オードリー・タンの新世紀提言

オードリー・タンの新世紀提言:「絆」でつなぐ福島復興への期待

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現代社会では、仕事や環境などさまざまな要因により、多くの人々が自分の身の回りや故郷のことに無関心になっている。台湾のデジタル担当相を務めるオードリー・タン(唐鳳)は、「絆を結び、あらゆる土地に思いを寄せることで、誰もが心から他人や故郷を思いやる人になれる」と提案する。東日本大震災から10年目を迎えた2021年春、オードリー・タンは福島県の学生らとオンラインで対話し、新たな日台交流の「絆」が生まれた。

福島の若者との対話

オンラインで自らの経験や思いを福島の学生らに伝えた(meets福島futures0311より)
オンラインで自らの経験や思いを福島の学生らに伝えた(meets福島futures0311より)

東日本大震災から10年を機に、2021年2月22日、台湾のデジタル担当相のオードリー・タン(唐鳳)と福島県の若い世代が「meets 福島futures0311」と題してオンラインで交流した。オードリーが1月初旬にYouTubeに日本語で参加を呼び掛ける動画を投稿。約80人の中高生や大学生が参加した。

「福島の未来を担う世代にメッセージを送ることは、とても意義のあることだと思っています。震災の痛みを経験した皆さんは、次の世代のために、豊かな社会を作るという重大な役割を担っています」とした上で、「未来は不確実なもので、さまざまな困難なチャレンジが待ち受けています。でも、どんな悲しみや苦しみも、みんなで分かち合えば、きっと乗り越えられると信じています」と語った。

オードリーの人生哲学には、「シェア(共有)」というキーワードがある。何事にもオープンで、実直に思いをシェアしなければ相互理解は難しく、分断が起こる。誤解は、家庭・学校・会社、さらには社会でも発生し、やがては国と国との関係にまで及んでいく。自分たちの故郷についても同様で、オードリーは、あらゆる立場の人がコミュニティーの発展に貢献できる能力を持っていることを、交流を通じて伝える努力を惜しまない。

台湾と日本の共通の価値観

オードリー・タンは、自然に対し謙虚に、互いを認め合うことは、日本と台湾が共に持っている価値観だと考えている。東日本大震災から10年、堤防から黙とうを捧げる学生ら(時事)
オードリー・タンは、自然に対し謙虚に、互いを認め合うことは、日本と台湾が共に持っている価値観だと考えている。東日本大震災から10年、堤防から黙とうを捧げる学生ら(時事)

「一人ずつ、数分間で自己紹介してくれませんか?私も皆さんから何かを学びたいと思っています」―最初にオードリーは参加者に呼びかけたが、日本の学生は、恥ずかしかったのか、自分の名前を簡単に伝えただけで、質問に移ってしまった。彼らが、自分の家族や故郷の福島をどうしたいのか、どう考えているのかを話していれば、その日のやりとりは、もっと活発だっただろう。

交流会の冒頭、オードリーは「台湾と日本は山が多く、台風や地震などの自然災害が多発する似かよった気候風土で、世界の中で独自の地理的座標を持っています。多くの恵みを与えてくれる一方で、人間社会に猛威をふるう自然に対しての謙虚な姿勢は、他国の価値観を受け入れ、シェアすることに抵抗感が小さく、他国に対して貢献できる度合いが高い」と述べた。

一方で、台湾や日本が世界のリーダーとして他国に進むべき道を示していないという。オードリーは「前世紀は、自然は人間が克服すべきものだったが、現代ではむしろ、人間が自然に適応して変化しなければならないと考えらるようになっている。人間は、自然に対してより謙虚になっていくだろう」と語っている。

彼女はまた、「自然を大切にすることで、人は他者を正しく理解し、尊重することができるようになる。これは台湾と日本に共通する価値観です」と指摘した。台湾と日本は謙虚さを忘れず、互いに学びあって成長することで、震災復興の交流において強力なエネルギーを生み出そうと呼び掛けた。

福島の復興から台湾が学ぶべきこと

2019年3月、東京を訪れた際、東北産の干し柿を食べ、当地の地方創生に支持を表明していた(オードリー・タンのツイッターより)
2019年3月の訪日の際には、福島県の特産の干し柿を食べ、復興支援への支持を表明した(オードリー・タンのツイッターより)

この10年間、多くの日本人が震災後の復興のため、東北各地を訪れた。日本の地方創生は、東北において強大な力を発揮していた。

オードリーは、これまでも被災地の復興に関心を寄せてきた。2019年に訪日した際には、都内のスーパーで福島県の特産の干し柿「あんぽ柿」を購入している。台湾への輸入が禁止されているあんぽ柿を食べながら、日本語で「激うま~」と言う動画をツイッターに投稿して大きな話題となった。原発事故による放射能汚染、その後も続く風評被害にも負けずに生産者がコツコツ努力を積み重ねてきたからこそ、オードリーの「激うま~」動画につながったのだ。 

オードリーは、かつて「(当時の)安倍晋三首相が復興支援の一環で、干し柿を食べたという話を聞いて、私も(柿を食べることを)思い付きました。都内のスーパーでも『福島復興支援』を掲げてフェアを開催しているのを見て、地域の枠を超えた復興支援が継続している」と発言し、2月22日のオンラインフォーラムでも、この話題に触れている。

震災復興は、単に、助け合い、災害から立ち直るだけでなく、地域社会を再び活性化させるきっかけにもなる。もともと地方からは人口が流出し、自然災害などで、ネガティブな印象を持つ人も多かった。オードリーは「独自の加工、サービス、品種改良によって、1つ2つでも、象徴的な農産品を作り、それをフックにして人々を引き付けることができれば、その地域にポジティブなイメージを与えることができる。そうした求心力を高められるものを協働して生み出していくことは、とても重要なことだと思います」と述べている。

オードリーは過去にも「農業を通して、『心の絆』を作ること、この方法は非常に優れており、台湾も学ぶべきだと思う」と語っている。日本と同じように、自然災害の多い台湾は、復興の面で日本から多くのことを学んでいる。

オードリーは、2009年8月の台風による水害で土石流に村ごと飲み込まれた台湾南部高雄市の小林村の例を挙げた。小林村は、復興の過程で先住民と有志が協力して、地域の特産である梅をブランディングしてさまざまな商品を開発。販路を拡大し、生産者に利益が出るような価格で梅を買い取り、特色ある地域の産業に育成しつつある。

「地域再生に参画し、新たなブランド、新たなフックを作ること。このプロセスの面白いところは、一人ひとりが知恵を出し、得意分野で力を発揮しながら、事業を育てていくということだ」と語る。

継続的なコミュニケーションが重要

東日本大震災後に台湾からの義援金で建てられた宮城県の南三陸病院。記念碑の前に立つ台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表(左)、台北市長の柯文哲氏(右)(筆者撮影)
東日本大震災後に台湾からの義援金で建てられた宮城県の南三陸病院。記念碑の前に立つ台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表(左)、台北市長の柯文哲氏(右)(筆者撮影)

福島復興の10年の中で、オードリーが高く評価しているのは、日本のコミュニティー形成だ。

「長年にわたるさまざまな活動は、福島の新たな姿を世界の人々に見せてくれたと思います」と語る。筆者は2019年に南三陸町・南相馬市・石巻市を訪れたが、地元の人々の未来への前向きな姿勢や団結する姿に感銘を受けた。

一方で、オードリーは、多くの海外のメディアの福島についての報道が、「速いけれど、薄い」傾向があると指摘する。

「福島の被災状況や原発事故による避難区域について世界に伝わるのはとても速かったのですが、その後の除染やモニタリング、避難者の状況などの情報は、ほとんど報道されていません。だから、世界中の多くの人の福島に対する認識が過去の時点で止まっています。これは正しいとか間違っているとかではなく、メディアの性質とはそういうものなのです」

たとえば放射能汚染のような問題で、風評を克服するためには、声高にキャンペーンを張るのではなく、事実をじっくりと、根気強く発信し、伝えていく必要があるとオードリーは言う。

「特定の目的のために他人を説得する必要はありませんが、ある未来に向かって前向きな姿勢で進んでいるグループがあれば、その人たちとつながって一緒に努力すれば、周囲の人たちも自然と変化してくれるはずです」

この10年間の福島の努力は、少しずつ外部の目に触れ、再認識されつつある。

台湾は原発事故以来、いまだに、福島、茨城など5県産の農産物・食品の輸入禁止措置を継続している。これらの疑念を払しょくするには、復興後も、継続的なコミュニケーションや広報活動を通じて、徐々に疑念を解いていくことが重要なポイントとなる。

「絆」はあらゆる交流を超える

オードリー・タンは、福島の当地と他県の人々が一体となって「絆」で結ばれた地方創生活動は、台湾が学ぶべきものだという。福島からスタートした東京五輪の聖火リレー(時事)
オードリー・タンは、福島の当地と他県の人々が一体となって「絆」で結ばれた地方創生活動は、台湾が学ぶべきものだという。福島からスタートした東京五輪の聖火リレー(時事)

オードリーは以前、日本の震災復興について特筆すべきことは、その土地に思いを寄せ、現地と心の「絆」を持った仲間を作ったことだと語っている。

それまで東北に縁がなかった人が、震災をきっかけに関心を持ち、現地に足を運び、その土地の特産品や生産者のファンになる。それは、決して政治的な動員ではなく、自然発生的に起こったということだ。

このようなコンセプトが維持されれば、地域との永続的なつながりを作ることができる。

オードリーは交流会で、若い世代に向かって、「他のグループから排除されることを恐れないで」と励ましている。自分がグループ間の文化の親善大使だと思えば、必ず多くの共通点を生み出すことができる」と呼びかけた。

福島の学生との交流は、小学生から大学生まで、世代を超えてシェアできる空間を作り出した。ある小学生から、「将来宇宙で働きたい」という夢についてアドバイスを求められたオードリーは、「明確な夢があるなら、まず夢を見るための十分な時間を確保すること。1日8時間は睡眠時間をとりましょう」と茶目っ気たっぷりに答えた。

続けて、「台湾と日本は遠く離れていると思っている人が多いですが、宇宙から見れば、地球の上のどの国もとても近い。宇宙という視点で見れば、数学や物理学、天文学だけでなく、文学や芸術にも精通していなければなりません。宇宙に関わる仕事をするには、さまざまな分野の知識を持っていたほうが良いでしょう」とアドバイスした。

オードリーは、自分の未来を思い描くことができれば、未来はそれほど不確かなものではないと今でも信じている、と言い、また、福島の学生たちとの交流の中で、彼女は自分の意見を余すところなくシェアし、若い世代が地域にもっと関心を持ち、できるだけ多くのことに参加してほしい、と要望した。

「福島と台湾は、以前は直行便がありました。いずれ、往来が再開されれば、ぜひ福島でお会いしましょう!」と言うと、参加した学生たちは感激した様子だった。

震災から10年。オードリーは次の世代へ「自分の故郷を大切にし、再生した福島に新たな自信を与え、日本と台湾がお互いの価値観をさらに近づけることで、次の10年で『シェア』される美しいプロセスに向かっていこう」と励ましている。

バナー写真=オンラインで福島県の学生らと交流する台湾の唐鳳(オードリー・タン)行政院政務委員(左画面)、2021年2月22日、福島市(時事)

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