カンボジアで世界初の中銀デジタル通貨システムを作った日本人が語る金融の近未来

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世界初となる中央銀行のデジタル通貨システム、カンボジアの「バコン」を開発した日本企業「ソラミツ」の奮闘を描いた『ソラミツ 世界初の中銀デジタル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』(日経BP)の著者である宮沢和正社長にデジタル通貨の展望、金融の近未来について話を聞いた。

宮沢 和正 MIYAZAWA Kazumasa

ソラミツ代表取締役社長。東京工業大学経営システム工学講師。1956年生まれ。東京工業大学大学院修了。80年ソニー入社。日本での電子マネーの草分けであるEdyの立ち上げに参画。運営会社ビットワレット常務執行役員、楽天Edy執行役員を経てソラミツ入社。著書に『電子マネー革命はソニーから楽天に引き継がれた』『ソラミツ 世界初の中銀デジタル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』

―スタートアップ企業のソラミツがアイデアを武器に一国の中央銀行のデジタル通貨システムを作り上げた過程は、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツがシリコンバレーの最初の頃を彷彿とさせます。デジタル通貨に目を向けた理由は?

ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズとは月とスッポンですけれども、私はソニーで長く勤めました。ソニーは世界初をやろうという文化がありましたから、とにかく世の中にないものをやりたいと思った。私はシリコンバレーでパソコンのVAIO1号機を開発したものの、大きな赤字を出した。これからはハードウェアの時代じゃない、サービスとかインターネットの時代だと思いまして、帰国して、電子マネーのEdyを始めました。

EdyはEuro、Dollar、Yenの頭文字から取り、世界の通貨を目指していた。ところが、技術の壁があって、海外で全然受け入れてもらえず、日本でしか普及しなかった。一方、ビットコインは出てすぐ、世界中で使われるようになった。これは悔しいと、ブロックチェーン(分散型ネットワークを構成する複数のコンピューターに、暗号技術を組み合わせ、取引情報などのデータを同期して記録する手法)の技術を持つソラミツに参加して、今は代表取締役をやっています。

―何かをやりたいというのをどんどん追求していったら、デジタル通貨システムを作るに至ったということですか。

本当に自分のライフワークになっていて。やっとこういう時代になったかと。技術がやりたいことに追いついてきた時、たまたまカンボジアの中央銀行との出会いがあって、これこそ自分のライフワークだと思って取り組み始めました。

―Edyを作った頃にブロックチェーン技術があったら、Edyはデジタル通貨となったのでしょうか。

そうだと思います。Edyを始めた頃、大学の先生からずいぶん怒られたんです。『君たちは技術の使い方を間違っている』と。いわゆる転々流通(不特定の所有者に価値が引き継がれること)しないんです。これは学者さんから見ると、経済理論の見地からおかしい。単なるプリペイドカードでしかないし、電子マネーじゃないと。

ただ、当時は、転々流通できてセキュリティが高いという技術がなく、やむなく転々流通でない方式、「口座型」(利用者の口座間で振替決済)をやった。Suicaが口座型を真似して、さらにPay PayやLINE Payも真似した。だから、日本の金融業界が効率の悪い口座型になってしまって、転々流通ができなかった責任は私にもあると。私が最初に間違った方式でやって、学者さんの反対を押し切ってやっちゃったので。だからそこを直さなきゃいけないと思っていまして。要するに世直しですよね。それを何とかしなきゃいけないという気持ちは強いです。

詐欺かと思ったカンボジア国立銀行の誘い

―カンボジアの中央銀行(カンボジア国立銀行)からデジタル通貨システムを作って欲しいと言ってきたとき、パッと手を挙げたのは、スタートアップ企業だからこそ出来たのですか。

SNSで『国立銀行です』と名乗られて、『お宅の技術をちょっと試してみたい』と連絡してきた。最初は偽物だろうと思いました。国立銀行がスタートアップに連絡してくるわけがないと。これは絶対いわゆる詐欺じゃないかと。でも、いろいろやり取りしていると、どうも本物らしいということで、創業者と一緒にカンボジアへ行ってみたわけです。そうしたら、本当にカンボジア国立銀行だった。

私はソニーで、いろんな技術の盛衰を見てきました。昔、ベータマックスというビデオがあって、それがVHSに負けたとか、メモリースティックはSDカードに負けた。やっぱりIT技術って日本だけでやっていたら駄目だと。ガラパゴスでは絶対に勝てない。世界で勝負して、世界標準を目指していかないと残れないというトラウマを何回も経験した。

ソラミツ創業者の武宮誠はアメリカ国籍だったのですが、日本に来て日本が好きになって帰化した。彼もとにかく最初からグローバルで勝負しようということで、プロトタイプを開発していきなりスイスに行って、スイスのダボス会議に参加したりとか、ニューヨークでプレゼンしたりとか。そうしないと絶対に生き残れないという意識でやっていました。それがカンボジア国立銀行の目に留まったんだと思います。

プノンペン市のカンボジア国立銀行 提供:ソラミツ
プノンペン市のカンボジア国立銀行 提供:ソラミツ

アンコールワットの遺跡を背景に。ソラミツの創業者である武宮氏(右から2人目)と宮沢氏(左から3人目)提供:ソラミツ
アンコールワットの遺跡を背景に。ソラミツの創業者である武宮氏(右から2人目)と宮沢氏(左から3人目)提供:ソラミツ

―最初からグローバルで勝負し、それを成し遂げたのは技術的な裏打ちもあった。

そうですね。武宮は本当に天才です。彼は大学卒業後に米陸軍に入隊し、脳科学とかAIとかをずっと研究していた。奈良県にあるNTTの先端技術研究所に転籍して働いていた時に、ビットコインというのが世の中で生まれた。彼は『すごいけど、もっといいものを作れると思った』と言い、実際作っちゃった。彼はスティーブ・ウォズニアック(アップル創業時の天才技術者)のように、最先端のものを作ってくれた。私はどちらかというとスティーブ・ジョブズ・タイプかもしれない。自分はコードも書きますが、そんなに得意ではないので、新しい技術を理解して、それをどうやって世の中に受け入れてもらうかを考えながらやっていた。

―ソラミツは独自に開発されたブロックチェーン技術「ハイパーレジャーいろは」をオープンソースとして開放し、周辺で利益を上げるというビジネスモデル。従来の日本企業のパターンと違う。

ブロックチェーンを開発した日本企業はあるが、われわれみたいにオープンソースにして世界で戦っている企業は本当に少ない。大手のブロックチェーン開発企業は日本国内で閉じていて、なおかつオープンソースではなくて、ライセンス料で収入を得るようなビジネスモデルなので、広がらない。閉じてしまっているというのは非常に残念ですよね。

このままでは世界に遅れる日本の金融界

―バコンの話に戻りますが、カンボジアはドルが自国通貨より流通し、中央銀行は困っていた。しかし、バコンを始めると自国通貨の割合のほうが多くなった。

カンボジアは国立銀行がしっかりしている。若い人が多く、みんなすごく勉強しています。金融の人だけれども、技術にも明るく、ある意味しがらみがない。日本の金融機関ってしがらみだらけで、既存のシステムを変えられないとか、失敗したくないと考えている人が役員に多いと思う。

この調子で行くと、ますます日本は遅れていく。日本の金融界の偉い方も、『カンボジアは金融インフラがないからできた』と言う。それだけではなく、先々を見る目とか、それに対して挑戦しようという気概があった。短期間でできたのも、彼らには既に概念設計が出来上がっていたから。中央銀行デジタル通貨(CBDC)はこうあるべきだというものが、全部出来上がっていた。

日本にはデジタル通貨の概念設計がないんです。中央銀行デジタル通貨はどうあるべきか、明確ではない。これから実証実験をちょっとずつやっていきます、みたいな感じ。一方、カンボジアは確固たる考え方を持っていた。リスクとか、こういうことをやると銀行に大きな影響を与えるとか、シミュレーションを行い、全部分かっていた。それが2016年です。5年前にカンボジアでは今の日本よりもはるかに明確になっていた。

カンボジアは自国通貨リエルよりも米ドルが流通していた。ドル比率が高いのを何とかしたいと。しかし、バコンを導入したことによって、自国通貨の割合が高くなった。

デジタル通貨「バコン」の開始式典であいさつするカンボジア国立銀行のチア・セレイ統括局長 2020/10/28 プノンペン(共同)
デジタル通貨「バコン」の開始式典であいさつするカンボジア国立銀行のチア・セレイ統括局長 2020/10/28 プノンペン(共同)

―カンボジア国立銀行は中国のデジタル人民元に対する危機感もあった? 

そう思います。やっぱりデジタル人民元の動きが気になるわけですよね。デジタル人民元は中国の中でしか使いませんというふうに言っていますけれども、それはたぶん方便だと思っていて。中国はUAEとかタイと研究会を開いて海外での利用の可能性を検討しているわけですよ。デジタル人民元の国際連携みたいな話で、一帯一路で使わせるとか、アジア圏に普及させるということを考えている。それが広がると、米国がドルのSWIFT(国際銀行間通信協会)を活用した経済制裁を出来なくなると思います。北朝鮮やミャンマーが経済制裁されても、デジタル人民元を使って中国から資金がどんどん行ってしまう。

デジタル通貨「バコン」の使用を呼びかける看板(プノンペン市内)提供:ソラミツ
デジタル通貨「バコン」の使用を呼びかける看板(プノンペン市内)提供:ソラミツ

デジタル人民元の脅威

―これからデジタル人民元をはじめ、各国でデジタル通貨が普及していくと、社会がどう変わっていくと思われますか。

3つぐらいのシナリオを思い描いています。日本の金融機関がうまく正常な形で進化して、新しいデジタル技術を取り入れていくというのが1番目のシナリオです。

2番目のシナリオは、それができなかった時に、新たなプラットフォーマーが金融機関に取って変わる。〇〇Payなのか、あるいはFacebookなのか。巨大プラットフォーマー企業が新しい技術で利便性の高いサービスを提供することによって、ユーザーが『そっちでいいや』となって、どんどん日本の金融機関のシェアが下がって、その分、銀行は淘汰される。これが2番目のシナリオ。

3番目は、中央集権的なプラットフォームが支配する世の中ではなくて、分散型金融の普及で、資産を分散的に所有し、民主的に配分が決まっていく。金融機関も必要なくなるかもしれません。例えばDEX(Decentralized Exchange)という分散型交換所では資産は人手を介さず自動的に交換される。為替交換とか全部できてしまう。そういうものがより安いコストでより普及していく。これら3つの勢力が、市場を拡大しながら共存していくのかなと思っています。

―宮沢さんは日銀のデジタル通貨分科会ラウンドテーブル委員を務めている。日本のデジタル通貨はどの方向が望ましいと思ってらっしゃいますか?

2番目のシナリオはよくないと思っています。プラットフォーマーが日本の金融界を牛耳ることになると、銀行は信用創造機能を制限されて経済活性化ができなくなる。なので、1番が良いですよね。3番の、ビットコインのような仮想通貨はこれからも発展していくと思いますが、多くの日本人は、銀行のサービスが便利になればそっちを使うかなと。で、私としては、1番を応援しているという立場ですね。

『ソラミツ 世界初の中銀デジタル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』(宮沢和正著 日経BP)書影
『ソラミツ 世界初の中銀デジタル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』(宮沢和正著 日経BP)書影

日本銀行は民間デジタル通貨や決済手段と日銀が将来発行するCBDCが共存・連携することを大前提としています。そのためには日本の銀行預金の使い勝手がもっと良くならなければいけない。銀行が決済性預金としてブロックチェーンなどの最新の技術を活用した民間デジタル通貨を発行し、決済コストを今までの1/10以下に下げ、即時支払や転々流通に対応し、スマートコントラクトを活用して支払方法に様々なルールを設定できる金融システムを構築する必要があると思います。そうしないと利用者は新たな技術を活用したもっと利便性の高い決済手段に流れていってしまいます。

銀行や自治体などが全国共通の民間デジタル通貨を発行するためのプラットフォームを運営する会社があります。2020年4月に設立したデジタル・プラットフォーマーという企業です。この企業はカンボジア中銀デジタル通貨システム「バコン」と同じ技術を活用しており、全国の銀行や自治体をつなぎ、将来は日銀の発行するCBDCとも連携して国民に低コストで利便性の高いデジタル通貨を提供する新時代の決済システムを提供してゆくと思います。

バナー写真:カンボジアのデジタル通貨システム「バコン」を紹介する展示コーナー プノンペン 2020/10/28 共同

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