「アジアの時代が来る」:現実となったタイガー・ウッズの父、アールの予言

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今から30年前、1991年に「ゴルフ界は将来、アジアの時代になる」と予言していた人物がいる。彼の名はアール・ウッズ。タイガー・ウッズの父にして、タイガーにゴルフの手ほどきをした人物だ。そして今、まさにアジアにルーツを持つ選手たちがゴルフ界を席巻している。なぜアール氏はこの時代の到来を予見できたのだろうか。アール氏と生前、親交が深かった、ゴルフ指導者のハル常住氏に話を聞いた。

ハル 常住 Hal TSUNEZUMI

マルチゴルフプロデューサー。1955年、東京生まれ。日本体育大学卒業後、駐日米国大使館勤務。86年、米国大使館退官後、渡米し、プロゴルファーのラリー・ネルソンに師事、米国で活動。89年、ハルスポーツプロダクション設立。98年~2008年、日体大講師。2002年、世界ゴルフ科学学会にて論文発表、運動指導方法論「ハルメソッド」を構築。09~12年、東京国際大客員教授。現在は子どもからトップアスリートまで幅広い層に運動指導を行う。

メジャー大会を席巻するアジア系選手

2021年の男女メジャー大会は、アジア系選手の活躍が目覚ましかった。マスターズで初優勝した松山英樹や全米女子オープン覇者の笹生優花は言うに及ばず、ANAインスピレーションで勝ったパティ・タバタナキットはタイ人だ。

また、国籍はアジアではないにせよ、全英オープンで昨年の全米プロに続くメジャー2勝目を挙げた日系米国人のコリン・モリカワや全英女子オープンVの韓国系豪州人のミンジー・リー、さらには「第5のメジャー」と評される東京五輪男子の金メダルを手にしたザンダー・シャウフェレも母親が日本育ちの台湾人という、アジアのDNAを受け継ぐゴルファーである。

「こうしたアジア系選手の活躍を目の当たりにすると、四半世紀以上も前にアジアの時代の到来を予言していた人物のことを思い起こさずにはいられません」と語るのは、マルチゴルフプロデューサーのハル常住氏。

その人物とは、タイガー・ウッズの父で2006年に亡くなったアール・ウッズ氏のことだ。彼と親交のあった常住氏は「30年前にアールさんが言っていた通りになりましたね。彼は、忍耐強いアジア人にゴルフは向いている、いずれアジアからスゴい選手がたくさん出てくると言っていましたから」と改めてその洞察力の確かさに驚きを隠せないようだ。

米ゴルフ界で知らぬ者はいなかったタイガー少年

常住氏がアール氏と出会ったのは、1991年、テレビのニュース番組での取材がきっかけだった。アール氏は米軍の特殊部隊グリーンベレーの一員としてベトナム戦争にも従軍した軍人で、当時のタイガーはプロ転向前の高校1年生。まだ世界的には無名の存在だったが、米ゴルフ界では既に知らない者がいないスーパージュニアだった。

「僕がタイガーのことを初めて知ったのは、ツアープロを目指してラリー・ネルソン(83年全米オープン覇者)に弟子入りし、彼の家に下宿している時でした。1980年代中頃のことです。彼の家に送られてくるゴルフ雑誌を読んでいたら、タイガーの特集記事が載っていました。そこには『10歳にしてジュニア大会で100勝以上。人は彼をタイガーと呼ぶ』と書いてありました。それでラリーに、この子のこと知ってる?と聞いたら、逆に、おまえ、知らないの?と言われ、『超有名だよ、いずれこの子が世界のゴルフ界を引っ張っていくよ』と言われたんです。それからタイガーにものすごく興味を持つようになりました」

タイガー親子との邂逅(かいこう)

その後、ツアープロを諦め日本に戻った常住氏は、マネジメント会社を立ち上げ、テレビ番組の企画や通訳、トーナメントのレポ―ターなどを行うようになる。ただ、国内で忙しい毎日を送っていても、タイガーの動向は常に気にかけていた。

「順調に成長していたタイガーは全米ジュニアで2連勝して、出る試合、出る試合、全部勝ってしまう。もう、敵無し。それで、彼に会いたくて仕方がなくなった。どういう環境で、どのように育てられてきたのか。そもそも彼はどういうゴルファーなのか」

そこでテレビ番組の企画を立て、キー局すべてに売り込んだところ、興味を示したのがテレビ朝日の「ニュースステーション」だった。

「キャスターの久米宏さんが面白いねって、乗り気になってくれたのが大きかったですね」

大学卒業後に一時、在日米国大使館に勤務していた常住氏は、そのつてでアール氏に連絡を取り、当時、米カリフォルニア州サイプレスにあった自宅での取材許可をもらった。その当時、ウッズ一家は自宅での取材を一切拒否していたが、日本からわざわざ来るのであればと特別にOKになった。自宅は70平方メートルほどの3LDKの質素な米軍官舎。タイガーの部屋も10平方メートルぐらいの広さ。自室にはクラブなどの用具は一切なく、勉強机とベッドと本棚があるだけ。ドアにはマイケル・ジョーダンの大きなポスターが飾ってあった。

初対面のタイガーは、15歳の少年とは思えぬほど成熟した印象だったという。インタビューの質問に対して、「私は将来、ゴルフ界で食べていこうと思っています。何年先にはこうなっていて、そのためにこういうことをやっていきたい、と人生設計を立てています。だから僕に対して『どうしてそんなに強いのか?』なんて聞くのは愚問です。勝つためにやっているのだから強いのは当たり前です」と少し生意気にも聞こえる答え方をしていた。

「日本人選手が勝てないわけがない」

現地でタイガーやアール氏と一緒にゴルフをするなどして親交を深めた常住氏は、滞在期間中に自らがツアープロになるのを断念した経験から、アール氏に「日本の男子がメジャーで勝つ日は来るでしょうか?」と尋ねた。

その頃、日本のゴルフ界は青木功、ジャンボ尾崎、中嶋常幸の「AON」が第一線で活躍、ジャンボが第二次全盛期を迎えた時期だった。だが、ジャンボは1989年の全米オープンで最終日に一時首位に並びながらも6位に終わり、中嶋は86年の全英オープンで最終日を首位グレッグ・ノーマンに1打差の2位で迎えながら77と崩れ8位。

また青木も、80年の全米オープンで帝王ジャック・ニクラウスと「バルタスロールの死闘」を演じながら2位にとどまるなど、メジャータイトルにあと一歩及ばない試合が続いていた。そうした日本選手の苦闘を踏まえた上での問いかけに、彼は「勝てないわけがないよ。ただやり方が悪いだけだよ」とこともなげに答えたという。

2004年12月の大会で優勝したタイガー・ウッズ選手と共に記念撮影に応じるアール・ウッズ氏(右) ロイター=共同
2004年12月の大会で優勝したタイガー・ウッズ選手と共に記念撮影に応じるアール・ウッズ氏(右) ロイター=共同

その理由を問うと、「ゴルフはメンタルがとても重要なスポーツなんだ。メンタルが8割と言っていい。仏教徒が多いアジア人は忍耐強く、柔軟性がある。欧米人は瞬発力はあるが、トータルで見たらアジア人の方がゴルフに向いている。実はタイガーも仏教徒なんだよ」と明かしたそうだ。

タイガーの母クルチダさんは、敬虔(けいけん)な仏教徒が多いタイ出身。その母にタイガーは幼い頃から仏教の教えを受けていた。また、アール氏はベトナム戦争に従軍した経験からアジアの文化にも造詣が深く、日本の柔道や空手などの関節の使い方にも通暁(つうぎょう)するなど、広範な知識を有していた。

ベトナム戦争で身をもって知ったアジア

タイガーがよちよち歩きの頃からゴルフを教えたアール氏は、技術面以上に精神面を鍛えることに重きを置いていた。ティーショットを打つ際にティーグラウンドで爆竹を鳴らしたり、ゴルフ場の池の中に小学生のタイガーを首まで漬からせて、しばらく動かないように我慢させていたのは有名な話だ。そうした、今なら児童虐待で訴えられそうな独特のトレーニングは、鉄のメンタル、忍耐力を身に付けさせるのが目的だった。

その根底にあるのがアール氏の軍隊時代の経験だ。彼がアジア人の忍耐強さを身をもって知ることになったのは、ベトナム戦争だった。「タイガー」の異名を持つ南ベトナム軍のグエン・T・フォング大佐と一緒に戦場の最前線にいた時のこと。ジャングルで敵に囲まれ、身を隠すため沼の中に体を沈め、2日間過ごしたことがあった。蛇やヒルなどがウヨウヨいるような沼で、首から上だけを出して微動だにしなかったフォング大佐の姿にアール氏は衝撃を受けたという。

「戦場での緊張感に比べればゴルフ場で受けるプレッシャーなんて、大したことはない。いつもタイガーにはそういう話をしているんだ、とアールさんは言っていましたね」

フォング大佐の忍耐力は、仏教の影響を受けたアジア人だからこそ生まれたものだというのがアール氏の見解だった。

食生活の変化も大きな要因

ただ、アール氏が将来、アジア人がゴルフ界で躍進する理由に挙げたのはメンタル面だけではなかった。食生活の変化も大きな要因になると指摘したという。

「タイの人たちもそうだけど、アジアの人々は経済発展に伴って、欧米人のように肉を多く食べるようになっている。アジア人もいずれ体格面でも欧米人に劣らなくなる。生活様式も変わり、海外の情報も時間差なく手に入れられるようになれば、アジアからスゴい選手がたくさん出てくるようになる。2000年を期にそうなる」

そして、「特に女子はアジア人の方が優勢になっていく。LPGA(米女子)ツアーは米国人が勝つのは難しくなってくるだろう」と予言したという。それは朴セリが1998年に全米女子オープンで優勝、以降、「セリ・キッズ」と呼ばれる彼女の後に続く、韓国出身の若い世代が米女子ツアーを席巻するようになる、はるか以前の発言である。

女子世界ランク・ベストテンの8人がアジア系

それから30年後、世界のゴルフシーンは彼の予言通りになった。女子の世界ランクでは、ベスト10のうち、韓国選手が4人、韓国系米国人が1人(ダニエル・カン)、韓国系ニュージーランド人が1人(リディア・コ)、そして笹生とミンジー・リー、実に8人がアジア系の選手だ(2021年8月24日現在)。

また、東京五輪では、男子は金メダルのシャウフェレ以外にも、銅メダルは台湾の潘政琮。女子の金メダルはチェコ系米国人のネリー・コルダだったが、銀メダルは稲見萌寧、銅メダルはリディア・コ、そして4位になったのはインドのアディティ・アショクだった。

これは一過性の現象なのか、それとも、今後さらにアジアから優秀なゴルファーが出現し、ゴルフ界の風景を変えていくのか。

タイガー・ウッズ(左)とハル常住氏。1997年、メモリアルトーナメントの会場、ミュアフィールドビレッジのクラブハウスにて。ハル常住氏提供
タイガー・ウッズ(左)とハル常住氏。1997年、メモリアルトーナメントの会場、ミュアフィールドビレッジのクラブハウスにて。ハル常住氏提供

常住氏は「もちろん、その揺り戻しはあると思いますが、松山選手のマスターズ優勝によって日本人だけでなく、アジアのゴルファーが勇気をもらったのは確かです。アジアのゴルフ界はこれからも間違いなく発展し、環境が整えば素晴らしいゴルファーがどんどん出てくるでしょう」と見通しを語り、「アールさんが、2000年を過ぎたらアジアから素晴らしい選手が出てくると断言した言葉に、私は大きな夢と希望を与えてもらいました。本当に心から感謝しています」と続けた。

もとはと言えば、タイガー・ウッズ自身がアジアにルーツを持つ選手。「アジアの時代」の到来はタイガーから始まったとも言える。アールさんが未来を的確に予見できたのは、息子の類まれなる才能を間近で見てきたことが根本にあったからなのかもしれない。

バナー写真:東京五輪女子ゴルフの表彰式で記念撮影する(左から)銀メダルの稲見萌寧、金メダルのネリー・コルダ、銅メダルのリディア・コ 2021年8月7日 共同

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