J-POPを席巻する「Just The Two of Us」コード進行を読み解く

音楽

近年、音楽ファンの間で「丸サ進行」、「Just The Two of Us進行」なるワードが注目を集めている。「丸サ」とは、椎名林檎の楽曲「丸の内サディスティック」の略で、同曲の小気味の良いメロディーラインが若者の間で再評価されると共に、この曲のコード進行の影響を感じさせるJ-POPのヒット曲も誕生。俄かに丸サ進行の「ルーツ」と目される楽曲「Just The Two of Us」のコード進行にも関心が高まっている。はたしてこのJ-POPにも少なからぬ影響を与えている「Just The Two of Us進行」とは、どんなコード進行なのか。クラシックから最先端のものまで、さまざまなジャンルの音楽への造詣が深い音楽プロデューサーの横山裕章さんにこの現象を解説してもらった。

横山 裕章 YOKOYAMA Hiroaki

音楽プロデューサー。米国テキサス州生まれ。幼少時代をオランダで過ごす。5歳よりピアノを始め、15歳でワルシャワにてポーランド国立クラクフ管弦楽団と共演。東京音楽大学作曲科(映画放送コース)を卒業。大学在学中から様々なアーティストのツアーにサポートメンバーとして参加しながら幅広いフィールドで音楽制作を行い頭角を現す。2010年agehasprings加入。YUKI、JUJU、MISIA、木村カエラ、吉澤嘉代子、ビッケブランカ 、須田景凪、Aimerなど様々なアーティストへの楽曲提供・アレンジ、サウンドプロデュースを手掛ける。また、槇原敬之、DEAN FUJIOKA他、ツアーにキーボードとして参加。TV-CMや映画、アニメ音楽など、その活動は多岐にわたる。

「Just The Two of Us(コード)進行」は、2018年頃から音楽ファンの間で知られるようになった言葉だ。「Just The Two of Us」は、1980年にサックス奏者のグローヴァー・ワシントン・ジュニアが放った大ヒット曲。マーヴィン・ゲイなどと並び称されるソウル・シンガー、ビル・ウィザースをゲスト・ヴォーカルに迎えたこの曲は、グラミー賞の最優秀R&Bソングも受賞。日本では「クリスタルの恋人たち」なる邦題で知られ、収録アルバム『Winelight』はフュージョン〜スムーズ・ジャズの代表作の一つとして売れに売れた。

そんな40年前の大ヒット曲で用いられたコード進行が、J-POPで多く聴かれるようになり、「Just The Two of Us進行」として10代20代のリスナーの間でも注目されている。そこで、音楽プロデューサーであり、作曲家・編曲家、ライブツアーのバンドマスターとしても活躍している横山裕章氏にこの現象を解説してもらうべく、インタビューした。J-POPの最前線で今、何が起きているのか。

横山裕章氏 撮影:上平庸文
横山裕章氏 撮影:上平庸文

ー「Just The Two of Us」コード進行について、まずはその特徴を教えてください。

D♭maj7、C7、Fm7、E♭m7、A♭7というコードを使っていますが、C7-Fm7で転調する。そこでマイナー調になるけれど、E♭m7-A♭7と来て、またメジャー調になる。マイナーとメジャーを行ったり来たりすることで、浮遊感のある、少し捉えどころのないコード進行になっています。単に明るいものや、暗いコード進行よりは、耳に引っかかりやすい響きになりますね。加えて、このコード進行は繰り返したくなる響きの良さもあります。Aメロ、Bメロ、サビと、このコード進行一つで曲が作れるほどで、リフレインの心地良さというのも、人気のある理由です。

ーグローヴァー・ワシントン・ジュニアやリチャード・ティー(キーボード)といった演奏家も、作詞作曲のラルフ・マクドナルド(パーカッション奏者&作曲家)もジャズ畑の人だったことは、このコード進行の誕生に影響しているのでしょうか?

このコード進行に近いものは以前にもありました。例えばシェリル・リンの「Got To Be Real」(1978年のヒット)も、マイナーとメジャーを行ったり来たりするコードを使っています。ボビー・コールドウェルの「What You Won’t Do For Love」(同じく1978年発表)も、似たコード進行と言えるでしょう。「Just The Two of Us進行」は、まるきりのオリジナルというわけではなく、いろいろな組み合わせの中でできたものです。

ただそこで、リチャード・ティーが弾く、ローズ(電子ピアノの一種)にスモール・ストーンというフェイザーをかけた、あのキラキラしたサウンドや彼のボイシングもあの曲の大きな特徴になっている。またビル・ウィザースが歌う、冒頭の“I see the crystal raindrops fall”から続くドラマチックな歌詞も、あの曲の良さだと思います。あの時代にあのメンバーだからこそできた曲であることは間違いありません。

日本人好みの情緒を表現できるコード進行

ー繰り返しの気持ちよさがある「Just The Two of Us」コード進行は、特にヒップホップ以降のループ感の強い音楽に通じる魅力を備えていたと思えます。

多くサンプリングされている理由はそこです。このコード進行は、ずっと聴いていても飽きない。それにメロディに関して、作り手を触発してくれるような響きがあります。聴いていると、勝手に鼻歌が生まれてくるというか。

ーメロディづくりを触発するとのことですが、コード進行とメロディの関係性を改めて教えていただけますか。

例えば、キーをCにしてコード進行をFmaj7-E7-Am7-Gm7-C7だとします。メロディをCの音で伸ばすだけにします。Fmaj7の時は5thの音になりますし、E7の時は#5thの音になりますし、Am7の時は3th、Gm7の時は11th、C7の時はルートの音になります。このように一つのメロディだけでもコード進行によって色々な響きに変えてくれるので、作る側もいろいろなインスピレーションが浮かんでくるのかなと思います。

日本の歌謡曲、演歌や70年代のポップス、アイドルの曲などでよく使われ、今でも使われている“ペンタトニック”というスケール(音階=音を高低の順番に並べたもの。ペンタトニック・スケールは、世界各地の民謡や童謡などでも使われてきた)があります。キーをCで表すと、ドレミソラです。これを使った歌謡曲、あるいは童謡のようなメロディにも、「Just The Two of Us進行」はあてはめられる。するとメロディは一緒でも、このコード進行にするだけでオシャレというか、クールに聴こえる。加えて、日本人のDNAに刷り込まれているような哀愁だったり、情緒といったものも表現できるのが、このコード進行の良さだと思います。

ーコードには曲の雰囲気を演出する力があるのですね。アイズレー・ブラザーズの「Between The Sheets」や、ジャミロクワイの「Virtual Insanity」といったヒット曲も、このコード進行にインスパイアされた曲と言えるようです。

多くの人が昔の曲を、オマージュといった気持ちを込めて参照することは多い。名曲のコード進行にインスパイアされることも多いでしょう。日本でも、「Just The Two of Us進行」はミュージシャンの共通言語といったところがあります。若い世代の人たちの間では、「Just The Two of Us」にインスパイアされたであろう、「丸の内サディスティック」や、「愛を伝えたいだとか」(あいみょん)のコード進行などが共通言語になっていくのではないでしょうか。

横山裕章氏 撮影:上平庸文

いい調味料になる万能さを持つ

「丸の内サディスティック」は、「Just The Two of Us進行」を取り入れた代表的なJ-POP曲で、若い音楽ファンの間でこのコード進行は「丸サ進行」とも呼ばれる。「丸の内サディスティック」は、1999年に発表された当時は一番人気の曲ではなかったが、ここ数年、リリース当時を知らない10〜20代の間で人気沸騰中だ。

今、J-POPで「Just The Two of Us進行」が多く聴ける理由の一つとして、「丸の内サディスティック」のリバイバル・ヒットにより、その影響元を自分も取り入れたいと考える若いミュージシャンが多いことが挙げられる。

ー「丸の内サディスティック」は、「Just The Two of Us進行」をどのように取り入れていますか?

コード進行の流れ自体は「Just The Two of Us」そのままですね。ただ、転調部分は省いて使っています。A♭maj7、G7、Cm7、E♭7と4つのコードだけでシンプルに、Aメロ、サビと歌い切っているのが特徴です。アレンジした亀田誠治さんは、椎名さんの書く歌詞にある日本語の美しさをとてもうまく音楽にしている方です。日本語の美しさと、「Just The Two of Us」の色気のあるアダルト感を融合させて、うまく椎名さんの世界観をつくっている曲だと思います。

ー他に、「Just The Two of Us進行」をうまく使っているなと思う曲はありますか?

最も衝撃的だったのは、「つつみ込むように...」(MISIA)ですね。「接吻」(ORIGINAL LOVE)も印象深い。「A Perfect Sky」(BONNIE PINK)もいいですね。最近では海外のアーティストで、Rhyeの「Last Dance」や、Madeonの「No Fear No More」も好きです。

ー「接吻」にはオマージュの対象として、山下達郎さんの「あまく危険な香り」もあると思います。

そういうつながりはあるかもしれませんね。ミディアム・テンポで言葉を乗せるのにも、とても合うコード進行ですから。ダンスミュージックのようなアップテンポなリズムにも合うし、スロウなバラードにも合う。「Just The Two of Us進行」は本当に万能なコード進行なのです。シンプルなメロディでもドラマチックに聴かせることができるので、いい調味料になるというか。

「Yesterday」と同じ構造

ーインターネット上で次々に新曲が発表される時代になり、最初の数秒で気に入られないと聴いてもらえない今、人気のコード進行が多用される理由はそこにもありそうですが。

そういう考え方もあります。「Just The Two of Us進行」は2つ目のコードで転調するので、例えばビートルズの「Yesterday」と同じ構造です。転調によって耳に引っかかるのです。

ーYOASOBIの「夜に駆ける」や、Official髭男dismの「I LOVE...」にも取り入れているとされています。

「夜に駆ける」も要所にうまく取り入れてますね。「I LOVE...」はサビは違いますが、Aメロ、Bメロで用いていますね。

ー近年は特にJ-POPのヒット曲で使われることが多いですが、このコード進行を使った曲は今後さらに増えていくのでしょうか?

このコード進行を使えばヒットする、などと思われては困ります(笑)。ヒットした曲は、使いどころがうまいのでしょう。コード進行は、曲の世界観を支配してしまうこともある。メロディや声質、時代感などが組み合わさっての編曲、プロデュースなので、トータルの見せ方や聴かせ方でこのコード進行に決まったという場合が多いのではないでしょうか。先にコード進行を決めて曲をつくるケースは少なからずあると思いますが、「Just The Two of Us進行」といえど、曲に合っていなければ意味のない、行き過ぎたコード・ワークになってしまう可能性もあります。曲の世界観、メロディと歌詞とのバランス、歌い方であるとか、そういったものを踏まえて使えればみなさんに愛される曲になるかもしれません。

バナー写真:「Just The Two of Us」が収録されたGrover Washington Jr.のアルバム「Winelight」のジャケット

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