熟練の技“マグロの目利き”をAIで:サンマの漁場探しにも活用

経済・ビジネス

マグロの身質を見極めるアプリや、サンマ漁場を予測するサービスが登場。後継者不足や旬の魚の不漁に悩む水産業の救世主となるのか、漁業者の反応などを取材した。

東京・豊洲市場(江東区)の卸売場で早朝、仲買人が切り取られたマグロの尾や、腹の中をのぞき込みながら、真剣に品定めをする。一方、大海原で魚の群れを追う漁師は、天候や水温など海の状況をつぶさにとらえながら、これまでの経験を基にした勘を働かせ、ポイントまで船を走らせる。

こうした魚の目利きや漁場選びといった職人技の領域に、最近、少しずつ人工知能(AI)が活用されるようになってきた。経験や勘がものを言う世界だけに「機械には頼らない」といった声は多いが、技術の進歩に加えて手軽なこともあり、魚のプロも目を向け始めている。

冷凍マグロの競り前に、身質の評価(下付け)を行う仲卸ら 写真:筆者提供
冷凍マグロの競り前に、身質の評価(下付け)を行う仲卸ら 写真:筆者提供

目利きの技術習得は永遠―豊洲・仲卸

「マグロの目利きは、50年やってもまだまだ。脂が乗って赤身にはうま味があり、身が全体にしっとりしていて『縮れ』がなく、ほのかな甘味を持つマグロ。それを探すのは簡単じゃないよ」

旧築地市場(中央区)時代から50年にわたって、マグロの取引を行ってきた豊洲のベテラン仲卸「杉分」の小山田和仁社長が、目利きの難しさについて説明してくれた。尾の断面がくすんでいても、切ってみると中は鮮明な赤色をしている場合もあるという。冷凍マグロのしっとり感は、身を指で3~5分こねなければ分からない。色変わり(変色のしやすさ)も、切ってから数時間たたないと判断できない。小山田社長は「マグロはまさにバクチ。人間がまだ分からないのだからAIでなんて無理だよ」と言い放つ。

目利きに欠かせない尾の断面。脂の乗りのほか、粘りやうま味、色合いなどをチェックする 写真:筆者提供
目利きに欠かせない尾の断面。脂の乗りのほか、粘りやうま味、色合いなどをチェックする 写真:筆者提供

目利きは「教わるものでなく、自ら学んで身に付けるもの」というのが、豊洲・マグロ仲買人の大部分の見方だ。「マグロは五感で選ぶ」と言った仲卸もいるが、サイズや身質に加え、天然・養殖、国産と冷凍、取れた時期や産地(漁場)、釣りやはえ縄、定置網、巻き網といった漁法など、さまざまな情報を頭に入れ、売り買いに臨む。

初競りの大間のマグロのように、数億円レベルの値が付くことはめったにないが、1本数百万円に上る取引は珍しくないため、慎重にならざるを得ない。

常においしいマグロを食べたい

プロでも良しあしが見極めにくいマグロだけに、鮮魚店でマグロを買う際、迷った挙げ句に「失敗した」と感じた消費者も多いだろう。その苦い経験こそがAIでマグロの目利きに挑戦する発端となった。

子どものころから大のマグロ好きだったという電通の志村和広クリエーティブ・ディレクターは「マグロは期待感たっぷりにハレの日に食べるものだが、同じ店で買っても当たり外れがある」と指摘。移転前の築地市場を取材したテレビ映像で、仲買人がマグロの尾を眺めて品定めするのを知り、「その目をAIに」と開発プロジェクトをスタートさせた。

試行錯誤の末、志村氏を筆頭に電通などが開発・実用化したのが「TUNA SCOPE」。スマートフォンでマグロの尾の断面画像を撮影することで、鮮度や脂の乗りといった身質を簡単に識別できる“目利きアプリ”だ。

マグロの尾の断面にスマホをかざすと瞬時に身質の評価ができるアプリ「TUNA SCOPE」 写真提供:電通
マグロの尾の断面にスマホをかざすと瞬時に身質の評価ができるアプリ「TUNA SCOPE」 写真提供:電通

電通によると、膨大な冷凍キハダマグロの尾の断面画像とベテラン職人たちがそれぞれの視点で品質を評価したデータを収集。AIのディープラーニング(深層学習)と呼ばれる手法で学習させ、瞬時に結果を表示できるようになった。経験がなくてもスマホをかざせば、同じ基準で身質の良さを3~5段階で評価できるため、水産加工場などで利用が進んでいる。現在は回転ずしチェーンなどが、このアプリを使って最高評価されたマグロを提供。客からも好評という。

「くら寿司」では、今年7月に期間限定でTUNA SCOPEで目利きしたマグロのにぎり「極み熟成AIまぐろ」(2個、税別200円)をメニュー化し、人気は上々だったという。今後もキャンペーンの一環として、販売していく予定だ(2020年11月6~12日実施)。

くら寿司が期間限定で販売しているAIを使ったマグロのにぎり 写真提供:くら寿司
くら寿司が期間限定で販売しているAIを使ったマグロのにぎり 写真提供:くら寿司

志村氏は「日本だけでなく、海外でも広く使われるよう、クロマグロやメバチマグロにも活用可能なように改良していきたい。内外の漁業者は(漁獲)量を稼ぐ操業が目立つが、TUNA SCOPEで世界共通のマグロの品質基準を作ることで、質を重視したサスティナブルな漁業につながれば」と意気込んでいる。

消費者がTUNA SCOPEを使って、尾の断面と向き合いながら品定めすることは考えにくいが、「AIマグロ認証」などのお墨付きパックがスーパーの店頭に並び、いつでも「外れ」なしで、おいしいマグロだけを食べられる日が来るかもしれない。

不漁のサンマの漁場もAIで推定

大不振のサンマ漁の現場でもAIが浸透し始めた。漁業情報サービスセンター(東京)は、サンマ漁場をAIで推定し、海面図で漁業者に知らせるシステム開発に成功。今シーズンから情報提供を開始した。

サンマは比較的冷たい水温を好むため、漁船の船頭は海水温のデータを見ながら、培った知識や経験によってポイントを探し当てるという。詳細な海象・気象情報をインターネット配信する同センターのシステム「エビスくん」が、漁業者にとっては強い味方で、大型漁船のほとんどが利用している。

漁場の予測は「エビスくん」に追加したサービスで、15年以上にわたる海水温や漁業者から得た漁獲の情報に加え「年ごとの(サンマの漁場形成の)特徴や、資源状態、季節による漁場位置の推移が基になっている」と同センター。近年は不漁続きで「サンマ漁船の数、出漁回数が減ったことで、漁業者関の情報交換によるポイント探索能力も低下している」(同)というのが実情で、それを補うことも期待される。

「えびすくん」のAIによるサンマの漁場推定図。北海道や三陸の東沖、北太平洋に広がる「〇」印がサンマの推定漁場で、〇の色が薄いほど好漁場という 写真提供:漁業情報サービスセンター
「えびすくん」のAIによるサンマの漁場推定図。北海道や三陸の東沖、北太平洋に広がる「〇」印がサンマの推定漁場で、〇の色が薄いほど好漁場という 写真提供:漁業情報サービスセンター

そもそも漁船に搭載する魚群探知機では、漁船の周辺しか分からないため「広い海域をカバーするAIの推定図は役立つ」と漁業関係者。晩秋になってもサンマの漁獲量はかなり低水準のままなだけに「終盤の漁で少しでも挽回したい」と意気込んでいた。

AIによる効果的な漁場探しには「資源の枯渇化に拍車をかけるのでは」との指摘もありそうだが、広い北太平洋で漁獲されるサンマは「外国船も含めて2割かせいぜい3割程度」(水産研究機関)とみられている。同センターは「AIの活用により、好漁場をいち早く見付けるだけでなく、今後の資源研究や効果的な資源管理策にも役立ててもらいたい」と話している。

バナー写真:素人でもマグロの目利きができるアプリ「TUNA SCOPE」 写真提供:電通

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