世代交代期の大相撲、「大型化」に懸念

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大相撲は10日に初日を迎える初場所(東京・両国国技館)で新年のスタートを切る。昨年は全5場所のうち2場所で幕尻(幕内最下位)力士が優勝した上、優勝者が全て違う波乱の年となった。その背景にあるのは、白鵬、鶴竜の両横綱の不振。大関陣も初場所で「綱取り」がかかる貴景勝以外は精彩を欠いた。見方を変えると「世代交代期」と言えるが、力士大型化の弊害も顕在化している。

“幕尻旋風”に揺らぐ番付社会

本場所中止、無観客開催など新型コロナウイルスの直撃を受けた昨年の角界は、土俵上でも波乱が続いた。1月の初場所では徳勝龍、7月場所では照ノ富士がいずれも返り入幕で幕尻優勝。9月の秋場所では新入幕の翔猿が白星を伸ばし、あわや106年ぶりの新入幕優勝かと話題を呼んだ。11月場所でも幕尻の志摩ノ海が終盤まで優勝争いに加わった。

新鋭、伏兵の活躍で各場所とも盛り上がったが、こうした番狂わせも毎場所のように起きると、「番付社会」の大相撲にとっては、ゆゆしき事態といえる。

波乱を生み出した要因は、上位陣の不振にある。本来、優勝争いを引っ張るはずの横綱・大関陣の休場が目立ち、図らずも混戦模様を演出した。特に11月場所は貴景勝以外の2横綱2大関が休場。横綱・大関陣で唯一出場を続けた貴景勝が優勝し、辛うじて面目を保ったものの、連日、結びの一番は大関・三役以下の対戦が続いた。

白鵬と鶴竜の両横綱はともに35歳となり、けがとともに休場が増えた。両者は無観客で開催された3月の春場所では千秋楽で賜杯を争ったが、5月の夏場所が中止になった後、7月場所は途中休場、秋場所からは2場所連続で全休。横綱土俵入りは、7月場所の13日目以来行われていない。

秋場所後に休場の多さを指摘していた横綱審議委員会は、しびれを切らしたように11月場所後、両横綱に対し「注意」を初めて決議した。ところが、初場所直前になって白鵬のコロナ感染が判明し、休場を余儀なくされた。さらに、鶴竜も腰痛などの影響により休場を決め、これで4場所連続で両横綱が休場する事態となった。

大型化が生んだ決まり手の変化

休場の横綱に代わる「看板力士」として注目された大関陣も、期待に応えたとは言い難い。春場所後に朝乃山が昇進し、秋場所で初優勝した正代も昇進を果たした。だが、貴景勝を含め3大関となった11月場所は、朝乃山が右肩の負傷で3日目から休場。新大関の正代も3日目の高安戦で左足首を痛め、5日目から休場した。

朝乃山も正代も立ち合いで優位に立とうと、これまで体重増に取り組んできた。だが、コロナ禍で他の部屋への出げいこが禁止される中、けいこ不足が足腰などへの負担増につながった感は否めない。

幕内力士の平均身長・体重を見ると、1953(昭和28)年秋場所では177センチ、114・5キロだったのが、昨年秋場所は184センチ、156・9キロ。70年弱で身長が約7センチ伸びたのに対し、体重は40キロ以上も増えたことになる。現役最重量は、一時期220キロを超えていた逸ノ城で198キロ。現在、200キロ超の関取はいないが、170キロ以上が14人もいる。そんな中、ただ一人の2ケタ台、92キロの炎鵬の存在はひと際光る。

力士大型化の第一の要因は、外国勢の存在だ。米国・ハワイ出身の高見山が外国人初の関取になると、同じハワイ出身で270キロ超の小錦が大関に昇進し、巨漢の曙と武蔵丸は横綱にまで上り詰めた。

ハワイ勢の次に台頭したのが、モンゴル勢だ。日本人と似た体型ながら下半身が強く、ハングリー精神も旺盛で土俵を席巻した。技能相撲の旭鷲山や最年長幕内初優勝の記録を持つ旭天鵬がパイオニアとなり、朝青龍や白鵬が横綱に昇進した。

その後は、レスリング経験者が目立つ東欧勢も台頭し、琴欧洲、把瑠都が大関まで昇進した。多国籍化する大相撲の中、日本人力士たちは体を大きくすることで対抗しようとした。四股やすり足など伝統的な基礎運動のほかに、器具を使った筋力トレーニングを重視。立ち合いの威力に比重を置く傾向となったが、反面、短時間で勝負がつくようになり、攻防ある取組が少なくなった。

相撲内容の変化は、決まり手のデータに如実に表れている。2018年、幕内の取組で「押し出し」が「寄り切り」を15年ぶりに上回り話題となった。昨年も寄り切り350回に対し、押し出し336回と拮抗(きっこう)している。1978(昭和53)年は、寄り切り528回、押し出し199回だったから、押し相撲の“躍進”ぶりがうかがえる。

加えて、1978年に134回あった「上手投げ」が、夏場所の中止で5場所だった昨年は62回。「つり出し」は73回から3回に激減するなど、全般的に取り口が単調になっている。

こうした“目方頼み”の相撲は、足腰への負担を増し、思わぬ大けがにもつながっている。

競技と伝統文化の狭間で

日本人力士の大型化は、生活様式の変化も大きく影響している。

相撲部屋では伝統的に、力士は早朝に起きて、そのまま朝げいこを行い、昼近くまで汗を流した後は、ちゃんこと呼ばれる食事を取り、食べた後は昼寝をする。夕飯を含め1日2食が一般的だ。

「けいこして、食べて、寝る」という独特の生活リズムは、太って体を大きくするには理にかなっていた。かつては大家族の家計を助けるために入門し、衣食住が保証された相撲部屋で強くなろうとする力士がほとんどだった。

ところが、高度経済成長を経て、今や「飽食の時代」と言われて久しい。ハングリー精神という言葉は死語に近い。角界の門をたたく少年たちも核家族の一般家庭が多く、栄養状態も問題なく育ってきた。

栄養十分の子どもたちが、昔ながらの相撲部屋のサイクルで生活すると、当然ながら生活習慣病のリスクが高まる。糖尿病は「力士の職業病」とまで言われるようになった。昨年5月には、糖尿病を患っていた力士がコロナに感染して亡くなっている。さらに、親方衆でも糖尿病やガン、心臓病などで若くして亡くなる人が少なくない。

両国国技館内にある相撲診療所では、生活習慣病を避けるため、糖分の多いジュースや菓子などによる間食を控えるなどの注意喚起をしている。ただ、力士への健康指導はその程度だ。なぜなら、けいこだけでなく食事など生活面の管理も、各師匠の指導に任せるのが角界のしきたりだからだ。

しかしながら、これだけ休場やけがが増え、新たな感染症の危険性も広がる中、日本相撲協会主導の下、力士の健康管理に責任を持つ体制を整えることが急務ではないのか。八角理事長(元横綱・北勝海)は、理事長就任当時、診療所の機能を増やし、負傷した力士のためのリハビリ施設を充実させる意向を示したこともあったが、具体的な動きはいまだにない。

2014年に公益財団法人に認定された日本相撲協会の定款には、その目的として「我が国固有の国技である相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させるため」と記されている。神事の要素がある文化として根付き、国技としても認知される大相撲は、確かに他の競技スポーツとは同一視できない面もある。

だが、故事を紐解くと、古代より体の大きな力士たちが相撲を取ることは豊かさを象徴するものとされ、五穀豊穣を願う神事につながった。かつて「健康」を具現化する存在だった力士が、今は「不健康」を想像させるのであれば、日本相撲協会にとっても本意ではあるまい。

バナー写真:綱取りに挑む貴景勝(左)。場所前に白鵬(右)と稽古した=代表撮影

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