東京2020の開催機運を盛り上げるための処方箋

社会 スポーツ

東京都と首都圏3県が緊急事態宣言の再延長となる中、東京五輪・パラリンピック(以下、東京五輪)について開催の可否を含めた判断を下すタイムリミットが刻々と迫っている。新型コロナワクチンの接種が進行中とはいえ、それは欧米先進国やイスラエル、中国など一部の国に限ってのこと。日本ではようやく医療従事者への接種が始まったばかりだ。このような困難な状況下、大会開催の機運を盛り上げるためには何が必要か。2016年、東京五輪招致活動に東京都職員として携わり、現在は国士舘大学客員教授でスポーツ行政論を教える鈴木知幸氏が提言する。

開催支持率は最低50%は必要

2月8日に発表された読売新聞の世論調査によれば、今なお多くの日本国民が今夏の東京五輪開催に反対している。今夏の五輪開催については、「再び延期する」が最多の33%、「中止する」の28%と合わせて6割強が今夏の開催に反対、「観客を入れずに開催する」の28%と「観客を入れて開催する」の8%を足すと36%が開催賛成(読売新聞が3月5~7日に行った世論調査では、観客を入れた形での開催に賛成が45%、反対が48%と拮抗している)という。

ただし、この世論調査の選択肢にある「再延期」は、IOC(国際オリンピック委員会)の構想にはない。1月21日付の共同通信のインタビューで、IOCのトーマス・バッハ会長は「7月に開幕しないと信じる理由は現段階で何もない。だからプランB(代替案)もない」と述べ、中止を含め再延期の可能性を明確に否定している。また、2月24日、IOCが32年の夏季五輪の開催地に関して、豪州のブリスベンと「目的を定めた対話」に入ると発表したのは、24年以降の夏季大会スケジュールを動かすことはないという意思表明でもある。

上記の世論調査で質問を「開催か中止か」という2択にすれば、開催賛成派の割合がもう少し高くなったかもしれないが、いずれにせよ、大前提として五輪の開催には、国民の50%以上の支持が欠かせない。もし開催の支持率が現状のまま強行すれば、16年、開催直前の世論調査でブラジル国民の半数が開催に反対だったリオデジャネイロ五輪のように、大会期間中の反対デモの発生も懸念される。反対デモがリオ五輪全体に暗い影を落としたのは記憶に新しいところ。東京五輪がその二の舞にはならないという保証はない。

多くの国民が今夏の開催に反対しているのは、新型コロナウイルスの感染拡大が続いていることが最大の要因だが、コロナ対策については、海外からの観客を受け入れず、選手・大会関係者の厳格な隔離や毎日のPCR検査など、やれることを徹底して行えば、感染者を一定程度に抑え込めるのではないか。2月にメルボルンで開催されたテニスの全豪オープンで選手・大会関係者の新規感染者をほとんど出さなかったように。

子どもたちに「レガシー体験」を

3月3日、大会組織委員会の橋本聖子新会長、東京都の小池百合子知事、丸川珠代五輪相、IOCのバッハ会長、国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長による5者協議が行われた。ここで、海外からの観客の受け入れ可否について判断するのは3月中、会場の観客数の上限は4月中に判断することを確認している。

5者協議終了後、橋本会長は海外の観客受け入れについて、「聖火リレーがスタートする3月25日までには決めたい」と具体的なスケジュールを述べたが、現状では海外からは受け入れない公算が高い。各会場は無観客か、国内居住者に限定し、観客数に上限を設けることになるだろう。日本では、Jリーグやプロ野球、ラグビーのトップリーグなどで観客数を制限し、会場はクラスターにならなかった“実績”がある。観客数に上限を設け、会場内ではマスクを着用して大声を出さないなどの対策を講じれば、新規感染者の急増は防げるのではないか。

一方、チケット販売についてはまだ流動的な状態であり、観客数の上限が決まってからの決定となるだろう。ただ、7月になってある程度、感染拡大が収まっていたら、チケットの一定数を首都圏を中心とした幼稚園、小・中・高校の児童・生徒に無料で配布したらどうだろうか。政府の感染症対策分科会など専門家の助言を受ける必要はあるが、10代以下では重症化する例がきわめて少ないので、子どもたちを命の危険にさらすことにはならないのではないか。

日本の60代以上の高齢者層には、57年前の東京五輪をカラーテレビや競技会場等で応援した経験を回想する人たちが多く、それが今でもある種のレガシー(遺産)となっている。それゆえ、せめて子どもたちだけでも、競技会場で生の観戦をさせてあげられないものかと思う。そうした取り組みが結果的に、国民の開催支持を高める機運にもつながるのではないか。

クラウドファンディングを有効活用

全競技で無観客になった場合、約900億円の観戦チケット代の減収が発生するとされるが、新型コロナ対策として新たに必要になった膨大な追加費用をカバーするためにも、クラウドファンディングを立ち上げ、東京五輪開催への寄付を呼びかけてみてはどうか。

世界中に向けて寄付を呼びかければ、国内外からそれなりの金額が集まるはずだ。JOCや国内の各競技団体などがクラウドファンディングを立ち上げ、集まったお金を組織委に寄付するとか、やり方はいろいろ考えられる。チケット収入の損失、新たなコロナ対策の費用……これら巨額の追加費用のほとんどは最終的に東京都民や日本国民の税金から賄われることになる。そうした負担を軽減するためにも、クラウドファンディングによる寄付集めは有効な手段だと思う。それがひいては、日本にも欧米並みの「寄付支援社会」が根付くきっかけにもなるかもしれない。

国民に具体的な強いメッセージ発信を

ともかく橋本組織委会長には、できるだけ早急に「観客の人数制限」「入国した海外選手・役員の完全隔離措置」「選手や大会関係者に対するコロナ対策」など、大会開催のための具体策をIOCに提案すると共に、国内外に向けて発信してもらいたい。これまでのような「安全・安心な開催」といった抽象的で曖昧な言葉ではなく、厳格な防疫対策を含めたきめ細かな対策を示し、積極的にアピールしていくことが不可欠だ。

なぜならば国民には単に「準備のための経費が無駄になる」「経済効果が消えてなくなる」といった思惑で強行開催したいとしか伝わっていないからだ。この厳しいコロナ禍においてなぜ五輪を開催するのかという理念を国民に向けて丁寧に説明をするべきだ。ネット上で「運動会はやめろ」「たかが大運動会」と言われ続けているのは、組織委や東京都が開催の趣旨・理念に関する十分な説明責任を怠っているからではないのか。

オリンピック憲章に定められている理念、すなわち「平和」「人権」「環境」「教育」への貢献をレガシーにすることを、「五輪の申し子」と言われる橋本氏はじめ組織委幹部には再確認してほしい。近代五輪史上、最も困難なミッションになりつつある東京五輪を開催し、無事に大会を終了することができれば、間違いなく「東京2020」はレガシーとなるのだから。

バナー写真:東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場 共同

オリンピック 東京2020 IOC クラウドファンディング コロナ 橋本聖子 組織委員会