進むインド人ITエンジニア採用(前編):人材不足を補うため、日本の企業の期待高まる

経済・ビジネス

デジタル化への対応に拍車がかかる状況の中で、ますます深刻になってきているのがITエンジニアの不足である。そこで注目されているのが、多くの優秀なITエンジニアを輩出するインドだ。しかし、日本企業による採用活動がスムーズに展開されているわけではない。特にインド人採用のノウハウのない中小企業の動きは鈍い。ようやく中小企業にインド人ITエンジニアを受け入れる動きが出始めてきている。

10年後には45万人が不足する日本国内のITエンジニア

経済産業省が2019年4月に公表した「IT人材受給に関する調査」によれば、デジタル化推進のためには不可欠なIT人材の需給ギャップ(需要と供給の差)は2020年で30万人、2030年には45万人にも上るという。現段階でもIT人材は大幅に不足しており、菅政権のデジタル庁構想などもあり、さらに拡大していくと予測されている。

全研本社の木村裕一さん
全研本社の木村裕一さん(同社提供)

とはいえ、これだけの不足分を国内で確保しようとしても簡単ではない。そうした中で注目されているのが海外からの人材採用なのだ。

「外国人エンジニアの就活マーケットとして、日本は『鎖国』のような状況から抜け出せていません」と話すのは、WEBマーケティング戦略の提案をはじめとするITと語学教育を事業の柱として展開している「全研本社」で、eマーケティング事業本部ダイバーシティ事業部長を務める木村裕一さんだ。

質と数、モチベーションでインドがナンバーワン

その全研本社が世界中から日本企業に人材を紹介する業務へと進出したのは約3年前。「外国人と日本企業とを結びつけて日本を国際的な就活マーケットとして活性化させる役割を果たしたい」(木村さん)との思いからだった。分野を限定しているわけではないが、これからの日本で特に不足するのがITエンジニアだという現状から、まずはここから始めることにしたという。木村さんが続ける。

「リサーチの際にポイントになったのは、ITエンジニアの質と数、そしてモチベーションでした。優秀なエンジニアがたくさんいること、何より日本に来てくれる可能性があるのかということです。インド以外にもベトナムやバングラデシュなど多くの国をリサーチし、直接、足を運んで調べた国は10カ国以上になります」

そのリサーチも、通り一遍のものではない。日本での就職希望者を集めて面接し、IT技術に関するテストも行った。そのテストは自社のITエンジニアにも受けさせ、その結果と比較することで能力やスキルなどを判断した。その結果、インドの学生には目を見張るものがあったという。

インドの工科系大学の数は日本とは段違いの多さ

全研本社がインドの大学と提携して開設した「ジャパン・キャリア・センター」(全研本社提供)
全研本社がインドの大学と提携して開設した「ジャパン・キャリア・センター」(全研本社提供)

「日本には大学は800校弱しかなく、全部の大学に工科系学部があったとしても800足らずということになります。しかし、インドの政府機関「AICTE」(All India Council for Technical Education・インド全国技術教育審議会)によれば、工科大学をはじめインド全体でITエンジニアを養成する機関は1万を超えています。そこからして、段違いに人材の層の厚さが違うわけです。さらにインドの20歳代人口は約2億5千万人で、貧富の格差も大きく、貧しさから抜け出すためには医者かITエンジニアの道に進むしかないと言われています。ITを学ぶ学生の真剣度とハングリーさは、日本の学生とは比べものになりません。それだけに優秀な学生や若いエンジニアは多いのです」(木村さん)

求人の拠点として定めたのは、インド南部にあるカルナータカ州の州都であるベンガルールだった。インドのハイテク産業の中心地で国際的なIT企業も多く進出し、有名な工科系大学も集まっている。ITエンジニアが不足している日本の状況から、日本企業や人材紹介会社が採用活動を積極的に展開していてもおかしくない。だが、実際はそういう状況にはないそうだ。木村さんは次のように説明する。

「インドではコネクションが必要で、日本企業が直接交渉するのは難しい。そうなるとエージェント(人材紹介会社)に依頼することになるわけですが、インドにコネクションを持つのはエージェントのなかでも大手になります。その大手エージェントは予算の大きな大手企業を相手にするために、特に優秀な世界水準でもトップクラスの学生を紹介したがる傾向があります。トップクラスとなるとほんの一握りしかいないので、高い報酬の提示も必要で獲得競争はグローバルで熾烈です。そんな中で、中小企業でのインド人ITエンジニアの採用がいっこうに進まない状況になっています」

日本人の報酬と同レベルで採用できる

しかし、木村さんによれば、世界水準のトップクラスでなくても、インド人ITエンジニアは全体的に優秀で、層も厚いという。そうなると、やはり高い報酬が必要だと考えてしまいがちだが、木村さんは否定する。

「私たちが日本企業に求めているインド人エンジニアの年収レベルは。300万~330万円ほどです。これは日本人の新卒技術者と同じレベルです。高い報酬を用意しなくてはいけないというのは、日本企業の思い込みでしかありません。インド国内では、トップクラスの優秀な新卒のITエンジニアでも月収は3万円ほどです。だから日本人の新卒レベルであれば、インド人にしてみれば十分に高給なのです」

インド人を理解し、そして日本を理解してもらう努力

全研本社の紹介でインド人ITエンジニアの採用を始めた企業の1つが、東京都にあるIBJである。同社はこの業界では先駆け的な存在で、まだ「婚活」という言葉が存在していなかった2000年に創業(2006年にIBJに社名変更)し、結婚相談所のネットワーク、婚活サイトなど結婚を目的としたマッチングサポート事業を展開している会社だ。

IBJの最大の特徴は、独自で開発したITシステムで会員情報やグループ化している全国の結婚相談所の情報をオンライン上で管理しているところだという。それによって、会員個別にサポートできる婚活サイトや婚活パーティサービス、さらに全国の結婚相談所をネットワークでつないでの紹介など、多岐にわたるサービスを展開している。それだけに、ITエンジニアの存在が重要になってくるわけだ。インド人ITエンジニアも、そうした同社の心臓部ともいえるシステムのプログラム、メンテナンスの一翼を担っている。同社人事部の内海佳那さんは、インド人エンジニアの採用についてこう説明する。

「現在の社員数はグループで1050人ですが、ITエンジニアは100人くらいいます。全研本社がインド人採用の紹介事業を始めるというので話があり、それに応じました。というのも、日本の大学ではITに関する具体的な技術については基礎の基礎だけを教えるので、日本の新卒だと、戦力になるのに3年くらいかかってしまいます。インドはアメリカに次ぐIT大国でもあり教育の水準も高く、即戦力を期待して採用しました」

IBJの内海佳那さん(撮影:伊ケ崎忍)
IBJの内海佳那さん(撮影:伊ケ崎忍)

インド人エンジニアを雇い入れるには、受け入れる側にも、それなりの覚悟と態勢を整えていく必要があるという。彼らの受け入れ態勢やスムーズに仕事をしてもらうために、IBJではどんな取り組みをしているのか。

「たとえば、インド人には『自分のやるべきことはやったから帰ります』という意識が強い。多くの日本人には受け入れ難い感覚ですが、日本人とは違う思考や働き方があることを、日本人側が知ることが大事ですね。お互いが理解し合うにはコミュニケーションが重要になってきますが、エンジニア職なので、ほかの職種と違って会話が少ない職場なので、コミュニケーションを深める機会も少なくなりがちです。だから日本人の社員にはできるだけインド人の社員に声をかけて、話しやすい雰囲気になるように気を遣ってもらっています」(内海さん)

日本人と昇給も同じで、将来のリーダーを期待

日本で働く場合、やはり問題になるのが「言葉の壁」である。そのためにIBJでは日本語学習の目標を設定させて、習熟度などをチェックするなどのサポートをしている。ただし、過剰なサポートはしない。

「やはりスピーキングやリスニングは経験値が大きく左右します。日常でどれくらい日本語を使うかにかかわってくるので、日本人は日本語で話しかけるし、仕事上のメールやチャットも日本語でやるようにしています。日本人社員が気を使って英語で話しかけたりするようなことはしません」(内海さん)

IBJでは2018年12月に初めて、ITエンジニアとしてインド人学生4人の採用を決めたが、実際に彼らが日本で勤務を始めたのは19年10月からだった。インドの大学の卒業式は5月で渡航準備もあるためだが、それまでは「内定者」の扱いで、日本語学習が義務付けられていた。紹介事業者である全研本社が行う日本語講座を受講し、費用はIBJが負担した。ただ、インドでは国内に22の指定言語があってこのうち複数の言語を使いこなすのが一般的であるせいか、「日本語習得が驚くほど早い」(内海さん)という。

IBJにおけるインド人ITエンジニアたちの初年度の年収は330万円ほどで、日本人の大学新卒と変わらない。内海さんは「今後の昇給についても、インド人と日本人で差はありません」と話す。そして「彼らはエンジニアスキルが高いうえ、いろいろな提案もしてくれるなど積極性もあります。今後、リーダーに育っていってくれればいいなと思っています」と期待を寄せている。

取材・文:前屋 毅、POWER NEWS編集部
バナー写真:インドで面接を行うIBJの内海佳那さん(全研本社提供)

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