特性と類似点が多いと語る。
蔡所長によると、菅首相は台湾で言えば、総統在任時に控えめで温和な印象を与えた故李登輝氏に例えることができるという。日本に久々に世襲政治家ではない首相が誕生したことは台湾でも親近感を持たれている。官房長官時代にスポークスマンとして記者会見で語る映像が台湾でもよく放映されていたため、菅氏は日本の政治家の中では比較的よく知られた人物だという。
菅首相も台湾に友好的?
安倍前首相はかねてより台湾に友好的である考えられてきた。最たる理由は祖父である岸信介元首相が、長年にわたり台湾と友好関係を築いてきたことにある。岸元首相が88歳の米寿を迎えた際、台湾側からお祝いとして台湾の名だたる政治家の名が連ねられた「扁額」(へんがく 横に長い額)が送られたほどである。
岸元首相はかつて台湾を訪問した際、中国大陸を共産党から奪い返そうというスローガン、「大陸反攻」に蒋介石と共同で署名した。当時、日本と台湾は蜜月関係であったと言える。安倍前首相の実弟、岸信夫氏は以前、「初めて家族で行った海外旅行先は台湾でした。とにかくその時に出会った台湾人が温かかったことを今でもよく覚えています」と語ったことがある。岸家と安倍家にとって、台湾はとても近しい存在だったのだ。
このような台湾への感情は、菅内閣では変わってくるかもしれない。蔡所長は、安倍前首相が台湾に友好的だったのは、政治的な要因のほか、安倍氏が育った家庭環境によるものだと指摘する。そのため、こうしたバックグラウンドがない菅内閣は台湾と一定の距離を置くことも考えられるという。
また蔡所長は安倍前首相と菅首相の違いについてこんな例も挙げる。過去に日台間で何か問題が発生した際、安倍前首相と蔡英文総統はそれぞれSNS(ソーシャルネットワークサービス)で意見を発信し、互いへの支持を表明してきた。これが台湾人が安倍氏に親近感を持つ要因の一つだと言える。一方、菅首相はみんなと議論するのが好きなタイプであるため、SNSで首相個人の意見を発信することは少なくなると見られる。
菅首相の台湾への姿勢について、異なる意見を持つのが、台湾師範大学政治研究所の范世平(はん・せいへい)教授だ。范教授は、菅首相が衆議院議員時代に訪台したこと、そして官房長官時代にも何度も台湾に言及し、台湾の立場を支持するコメントを出している点を挙げる。
官房長官とは首相の「代弁者」だ。范教授はデリケートな政治問題は一般的にできるだけ避けたいところを菅首相はあえて取り上げる点に注目し、菅首相を台湾の立場に理解を示す政治家だと見ている。その例として2011年に放送された『NHKのど自慢in台湾』が挙げられる。台湾での同番組の収録は一時、政治的な理由から実施できない状況にあった。その際、当時一衆議院議員だった菅氏が動き、台湾での収録が実現した経緯もある。
安倍前首相の訪台の可能性は「大」
菅内閣では安倍氏の弟である岸信夫氏が防衛相に就任した。かつて兄弟間にあった「閣僚と与党議員」の立場は入れ替わることになる。一衆議院議員に戻った安倍前首相が、今後、台湾を訪問する可能性があると范教授は予想する。
第一次安倍内閣の退陣後、安倍氏は2010年と11年に訪台している。11年9月6日は自民党総裁として、のちに総統に選出される蔡英文氏と会談を行った。また、20年7月30日の李登輝元総統の逝去に際し、安倍前首相は首相官邸で哀悼の意を示し、弔問のために森喜朗元首相を台湾に送り出した。
范教授は首相を辞任した安倍氏には、今後、「一衆議院議員」としての活躍が期待されると話す。一議員としての訪台であれば、たとえば李登輝前総統を記念する行事などにも姿を見せられるかもしれない。
20年は新型コロナウイルス問題で、米国と中国の間にはっきりと亀裂が生じた年だと言える。范教授は、米国は南シナ海でも北大西洋条約機構(NATO)のような軍事同盟の創設を検討していると見ている。その同盟には日本、インド、そしてオーストラリアが含まれるだろう。もしその軍事同盟で安倍前首相が事務総長などの職位に就いたなら、それは悪いことではないかもしれない。
安倍前首相は7年8カ月の在任期間中に、米トランプ大統領やロシアのプーチン大統領、その他の欧州諸国と非常に友好的な関係を築き、各会議において発言権を得てきた。今後、安倍氏がその外交力を発揮し、台湾への支援に動いたなら、それは台湾外交にとって大きな利益となるだろう。
台湾で福島産の食品輸入が解禁に?
良好だと言われる日台間にも、懸案がないわけではない。たとえば東日本大震災時に起きた福島第1原子力発電所の事故以降、台湾は現在も福島県と周辺4県からの食品の輸入を規制している。これは今後、菅政権が台湾と協議しなければならない問題だ。
福島を含む5県産食品の輸入については、2018年11月に台湾で住民投票が行われ、禁輸が賛成多数となり、輸入規制が継続された。だが22年に台湾政府による規制見直しのタイミングがやってくる。先日、台湾では米国産の牛豚肉の輸入規制緩和が発表されたが、范教授は台湾政府はまず21年に正式に米国からの牛豚肉輸入を解禁し、それが政治面で悪影響を及ぼさないことを確認してから、菅内閣と福島など5県からの輸入規制について議論を行うのではないかと見ている。
というのも、台湾はCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への加盟を目指しているからだ。CPTPPは米国がTPP(環太平洋パートナーシップ協定)から離脱した後に日本が提案し、主導してきた組織。台湾がCPTTPへ加盟するには、他の加盟国から同意を得る必要がある。もし台湾が中国が世界中から反感を買っている空気に乗じてCPTPPに加入したいと考えるならば、今が絶好の機会だということである。
だが、CPTPP加入のためには、台湾にも準備が必要だと范教授は指摘する。その準備とは科学的根拠に基づく福島県を含む5県産食品の輸入解禁である。そうすることで政治的な波紋を最小限に押さえ、かつ日台間の政治的な摩擦を取り除くことができる。范教授はそのタイミングを21年6月だと予測する。それは、菅首相の任期が終わる21年9月前に日台が交渉のテーブルに付くということを意味する。
日米安保の強化と台湾
前出の淡江大学日本政経研究所の蔡錫勳所長は台湾を巡る国防問題について、南シナ海、東シナ海域は米国との関係を強めていくと見ている。そこで、日本は東アジア地域の安全保障についてさらに多くの戦略的情報を提供することができる。その戦略的情報には中国軍の監視も含まれる。これは政権が菅内閣に交代しても変わることはない。
実際に菅首相は、自民党総裁選の出馬に際し、今後も日米両国は「日米安全保障条約」を基軸としていくことを表明した。注目されていた中国の習近平国家主席の国賓としての訪日は、菅政権になったことで、一旦、リセットされ、日本側によって保留にされる可能性があるという。
しかし、蔡所長はこう指摘する。菅首相誕生を強力に後押しした二階俊博幹事長は、一貫して親中派として知られる人物だ。今後、菅首相がいかに脱派閥政治を行うか、そして台湾に有利な政策・議論が行われるかどうかは、二階の影響力がどこまで及ぶかが鍵を握るだろう。
また、范教授の分析によると、新型コロナウイルスの猛威の中、台湾は着実に「防疫外交」を展開してきた。たとえば20年8月の米国のアレックス・アザー厚生長官の訪台からは、米国と台湾の信頼関係が深まっていることが見てとれる。米国がこのような外交活動を継続すれば、日本も同じように台湾と防疫上の交流をすることになるかもしれない。
いずれにせよ台湾は、今後も日米安保の強化と密接な関係にあり続ける。范教授は、菅首相は外交面での経験は十分とは言えないかもしれないが、自民党の優秀な閣僚と官僚らが菅首相をしっかりサポートするはずだ。
また、菅首相は連日、ブレーンとなる経済、医療、外交の専門家との面談を積極的に行っているが、そのブレーンの顔触れは安倍前首相とは異なる。こうしたことからも、菅首相は既存路線を着実に継承すると同時に、菅カラーを打ち出しながら、政権運営していくと思われる。
バナー写真=記者会見に臨む菅義偉首相、2020年9月16日午後9時、首相官邸(共同)