前田建設ファンタジー営業部:「マジンガーZの格納庫」にブルーオーシャンを求めて

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コロナ禍にあって目標や希望を失い、つい後ろ向きになりがちなサラリーマンや学生たちに、ぜひ見てほしい映画がある。昨年1月に公開され、9月にはDVDとブルーレイディスクも発売された『前田建設ファンタジー営業部』。ゼネコン準大手、前田建設工業の社員有志が人気アニメ「マジンガーZ」の地下格納庫の建設設計に挑んだ、汗と涙の実話映画だ。奇想天外なプロジェクトが生まれた源泉をたどって、同営業部を訪ねた。

無競争の未開拓市場は空想社会にあり!

まずは映画の冒頭シーンから--。

時は2003年、日本の建設業界は3K職場の印象に加え、バブル崩壊後の建設不況といった暗い話題に包まれていた。高度成長時代よりダム、トンネル、発電所など数々の大プロジェクトに携わってきた前田建設工業も先行き不安を抱えていた。

そんな同社のオフィスの片隅にある広報グループ。社会人になったら粛々と生きていく、と心に決め、働くことに情熱を見いだせずにいるドイ(高杉真宙)が、憂鬱(ゆううつ)そうにパソコンに向かっている。満面に笑みをたたえたグループリーダーのアサガワ(小木博明)の「マジンガーZの格納庫を作れるか?」との問いに、適当に答えるドイ。そんな2人のやりとりに、同グループのベッショ(上地雄輔)、エモト(岸井ゆきの)、チカダ(本多力)も入ってきて、口々に持論を展開する。

部下たちが話に乗ってきたタイミングを見計らい、アサガワの声が轟いた。

「ウチの技術で、マジンガーの格納庫を作ろう!」

けげんな表情を浮かべる彼らに、アサガワは熱く語りかける。

「公共事業は明らかに縮小し、民間営業では厳しいコスト合戦を強いられている。そんな中でも、どこかにブルーオーシャン(注:経営学用語で「競争のない未開拓市場」)があるんじゃないか……。あったんだよ! それが、マンガやアニメの世界、つまり空想世界からの受注だったんだよ! 空想世界では毎週のように、様々な建造物が、つくっては壊され、つくっては壊され! そんな奇跡のようなニューフロンティアに、わが社がいち早く、乗り込もうじゃないか!」

かくして、アサガワに巻き込まれる形で広報グループは、マジンガーZの地下格納庫をつくる依頼をファンタジーの世界から受けたという体裁で、検討に向け始動する。ただし、実物としてはつくらない――彼らに課されたミッションは、実物をつくるのと全く同じように取り組むこと。そう、これは心の中に建設するという、日本の技術の底力を駆使した無謀なプロジェクトだった――。

ロボットは無理だが格納庫なら任せてくれ

『前田建設ファンタジー営業部』DVD ©前田建設/Team F ©ダイナミック企画・東映アニメーション
『前田建設ファンタジー営業部』DVD ©前田建設/Team F ©ダイナミック企画・東映アニメーション

「ファンタジー営業部」のリーダー、アサガワのモデルとなったのは、現在、前田建設工業ICI総合センターのインキュベーションセンター長を務める岩坂照之。日本大学理工学部出身の岩坂は、1993年に前田建設工業に入社し、東京湾横断道路(アクアライン)などの建設に携わった。

岩坂がファンタジー営業部のアイデアを思いついたのは1998年。本田技研工業のイベントで二足歩行ロボット「P3」(ASIMOのプロトタイプ)を見て愕然とした。ロボットの技術自体にも感動したが、それ以上に、周囲の子どもからお年寄りまで手をたたいて大喜びしているのを見てうらやましかった。

「正直、嫉妬した。なぜ建設会社は、こんな感動を生み出せないのか、と。でもその時、ひらめいた。いや待てよ、ウチはロボットはつくれないが、ロボットの格納庫ならつくれる!」

1968年生まれの岩坂は「マジンガーZ」世代。プールの水が真っ二つに割れてマジンガーZがガーッと上がってくる、アニメのオープニングが頭に浮かんだ。

建設業の素晴らしさを感じ取ってほしい

2002年、総合企画部に異動した岩坂は、広報グループの仲間と「ファンタジー営業部」の立ち上げを会社上層部に直訴する。趣旨は次のようなものだった。

「建設業は受注一つ一つが特注品。昔よく見ていたアニメやマンガに登場する巨大建造物といった空想世界を題材に、我々の仕事の醍醐味~巨大建造物をつくる際にどんなことを考え、最終的にどのような形(見積書)にまとめるか~を、建設業に全く興味がない人たちに楽しく知ってもらいたい。そのために、当社のホームページに『ファンタジー営業部』なるコーナーを設け、見積書作成までの過程を月1回連載、半年程度で公開する」

岩坂のプレゼンを聞き終えた上司たちは、一様に困惑の表情を浮かべた。「岩坂君、なんでウチがマジンガーZを作らないといけないのだろうか……」

「マジンガーZはつくれません。そうではなくて、マジンガーが発進する格納庫のほうです! あと、本当につくるわけではありません!」

当初、上司らは全く取り合わなかった。会社にとって一体何の意味があるのか。そもそも、架空の建造物とはいえ、見積書まで公開するのはまずいだろう……。だが、最後は岩坂たちの熱意に押し切られる形で、就業時間外を使うという条件付きでプロジェクトは認められた。もちろん、ファンタジー営業部なる正式部署などなく、勤務終了後や休日に、会議室や岩坂の家に集まって作業をする。

最大の関門を乗り越える

プロジェクトは開始早々から難題に直面した。

「マジンガーZを題材にするなら、著作権の問題をクリアする必要がある」と同僚から指摘された岩坂は、某大手広告代理店に出向いた。

担当者は笑顔で言った。「いやー面白いですね、こんな企画、聞いたことがない。普通は、主人公とかロボットとか背景を使わせてくれ、といった依頼ですから。数千万円くらい払えばすぐできますよ」

「金額を聞いた瞬間、めまいを覚えた」と岩坂は振り返る。ほとんど同好会活動のようなプロジェクトにそんな予算などない。まだ始動して数日なのに、もう終わりなのか……。

ところが、あまりの落胆ぶりに同情したのか、エレベーターまで見送ってくれた担当者は、下りボタンを押しながらつぶやいた。「僕ら代理店の人間は、原作者の先生に、あれOKしちゃったからね、と言われると何も言えないんですよね」

それはつまり、「岩坂よ、永井豪先生を落とせ」という愛情に満ちた励ましだった。

幸運は重なる。版権元の東映アニメーションの住所を調べると、わが社のご近所さんではないか。さっそく担当部長に会うと、父親が建設業という彼は親近感を持ってくれた。そして永井豪氏のプロダクション幹部に引き合わせてくれて、無事OKをもらうことができた。

一文にもならない企画を支えてくれた協力者たち

架空の建造物とはいえ、どんぶり勘定で見積書をつくるわけにはいかない。実際にトンネルやダムをつくるのと同様、格納庫をどこにつくるのか、大きさはどれくらいで、内部の構造はどうなっているのか、あくまで原作に忠実に設計図をつくり、工事に必要な人、材料、機械、運搬などの費用を積算する。さらに土壌の条件、周辺の環境や生態系に与える影響なども考慮する。それは原作者への最大限のリスペクトであり、ファンの期待を裏切らないためでもあった。

映画の掘削現場のシーンは、福島県の広瀬1号トンネル内で撮影。実際の工事現場をカメラに収め、臨場感あふれる映像が完成した。静岡県の長島ダムでもドローンによる撮影が行われた。=前田建設工業提供
映画の掘削現場のシーンは、福島県の広瀬1号トンネル内で撮影。実際の工事現場をカメラに収め、臨場感あふれる映像が完成した。静岡県の長島ダムでもドローンによる撮影が行われた。=前田建設工業提供

社内の関係部署はもちろん、他社にも協力を仰がなければならなかった。それも無償で。たとえば、マジンガーZは格納庫から舞台のセリのように、10秒で25m上昇する。だから、そのエレベーターをつくってもらわなければならない。

他社への依頼に際して、岩坂たちはルールを定めていた。それは、正規の営業ルートを使わず、一般向けの問い合わせメールや手紙でお願いすること。日頃の付き合いからではなく、「面白そうだな、やりましょう!」と言ってくれた人と協働したかった。

「一文にもなりません、アクセス数がどれだけあるかも分からないサイトに、協力会社さんとして御社の名前が小さく載るだけです、と正直に話すと、それでも、やりましょう、と言ってくれる方がいて、胸が熱くなった」

アニメを全話、細部までチェックしていると、全92話中の69話で突然、マジンガーZが格納庫の中で横移動した。これは大問題だった。他社に設計のやり直しをお願いすると、彼らは二つ返事で様々なアイデアを提案してくれた。

こうした労作にも関わらず、ウェブサイトのアクセス数は全く伸びなかった。当時はSNSなどない時代。岩坂たちは「次作はないな」と肩を落とした。

ところが――。最終回で「建設費72億円、工期6年5カ月」という結果を載せると、ヤフーサイトの人気コーナー「今日のおすすめサイト」で紹介された。一夜にして状況は変わった。社内のサーバーがダウンするほどアクセスが殺到。続いて新聞、テレビ、雑誌が取り上げ、書籍化もされてファンタジー営業部の名は一躍有名になる。

第2弾「銀河鉄道999 地球発進用高架橋」編と第5弾「機動戦士ガンダム 地球連邦軍基地ジャブロー」編もヒットして本になった。これまで紹介されたプロジェクトは9つに及ぶ。

幻冬舎文庫から刊行された、第1弾「マジンガーZ 光子力研究所格納庫」編と第2弾「銀河鉄道999 地球発進用高架橋」編(筆者撮影)
幻冬舎文庫から刊行された、第1弾「マジンガーZ 光子力研究所格納庫」編と第2弾「銀河鉄道999 地球発進用高架橋」編(筆者撮影)

「リアルファンタジー営業部」誕生

いま岩坂は、茨城県取手市にあるICI総合センターでインキュベーション長を務めている。

同センターは、前田建設工業が推し進めるオープンイノベーションの拠点。オープンイノベーションとは、他企業や大学、自治体、ベンチャー企業など異業種、異分野の人たちとアイデアや知識を出し合い、新しいビジネスモデルを共創すること。それはまさに、ファンタジー営業部で岩坂たちがやってきたことであり、「リアルファンタジー営業部」ともいえる。

「マジンガーZ」に出てくる光子力研究所のような近未来的な「ICI総合センター」=前田建設工業提供
「マジンガーZ」に出てくる光子力研究所のような近未来的な「ICI総合センター」=前田建設工業提供

「若い社員がファンタジー営業部の斬新な企画をどんどん発案して欲しい」と語る岩坂照之さん(筆者撮影)
「若い社員がファンタジー営業部の斬新な企画をどんどん発案して欲しい」と語る岩坂照之さん(筆者撮影)

「建設業にとって、ただつくるだけの時代は終わった。ITやAIなどの新技術を活用して、どういったインフラでどのようなサービスを提供できるか。それは我々建設業界の人間だけではできない。ファンタジー営業部でやってきたことが、いま役立っている」と岩坂は話す。

とはいっても、「ファンタジー営業部」が終了したわけではない。今は、新規事業やコロナ対策に忙殺されているが、「次はアニメやマンガといったジャンルを離れて、変化球的な企画を投げてみたい」と秘策を温めているようだ。

ファンタジー営業部がスタートした2000年代初頭、日本の企業風土には、まだ「24時間戦えますか!」的な労働価値観が色濃く残っていた。映画の中のアサガワは見ようによっては、昨今の「働き方改革」とは対極のブラック上司にも写る。

「でも、非常勤講師を務める大学などで学生たちに映画の感想を求めると、意外なことに、アサガワたちの働き方に疑問を持つ人は1割以下なんです」

この映画を「コロナ下で頑張る人に贈る応援歌」ととらえてくれるとうれしい、と岩坂は言う。

「自分たちがやっていることに意味があるのか?と問うことすら忘れ、夢中になって取り組んだ結果がオープンイノベーションにつながった。どんな環境や状況でも、ブルーオーシャンは広がっている」

バナー写真:映画『前田建設ファンタジー営業部』の出演者たち。「映画では、熱血漢アサガワに周囲が引きずり込まれていくストーリーだが、実際には、最初からみんながやる気満々だった」と岩坂は振り返る。 ©前田建設/Team F ©ダイナミック企画・東映アニメーション

前田建設ファンタジー営業部ホームページ
https://www.maeda.co.jp/fantasy/

映画『前田建設ファンタジー営業部』公式ホームページ
https://maeda-f-movie.com

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