最も身近な野鳥カラス:人間に寄り添って暮らす知恵者

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路上のゴミを食い散らかす、人を攻撃してくる…。カラスの悪評は枚挙にいとまがなく、そのイメージは他の野鳥に比べるとかなり悪い。しかしそんなことにお構いなく、知恵者である彼らは人間のそばにいれば「食・住」に事欠かないことを熟知しているようだ。カラスとは一体どんな鳥なのか。その生態と行動を長年にわたり観察し続けてきた研究者が解き明かす。

地に落ちたカラスの地位

あらかじめお断りしておくがカラスという種の鳥はいない。日本でカラスと呼ばれるのは、スズメ目カラス科カラス属に分類される5種のカラス類の総称である。

そのカラスであるが、何かとメディアで取り上げられることが多い。同じ野鳥でも野生絶滅種・絶滅危惧種としてトキやコウノトリが話題になることはあるが、頻繁に登場するのはカラスである。その扱われ方はトキやコウノトリとは異なる。大半は、われわれの生活との軋轢(あつれき)に関するあしき話題だ。例えば、ごみ集積所の生ごみをあさり周辺を汚すお困り者、大集団を形成するがゆえの騒音・糞(ふん)害などの報道である。

一方、そのような現実とは裏腹に、カラスは古来より世界各地で神の使いや知恵の伝道者として位置づけられてきた。北欧神話に登場するオーディンの神に仕えたとされるフギンとムニンと呼ばれた「思考」と「記憶」の象徴であるワタリガラス、わが国では熊野古道で知られる熊野三山に祭られる八咫烏(やたがらす)が有名である。このカラスは神武天皇東征の時に熊野から大和に至る道案内をしたと、わが国最古の歴史書『日本書紀』に記載されている。中国古代説話で太陽の中にいるという3本足のカラスで、幸運吉兆の鳥とされている。日本サッカー協会のエンブレムとしても有名である。

熊野三山の1つ熊野那智大社八咫烏のぼり旗
熊野三山の1つ熊野那智大社八咫烏のぼり旗

熊野那智大社内に掛けられた足が3本の八咫烏が描かれた垂れ
熊野那智大社内に掛けられた足が3本の八咫烏が描かれた垂れ

また、小正月のころカラスが描かれた的に無病息災や家内安全を祈願する「オビシャ祭り」を行っている神社が全国にいくつもある。このようにその存在は脈々と日本文化に息づいている。しかし、現在のカラスの地位は、かつてのように高いものではなくなっている。

オビシャ祭りで、カラスが描かれた的に祈願する神職
オビシャ祭りで、カラスが描かれた的に祈願する神職

普段目にするのはハシボソガラスとハシブトガラス

分類学的にカラスと呼んでいいカラス科カラス属は、世界に47種が生息している。前述したように日本にはハシボソガラス、ハシブトガラス、ミヤマガラス、コクマルガラス、ワタリガラスの5種がいる。その中で季節を問わず常駐しているのが、ハシボソガラスとハシブトガラスである。

ハシボソガラス。ハシブトララスよりやや小形で、くちばしは細く短い。「ガァガァ」と濁った声で鳴く
ハシボソガラス。ハシブトララスよりやや小形で、くちばしは細く短い。「ガァガァ」と濁った声で鳴く

ハシブトガラス。ハシボソガラスに比べて、くちばしが太い。「カァカァ」と澄んだ声で鳴く
ハシブトガラス。ハシボソガラスに比べて、くちばしが太い。「カァカァ」と澄んだ声で鳴く

そのため、ハシボソガラスとハシブトガラスを指して私たちはカラスと呼ぶ場合が多い。本稿でもこの両者をカラスと呼ぶ。一方、冬に大陸から渡ってくるカラスにはミヤマガラス、コクマルガラス、ワタリガラスがいる。今のところワタリガラスは北海道に限定されている。最近の動向としてはミヤマガラスが興味深い。

ミヤマガラス。くちばしの基部が灰白色なのが特徴。冬鳥として日本に渡来
ミヤマガラス。くちばしの基部が灰白色なのが特徴。冬鳥として日本に渡来

1970年ごろまでは九州地方にしか渡ってこなかったミヤマガラスは、80年代には中国地方、90年代は新潟県や秋田県を含む日本海側、そして今や全国で目撃されるようになった。地球の温暖化による魚類などの分布変化と同じには考えられないが、日本のカラス分布地図も少しずつ塗り替える必要が出てきた。北海道内では、ワタリガラスの分布が拡大している。統計などのデータによるのもではないが、エゾシカの狩猟が盛んになるにつれて未回収屠体(とたい)が増え、それに伴って飛来も多くなったと聞く。

雑食性と発達した脳により人間の近くに生息

カラスは、森の生き物と言うよりも古くから人間の暮らしの中にいた。その証しとしてノアの箱舟の神話、旧約聖書、コーランなど人類の創生史の記述にもたびたび登場する。日本において祭事に祭られたりするのもそのためだろう。いずれにしろ彼らにとっては、ヒトのそばで暮らすことに利点があった。今でこそイノシシやクマがヒトの生産する農作物に寄って来るが、カラスはいち早くヒトの営みからの利益に気付いていた。人間の近くに生息した生物学的要因は、雑食性と発達した脳にある。つまり、餌として農作物あるいは廃棄された食材や食べ残しを全て利用できること。そして葬儀の後はお供えとして食材が出てくるというヒトの営みと食物の因果関係を読み解く知的能力があったのである。

このようにカラスはわれわれと生活圏をともにする「隣人」ならぬ「隣鳥」となっている。しかし、しょせん人間と鳥、人間同士の隣人愛とは程遠い感情を私たちが抱かざるを得ないのも事実である。日本で今起きているカラスと人間の軋轢の具体例を紹介する。

無視できない広範囲で甚大な被害

カラスはあらゆる場所で問題を引き起こす。なにせ、人間のいる所にはカラスもいる。主な被害現場は以下の通りである。

畜舎:ハシブトガラスは牛舎を好む。牛の餌に含まれるトウモロコシやムギの粒が大好物である。また、隣接する堆肥場にはミミズなどの昆虫も豊富で餌の宝庫だ。これらを食べるだけならいいが、カラスの頭の高さとウシの乳頭の高さがほぼ同じ位置にあるため、牛舎で乳頭を突くことがある。そのかみ傷が乳房炎を発症させ、重症化し廃牛として処分に至る場合もある。さらに傷口を執拗(しつよう)に突くあまり太い血管を突き破り失血死させることもある。また、病気の持ち込みも考えられ、畜産農家には敬遠される存在だ。

牛舎に入り盗食をするカラス
牛舎に入り盗食をするカラス

動物園:畜舎と同じくハシブトガラスは動物園を好む。多くの動物園では肉食動物から草食動物まで多様な動物を飼育しているので、餌も種類が豊富である。雑食のカラスには格好の餌場となる。いわゆる盗食である。さらには、幼獣をつついて傷める事故もあるので厄介者として嫌われている。

電力会社:一般的には知られていないが、電力会社の被害は深刻である。電柱や送電鉄塔への営巣が送電障害の原因となる場合が多い。カラスの営巣素材が電柱や鉄塔にある電線と電線の接続部に触れて、何千世帯もの停電を招くこともある。北陸電力は何万本とある電柱を巡回パトロールし、停電を起こしそうな巣を毎年撤去している。2018年、営巣期にあたる2〜5月に撤去した巣は1万5880個に及んだ。このような問題は全国の電力会社でも生じていて、各社とも巡回や撤去、営巣防止装置の設置などのコストは数億円に上ると言われる。

電柱に造られたカラスの巣
電柱に造られたカラスの巣

都市部:カラスが生ゴミをあさりゴミ収集所周辺を汚くするばかりでなく、鳴き声による騒音、繁殖期の人への攻撃などが問題になっている。秋から冬にかけては、都市部の電線や街路樹に大集団でねぐらを形成し、騒音・糞害で住民を悩ます。中には、1万羽ほどの集団が市街地の電線に数珠(じゅず)つなぎに止まり、その下は糞だらけで衛生面でも心配である。ここ数年、大陸からやってくるミヤマガラスが九州の都市部で同様の問題を起こしている。

カラスに荒らされたごみ集積所。カラス対策用のネット脇の隙間からごみ袋を引き出し、破って食べられるごみを探す
カラスに荒らされたごみ集積所。カラス対策用のネット脇の隙間からごみ袋を引き出し、破って食べられるごみを探す

市街地の電線に止まるカラス。下は、多くの糞で汚れている
市街地の電線に止まるカラス。下は、多くの糞で汚れている

街路樹に止まるカラス。やはり、糞害、鳴き声による騒音が問題
街路樹に止まるカラス。やはり、糞害、鳴き声による騒音が問題

カラスによる被害

  被害の現場 被害の実態
1 畜舎 家畜への攻撃 乳牛の乳頭へのつつき(乳房炎) 病気の持ち込み
2 鉄道 置き石 高架線への営巣
3 ビル 屋上エアコン室外機配管の断熱材破損 屋上緑化植物の食害 糞害
4 田畑 農作物の食害
5 電力会社 変電所送電トラブル 鉄塔への営巣 碍子(がいし)の破損 ケーブル被覆の破損 糞害 騒音
6 市民の居住エリア ごみ集積場あらし 人への攻撃 街路樹のねぐら化 糞害 騒音
7 運送会社 倉庫の段ボール箱破壊 糞害
8 動物園 餌の横取り 小動物への危害 営巣
9 ゴルフ場 芝の掘り返し ゴルフボールの持ち去り
10 ソーラーパネル 上空から石を落下させパネルを破壊
11 学校 児童への襲来(営巣・子育て時により凶暴化)
12 カーポート 車のパッキン部分やワイパー・ゴムの損傷 糞害

ニワトリよりも人間に近い、発達した脳

このようなカラスだが、「羽毛を身にまとった霊長類」という異名まである。彼らは知能が高いだけに、われわれが予想もつかない問題行動を起こすことがある。複雑な人間の生活に適応できる多様性があるので、一つの問題行動を解決する糸口が見えても、それを超えた次なる問題行動がカラスによってもたらされる。

ハシブトガラス。ハシボソガラスよりも肉食性が強い。都市部は食糧が豊富なのと止まり木の代わりになる構造物がたくさんあること、天敵である猛禽類(もうきんるい)がいないため、その数が激増した
ハシブトガラス。ハシボソガラスよりも肉食性が強い。都市部は食糧が豊富なのと止まり木の代わりになる構造物がたくさんあること、天敵である猛禽類(もうきんるい)がいないため、その数が激増した

カラスは他の鳥類に比べ、著しく脳が発達している。体重当たりの脳の重さの割合は1.4%で、ニワトリ(0.12%)の10倍以上だ。ヒトが1.8%だから、ニワトリより桁違いにヒトに近い。車の通る場所を予想しクルミを置き割って実を食べる、外れたら置き直す行為などはその表れである。こうした知恵があるから、人間のそばに棲(す)めば「食・住」に事欠かないで生きていけることを古来より知っていたのだろう。そしてその生活様式が大きく変わっても、それに適応してこれまでやってきた。人間の生産効率が良くなって物が余りだすと、彼らの食・住の素材が多くなり、結果としてカラスが増えるようになる。

高度成長期の東京都では約3万7000羽のカラスが棲み、群れをなして繁華街の裏に捨てられた残飯の吹きだまりにある生ごみに群がっていた。1998~2001年がそのピークで、彼らが行動する前の深夜のごみ回収、各自責任を持ってごみ管理する個別回収など、さまざまな対策が講じられた。現在はそうした措置が効果を発揮し、生息数は3分の1に減少した。苦情件数も当時の10分の1となり、カラスと人間の関係はやや落ち着いている。しかし、こうなるまでに20年の歳月を要している。

一度バランスを崩すと、人間と野生動物の共存関係を取り戻すのは容易ではない。カラスだけでなく野生動物は常に食を求めている。食いついたらなかなか離れない。賢い鳥としての行動や習性を解明して、上手に付き合っていく手だてを考えるのが、自然とのバランスを崩しがちな人間の務めと考える。

写真撮影=筆者
バナー写真=ハシブトガラス

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