東京五輪:開幕間近、コロナ・ワクチンはまだ?「危険な中高年」に不安と不公平感

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東京五輪の開幕まで2週間を切った。五輪を媒介とした新型コロナウイルス感染拡大の恐れがある中で、予防の「切り札」となるのがワクチンだ。65歳以上の高齢者には急ピッチで接種が進んでいるものの、高齢者に次いで重症化率が高い50代、40代の中高年層に対して、ワクチンは十分行き渡っていない。さらに東京都には4度目の緊急事態宣言発令。大会本番を迎えて、競技会場が集中する首都圏在住の人々は何を思うのか。

宮坂 昌之 MIYASAKA Masayuki

大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授、大阪大学名誉教授。1947年長野県生まれ。京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学大学院博士課程修了。金沢医科大学血液免疫内科、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所等を経て、大阪大学医学部教授、大学院医学系研究科教授などを歴任。2007~08年日本免疫学会会長。医学博士・PhD。主な著書に『免疫力を強くする 最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』、共著に『免疫と「病」の科学 万病のもと「慢性炎症」とは何か』『新型コロナ 7つの謎』など。

40代、50代の重症者が増加

重症化リスクの最も高い65歳以上の高齢者層を優先して、政府は五輪に向け「7月末までにワクチン2回接種完了」の目標を掲げた。7月6日現在で高齢者接種率は69.4%(2回接種は37.9%)に達した。しかし、最近は供給が需要に追い付かなくなり始め、職域接種の新規受け付けや自治体の接種予約を停止するなど、全般にペースダウン。国民全体で見た接種率は同日現在で21.6%(2回接種は11.0%)にとどまっている。

中でもインド株の影響で「40代、50代の重症者が増えている」(新型コロナウイルス対策分科会の尾身茂会長)ため、この年齢層への接種は急務だ。

「8月ごろめどにお知らせします」

神奈川県横浜市の自営業、菱田一さん(59、仮名)の元に、市から接種券が届いたのは6月末。てっきり接種予約できるのかと喜んだのもつかの間、よく読むと小さい字でこう書いてあった。「8月ごろをめどに接種時期や予約についての通知をお送りします」

同市での40~50代の接種対象者は115万人もいる。菱田さんにもっと早く接種券が届いていれば、一時的に「空き」が生じていた国の大規模接種を受けられたかもしれない。さらに自営業は職域接種と無縁。「大企業優先で、自営業やシングルマザーみたいな人は後回し。もやもや感があります」と漏らす。結局、自治体にすがるしかなかった。

新規感染者が1000人に迫った東京都への4度目の緊急事態宣言発令を受けて、政府や国際オリンピック委員会(IOC)など5者協議は8日、東京・神奈川・埼玉・千葉の4都県での五輪無観客開催を決めた。「この状況なら、当然ですよ」と菱田さんは言い切る。市内では野球、サッカーと人気競技が行われ、有観客ならば他県から多くの人の流入が予想されたからだ。さらに野球会場の横浜スタジアムの近くには、日本最大の中華街や全国有数の飲食街、野毛地区が控え、盛り上がった観客が押し寄せる可能性もあった。

(左)野球会場となる横浜スタジアム、(右)横浜市中区の野毛地区=いずれも共同
(左)野球会場となる横浜スタジアム、(右)横浜市中区の野毛地区=いずれも共同

大規模な人流はとりあえず回避されそうだが、菱田さんには別の心配がある。それは、約5.5万人の外国人選手や関係者らを外部と遮断させる「バブル」方式の信頼性だ。「一人一人管理なんて絶対に無理。会場までの送迎バスの運転手らもワクチンを全員打っているわけではないと報道された」。菱田さん自身もワクチンを打たないまま、大会を迎えることに不安を覚えており、「本来なら最大の対策は中止か延期ではなかったのか」

東京五輪への思いを問うと、「五輪自体は大好きです。男子陸上100メートルなんてすごく楽しみ。でも、それはそれとして、今じゃないでしょ。五輪後に何が起きるのか怖い。後世の人はどう評価するのだろうか」

不公平感

運よくワクチン接種を受けられた人もいる。東京都中央区月島に住む会社員、佐藤芳太郎さん(57、仮名)は、開業医での個別接種は「接種券を受け取ってからでないとできない」と認識していたが、既に接種券なしでも受け付けている医院があるとネット上で知り、慌てて駆け込み予約した。おかげで2回目も大会期間中の7月27日に予約が取れた。「インド株が流行し始めて焦っていたので、ちょっと安心はしている」と話す。

一方、中央区は7月2日から、40~59歳の住民を対象に、区独自の集団接種の予約受け付けを始めたが、わずか5分で満杯。それ以降も断続的にしか予約できない状態だ。接種券がなくてもクリニックで受けられた人がいるかと思えば、集団接種の機能停止であぶれた人もたくさんおり、「多くの区民は不安感と同時に不公平感を抱いているのではないか」と、佐藤さんは申し訳なさそうに言う。

地元の月島から約1キロ離れた東京湾に面した地域に、柵で囲われた高層ビル群が現れる。選手村だ。近所をジョギングしていると「町中に外国人が増えていないか、つい気になってしまう」。各国選手は厳重管理の下、勝手に街に繰り出すことは考えにくいが、管理が緩くて取材に出歩く「報道関係者が怖い」と佐藤さん。月島には有名な「もんじゃストリート」があり、人が集まって来ないとも限らない。

東京五輪選手村=共同
東京五輪選手村=共同

すぐそばに選手村があるというのに町に祝祭ムードはなく、「東京で五輪が開かれるという実感は全くない。選手もろくに練習できないまま出場してかわいそうだ」。大会期間中は外出を避け、妻と2人でテレビ観戦に徹するつもりだ。

都の休業要請、「他人事ではない」

中高年層の中でもワクチン接種を望まない人は当然いる。埼玉県内で蕎麦屋を営む矢野健司さん(48、仮名)は「臨床期間が短かすぎる」と危惧して、接種を見送るつもりだ。その分、3密回避やマスク、消毒、換気に力を入れ、店舗での感染防止策に余念はない。

埼玉県内でもこの地域では、まん延防止等重点措置が解除されており、酒類の提供は午後8時までできるようになっていた。しかし、東京の緊急事態宣言の影響で「再びまん延防止の対象になるかもしれない」と気が気ではない。「お酒を出せるかどうかで売り上げは本当に違う」からだ。

都内では、酒を提供する店には休業要請という強い措置が再び取られる。「卸酒屋が飲食店へ酒を売らないように圧力も掛かっているというので、経営は本当にやばい。とても他人事ではなく、心が痛む。明日はわが身だと思う」

都内在住の鷲田妙子さん(61、仮名)のワクチン接種は8月17日。五輪までに間に合わないが、「自分なりに対策をしているし、不安を言い出したら何もできなくなる」。それよりも4度目の緊急事態宣言で、自分が企画していたイベントが流れてしまったことに「ああ、またか」という思いが募る。五輪についても「この状況で観客を入れるのは考えられないことだけど、これを目標に真っすぐに頑張ってきた選手を思うと(有観客で)やらせてあげたい気持ちもあり、何とも言えない」と複雑な心境を明かす。

貧困と未接種

ワクチンを受けたくても受けられない人の中には、「貧困」が理由の場合もある。NPO法人「世界の医療団」の武石晶子さんは東京・池袋を拠点に、炊き出しや医療相談など生活困窮者の支援活動を行っている。困窮者には「十分に支援情報が行き渡っていないと感じることが多い」と話す。

武石さんらが5月下旬に支援現場で行った調査(対象314人)によると、ワクチン接種を希望する人は全体の58%を占めた。残りの42%は「いいえ」「分からない」に該当するが、聞き取りしてみると、「無料だったら受けたい」「住所や身分証明書がないと受けられないんじゃないか」「副反応の情報がない」などといった声が聞かれた。

接種券は住民登録先の市町村から発行、送付されるが、ホームレスの人には物理的に届かない恐れがある。厚生労働省は4月末、自治体に対して、支援団体と協力しながら、接種できるように促しているが、取り組みは緒についたばかり。また生活保護を受けて、住居を定めた人でも「携帯電話を持っていないことが多い」(武石さん)ため、「予約お手伝いサービス」の充実も必要だ。

インド株の脅威

東京都に再び緊急事態宣言が出た背景には、インド株への置き換えが進んでいることがある。大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之・招へい教授(免疫学)は、インド株について「感染力が従来の1.8倍~2倍近くあり、ウイルスの増殖力が極めて高いので感染すると重症化しやすい」と指摘する。

65歳以上の高齢者はワクチン接種が進み、重症化が抑えられているが、40~50代については「それまでの株ならなんとか対応できていたのに、感染力が上がったインド株だと、免疫力だけではもう排除できなくなってきている」と言う。ワクチンの供給力に制約が見られる中、宮坂教授は「職域接種をどんどん活用してこの年齢層への接種を進めるべきではないか」と話している。

(宮坂教授のインタビューは後日、詳報でお伝えします)

バナー写真:65歳以上の高齢者を対象とした新型コロナウイルスワクチンの接種が始まった=長野県北相木村(共同)

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