世界的なEVシフトへの挑戦:水素カーは対抗の切り札になるか?

経済・ビジネス

世界的に電気自動車(EV)シフトが加速している。2022年には世界販売台数がハイブリッド車(HV)を上回る見込みだ。EVシフトで立ち遅れている日本メーカーだが、EV化を促進するとともに、EVに対抗する切り札としているのが水素で走る「水素カー」。2代目となる燃料電池車(FCV)「ミライ」を20年末に発売し、水素エンジン車の開発も進めるトヨタ自動車の戦略を探る。

日本が世界に先行する水素カー

世界各国・地域で温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現に向けた方針が示される中、水素で走る「水素カー」の活躍が期待されている。海外ではEVへのシフトが加速するが、EVと同じく走行時に二酸化炭素(CO2)を排出せず、日本が世界に先行する技術力を発揮できる分野だ。

トヨタ自動車はFCV「ミライ」の性能を高め、技術は外部に広く提供。国内外で製造された水素を使い、既存のエンジンを活用できる水素エンジン車の可能性も探る。水素の製造コストの削減や輸送、充填(じゅうてん)インフラの整備など課題は山積するが、業種を超えた「仲間づくり」で利用を拡大できるかが重要な鍵となる。

新型コロナウイルス禍で2020年夏から延期された東京五輪・パラリンピックは、開催そのものが危ぶまれ、大会の最高位スポンサー「ワールドワイドパートナー」を務めるトヨタがCM放送を見送るなど波乱が続いた。

トヨタ所属の女子ソフトボール選手の金メダルをかじった名古屋市の河村たかし市長の前代未聞の非常識な行動が世間を騒がせたかと思えば、パラリンピック選手村でトヨタの自動運転バス「e-Palette(イーパレット)」が視覚障害のある柔道選手と接触事故を起こし、一時は運行を停止するなど、話題に事欠かなかった。

しかし、ふたを開けてみれば、日本は五輪で過去最多となる58個の、パラリンピックでは04年のアテネ大会に次いで2番目の51個のメダルを獲得する快挙を成し遂げた。

トヨタは競技とは別に、大記録に挑んだ。世界的に求められているCO2排出量の削減だ。「過去の大会に比べ排出量は最も低くなるのではないか」

五輪の開幕直前、トヨタの伊藤正章オリンピック・パラリンピック部長は胸を張った。

選手村や競技会場などで使われる3340台の公用車を提供。うち9割は電動車が占め、ミライも475台が「出場」した。

生産能力の低さを解消した2代目ミライ

FCVは水素を充填して化学反応で発電し、モーターを回して走行する。日本では菅義偉政権が35年に新車販売の100%を電動車とし、50年のカーボンニュートラルの実現を目指す方針を表明。水素を「キーテクノロジー」に位置付け、30年に最大300万トン、50年に2000万トン程度の導入を目指し、水素ステーションも30年までに現在の約150基から1000基に増やす構想を示した。

14年に発売された初代ミライは「究極のエコカー」と呼ばれ、大きな注目を集めたものの、世界販売台数は約1万1000台にとどまった。741万円という高価格や、ガソリンスタンドに比べ、建設コストなどの負担が大きい水素ステーションの供給不足が普及の妨げとなったとも指摘されるが、そもそも、わずか年3000台という生産能力の低さに根本的な問題があった。

トヨタは20年12月に発売した2代目ミライで、心臓部に当たる発電装置のセルと呼ばれる基本部材の数を減らすなどの設計変更を行い、コストを3分の1に抑えて生産能力を10倍の年3万台にまで高めた。

1回の水素充填で走れる航続距離は先代の1.3倍以上の850キロに向上。低重心のデザインで、全長は85ミリ長く、全幅は70ミリ広くして乗車定員を4人から5人に増やした。

価格は先代から少し抑え、710万円から。これでも庶民には簡単に手が届く代物ではないが、静かで滑らかに加速する走りは最先端の高級セダンの風格を漂わせる。

開発責任者の田中義和氏は「乗用車として、いいレベルに仕上がった」と自信を見せ、前田昌彦執行役員も「本格的な水素普及への出発点としての使命を担う車だ」とアピールした。

21年4月には、高速道路での車間距離維持や車線変更などをサポートする高度運転支援機能や、ソフトウエアを通信で自動更新できる機能を備えたモデルも発売した。

次世代技術での協業に着手

トヨタはミライで使われているシステムの外販にも着手。発電装置などの主要機器をパッケージ化することで接続の手間やコストの削減につなげ、導入を容易にした。トラックやバスなどの商用車、鉄道や船舶などへ用途を広げ、仲間を増やすのが狙いだ。

21年3月には、いすゞ自動車と自動運転や電動化など「CASE」(ケース)と呼ばれる次世代技術分野での協業に向けた資本提携を発表。4月には、いすゞ、トヨタ子会社の日野自動車を合わせた3社で新会社を設立した。これにスズキとトヨタ子会社のダイハツ工業も加わり、大型から小型まで商用車で燃料電池の活用が広がる可能性がある。

トヨタは30年に電動車の世界販売台数を800万台に、うち200万台はEV、FCVとする目標を掲げる一方で、モータースポーツに水素エンジン車「水素エンジンカローラ」を投入した。

5月22、23日に富士スピードウェイ(静岡県小山町)で行われた24時間耐久レースでは、福島県浪江町の水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド」(FH2R)で作られた水素を使用。豊田章男社長も自らドライバーとして参加し、完走を果たした。

水素エンジン車はガソリンの代わりに水素を燃やして動力を得る仕組み。既存エンジンの大部分を転用できるのが大きな強みだ。エンジンが高温になるため、出力や熱の制御などの課題があり、量産化は難しいが、運転時に振動や音を感じられるのはもちろん、EVシフトで消失しかねないエンジン関連の部品メーカーなどの雇用を維持するための「救世主」にもなり得る。

水素エンジンカローラには、「GRヤリス」のガソリンエンジンを転用したが、トヨタ単独の技術だけが使われているわけではない。車の噴射弁はデンソーと共同開発。移動式の臨時水素ステーションは豊田通商、岩谷産業、太陽日酸の共同出資会社が提供した。

7月31日と8月1日にオートポリス(大分県日田市)で行われたレースでは、ゼネコンの大林組が大分県九重町の山中で、日本で初めて地熱発電を使って製造した水素を工場などへ陸送するスキームを実証する製造実証プラントから水素が提供された。

このプラントでは、地下約700mから発生する150度の蒸気を利用してタービンを回し、発電した電気で水を分解し、水素を作る。再生可能エネルギーは電力供給の面で不安定とされるが、大林組は九州各地の水素ステーションにも供給し、水素の「地産地消」を目指す。

世界初の液化水素運搬船を使った実証実験

水素エンジンカローラで使う水素は国内で作られたものに限らない。9月18、19日に鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で行われるレースでは、豪州で採掘した安価な石炭「褐炭(かったん)」で発電した低コストの水素が使われる。

水素は川崎重工業や電源開発(Jパワー)、岩谷産業などが参画する実証実験で製造。9月のレースでは、水素ボンベに詰めて空輸されたものが使われるが、21年度後半には川重が開発した世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」を使った実証実験も始まる予定だ。

運搬船は全長116メートル、総トン数は約8000トン。水素をマイナス253度に冷却して液化し、体積を気体の800分の1にして大量輸送ができ、30年の商用化を目指す。水素の輸送インフラの整備に向けて大きな貢献が期待されている。

運ばれる水素は製造段階からCO2を排出するグレー水素に分類される。水素はこのグレー水素のほか、再生可能エネルギー由来の電気で水を分解し、CO2を排出しないグリーン水素、製造段階のCO2を回収するブルー水素に大きく色分けされる。

グリーン、ブルー、グレーの順で環境に優しく、カーボンニュートラルの実現に向けて有効な反面、製造コストは高くなる。世界の水素関連企業はまずはグレーやブルーを使って需要を増やし、市場をつくりたい考えだ。

欧州連合(EU)は35年にHVを含めたガソリン車などの新車販売を禁止する方針を示し、独メルセデス・ベンツやボルボ・カー(スウェーデン)など海外勢はEVへの専業化を次々と表明している。

HVに強みがあるトヨタなど日本勢は戦略の練り直しを迫られるが、大手メーカー首脳は「EVしか選択肢を持たないメーカーは、EVシフトをせざるを得ない」と冷静にみており、水素を含む幅広い技術を持つ日本勢の優位性に自信を持つ。

ITなど異業種からのEV事業への参入も進む中、水素は日本の自動車メーカーなどが激しい競争を生き残り、技術力をアピールするための「切り札」として注目される。

バナー写真:トヨタ自動車が全面改良して2020年12月に発売した燃料電池車のセダン「MIRAI(ミライ)」(共同)

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