体操男子日本代表、躍進の理由:内村航平の後継者に五輪延期がもたらしたもの、そして日本体操界の知られざる努力とは

スポーツ 東京2020

団体総合で銀メダル、個人総合で金メダルを獲得した体操男子日本代表。“キング”内村航平が往時の輝きを失った東京五輪での前評判は、必ずしも高くはなかったが、コロナ禍による1年の開催延期の間に代表選手たちは著しい成長を遂げていた。「躍進」と呼ぶにふさわしい活躍の舞台裏をリポートする。

低迷が続いた「リオ後」

東京五輪で輝きを放った選手たちがいる。体操男子日本代表だ。団体総合では銀メダルを獲得。個人総合では橋本大輝が金メダルに輝き、今大会ではまさかの予選落ちに終わった内村航平による、ロンドン、リオデジャネイロの連覇を受け継いだ。

優勝した個人総合はもちろんのこと、リオの金メダルから順位を一つ落とした団体総合も「輝きを放った」と評価できる。その理由を説明するためには、まず男子団体の近年の実績を振り返らなければならない。

リオ五輪のあと、日本は厳しい状況にあった。2018年の世界選手権では団体総合で3位になり、個人総合は萱和磨(かや・かずま)が6位、白井健三が7位。19年の世界選手権でも団体総合3位、個人総合は萱のみの出場で6位にとどまった。

成績が下降した原因は、大黒柱の内村が肩などの故障に苦しめられ、本来のパフォーマンスを発揮するのが難しくなっていたこと。さらに内村に限らず、リオで活躍した選手たちもまた、低迷したことにあった。

代表メンバーは少しずつ入れ替わっていったが、挽回するには至らなかった。団体では世界で3番手、個人総合は表彰台が遠のいた、というのがリオ後の日本の位置であり、その状況は2020年を迎えても変わりなかった。そのため東京五輪の成績は、団体総合は銅メダル、個人総合は世界の強豪たちにどこまで食い下がれるか、というのが大方の予想であった。

下馬評を覆し団体でも金に迫る

だが実際に競技が始まってみれば、日本は予想以上の成績を残した。団体総合の勝ち負けは、優勝したROC(ロシアオリンピック委員会)の最後の演技で決まり、しかも得点差は0.103と、まさに紙一重の勝負だった。

個人総合では、五輪初出場にして20歳の橋本大輝(だいき)が優勝し、日本勢3連覇を成し遂げた。前年までの評価からすれば、まさに躍進。種目別鉄棒でも金メダルを獲得した橋本の、2冠後の会見での言葉が象徴的だ。

団体総合決勝、得意の鉄棒で演技する橋本(2021年7月26日、東京・有明体操競技場) 時事
団体総合決勝、得意の鉄棒で演技する橋本(2021年7月26日、東京・有明体操競技場) 時事

「1年前に東京オリンピックをやっていたら、代表にはなれなかったかもしれません。この1年で、金メダルを獲るための練習をすることができました」

自身のことを語った言葉だが、これは団体にもあてはまる。選手たちはコロナ禍による延期を最大限に生かし、この1年で格段の成長を遂げたのだ。

大きく進化したのは、やはり橋本が象徴的だが、技のレベルを飛躍的に高めた点だ。

体操の採点には、技の難度が高いほど得点が伸びる「Dスコア」と、ミスなく美しい技の完成度を問う「Eスコア」がある。橋本は19年に世界選手権に出場しているが、当時、6種目のDスコアの合計は34点に満たないレベルだった。だが東京五輪を迎える時点では、37点にまで高めていた。

実は橋本は、昨年12月の全日本体操個人総合選手権では5位だった。東京オリンピックの団体代表枠は4名。だから「代表になれなかったかも」と語ったのである。他の選手たちも1年の間にそれぞれに地力を向上させていったが、8月7日に二十歳の誕生日を迎える橋本はまさに伸び盛り。先輩たちを追い越して日本のエースとなったのである。

個人総合で5位入賞し、団体総合でも活躍した18歳の北園丈琉(たける)もまた、橋本同様、伸び盛りにあった1年が生きた選手だと言える。北園はユースの大会でたびたび優勝して将来を嘱望されながら、清風高校(大阪市)卒業後は実業団の徳洲会に所属。トップ選手の多くが大学体操部に進む中、異なる道を選択した注目の選手である。

コロナ下での貴重な実戦経験

1年を生かしたという点では、新型コロナの影響下にあって、日本の体操は比較的早いタイミングで大会を再開し、選手たちが場数を踏めたことも効果的だった。

他の競技同様、体操も新型コロナにより大きな影響を受け、20年4月の全日本個人総合選手権、5月のNHK杯、6月の全日本種目別選手権と、主要大会の開催が見送られた。それでも、9月には全日本シニア・マスターズ選手権を開催。さまざまな競技、とりわけ室内競技の中では早い再開だった。この大会のシニアには、東京オリンピックの代表である萱、谷川航(わたる)らが参加している。

団体総合決勝であん馬の演技に挑む萱(2021年7月26日、東京・有明体操競技場) AFP=時事
団体総合決勝であん馬の演技に挑む萱(2021年7月26日、東京・有明体操競技場) AFP=時事

10月には全日本学生体操競技選手権を開催。この大会には橋本が出場し、同月の全日本高等学校体操競技選抜鯖江大会には北園が出場した。

11月には、日本に加え、ロシア、中国、アメリカも参加して、新設の大会「Friendship and Solidarity Competition」が東京・代々木競技場で開催された。これは新型コロナ感染拡大後、初めての国際大会で、各国の代表クラスの選手たちの招へいに成功。日本勢にとって海外勢トップクラスの演技を実感する貴重な機会となった。

この大会に参加した萱は、間近で見た海外の強豪選手について、こう語っていた。

「すごいと思わなくなりました。正直、近づいている。確実に昨年よりは近づいている。大きな自信になりました」

感染拡大の防止策をとりつつ選手が練習の成果を試せる場となり、海外勢のパフォーマンスも体感できた。いわば五輪の予行演習となる機会を得られたことも、日本勢の躍進につながった。選手個々の努力もさることながら、日本体操界あげての努力が実を結んだのが東京五輪の成果と言えるだろう。

バナー写真:体操男子団体総合で銀メダルを獲得した日本チーム。左から橋本大輝、萱和磨、北園丈流、谷川航(2021年7月26日、東京・有明体操競技場) AFP=時事

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