パリ五輪正式採用の「ブレイキン」とは? 新競技が秘める可能性と日本の金メダル候補たち

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今年1月に開幕した「D.LEAGUE」は、2024年パリオリンピックで正式採用され、多くの企業もスポンサードする競技「ブレイキン」の大会。会場やネット配信などで開催のたび熱狂を生み出すイベントでもある。まだ一般的にはなじみの薄い「ブレイキン」に、若者が、そして世界が注目する理由とは?

「J」でも「B」でもない「D」に注目せよ!

「昨日の、ディーリーグ、観た?」

「観た観た。イッセイ、やっぱ、いいよね」

まだ十代だろうか、若い集団から、興奮を隠さないハイテンションの言葉が聞こえる。表情に目を向ければ、とても楽しそうだ。

それにしても、ディーリーグ? イッセイ? いったい何のことだろう。Jリーグがサッカーであるのは知っているし、Bリーグがバスケットボールのリーグであることも辛うじて知っている。ディーはD? でもDリーグは初めて聞いたし、イッセイも初めてだ……知らないけれど、彼らが熱中していることだけは分かる。

——と、年輩の方々が戸惑うのも無理はない。実は今、若い世代を中心に、新しい波が起きている。「ブレイキン」である。

ブレイキンと聞いても、まだぴんと来ないかもしれないが、「ブレイクダンス」と言えば、なんとなくイメージがつくのではないだろうか。そう、ブレイキンとは、ブレイクダンスとしてメディアで紹介されてきたダンスのことだ。

ディーリーグとは、このブレイキンで日本一を争う、今年1月に開幕したプロダンスリーグ「D.LEAGUE」のことであり、イッセイは、参加する唯一のブレイキンチーム「KOSÉ 8ROCKS」でディレクターも務めるダンサー「ISSEI」のことだ。

D.LEAGUEには1チームあたり8人編成の9チームが参加している。リーグ戦として定期的に試合が開催され、公式アプリやスマートフォンなどで中継を観ることができる。

それぞれにダンスを披露し、採点で順位が決まる。技の難易度、振付や演出、表現力などの基準をもとに点数がつけられるが、特徴的なのは視聴者も採点に参加できること。会場に足を運ぶファンのみならず、熱心なファンを獲得するのに寄与している。何よりも、プロダンスリーグ初年度に参加するダンサーたちの迫力あるパフォーマンスこそ観る者を惹きつける原動力だろう。

【D.LEAGUE】 ROUND.10 DIGEST MOVIE / Dai-ichi Life D.LEAGUE 20-21 ROUND.10

若い世代から広がりつつあるブレイキンには、別の面からも注目が集まる。

2020年12月、国際オリンピック委員会(IOC)理事会で、2024年パリオリンピックで実施されることが決まった。つまりは、D.LEAGUEによる国内の盛り上がりだけではなく、ブレイキンは世界的に広がりを見せているのである。

まずはその歴史をたどってみたい。

ストリートダンスの一つであるブレイキンは、1970年代のアメリカ・ニューヨークで盛んになったとされる。その後、カルチャーの一つとして定着し、例えば映画などでも見受けられるようになった。『フラッシュダンス』『フットルース』といった映画で目にした人もいるのではないか。

競技としても行われてきた。1対1で交互にダンスを披露する「1 on 1」、チームとして一つのショーを制作して披露する「クルーバトル」などの形式がある。

「D.LEAGUE」10ラウンド消化時点で首位に立つ「FULLCAST RAISERZ」。男性のみで構成される「肉体派戦闘集団」だ ©D.LEAGUE 20-21
「D.LEAGUE」10ラウンド消化時点で首位に立つ「FULLCAST RAISERZ」。男性のみで構成される「肉体派戦闘集団」だ ©D.LEAGUE 20-21

企業も注目するブレイキンの可能性

パリオリンピックで採用されるのは「1 on 1」だが、なぜブレイキンがオリンピックの新種目に採用されたのか。その理由には、ブレイキンが秘める豊かな可能性がある。

「パリに採用される前からオリンピックの競技になるな、と確信していました」

D.LEAGUEを運営する株式会社Dリーグ代表取締役COO、神田勘太朗氏は語る。

自身がダンサーでもある神田氏は、ブレイキンの将来性に着目し、プロリーグを立ち上げたが、ダンスは「アートスポーツ」であると語る。

「オリンピックの歴史を調べると、昔はアートとスポーツの祭典であったことが分かります。両者を分けたのは評価の仕方。勝ち負けをはっきりつけるのがスポーツで、アートは本能的な主観で評価していくもの。ダンスはスポーツとアートが融合、内包されたものです」

アートスポーツと言えば、フィギュアスケートが連想される。フィギュアスケートもまた、技術面と表現面を併せ持つとされる競技だ。それが競技の発展に寄与してきた。両面が融合する中にあって、ジャンプをはじめとする技のすごさに比重をかけて応援するファンがいれば、表現の魅力に引き込まれるファンもいる。つまり、競技への入り口に幅があることを意味する。

ブレイキンもまた、最初に技に魅力を感じる人もいるだろうし、なんとなく「かっこいいな」「きれいだな」と感じて見始める人もいるだろう。アートスポーツならではである。

また、独自のカルチャーを築いてきたことに魅力を見出す人たちもいる。ダンサーは、それぞれにダンサーネームを持つ。自ら考え出し、あるいは誰かに呼ばれた名を生かし、いずれにしても自身のアイデンティティーを込めたネームを呼称する。それも歴史を刻む中で培われてきたカルチャーだ。

ブレイキンには別の魅力もある。踊るにあたって、道具は必要としないということだ。

世界的に普及し競技人口が多いスポーツと言えば、サッカーや陸上(その中でもランニング系)が思い浮かぶ。サッカーの場合、「ストリートサッカー」として丸い物をボールに見立てて広場などで行うことができるし、実際、きちんとしたグラウウンドがなくても楽しむ光景が世界中にある。陸上も同様に道具や場所を選ばず、誰もが参加できる。

ダンスもそうだ。日本でも夜、人けのなくなったショッピングモールの広場などで楽しむ姿は珍しくなく、誰でも始めやすいという特徴から、世界の各地で楽しむ人々が数多くいる。特に若い世代では人気が高い。

「D.LEAGUE」で「FULLCAST RAISERZ」と首位を争う「avex ROYALBRATS」。女性ダンサー「RIEHATA」がプロデューサー兼ダンサーを務める男女混成チームだ ©D.LEAGUE 20-21
「D.LEAGUE」で「FULLCAST RAISERZ」と首位を争う「avex ROYALBRATS」。女性ダンサー「RIEHATA」がプロデューサー兼ダンサーを務める男女混成チームだ ©D.LEAGUE 20-21

近年、オリンピックは大会のさらなる発展を目指し、世界的な普及の度合いや認知度をもとに、あるいは若者のオリンピックへの関心を高める観点から、新たな競技を取り入れる傾向にある。夏季競技なら「スポーツクライミング」「スケートボード」がそうだし、冬季競技ならスノーボードで種目を増やしているのもその例にあたる。

ブレイキンが採用されたのも、その流れに乗ってのことだ。

肉体を通しての表現ゆえに、「コミュニケーションをとるために言葉がいらない。ダンサー同士がお互いの国の言葉が分からなくてもつながっていく」(神田氏)という特徴もある。オリンピックに採用されたのはブレイキンへの期待感ゆえであろうし、ブレイキンにとっても、オリンピックで実施されることでさらに発展していく機会となる。

日本勢の金メダル候補

日本での可能性も広がっている。なんといってもオリンピックで優勝を狙えるダンサーたちが存在するからだ。「金メダル」となると一気に脚光を浴びるのは、これまでのオリンピックで証明されているとおりだ。

D.LEAGUEにも出場している「ISSEI」こと堀壱成は、世界最高峰と言われる「Red Bull BC One World Final」の2016年大会で優勝。また、「Shigekix」こと半井重幸は2020年の同大会で史上最年少優勝を遂げている、世界有数のダンサーの1人だ。

「ISSEI」こと堀壱成。1997年福岡生まれの24歳。ブレイクダンスのソロ世界一を極める大会「Red Bull Bc One」で日本人として初めて優勝した実績を持つ ©D.LEAGUE 20-21
「ISSEI」こと堀壱成。1997年福岡生まれの24歳。ブレイクダンスのソロ世界一を極める大会「Red Bull Bc One」で日本人として初めて優勝した実績を持つ ©D.LEAGUE 20-21

堀壱成は、現在はD.LEAGUEに参加するチームの一つ「KOSÉ 8ROCKS」でディレクター兼ダンサーとしても活動している。このKOSÉとは、化粧品メーカー大手のコーセーによるチームだが、コーセーに限らず、「トップーパートナー」としてソフトバンク、「タイトルスポンサー」として第一生命という具合に、数々の大手有名企業がリーグ初年度から参画しているのは、ブレイキンの将来性に着目するからにほかならない。

課題はある。例えば、どのようにジャッジが判断し、優劣を決めているのかを、見る人にどうやって分かりやすく伝えるか。また、ダンサーネームで呼び合う慣習に代表されるように、ダンサーたちが作り上げてきたストリート生まれのブレイキンのカルチャーをどう理解してもらうか。

ただ、それらを乗り越えていきそうな気配がある。

観戦する機会を得て虜(とりこ)になる人たちは増える一方だし、ダンサーたちはオリンピック競技にふさわしい自覚と誇りを持っている。半井は、記者会見のような公の場には必ずスーツで現れる。生半可な気持ちで打ち込んではいないこと、「ちゃらい」と誤解させないという意識からだ。ブレイキンを牽引していく自覚と、アスリートとしての姿勢がそこにうかがえる。

競技としてのポテンシャルをどう生かし、開花させるのか。

今年1月にスタートしたD.LEAGUEも、ラウンドを重ね、いよいよ7月には最初のシーズンのチャンピオンが決定する。

世界とオリンピックが認めた新しい波に触れてみるには、いい機会になるはずだ。

バナー写真:パリ五輪の金メダル候補である「ISSEI」(中央)率いる「KOSÉ 8ROCKS」のダンス ⓒD.LEAGUE 20-21

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