オードリー・タンの新世紀提言

オードリー・タンの新世紀提言:デジタル民主主義が女性と若者を動かす

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2020年秋以降、日本では台湾のIT担当大臣オードリー・タン(唐鳳)をフィーチャーした書籍が相次いで出版され、新聞や雑誌、テレビでも注目される存在となった。日本ではオードリーに付く枕詞といえば、「IT大臣」「天才」「トランスジェンダー」といったところだろうか。台湾でオードリーが注目されるのは、「デジタル民主主義」の推進者としての存在感があるからだ。nippon.comでは、シリーズ企画として、日本でいま最も注目を集める外国人の一人、オードリー・タンの言葉から「日本人への提言」をピックアップして、みなさんと共有したい。

デジタル民主主義の伝統的政治への導入

オードリー・タン(唐鳳)とデジタル民主主義の関わりは、2016年5月25日、パリで開催された第15回国際公共管理年次会議。当時有名なシビックハッカー(公共課題の解決策を提案するプログラマー)であったオードリー・タンが「民主主義の再創造」と題した講演を行った頃までさかのぼる。

当時、彼女はまだ台湾のデジタル担当政務委員にはなっておらず、シビックハッカーの立場から日々硬直化する民主主義社会に対し、提言を行った。

彼女にとって、民主主義の精神は世の人々から称賛されてはいるが、その実践プロセスと方法はまだ不完全だと感じていた。例えば民主主義が超大型のソフトウェア・プロジェクトであるならば、フリーランスのソフトウェア・プログラマーの眼から見ると、なお改善の余地があるとのことだった。

かつての民主主義は、イデオロギーと党派性によって成り立っており、有権者は選挙で与党を選び、その与党が有権者の意思を実行し、幸福をもたらしてくれることを期待していた。

しかし、現実は多様かつ複雑で、国境を越えた環境問題から国内の貧富の格差に至るまで、矛盾と対立が起きている。 近年、民主国家の与党は、全ての有権者の期待に応えることが難しくなっている。

社会運動がデジタル民主主義を生む

2014年に台湾の若い世代が主導したひまわり学生運動は、社会にたまった負のエネルギーが爆発したデモだった(鄭仲嵐撮影)
2014年に台湾の若い世代が主導したひまわり学生運動は、社会にたまった負のエネルギーが爆発したデモだった(鄭仲嵐撮影)

政治が長きにわたって世論を顧みずにいると、社会に負のエネルギーが蓄積され、大規模なデモが起こり、政権に警鐘を鳴らすようになる。2014年に台湾で発生した若者主導の「ひまわり学生運動」は、中国との距離を保ち、「海峡両岸サービス貿易協定」に反対することを提唱した。この台湾で近年起こった中で最大規模の大衆運動は、最終的に50万人の参加者を集め、24日間にわたって立法院(国会)を占拠した。これはまさにその一例といえるだろう。

「ひまわり学生運動」の後、当時の与党国民党から出た反省は、「国民がオンラインで提案し、政府の関連部門が回答するような提案プラットフォームを設置すれば、国民の不満を低減できるのではないか」というものだった。

そこで台湾政府は同年、米ホワイトハウスのリンクサイト「We the people」を参考に、公共政策オンライン参加プラットフォームJOINを立ち上げ、ここでは「道路ではなくインターネット(網路)」によって世論を流通させ、将来の大規模なデモの発生を回避しようと考えた。

しかし、このプラットフォームは、ホワイトハウスの署名ウェブサイトと同様に、発想はよいが、どちらかというと国民による一方通行の「オンライン請願」であり、政府と国民の間での相互の意見交換に欠けていた。それがオードリー・タンの入閣で、状況が変わった。

オードリー・タンは2016年10月にデジタル担当政務委員(国務大臣に相当)として民進党政府に入閣。4年余りの間、JOINを用いてデジタル民主主義に対する彼女の信念に沿ったさまざまな実験を行った。プラットフォーム上での議論、対話、意思決定の仕組みを最適化し、かつ幅広い年齢層の市民、特にまだ選挙権を持っていない若者からの提案に応えてきた。

オードリー・タンは過去のインタビューで次のように語っている。

投票では永遠に多数派が勝ち、少数派が負ける。でも、しっかりした討論の下で共通認識を持てれば、『自分の意見も結論の一部になる』と皆が気付いた時、いわゆる完勝や完敗がなくなる。これこそが、『対話型民主主義』の力だ

青少年を提案の活力にする

台湾の公共政策参加プラットホームJOINは、各年齢層の国民が政府に提案できるシステムだ。アイコンは左から提案、討論、監督(ウェブページのキャプチャー画像)
台湾の公共政策参加プラットホームJOINは、各年齢層の国民が政府に提案できるシステムだ。アイコンは左から提案、討論、監督(ウェブページのキャプチャー画像)

台湾では、選挙権を持たない20歳未満の若者は、公共政策においてほとんど発言権がなく、つまりは民主主義のプロセスから排除されたグループとみなされている。

オードリー・タンは14歳で学校から離れ、世界的なインターネット協定を作るプロジェクトに参加した自らの青少年時代を振り返り、「インターネットにおいては、IPを持っている限り、この政策が作られることで自らの権利が影響を受けると感じている限り、発言する権利がある」と、回顧する。インターネットの申し子として、年齢や国境、性別を超えたこのようなオンライン民主主義は、彼女が慣れ親しみ、そして成長してきた環境である。

このような若者たちが公共政策に発言力を持ち、現状に変化をもたらす可能性を持つようになるにはどうすればよいのか?

公共政策オンライン参加プラットフォームJOINでは、幅広い年齢層の市民が提案でき、その提案に5000人以上の賛同者がいれば、政府関連部門は書面による回答が義務付けられている。さらにその中で、国連による17項目の持続可能な開発目標(SDGs)に沿った指標性を有する提案で、部門横断的な性質を持つものについては、オードリー・タンが共同会議を招集し、ステークホルダー(利害関係者)が参加して、関連する政府部門と実行可能な改善案について議論するとした。

2017年にはJOINで、当時高校1年生の王宣茹さんが「使い捨ての食器は全国で段階的に禁止すべき」と提案し、5000人以上の署名を集めた。これを受けて、オードリー・タンは省庁間協力会議を招集した。

会議では、台湾環境保護署から5人の職員が派遣され、ステークホルダーとして、使い捨て食器業界、環境保護団体、コミュニティメンバー(食べ物屋台の主人から主婦まで)、衛生福利部(厚生労働省)および財政部(財務省)の担当者など計20人が参加した。最終的に環境保護署は「プラスチック製ストローを段階的に禁止する」方針を打ち出した。これにより「タピオカミルクティー王国」の台湾で、1年で1億本のプラスチックストローの削減が可能となり、驚くべき進展を見せることとなった。

この提案に後押しされてか、近年、JOIN上での若者からの提案が飛躍的に増えており、特に若者自身の教育に関する権利についての提案に注目が集まっている。

JOINの優れたところは会議を完全に、一字一句漏らさず記録、中継できることだ。オードリー・タンは、「JOINを視聴中に、ネット環境の影響を受けるかもしれないが、私たちが話した一字一句は皆が見られるところに公開される」と語っている。これにより、過去に台湾の民衆が政府の運営は密室で行われいると批判したことがあるが、このような疑念を払拭することができる。

学生が教育政策への提言を行う

未成年の学生には投票権がないため、自身の教育権について発言できなかったが、JOINによってそれが可能になった(PIXTA)
未成年の学生には投票権がないため、自身の教育権について発言できなかったが、JOINによってそれが可能になった(PIXTA)

大学入学以前の義務教育領域において、学生は一切の発言権がない。例えば何時に登校し、どの科目を学び、どのような方法で大学に入学するのかなど、これらはすべて大人によって決められている。

このような重要な教育政策の中で、教育の対象者(学生)が自分の意見を述べ、政策に影響を与える機会が全くないのはなぜなのか。これが過去の政策立案の「バグ」だとすれば、オードリー・タンはJOINでこれを修正する。

2020年12月、JOINに大きな反響を呼ぶ署名案が登場した。ハンドルネーム「アンガス」の「中学・高校の登校時間を午前9時半に変更すべきだ」との主張に、1万296人という数多くの共同署名が寄せられた。現在、台湾の中学生の登校時間は午前7時30分で、下校時間は午後5時。それを変えたいという提案だ。

「この案が通ってほしいと祈ってる!そうじゃないと、毎朝、気力が湧かない」「毎朝、学校に行くと、友だちはみんな疲れて机に突っ伏してる。でも、学校で寝るのは校則違反なんです」「高校生が冬の朝に5時起きして、1時間以上もバスに乗って登校するなんて悪夢だ」…よく見ると、提案の下には1748件と驚異的な数の賛同のコメントが書き込まれている。コメントの内容から判断すると、中学生からの書き込みも相当あるようだ。

日本や米国では、中学生の在校時間は6時間から6時間半であるのに対し、台湾の中学生は9時間半と、1日に3時間も長く学校にいることになる。

放課後に塾通いしている生徒も多く、家で夕飯を食べられないばかりか、学校が終わるとすぐ塾に直行して、家に帰るのは、午後9時、10時になってしまう。どう考えても、理不尽な事実であり、アンガスの提案が大きな反響を呼んでいるのもこのためだ。

果たして、中高生の切なる声が行政に届き、現状を変えることができるのだろうか? チャンスはあるかもしれない。この提案は現在、3月にオードリー・タンが招集する省庁間協力会議の議題となっており、その結論が注目されている。

請願から提案へのスケジュール

プラットフォームを通じて、社会のマイノリティーや弱者でも公共政策を変える機会ができた(PIXTA)
プラットフォームを通じて、社会のマイノリティーや弱者でも公共政策を変える機会ができた(PIXTA)

オードリー・タンは、「JOINの署名プラットフォームができる前は、私たちはこれほど早く社会でどんなことが話題になっているか知ることができなかった。でも今はJOINによってお互いを信用でき、成長できる場がある」と語っている。現在、このプラットフォームを利用しているユーザーは500万人を超え、市民の発言の場として、さらに成長している。

この数年間でJOINは1日平均1万1000人が訪れる、人気の高い政策提言の場となっている。中でも特に教育関連の問題で熱い議論が繰り広げられている。

さらに見ると、このプラットフォームは、社会の中の全てのマイノリティーや弱い立場にある人々に、公共政策を転換させるチャンスを与える場でもある。いわば、恵まれない人々が声を上げる場所なのだ。

この半年間を振り返ってみると、女性からの提案で特に注目されているものがいくつかある。

2020年8月、台湾の36歳の女性がFacebookに「私は義母に殺された」という内容の投稿後に、2人の幼い子供を残して首つり自殺をした。彼女は最後のFacebook投稿で、同じ屋根の下で義母と暮らすことの苦悩を明かし、このニュースはメディアで報道され、台湾の女性たちの同情を集めた。

これまでは、このようなネガティブな感情を抱いた女性は黙って嘆くしかなかったが、今回は違った。

このニュースが報道された直後、「アリー」という名の提案者がJOIN上で「姻戚法」の創設を提案し、「婚姻の自主性と婚姻当事者の人権を実現するために、姻戚はその言動や伝統的な慣習によって婚姻の当事者に干渉することを禁止すべきである」と提案し、その中で干渉の禁止領域を具体的に「将来の計画、居住地、家事、仕事、日常生活、生活習慣、余暇の趣味」と列挙した。

この提案は45日以内で5735人の署名を得て、高い人気を集めていたが、法務部(法務省に相当)は、JOIN上で「提案に挙げられた項目の多くは、すでに『家庭暴力防止法』の対象となっているため、これ以上の方針の調整は行わない」と回答した。

つまり、女性の観点から出されたこの願いはかなわなかった。しかし、勇気を出して提案の声を上げることは、女性が自分の状況を改善する可能性に向き合う契機となるかもしれない。

国会では依然として男性が主導権を握っている中、女性に関する問題も徐々に関心が持たれている。オードリー・タンは、過去にニューヨークタイムズ紙への投稿で、デジタルテクノロジーが高めた市民の自主性は、特にそれまで利益を得られなかった人々の能力や環境を引き上げていると記している。より多くの人々が、コミュニティーを分断することなく、概念的な共通認識を持って、解決に向けて議論を深める、そんな声が多くなってくるのだ。

デジタル技術で問題点を迅速に発見

プラットホームを通じて、長年、男性中心の国会で無視されがちだった女性からの議題が、改めて注目されるようになった(PIXTA)
プラットホームを通じて、長年、男性中心の国会で無視されがちだった女性からの議題が、改めて注目されるようになった(PIXTA)

最近では、女性目線での別の提案が大きな成功を得ている。

2020年12月2日、「Ching」による「既婚女性が自らの権利を守る」という提案は、「配偶者のいる状況下で、女性が妊娠している場合、優生保険法に規定されている不可抗力や、選択が不可能な状況である場合を除き、妊婦は子供を産むかどうかを自主決定する権利を持っていない」と指摘し、これは不合理な法律であると主張している。提案者は、「妊婦が不倫や家庭内虐待をしている夫と対峙(たいじ)している場合、妊娠の継続を望まなくなったとしても、夫が配偶者として中絶に同意しない限りは、出産するか、法を犯さなければならず、このような法律は、既婚女性の身体的自主権を尊重していない」としている。

この提案への回答が法的に求められてから2カ月も経たないうちに、衛生福利部からJOIN上に「女性に対するあらゆる形態の差別撤廃に関する国連条約(CEDAW)」によれば、「家族計画に関するものを含む、保健サービスへの女性のアクセスを、男女平等を前提に保証する」「男女平等を前提に、女性にも同じ権利を保証する」という2つの項目に照らすと、台湾の既存の優生福利法は明らかに上記の精神に違反しており、改正して調整すべきである、という内容の簡単かつ明瞭な回答が登場した。

つまり、一市民からのこの提案が現状を変えることに成功し、国政の調整の交渉を経ることなく、直接的に法改正の契機を作り出したのだ。

このように、オードリー・タンが作り出したデジタルツールに支えられた民主主義システムは、民衆の告発から行政の問題点を見つけ出し、市民が政府機関の問題を解決する仕組みを作り、両者の対話を促進するデジタルツールとなって、行政の流れを「行政」から「水平方向」へと転換させている。

オードリー・タンは、デジタル民主主義という当初の理想を現実のものとし、民主主義を政党の対決から異なる価値観の対話に変え、さらにより迅速に社会のニーズに対応して、より実践的に人々の生活を改善することができるようにした。彼女の見解では、これがおそらく、より実用的な民主主義の形なのである。

バナー写真=長年デジタル民主主義について唱えてきたオードリー・タンは、ITを民主主義のシステムに組み入れることで、より迅速な提案方法による問題解決を進めている(Openbook閲読誌 / KRIS KANG撮影、洋葱デザイン)

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