初音ミク:21世紀の音楽革命をもたらした電子の歌姫

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米津玄師やYOASOBIをはじめ、歌声合成技術「VOCALOID(ボーカロイド)」を用いて楽曲を制作するさまざまなアーティストが現在の音楽シーンを席巻している。その源流となったのが、電子の歌姫・初音ミクだ。日本発の音楽革命の軌跡を追った。

注目を集めるボカロシーン発のアーティスト

いま、日本の音楽シーンを「ボカロP」出身のアーティストが席巻している。ボカロPとは、歌声合成技術「VOCALOID」を用いて楽曲を制作し、インターネットに投稿するクリエーターのこと。Pはプロデューサーの略だ。いまや、こうした経歴を持つアーティストの作った楽曲はヒットチャートの上位を占め、日本のポップ・ミュージックのメインストリームの1つとなっている。

その代表的な存在の1人が、シンガー・ソングライターの米津玄師だ。2020年8月にリリースされた最新アルバム『STRAY SHEEP』はBillboard JAPANの年間アルバムチャートで1位を獲得。いまや日本を代表する音楽家となった彼だが、09年に「ハチ」という名義で動画配信サイトにVOCALOIDのオリジナル曲を投稿するボカロPとして音楽活動を始め、12年から本名の「米津玄師」で自らの歌声で楽曲を発表してきたキャリアの持ち主である。

大ブレークを果たしつつある2人組、YOASOBIもボカロシーン発のアーティストだ。19年12月にリリースしたデビュー曲『夜に駆ける』はBillboard JAPANの年間ソングチャートで1位となり、一躍人気アーティストの仲間入りを果たした。彼らも、ボカロPとして活動するコンポーザーのAyaseとシンガーのikuraによるユニットだ。他にも、ヨルシカ、Eve、須田景凪(けいな)など、さまざまなアーティストがボカロシーンから登場して注目を集めている。

なぜ、現在の日本の音楽シーンではこうしたアーティストたちが華々しい活躍を見せているのか。どんな経緯でこうした活況に至ったのか。21世紀に芽生えた新たなネットカルチャーの勃興(ぼっこう)と、それがもたらした変革について解説したい。

誰もが自由にプロデュース

ターニングポイントとなったのは、2007年8月31日。この日に発売されたソフトウエア「初音ミク」から、その後のムーブメントが始まった。

ヤマハの生み出した歌声合成技術「VOCALOID2」を用いてクリプトン・フューチャー・メディアが開発した初音ミクは、発売当初から瞬く間にブームになった。初音ミクは、メロディーと歌詞を入力すると歌声が出力される音源制作ソフトウエア。最初に飛びついたのは、自宅のコンピューターで音楽を制作しインターネットに発表していたミュージシャンたちだった。

それまでミュージシャンがポップソングを作って発表するには、歌手を探して依頼しヴォーカルを録音するか、もしくは自ら歌うしか方法がなかった。初音ミク以前にもVOCALOID技術を用いたいくつかのソフトウエアは存在していたし、こうしたミュージシャンをターゲットにして発売されていた。

しかし、初音ミクが画期的だったのは、それがキャラクターとして登場したことだった。声優の藤田咲の声を基に、それ以前のソフトウエアとは比べものにならないほど自然で、かつチャーミングな歌声を合成できたのも決め手となった。

単なる音楽制作ソフトウエアではなく、初音ミクが「誰もがプロデュースできるシンガーである」ということが、クリエーターの創作意欲に火をつけた。キャラクターの自由度の高さも人気の理由の一つだった。発売当初に提示されたのは、緑色の髪をツインテールに伸ばしたパッケージイラストと、「年齢16歳、身長158センチ、体重42キロ、得意なジャンルはアイドルポップスとダンス系ポップス」といったシンプルな設定のみ。誰でも好きなように初音ミクの性格や容姿、服装などを変えて、自分の作った楽曲を歌わせることが可能になった。

ネット上でクリエーターの表現が呼応する新たな文化現象

初音ミクのブームはミュージシャンだけでなく、さまざまなタイプのクリエーターたちを巻き込みながら大きく広がっていった。ポイントになったのはイラストの投稿が相次いだことだ。

多くのミュージシャンが一斉に初音ミクが歌う楽曲を動画投稿サイトのニコニコ動画やYouTubeに投稿した。それに触発された別のユーザーがイラストを描いて投稿。それを基にまた別の誰かがアニメーションのミュージックビデオを作ったりもした。また別の誰かが曲を歌ってみたり、それにオリジナルの振り付けをつけて踊ってみたり、歌詞を深読みして小説を書いてみたりもした。こうして、互いに引用しながら派生していく創作の連鎖が巻き起こっていった。

発表元のクリプトン・フューチャー・メディアが、こうした2次創作の広がりを推奨する姿勢をとったのも大きかった。2007年12月3日に、同社はコンテンツ投稿サイトの「ピアプロ」を開設し、「キャラクター利用のガイドライン」を発表する。その結果、リナックスなどのオープンソース・ソフトウエアと同じようなライセンスシステムが整えられたことで、非営利の個人であれば著作権侵害を気にせずに初音ミクのキャラクターを自由に利用できるようになった。クリエーター同士が「ピアプロ」に投稿されたそれぞれの作品を介して結びつくことも可能になった。

発売当初は「電子の歌姫」として初音ミクのキャラクター人気が取り沙汰されることも多かったが、初音ミクは、いわゆるアニメキャラとしてヒットしたわけではない。そのムーブメントの本質は、クリエーターたちの表現がネット上で互いに呼応する、全く新しい文化現象にあったのである。

こうしてリスナーはキャラクターとしての初音ミクだけでなく、その楽曲の作り手であるボカロPにも注目するようになっていった。その一つのきっかけになったのが、2007年12月に発表された『メルト』という曲だ。ryo(supercell=コンポーザーのryoを中心にイラストレーターやデザイナーが集まったクリエーター集団)によって投稿された楽曲は、当時のユーザーに大きなインパクトを与え、1年間に300万回以上再生された。

オリジナル曲だけでなく、ユーザーが「歌ってみた」としてカバーした動画も人気を博し、一時はニコニコ動画のランキングがオリジナル曲とその関連動画で埋め尽くされるほどの“事件”となった。『みくみくにしてあげる♪』や『恋スルVOC@LOID』など初期の人気曲は初音ミクのキャラクターソングのような内容のものが多かったが、『メルト』がどこにでもいるような少女を主人公にしたオーセンティックなポップソングであるのも、大きな意味合いを持った。

08年にはryo(supercell)がいち早くメジャーデビューを果たしたこともあり、09年から10年にかけては、さまざまなクリエーターがニコニコ動画で注目を浴び、頭角を現していった。後に米津玄師としてデビューするハチ、後にロックバンドのヒトリエを率いて活躍するwowaka(ヲワカ)はその代表格だ。

日本独自の音楽カルチャーとして定着

2010年代に入って、このムーブメントがさらにマスに広がっていく。そのきっかけとなったのが、やはり初期から活躍するクリエーターであるkz(livetune=kzによる音楽ユニット)による『Tell Your World』だ。「Google Chromeグローバルキャンペーン」CMソングとして書き下ろされ、12年3月に『livetune feat.初音ミク』名義でリリースされたこの曲は、まさに初音ミクが巻き起こしたさまざまな「現象」をテーマにしたものだった。

そこで歌われているのは、電子テクノロジーが生み出す創作活動の新たな可能性だ。インターネットを介して、地域や国境を超えて見知らぬ誰かとつながることができる。たとえ無名であっても、そこに表現と挑戦の場が広がっている。誰でも自宅から世界デビューのチャンスをつかむことができる。初音ミクがもたらした「音楽の革命」が、軽やかに歌い上げられていた。

たくさんのクリエーターに支えられたムーブメントであるからこそ、初音ミクは一時のブームには終わらなかった。リスナーは低年齢層へと広がり、いまや人間が歌唱する曲ではなくボカロPによる楽曲が音楽との出会いになった「ボカロネーティブ世代」のミュージシャンも登場しつつある。

日本独自の音楽カルチャーとして定着したボカロシーンから、この先も数々の才能あふれるアーティストが輩出されていくはずだ。

バナー写真:初音ミク© Crypton Future Media, INC.

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