東京五輪取材日記:現地取材9回目の記者が見た「異例ずくめ」の祭典の舞台裏

東京2020 スポーツ 社会

史上初の1年延期。史上初の無観客。国民の多くに歓迎されない中で始まった異例ずくめの東京五輪が、8月8日に閉幕した。五輪取材は夏冬合わせて9度目の筆者が見た、東京五輪の内側を紹介する。

大会関係者の陽性率は極めて低かった

終わってみれば、地震や台風の直撃、バブル内でのクラスター発生はなく、世界中から集まったアスリートたちの正真正銘の全力プレーや発信力から、スポーツの力をあらためて感じさせられた大会だった。

開幕前、自分が最も警戒していたのは新型コロナウイルスだった。感染すればその後は取材ができない。選手の家族や恩師すら会場に来られない中、貴重な取材パスを無駄にすることだけは避けなければ、と心していた。

五輪従事者枠として急きょ組み込まれたワクチン接種の2回目を7月中旬に終え、まずは毎日の登録が義務付けられている体調管理アプリをスマートフォンにインストール。体温や体調、陽性者との濃厚接触がないかなどの情報を登録するこのアプリは、午前中に入力をし忘れると昼には警告メールが届く徹底ぶりで、「条件達成」の画面が出なければ取材パスを没収される可能性があるとのこと。自然と気持ちが引き締まる。

東京ビックサイトのメインプレスセンターに設けられたPCR検査施設 時事
東京ビックサイトのメインプレスセンターに設けられたPCR検査施設 時事

次は、東京ビッグサイトにあるメインプレスセンターへ行ってPCR検査キット(唾液採取タイプ)を受け取った。こちらは4日に1度の提出が義務付けられている。

結果的に、国内の新型コロナウイルス感染者数は昨年の同時期よりも1桁増え、過去最多を更新し続けたが、一方で、7月1日から8月8日までに大会関係者で陽性が確認されたのは計430人にとどまった。内訳は組織委の業務委託先の業者236人、大会関係者109人、選手29人、メディア25人、ボランティア21人、組織委職員10人。IOCによると陽性率は0.02%(7月末時点)と極めて低かった。

徹底されていた感染予防対策

その理由は何かと考えて思い浮かぶのは、とにもかくにも感染予防対策が徹底されていたことだ。

会場の入り口では、まずアルコールによる手指消毒とセンサーによる体温チェックがある(もちろん、顔認証による本人確認と荷物チェックもある)。さらに今五輪では、取材する試合をあらかじめ申し込み、メールで取材許可が届くという仕組みが初めて採用され、各会場の取材人数が完全にコントロールされていた。

会場内や移動中などの常時マスク着用も、当然のごとく義務付けられていた。開幕前に「マスクを外している外国メディアがいる」という記事が出たためか、筆者が見た限りでは、飲食エリア以外でマスクを外している人は基本的にいなかったし、飲食時の会話も皆、自重していた。

スケートボードやBMXの会場となった有明アーバンスポーツパークのメディアセンター 時事
スケートボードやBMXの会場となった有明アーバンスポーツパークのメディアセンター 時事

大会中のペン記者の行動をざっと紹介すると、試合前後に作業するのはメディアワークルームと呼ばれる広い部屋で、使用できるのは1席おき。スタンド席で試合を見た後は、ミックスゾーンと呼ばれるエリアで選手を取材する。

これまでの五輪では、このミックスゾーンが“おしくらまんじゅう”状態になっていたが、今回はミックスゾーンに入れる人数が大幅に制限されたうえに、選手との距離も数メートル離された。ただ、選手の声はマイクを通してスピーカー越しに聞けるようになったため、以前よりむしろ聞き取りやすかった。

会場では至る所にアルコール消毒液のボトルが設置されているうえに、ボランティアによる拭き取り作業が、念入りにそして頻繁に行われていた。とにかく人が触れる可能性のある所は、くまなく消毒されていた印象だ。

選手やチーム関係者、外国人メディアは専用バスによる移動だったが、日本の国内メディアは電車移動で、バブル状態ではなかった。それでも感染者が少なかったのは、アルコール消毒がいかに有効かを示しているのではないか。

レスリング会場の幕張メッセで、競技の合間に消毒作業を行うスタッフたち 時事
レスリング会場の幕張メッセで、競技の合間に消毒作業を行うスタッフたち 時事

便利すぎると不便になる

食事に関しては、さすがに外国メディアが気の毒だった。そもそも五輪取材はスケジュールがタイトでゆっくり食事をする時間などないが、それにしても仕事を終えた後にレストランが開いてすらいないのはきつかっただろう。外国メディアのSNSでコンビニの食べ物が話題になるのも当然だ。

メインプレスセンターのレストランは高い割に味も今ひとつだったため、一度しか利用しなかったが、過去の五輪も似たようなものなので特に感想はなし。

一方、メディアワークルームでは水(コカ・コーラ社の「いろはす」)、コーヒー、紅茶が無料で提供されており、会場によっては山崎製パン社の「ランチパック(ピーナツバター味といちごジャム&バター味)やバナナがあった。これは他の五輪と比べて良かったように思う。

さまざまな情報がアプリで提供される時代になり、アプリの数が多すぎて使いこなすのが大変というマイナス面もあった。体調管理アプリは序の口として、会場間の移動に必要な輸送情報を見るためのアプリ、メダリスト会見で使う同時翻訳音声サービスのアプリ……。会見ではアプリを立ち上げ、QRコードを読み取らせ、言語を選んでいるうちに会見が進んでしまうこともあり、参った。

無観客であることを最も実感したのは卓球会場だ。競技や会場によって、普段の大会と同様の音楽が流されたり、選手が選んだ入場曲があったり(ボクシング)、日本語と英語の実況があったり(バスケットボール)、何らかの音が聞こえている状態で試合が進むケースがほとんどだったが、卓球会場はワンプレーごとに静まり返って、小さな音を立てるのもはばかられるほどだった。

とはいえ、テレビにはあまり映っていなかったようだが、スタンドには選手団や関係者がいるので、普段から観客の少ない競技ならさほど違和感はなかったかもしれない。また、米国女子体操のスター選手であるシモーン・バイルスがメンタルヘルス問題から復活して出場した体操競技最終日の種目別平均台には、オリンピックファミリーと思われる数百人(USAと入った服を着ている人が多かった)が、スタンドの一角を占めて選手入場時にスタンディングオベーションをしていた。一団はその後に行われた種目別鉄棒の前に会場を立ち去った。

大会最終日に行われた女子バスケットボール決勝(日本vs.米国)には、ざっと見て約千人のボランティアが訪れ、“スタンド観戦”のご褒美を味わっていた。千人といっても席数が多いのでフィジカルディスタンスは保たれていた。

バスケットボール女子でアメリカとの決勝戦に臨む日本チーム。関係者とはいえ、スタンドの観客はチームの力になったに違いない(2021年8月8日、さいたまスーパーアリーナ) 時事
バスケットボール女子でアメリカとの決勝戦に臨む日本チーム。関係者とはいえ、スタンドの観客はチームの力になったに違いない(2021年8月8日、さいたまスーパーアリーナ) 時事

課題多き五輪で見た誇るべき美点

開幕前は中止を求める声が大きく報道され、四面楚歌なのだろうかと不安が大きかったが、会場に着けばボランティアが万全の態勢を整えて待っていてくれた。大会が始まると、お台場エリアを走るモノレールゆりかもめの車窓や駅から試合会場の写真を撮る人が増え始め、手書きの応援メッセージを掲げて選手バスの出待ちをする近隣住民の姿も見られるようになっていった。

いろいろあった中で、やはりこれは日本が世界に誇るべきだと思えたのは、清潔さと水回りの安心・安全だ。駅、電車、道路。どこもかしこも清潔でごみが落ちていない。そしてトイレ。五輪でも何でもビッグイベントでは、日程が進むにつれて必ず詰まりや故障が起きるのが常だが、筆者が見たところでは一度もそのようなことはなかった。

多機能トイレに驚嘆する外国人がいるのはもはやおなじみとしても、行き届いた清掃や、壊れにくさは間違いなく日本が世界一。昔、日本のトイレに感動してバンド名に付けたとうわさされる有名アーティストがいたが、同じようなことがまたあるかもしれない。ちなみに、改装された東京駅の構内や地下街も世界で群を抜く美しさだ。

取材会場には「会話をなるべく控えるように」という趣旨の張り紙が張られていたこともあり、外国メディアやボランティアと雑談することはほとんどなく、仕方ないとはいえ残念な気持ちもあったが、東京五輪が閉幕した今、筆者の胸の中にあるのは多くのアスリートと同じく、感謝の意。成功か否かを論じるつもりはない。

バナー写真:開会式と同じく無観客で行われた東京五輪の閉会式は、「ARIGATO」の文字と花火で締めくくられた(2021年8月8日、東京・国立競技場) 時事

東京五輪・パラリンピック 五輪 オリンピック 新型コロナウイルス