銀座の上空をミツバチが飛び交い、ツバメが舞う-ビル屋上の“里山”で養蜂、自然を再現

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「銀座で地産地消」を合言葉に2006年、東京・銀座の企業人や商店主らが立ち上げた「銀座ミツバチプロジェクト(愛称:銀ぱち)」。ビルの屋上を緑化してミツバチを飼い、採れたハチミツを商品化するという試みは、今や年間1トン超のハチミツ産地をつくり出し、持続可能なソーシャルビジネスに発展している。さらに思いもかけない効果が――。ミツバチの増加は、消滅の危機にある「銀座のツバメ」復活への呼び水となっているというのだ。

岩手の養蜂家との出会いが銀座の屋上を変えた

江戸時代から続く老舗や世界の高級ブランドショップが立ち並び、1日25万人もの人出でにぎわう銀座。そんな日本有数の繁華街で空を見上げ、50万匹ものミツバチが飛び交う光景を思い描くのは難しい。

「銀座のビルの屋上で養蜂をしたいと言い出した時は、周囲から『誰が田中を止めるんだ?』と言われたものです」。銀座3丁目でビル管理や貸し会議室を営む、株式会社紙パルプ会館の専務取締役・田中淳夫さんは、15年前を振り返って苦笑した。

紙パルプ会館屋上の養蜂場は地上45メートルの高さにある
紙パルプ会館屋上の養蜂場は地上45メートルの高さにある

バブル崩壊後、田中さんは銀座から新たな情報を発信しようと、勉強会やセミナーを開いていた。2006年春、食を学ぶ会の講師を探している時に出会ったのが、盛岡市の養蜂家・藤原誠太さん。聞けば、養蜂ができる都心のビルの屋上を探しているという。

「銀座でミツバチが飼えるのか?」。田中さんは半信半疑だった。ところが、「ここでもハチミツは採れますよ」と藤原さんから意外な答えが返ってきた。

というのも、ミツバチは3キロ四方を飛ぶとされるが、銀座から2キロ圏内には、浜離宮、日比谷公園、皇居といった、蜜源となる植物が豊かな緑地が広がる。街路樹もユリノキ、トチノキ、マロニエ、リンデンと種類豊富だ。しかも、それらの植物には農薬が散布されていない。

「わが社の屋上なら貸してもいいよ」と田中さんは返事をした。ところが、藤原さんにとって紙パルプ会館の屋上スペースはやや手狭だった。そこで藤原さんは「田中さんがやってみたら」と声を掛けた。

「江戸時代から消費するだけの銀座の街で、天然のハチミツが採れたらおもしろい」と田中さんは思った。「繁華街でミツバチを飼うなんて危険だ」との声も聞こえたが、巣が襲われたり、自分自身が攻撃されたりしない限り、ミツバチが人を刺すことはまずないことを説明して回ると、多くの人が応援してくれた。こうして、3人の専従スタッフに加え、シェフやパティシエ、バーテンダー、クラブのママなど銀座で働く仲間たちがボランティアとして参加し、「NPO法人 銀座ミツバチプロジェクト」が誕生した。

ミツバチが取り持った“仇敵との仲直り”

初年度は150キロしか収穫できなかったが、田中さんたちの養蜂技術は年々アップし、ミツバチを飼うビルも3カ所に増えて、2017年には収穫量は1.6トンに達した。

商品化された銀座産ハチミツ、パッケージデザインもかわいい
商品化された銀座産ハチミツ、パッケージデザインもかわいい

採れたハチミツは、銀座の百貨店、レストラン、ホテルやバーでスイーツ、ビール、カクテル、化粧品などに商品化される。蜜蝋(ワックス)も採っており、クリスマスには手作りキャンドルが銀座教会の礼拝で灯され、松屋銀座でチャリティー販売される。

ミツバチからの恵みの中で一番大切なのは植物の受粉であり、銀座周辺の自然環境に大きな影響を与えている。「屋上で作業をしていると、飛来する野鳥の数や種類が増えているのを実感する。ミツバチによる受粉で植物は実をつくり、その実を野鳥が食べる。まさに生態系の物質循環です」と田中さんは話す。

採蜜シーズンは終わったが、冬場でも暖かい日にはミツバチたちは花粉をつけて巣箱に戻ってくる
採蜜シーズンは終わったが、冬場でも暖かい日にはミツバチたちは花粉をつけて巣箱に戻ってくる

蜜源を確保しようと屋上緑化も広がり、その広さは今や1000m2超。イモ、ハッカ、ハーブ、カボス、キンカンなど様々な野菜や果実が植えられている。全国の生産者から苗が寄せられ、収穫時には銀座の職人の技でおいしい料理になって皆に振る舞われる。こうした交流を通して、新たな試みが次々と生まれていく。

安倍政権時代、首相夫人の安倍昭恵さんの発案で、首相公邸中庭で養蜂が行われ、その作業を銀ぱちが手伝っていた。中庭で福島の菜種「アサカノナタネ」の苗を福島市民と植えたことがきっかけで、福島県産の酒米「五百万石」を山口県の酒蔵で醸すプロジェクトが実現。安倍前首相のおひざ元の「長州友の会」のメンバーたちが福島へ駆けつけ、一緒に田植えや稲刈りをした。明治維新150年を前に生まれた純米吟醸「精一杯」。それは、震災の苦難を乗り越え、被災地支援と友情の証として生まれた酒だった。

銀ぱちが企画して造られた酒、左から2本目が「精一杯」、右から2本目が「銀座芋人」
銀ぱちが企画して造られた酒、左から2本目が「精一杯」、右から2本目が「銀座芋人」

故中村哲さんの遺志

地価が高い中央区では緑比率を高めるために、公園をつくるより屋上や壁面の緑化を推進している。銀座でも多くの企業がビルの屋上に芝生を植えているが、実際には放棄状態となっている場所もある。

そこで、誰でも育てやすいサツマイモの苗でサツマイモを育てる取り組みを提唱。プロジェクトに賛同した企業・団体にプランターや土、苗を提供し、できたイモは福岡県豊前市の酒造会社で焼酎にして、「銀座芋人(いもじん)」の名で販売されている。

このように、銀ぱちが仕掛ける事業は、今や養蜂の枠を超えて様々な分野に及ぶ。
「銀座だって1ローカル。ローカル・トゥ・ローカルで地方とつながると、不思議なことにものすごく面白い発想が広がる。地元では見向きもされなかったものが、ちょっとした組み合わせの妙とデザインで表現されて銀座のデパートに並ぶと、世間から注目され、ひいては地域の皆さんが元気になる」

銀ぱちに触発されて都市養蜂に取り組む企業・団体は、全国で100カ所以上に広がっている。島根県の萩・石見空港では、滑走路の隅に約50箱の巣箱を置いて養蜂を開始。採れた700キロほどのハチミツを使って地元企業と様々な商品を開発している。愛知県では、愛知商業高校が東日本大震災で苦労した生産者のフルーツとハチミツを使ってアイスクリームを作り、売り上げの一部を「こども未来基金」に寄付している。

銀座の養蜂を見たいと、海外から紙パルプ会館を訪れる人も増えている。2年ほど前、パキスタンやアフガニスタンで医療活動に従事した故中村哲さんを招いて講演会を開いた際、「これからは畜産をやりたい。中でもミツバチを飼いたいから応援して欲しい」と頼まれた。間もなく中村さんは凶弾に倒れたが、その遺志は現地住民らに引き継がれて、アフガン東部ではかんきつ類の花から良質のハチミツが採れ始めたという。「まだ地元の人たちが食べるだけの量だが、いつか輸入して販売し、その収益が現地の人たちの生活の糧になってくれたらうれしい」と田中さんは言う。

先輩のツバメたちも戻ってきた

さらに、「ミツバチ効果」は意外なところにも現れていた。消滅の危機にひんする「銀座のツバメ」が2年ほど前から復活しつつあるというのだ。

「2019年、銀座界隈のツバメの巣は6カ所。17年の2カ所から一気に増えた。その背景には、餌となるミツバチが増えたことがある。ツバメは飛んでいる虫を餌にするが、餌を探す範囲は約300m四方。紙パルプ会館屋上に暮らすミツバチは格好の獲物です」

こう語るのは、銀座のツバメを40年近くにわたって見守り続けてきた、都市鳥研究家の金子凱彦さんだ。

「ツバメたちが毎年安心して帰って来られる銀座であり続けて欲しい」と願う金子さん
「ツバメたちが毎年安心して帰って来られる銀座であり続けて欲しい」と願う金子さん

稲の害虫を食べるツバメは古来、益虫として日本人に愛されてきた。さらに、人通りの多い所に巣を作るため「商売繁盛」の象徴とされ、かつて銀座のツバメはヒットソングに登場するほど有名だった。

ところが、金子さんが調査を始めた1980年代には最多で8カ所あった営巣地は、年々減る一方。ツバメが人間に近づき建物の軒下に巣を作るのは、天敵のカラスやスズメから卵やひなを守るためだが、銀座では近年、古い建物が立て替えられたり、取り壊されたりしており、巣作りしにくい環境となっている。人工巣を使ってツバメを呼び戻す活動を始めた金子さんにとって、営巣地が増加に転じたことは朗報である。

一方、これまで手塩にかけてミツバチを育ててきた田中さんの心中は複雑だった。だがある日、テレビ取材でミツバチの捕まる瞬間を超高速カメラで撮影した映像を見て、考えが変わった。ミツバチは突然、方向転換したり、速度を落としたりして逃げる。追うツバメも必死で、かなりのベテランでないと捕獲できない。

「これぞ自然の食物連鎖だと感じた。ツバメもミツバチも銀座でけなげに生きているんだと納得した。それに、ツバメのほうが銀座では先輩なわけだし……」と田中さん。最近では、コロナによる外出自粛で銀座に通えない金子さんに代わって、銀ぱちのスタッフがツバメを観察するなど交流を深めている。

コロナ禍にあって、田中さんはミツバチを中心とした、あるべき社会の姿が見えてきたという。ミツバチは、農薬などによる環境汚染がある場所では生きられず、その特性から「環境指標生物」とも言われる。

「コロナ収束後の世界は、これまでとは少し違う社会になると思う。巨大なものが跋扈(ばっこ)する社会ではなく、環境汚染への耐性が弱く、小さな生き物であるミツバチと共に暮らせるような安全な社会、そんな暮らしが大切だと、市民の意識が変わっていることを切に願います」

寒さが厳しくなる前に、巣箱を開けてミツバチのチェックを行う
寒さが厳しくなる前に、巣箱を開けてミツバチのチェックを行う

バナー写真:(左)銀ぱちの職員たち(左から2人目が理事長の田中さん)、(右)女王バチの周囲に群がる働きバチたち=写真はすべて天野久樹撮影

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