映像監督・糸曽賢志の野望:世界中の人を巻き込んで、アニメ作品を作りたい

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「絵の描き方、演出の仕方、日本のアニメの作り方を、海外のアニメファン、未来のアニメーターに全部体験してもらい、気になることがあれば、僕が全部、答えられるようなことをやってみたい」「声優がどんな風に声を入れているのか、Zoomを使えば世界中から1000人のファンが同時に見学できる時代が来た」――アニメーション・映像監督の糸曽賢志の発想は型破りだ。しかし、決して思いつきの発言ではない。冷静に分析し、緻密に練った戦略で新たな秩序作りを狙っている。

糸曽 賢志 ITOSO Kenji

アニメーション・映像監督、経営者。大阪成蹊大学 芸術学部長・教授。10代でスタジオジブリの宮崎駿監督に師事後、「遊戯王」「SMAPコンサートツアー」「進撃の巨人」「フルーツバスケット」「炎炎の消防隊」」「マクロスΔ」などのプロジェクトに参加。2019年には劇場オリジナルアニメ「サンタ・カンパニー」の原作・脚本・監督を担いながら、既存のビジネススキームを壊して著作権を100%自身で持つ座組を構築。アニメの制作過程データを教材に二次利用する新しい事業展開を行ったことでも話題になった。クラウドファンディングに造詣が深く累計調達額は8.5億円に上っており、ギネス世界記録に登録されている。

言葉のキャッチボールを楽しむかのように、軽妙に人懐こい笑顔で話す様子からは想像もつかない戦略家だ。クラウドファンディングでの累計調達額は8億5000万円に上り、ギネス世界記録に登録されているという。

アニメーション・映像監督の糸曽賢志は、10代でスタジオジブリの宮崎駿監督に師事後、次々と名匠、名プロデューサーらから指名され映像作品を制作してきた。原作・脚本・監督を務めた2019年公開の『コルボッコロ』と『サンタ・カンパニー〜クリスマスの秘密〜』では、慣行である製作委員会方式を採らず、著作権を100%自身で持つ座組を構築。才能あるクリエーターの枠にだけとどまっていられない、日本のアニメーションに新風を吹き込む経営者でもある。

映像監督、大学教授、経営者とさまざまな顔を持つ(糸曽賢志氏提供)
映像監督、大学教授、経営者とさまざまな顔を持つ(糸曽賢志氏提供)

「宮崎駿的」に徹してつかんだ切符

小学生の頃、週刊少年ジャンプの全盛期だった。周囲の友だちはみんな読んでいるのに、糸曽家では「漫画は教育上よろしくない」と買ってもらえなかった。普通の子どもなら、すねたり、泣き落としたりするところだが、「だったら、誰も知らない面白いストーリーを考えよう」と、一番のお気に入りだった『ドラゴンボール』をまねて、自作の漫画を描いていた。

中学入学後はサッカーに夢中になったが、プロを目指すほどの実力がないことは自覚していた。では、どうやって生きていくのか。高校2年生になって進路選択で悩んだ末に行き着いた答えは「漫画家になる」。故郷の広島を離れ、東京造形大学に進学した。

大学の教授陣にはアニメ業界に身を置く人もいて、話を聞くうちに、自らの進むべき道として「アニメ」を意識するようになった。ちょうどその頃、宮崎駿が最初の引退を表明するのと相前後して、スタジオジブリが次世代を担う人材を育てる場として「東小金井村塾」の受講生のオーディションを実施することを知った。

合格のための戦略を練ろうと、ジブリ作品を何本も観なおして気付いたのは、エンディングのスタッフロールの「キャラクターデザイン」に宮崎駿の名前がないということだった。にもかかわらず、どの作品も、間違いなく宮崎駿テイストなのだ。

「誰がデザインしても最終的には宮崎駿風に修正されるか、すべてのスタッフが心酔する宮崎駿風の絵を描いてしまうかのどちらかだ。いずにしても、合格するには宮崎駿タッチの絵を提出する以外に考えられない」。さらに、宮崎作品は、重要なシーンでは、女性キャラクターの横顔がクローズアップされることが多い。糸曽はこの鉄則を踏み外さず、オリジナル要素を加えた横顔の女性を中心に据えた水彩画を描き、合格を勝ち取った。

何本もジブリ作品を見て、戦略を練って描いた水彩画(糸曽賢志氏提供)
何本もジブリ作品を見て、戦略を練って描いた水彩画(糸曽賢志氏提供)

東小金井村塾では、引退して自由な時間を手に入れた宮崎駿と朝から晩まで一緒の時間を過ごした。折しも、ジブリ美術館の計画が進行中で、美術館限定で流す短編の映像作品の絵コンテを描いたり、映像化に向けての議論を繰り返したりする中で、宮崎作品に象徴的に描かれる自然観を吸収したという。

「いつか」ではなく「すぐ」やれ!

2019年劇場公開の『コルボッコロ』のプロト作品を糸曽が発表したのは2007年のことだった。「全くの無名の人間が作品を発表しても宣伝のしようがないだろうし、注目もされない。ジブリ出身の人間がジブリっぽい映画を撮れば何かのフックになるかもしれない」と、糸曽は『魔女の宅急便』と『となりのトトロ』と『天空の城 ラピュタ』を混ぜたような世界観の作品にしたという。

思惑通り、初のオリジナル作品を発表後、糸曽は徐々にアニメ業界から注目されるようになる。2010年、制作会社「マッドハウス」の創業者の一人でアニメプロデューサーの丸山正雄から今敏(こん・さとし)監督の劇場アニメ作品『夢みる機械』の制作に参加しないかと声を掛けられた。超一流のクリエーターが集結する意欲作で、願ってもない誘いだった。しかし、制作が本格化して間もなく、今監督は、末期の膵(すい)がんの診断を受ける。

今監督から「何のために絵を描いているか、考えたことはあるか」と聞かれて、「いつか自分のオリジナル作品を世に送り出したいんです」と答えると、今監督は、「いつか…なんて言っているうちに、俺みたいに死んじゃうかもしれないんだよ。いつかではなく、すぐやれ。企画書を持ってこい」と。

目を通してもらった企画書のほとんどを酷評されたが、唯一、「これは面白い。映画化できるかもね」と言ってもらえたのが、『サンタ・カンパニー』だった。「サンタクロースが一晩でプレゼントを配ることができるのは、実は会社組織だったからだ」という設定を軸に、物語が展開する。もともと、糸曽が漫画作品として描いたものだった。

結局、今監督はその年の8月に他界し、資金面で行き詰って『夢みる機械』は完成には至らないままプロジェクトは解散した。糸曽は、今監督の遺言のような「すぐやれ」の言葉に背中を押されて、2014年に当時としては珍しいクラウドファンディングを活用して『サンタ・カンパニー』を短編の映像作品に仕上げた。

2019年には、新たなシーンを追加し、より物語を深めた形で、劇場公開にこぎ着けた。劇場公開版は、人気・実力ともナンバーワンの花澤香菜と梶裕貴を主演声優に迎えた。

「梶さんも、花澤さんも超売れっ子で、限られた時間での収録。梶さんは、1時間分の映画の収録が、1時間半で終わった。僕から指示を出して、何度かテストをして、方向性が決まると、リテーク(録り直し)なしの一発収録。職人魂を感じました。別々に収録しているのに、怒ったり、笑ったりのシーンもピッタリ息が合っている。パーフェクトな仕事ぶりが、本当にすごいなと思った」。

慣行を壊し、新たな枠組みを作る

糸曽は、その人気声優の録音場面を、未来のアニメーターや声優を目指す人のための教材として活用することを考えているという。

「例えば、ドラえもんのような商業作品のキャラクターの絵や動画、色を塗ったデータには著作権があって、アニメの専門学校や大学でも勝手に教材として使うことができない。でも、『サンタ・カンパニー』は全部、僕のところに権利があるように作ってある。僕が明日、ハードディスクのデータをネットにアップしても、誰にも怒られないんです」

例えば、ある登場人物の声だけを消して、日本のトップ声優と共演しながら、カラオケ方式で演技の練習ができる教材を作ることもできる。出演声優からは、教材として使うことの了解は既に取り付けてあるという。

糸曽は、芸術学部長を務める大阪成蹊大学の提携校である台湾の大学で、アニメーション制作について年に数回、講義や指導をしている。「初めて台湾で授業をした時、驚いたのは、通訳の人が訳す前から、僕が話しているのを学生がニコニコ笑って聞いているんです。『日本語、分かるの?』と聞くと、半分ぐらいがうなずいている。みんな、アニメで日本語を覚えたと言っていた」。糸曽は、その時、改めて、日本のアニメの影響力を実感したという。

糸曽は芸術学部長を務める大阪成蹊大学の姉妹校である台湾応用科技大学で、年に数回、アニメーション制作を学ぶ学生を指導している(糸曽賢志氏提供)
糸曽は芸術学部長を務める大阪成蹊大学の姉妹校である台湾応用科技大学で、年に数回、アニメーション制作を学ぶ学生を指導している(糸曽賢志氏提供)

「今のところは、日本のアニメーション技術は世界トップレベルで、世界中にたくさんのファンがいる。日本のアニメの制作現場について話をすると、すごく興味を持って聞いてくれる。僕は、何も隠すつもりはない。YouTubeやZoomを使えば、日本のアニメの声優がどんな風に声を入れているのか、世界中の人が同時に見学することだってできる。それを体験したファンは、『あの時、録音したのがこんなふうに映画になっているんだ』と喜んでくれると思うのです」。

「できれば、海外の人たちを巻き込んで一緒に作品を作りたい。クリエーターだけでなく、ファンも巻き込みたい。クラウドファンディングは、お金を出して下さった方が、スタッフロールに自分の名前が載っていると自慢にできる。“自分ごと化”することで、頼まなくても、作品を宣伝して広げてくれる」。

糸曽が目指すのは、『サンタ・カンパニー』を日本でヒットさせるなどというちっぼけなことではないのだ。教育と共感という平和的な手段で、したたかに世界制覇を狙っている。

バナー写真 : 映像・アニメーション監督の糸曽賢志氏(筆者撮影)、左は2019年公開の『サンタ・カンパニー〜クリスマスの秘密〜』のポスター(©2019 KENJI STUDIO提供)

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