遠洋マグロ漁師を若者の憧れの職業に:YouTube動画で「マグロ漁船に乗せるぞ」の悪印象を払拭

経済・ビジネス

「金返せないなら、マグロ漁船に乗せるぞ!」。映画や漫画の中で、こわもての借金取りがよく口にするせりふだ。陸からはうかがい知れない船上での仕事のため、日本の遠洋マグロ漁業には長年偏見が付きまとい、人材確保にも苦労してきた。コロナ禍を機に、漁業団体ではイメージの改善を目指し、YouTube(ユーチューブ)で動画を配信。乗船希望の若者が続出しているという。

YouTubeを見て、マグロ漁師に転身

全国有数のマグロ集積地・焼津魚港(静岡県)から9月2日、24歳の若者が遠洋マグロはえ縄漁船に乗り込み、期待と不安を胸に初航海へと旅立った。

以前は北海道でキノコ栽培の仕事をしていたという工藤海さん。遠洋マグロ漁師へ転身したきっかけは、動画投稿サイト「YouTube」で船上の仕事や生活をリアルに伝えるチャンネルに出会ったこと。名前の影響もあり、子どものころから漁師に憧れていた工藤さんは、マグロ漁の実態を知ることができたことで「夢をかなえたい」と大海原へ出る決心をした。

北海道でキノコ栽培の仕事をしていた工藤海さん(24)。数日後に出航を控えた船上で 写真:筆者提供
数日後に出航を控えていた工藤海さんを船上で撮影 写真:筆者提供

遠洋マグロはえ縄漁船は、日本に流通するマグロの多くを世界中の海で漁獲する。水産業界の中でも花形的な存在だが、危険が伴うハードな海の仕事に加え、誤った風説もあって乗組員が減り続けていた。

担い手不足に悩む「日本かつお・まぐろ漁業協同組合」(東京)は、偏見を払拭(ふっしょく)しようと、今春からYouTubeの「japantuneチャンネル」で船内の様子や若手漁師らのインタビューを公開。「イメージが変わった」と多くの反響があり、新米漁師が続々と誕生しているという。

日本の漁師激減、60年で5分の1

1970年代後半の世界的な200カイリ体制の定着や、水産資源の減退、それに伴うマグロをはじめとした管理強化の影響で、日本の漁師の数も下降の一途をたどっている。海上作業に年間30日以上従事した「漁業就業者」は、養殖業を含めて約14万5000人(2019年)。1961年の約70万人から、8割近くも減少した。

同組合によると、遠洋マグロはえ縄漁船の日本人船員は約1100人。ここ20年ほどで半減したという。航海には船長や漁労長はじめ、総勢20数人の乗組員が必要。近年はインドネシア人など外国人船員に頼ってきたが、新型コロナウイルスの影響で往来がままならないこともあって人手不足は深刻だ。

船主(漁業経営者)の中には、先行きが見えないために漁船を手放すケースもあり、「このままでは日本の遠洋マグロ漁業は成り立たなくなってしまう」と同組合の香川謙二組合長は危機感を募らせる。何とか次世代のマグロ漁師を確保しなければ――。若者の発掘を目指す中で立ちはだかったのは、マグロ漁にまつわる「都市伝説」だった。

船員の個室など最新の設備を搭載した宮城県気仙沼港所属の遠洋マグロはえ縄漁船  写真:日本かつお・まぐろ漁業協同組合提供
船員の個室など最新の設備を搭載した宮城県気仙沼港所属の遠洋マグロはえ縄漁船  写真:日本かつお・まぐろ漁業協同組合提供

元マグロ漁師、数十年前を振り返る

大金を稼ぎ出すことが可能なためだろうか、現役マグロ漁師も迷惑がるくらい、妙な風聞が付きまとう。「借金のかたにマグロ漁船に乗せられる」「内臓を売るか? マグロ漁に出るか?」など、「世間でささやかれる遠洋マグロ漁へのイメージは決して良いものではない」。そう語るのは、1990年まで13年間にわたって漁に出た60代前半の男性。

「豊漁の時には70日間休みなしで働いたこともあった。揚げれば揚げるほど稼ぎも増えるから、みんな寝る間も惜しんで夢中で作業に没頭した」

かつて遠洋マグロ漁は、短期間で稼げる職業の代表だった。半年から1年以上に及ぶ航海の中で、燃料や食料の補給のために寄港する時以外は海の上なので、自分の船を持ちたい漁師や短期間で店の開業資金を貯めたい人などに人気があった。逃げ場がなく、浪費の心配もないため、借金の返済にもうってつけだったのだろう。

中学校を卒業して間もなく、1度だけ遠洋マグロ船に乗り込んだという30代後半の男性は、当時をこう振り返る。

「船員の中には、かなりこわもての人や、お金に大変困っていると話す人もいた。仕事はかなりきつく、4日間寝ずの作業をしたこともある。今の若い人じゃできないね」

実際に過酷かつ危険な労働環境だったようだが、これは一部の船の話だと思われる。それでも、船酔いし、娯楽が少なく、家族や友人にも会えないのは事実。そこに映画や漫画に登場する借金取りの決まり文句に使用されたことで、さらにブラックな印象が加わり、マグロ漁への偏見を醸成してきたのだ。

魚倉からクレーンにつながれたロープで冷凍マグロが釣り上げられる様子 写真:筆者提供
魚倉からクレーンにつながれたロープで冷凍マグロが釣り上げられる様子 写真:筆者提供

マグロ漁の現状を紹介、個室やWi-Fiも

過度な船内労働は現在、かなり改善されている。同組合によれば、違法な労働などは当然なく、乗組員も綿密な面接や打ち合わせを重ね、信頼できる人材を確保。仕掛けを海に投げ込む「投縄」、回収する「揚げ縄」といった半日掛かりの作業は、船員をいくつかのグループに分けして交代制にしているという。

それでも前述の都市伝説が、マグロ漁師志願者に二の足を踏ませてきた。中学卒業直後に出航した男性も「前日まで両親に引き留められた」と話しており、「奴隷のような扱いを受けるといった誤解も少なくない」(香川組合長)そうだ。

そうした数々のマイナスイメージを解消し、若者に現状を知ってもらおうと、同組合は今年3月末からYouTubeで仕事内容や漁師の生活を紹介する動画を配信。親しみやすいようにアニメキャラクター「鮪蔵(まぐぞう)」などを作製し、マグロ団体幹部とのやりとりや、若手船員のインタビューなどを7月まで週1度のペースで更新した。

「japantuna」チャンネルで、はえ縄漁法について分かりやすく解説する鮪蔵たち 写真提供:日本かつお・まぐろ漁業協同組合
japantunaチャンネルで、はえ縄漁法について分かりやすく解説する鮪蔵たち 写真提供:日本かつお・まぐろ漁業協同組合

動画内では鮪蔵の「どうしたらマグロ船員になれるの」といった疑問に対し、漁業関係者が詳しく解説していく。中には個室完備で、Wi-Fi(ワイファイ)が使える船があることも紹介している。

慣れない作業につまずきながら、エンジンなどを操作する機関長になった若手漁師のインタビューなどは、漁師志願者には参考になるだろう。漁労長や先輩たちに励まされつつ、次第に仕事の楽しさを実感したという話から、遠洋マグロ船での生活がリアルに伝わってくる。

若き機関長・吉田将伸さん。船上生活が長い分、休みの日は充実しているという 写真提供:日本かつお・まぐろ漁業
若き機関長・吉田将伸さん。船上生活が長い分、休みの日は充実しているという 写真提供:日本かつお・まぐろ漁業

イメージ刷新、「憧れ・夢をかなえたい」

YouTubeでの動画配信を開始してから、20代の若者を中心に大きな反響があり、紹介された宮城県気仙沼市の漁業関係団体などに問い合わせが相次いだという。

「悪いイメージかなくなり、漁師に憧れる気持ちが増してきた」などと志願者が次々と現れ、工藤さんを含め3人の船員採用者が出ている。海外留学中の男性からも「帰国したら、ぜひ漁師として働きたい」といった声が届くなど、「前向きに検討してくれている若者が何人もいる」と気仙沼市の関係団体幹部は話す。

同組合は「早ければ年内にも、実際に漁船でマグロを漁獲する臨場感ある動画をお届けしたい」と意気込む。今後も次世代を担う若手マグロ漁師が増えそうだ。

焼津漁港で水揚げする遠洋マグロはえ縄漁船。左に見える赤と黄色のTシャツを着ているのは、20歳前後の若手漁師だ 写真:筆者提供
焼津漁港で水揚げする遠洋マグロはえ縄漁船。左にいるTシャツ姿の2人は、20歳前後の若手漁師だ 写真:筆者提供

バナー写真:遠洋マグロはえ縄漁船の水揚げ風景 写真:筆者提供

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