「バーチャル五輪」は現実的か、夢物語か

スポーツ 科学

3月の国際オリンピック委員会(IOC)総会でトーマス・バッハ会長が再選され、新しい五輪改革の指針を提言した。提言の中で、目を引くのは「バーチャル(仮想)スポーツ」の採用検討を打ち出した点だ。五輪憲章で会長の再選は一度しか認められていない。バッハ会長の集大成となる最終任期。新型コロナウイルスのパンデミックが続く中、「バーチャル五輪」は実現するのか、それとも単なる夢物語で終わるのか――。

「コロナ時代」の生き残り策

今回、新しい五輪改革として掲げられた指針のタイトルは「アジェンダ2020+5」。前の任期中に「アジェンダ2020」という改革案を掲げたバッハ会長だが、今回は最後の任期が終了する2025年までの5年分を付け加える形で「+5」とした。提言は以下の15項目に及ぶ。

  1. 五輪の独自性と普遍性を強化する
  2. 持続可能な五輪を促進する
  3. アスリートの権利と責任を強化する
  4. 最高のアスリートを引きつけ続ける
  5. 安全なスポーツとクリーンなアスリートの保護をさらに強化する
  6. 五輪への道を強化し、促進する
  7. 各種スポーツ大会との日程調整に努める
  8. 人々とのデジタルによる関わりを拡大する
  9. 仮想スポーツの開発を奨励し、ビデオゲームコミュニティとさらに関わる
  10. 国連の持続可能な開発目標を実現するために、スポーツの役割を強化する
  11. 難民や難民の影響を受けた人々への支援を強化する
  12. 五輪のコミュニティを超えて手を差し伸べる
  13. 企業の社会貢献について例示を続ける
  14. 良好な組織統治を通じて五輪運動を強化する
  15. 収益創出モデルを革新する

この9番目に挙げられた「仮想スポーツの開発奨励」について、提言は「それぞれの国際競技団体と協力して、フィジカルな仮想スポーツを追加することを検討していく」と補足している。

IOCが考える仮想スポーツとは、「スーパーマリオ」などのビデオゲームや、ゲームの腕前を競う「eスポーツ」ではなく、リモート環境で身体運動を伴うスポーツを行い、それをオンライン形式でつなげることを指している。

コロナ下で選手の移動が制限される中、昨年以降、オンライン環境を活用して大会を開催する例が目立ってきた。たとえば、伝統の自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」のバーチャル版や、ボートの世界「室内」選手権だ。

世界各国にいる選手が、自宅や練習場でモニター画面を見ながら自転車やボートの器具を漕ぐ。それらの模様をオンラインで結び、仮想空間上でタイムを競うというものだ。いずれの大会も世界トップクラスのアスリートが参加して行われた。

「バーチャル ツール・ド・フランス」では、平坦ステージ、丘陵ステージ、山岳ステージなど6つのステージが用意され、画面には走行速度、ペダル回転数、心拍数なども表示。日本国内ではジェイ・スポーツ(J SPORTS)が生中継/LIVE配信した。
「バーチャル ツール・ド・フランス」では、平坦ステージ、丘陵ステージ、山岳ステージなど6つのステージが用意され、画面には走行速度、ペダル回転数、心拍数なども表示。日本国内ではジェイ・スポーツ(J SPORTS)が生中継/LIVE配信した。

ツール・ド・フランスは昨年、本来の「リアル」な大会も時期を延期して開催されたが、密集を避けるためにスタートやフィニッシュ地点への入場制限や沿道の観客へのマスク配布など感染対策を強いられた。これに比べ、「バーチャル」な大会はこうした対策も必要なく、レースの模様がスポーツ専門チャンネルやインターネットで中継され、新たな試みとして注目を集めた。

コロナ下でどのようにスポーツを楽しむかを世界の人々が試行錯誤している。感染が世界的に終息するまで、競技会を中止するという状況を長くは続けられない。

バッハ会長が「コロナの危機を乗り越えたとしても、社会的、経済的影響を受けるだろう。われわれは新しい世界に備えなければならない」と話すように、IOCもデジタルの情報技術を使った生き残り策を模索しているようだ。

想定されるのは採点系や記録系の競技

では、具体的にどのような競技でバーチャル化は可能なのだろうか。おそらく格闘技や球技を行うのは難しいだろう。柔道やレスリング、テコンドー、ボクシングなどは1対1で接触するコンタクト・スポーツであり、バーチャルの対局にあるといえる。

球技はどうか。サッカーや野球、バスケットボールなどのビデオゲームはかなり普及しているが、これを実際の選手が身体運動を伴って行うというのは想定しにくい。バレーボールやラグビーなどの団体球技も簡単ではないだろう。

ゴルフは練習用として目の前に仮想のコースが表示され、ネットに向かってボールを打つシミュレーターはある。しかし、テニスや卓球、バドミントンなどは対人スポーツであり、高度なソフトがないと基本的には難しいかもしれない。

そうなると、現実的に可能なものとして、まず採点系の競技が挙げられる。たとえば、体操や新体操は比較的実施しやすいとみられる。世界各国の選手たちが地元の体育館で演技をする。これをオンラインで結び、国際審判がジャッジすることは可能だろう。フィギュアスケートも、各国にあるリンクの氷の条件を一定の基準で整えれば、実現性は広がる。他にも飛び込みやアーチェリー、射撃なども競技の条件が一定に整えば可能になる。

もう一つは記録系の競技だ。陸上のトラック競技は、自然条件に左右されない室内で開催すれば、リモート環境でも競い合えるのではないか。室内での大会自体は既に実施されており、あとは会場内の温度や湿度、空気抵抗などを各地でそろえる必要がある。競泳も室内プールであれば、水温や室温の調節によってある程度、条件を近づけられる。そう考えれば、陸上競技、競泳、自転車を組み合わせた「バーチャル・トライアスロン」も無理とはいえない。スピードスケートも屋内リンクの条件次第だろう。

記録系でも、自然環境が結果を左右するような競技はどうか。アルペンスキーやジャンプを含めたノルディックスキー、サーフィン、ヨット、マラソンなどだ。気候や風景が競技の醍醐味でもあるが、「バーチャル ツール・ド・フランス」のようなシステムが開発されれば、技術的に実現性はあるかもしれない。

こうして「バーチャル五輪」を想像してみると、競技の公平性を見極める条件設定と技術の開発が重要なポイントになることは間違いない。

メリットは大会の規模縮小

新型コロナだけでなく、近年は新型インフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、エボラ出血熱、ジカ熱など数々のウイルスがグローバル社会の進展に伴って世界に拡大するようになってきた。コロナが収まったとしても、次のウイルスが再びパンデミックを引き起こすことが考えられる。

実際に5年前のリオデジャネイロ五輪の時は、ジカ熱の広まりを危惧する世界トップレベルのゴルファーたちが、五輪出場を辞退したケースもあった。ウイルス感染症は今後も警戒しなければならない五輪の「見えない敵」といえる。

仮想スポーツの採用検討は、そのような将来も見据えてのことだろう。だが、それ以外にもメリットはある。肥大化した現在の五輪の問題点を解消できる可能性があるからだ。

仮想スポーツの実施によって、開催都市が競技施設を新設したり、道路やホテルを今のように整備したりする必要がなくなってくる。アスリートは自国の施設で競技を行うため、長距離移動や宿泊をしなくてもよくなる。大勢の観客も集まらずに済む。数万人に及ぶ各国メディアもオンラインで取材をするようになる。テロの危険性も軽減される。警備やボランティアも今ほど必要はなくなる。

「人間らしさ」や五輪の価値は保てるのか

ただし、最終的にはそのような五輪を人間社会が許容するかどうか、ということに尽きるのではないか。空間を共有しないスポーツが、どこまで人々に浸透するか。モニター画面を通した競技で、スポーツが機械的になっていく心配はないか。そうした環境で競技するアスリートの姿に我々は共感できるのか……。

東西冷戦時代、旧東ドイツの選手たちは金メダルを獲得するために国家ぐるみで禁止薬物に手を染め、まるで機械のようにアスリートが育成された。スポーツから「人間らしさ」が失われることは最も恐ろしいことだ。

とりわけ、世界の人々が開催都市に集い、交流を深めて平和な社会づくりに貢献するという五輪の理念や価値をどうやって保つのか、という点が問われる。五輪の本質にかかわる重要な課題だ。新時代に対応した技術開発は大いに歓迎すべきだが、長所と短所を考え、IOCにはじっくりと検討してほしい。

バナー写真:昨年7月に開催された「バーチャル ツール・ド・フランス」。2019年総合優勝者のエガン・ベルナルら世界のトップ選手たちがエントリーした。 ©Zwift

バーチャルスポーツ バーチャル ツール・ド・フランス 仮想スポーツ