「神の鳥」ニホンライチョウを守れ―中央アルプスで「復活作戦」

社会 文化 環境・自然・生物

日本古来の山岳信仰と結びつき、高山に生息するニホンライチョウはかつて神の使いとあがめられていた。現在は温暖化による環境変化をはじめ、さまざまな要因により生息を脅かされているが、環境省、研究者、動物園が連携して取り組む保護増殖プロジェクトが成果を挙げつつある。

ライチョウ飼育を試みた江戸幕府

ニホンライチョウ(英名:Japanese Rock Ptarmigan)は本州中部の北アルプスと南アルプス周辺の山岳地帯に生息する。北半球の寒冷地に広く分布するライチョウの種の中では、最南端の高山に隔離分布している。冬になると真っ白な羽毛に覆われるため雪の中で姿を見つけにくいが、基本的に人を恐れず、他の野鳥と違って近寄っても逃げない。

冬場の雄(2017年3月乗鞍岳)
冬場の雄(2017年3月乗鞍岳)

江戸時代のライチョウ飼育の試みを記した『震雷記(しんらいき)』(1767年/国立国会図書館デジタルコレクション)
江戸時代のライチョウ飼育の試みを記した『震雷記(しんらいき)』(1767年/国立国会図書館デジタルコレクション)

日本には古くから奥山には神霊が住むという山岳信仰があり、ニホンライチョウは山神の化身だと思われて大事にされてきた。人を恐れないのはそうした歴史的背景があるからだという見方もある。

江戸時代、ライチョウは雷よけのシンボルとして絵馬が作られたりもした。加賀藩(現在の富山県、石川県)は白山にすむライチョウを調査し、「保護せよ」とのお触れを出している。第8代将軍徳川吉宗は飛騨国の乗鞍岳にライチョウが多くいることを聞き、捕獲させて飼育しようとした。その他にも何回か飼育の試みがあったが、全て失敗に終わったと記した史料が残っている。

環境変化が生息数急減の背景に

明治維新以後、修験道が廃止となり山への畏怖(いふ)が薄まると、一時期は食用目的などでライチョウが捕獲されていた。1910年には狩猟禁止鳥獣、55年には特別天然記念物に指定された。近年では、本来低山に生息する動物がライチョウの生息域の高地まで侵入して脅威になっている。シカやイノシシはライチョウの餌になる高山植物を食い荒らし、キツネ、テン、カラス、チョウゲンボウなど、新たな捕食者が増えている。

1980年代の調査で約3000羽と推定された生息数は、2000年代に2000羽弱まで減少していることが分かった。2012年環境省のレッドリストで絶滅の恐れの高い「絶滅危惧IB類」に指定されて以降、保護増殖事業計画が策定・実施されてきた。

野外での調査・保護活動の中心を担うのは、20年余りにわたりライチョウの研究を続けている信州大学の中村浩志教授(現名誉教授)だ。信州大大学院出身の研究者・小林篤さんは、過去10年にわたりその調査研究の一角を支えてきた。小林さんは2020年4月から環境省の生息地保護連携専門官として活動している。

「中村先生と一緒に、3000メートルを超える高山で卵から成鳥になるまでの各段階の生存率を調査し、どの段階を守ればライチョウを増やすことができるのかなどを研究してきました。世界最南端に生息する日本のライチョウが、いかに日本の高山環境で生きられるように適応進化してきたかについても興味があります。2015年からは私たちの研究を基に悪天候や捕食者からヒナを守るために中村先生が編み出した『ケージ保護』を実施しています」

ケージ保護中のライチョウを散歩に出す様子(2020年8月中央アルプス)
ケージ保護中のライチョウを散歩に出す様子(2020年8月中央アルプス)

中央アルプスでの「復活作戦」開始

ライチョウは、1回に6、7個の卵を産むが、成鳥になれるのは1羽程度だという。梅雨末期にふ化するため、天候が荒れると、親鳥が寒さや天敵からヒナを守り切れないからだ。特にふ化直後の1カ月は死亡率が高く、この期間、いかにヒナを守るかが繁殖のカギになる。

「日本のライチョウは人を恐れないので、私たちが誘導してケージに入るようにします。時には巣があったところから、2、3日かけてゆっくりとケージまで誘導します」と小林さんは説明する。「ケージ内には毎日餌も用意します。現地の小屋に泊まり、夜はケージに入れて、朝には外に出して自由に採餌(さいじ)させます。この作業はヒナが生まれる6月末から開始し、8月初めまで続けます」

中央アルプスでは、1960年代後半にライチョウは絶滅したと考えられているが、2018年7月、中央アルプス駒ケ岳で雌1羽が登山者により発見された。遺伝子の解析により、比較的個体数が安定している(長野県・岐阜県にまたがる)乗鞍岳から飛来した個体だろうと考えられている。この発見を契機に、中央アルプスでの「復活作戦」が開始された。25年までに中央アルプスの個体数を100羽程度まで増やす計画だ。19年には乗鞍岳の野生個体からの受精卵、20年には動物園飼育個体からの受精卵を、この雌が産んだ無精卵と入れ替えた。いずれもふ化には成功したが、悪天候や捕食などによりヒナは全滅した。

一方、20年8月乗鞍岳から中央アルプスへ3家族計19羽を移送して放鳥。21年7月には、10羽の雌がヒナを連れていることを確認、この中には18年に確認された雌もいた。このうち5家族にケージ保護を実施し、最終的に2家族を那須どうぶつ王国(栃木県)と茶臼山動物園(長野県)に移送、残りの3家族はそのまま放鳥した。

「動物園で繁殖させて、山に戻せるなら野生復帰を試みたい」と小林さんは言う。

中央アルプスに飛来した雌が、2021年に産んだ受精卵(左)とふ化して3日目のヒナ(2021年6月中央アルプス駒ケ岳周辺)
中央アルプスに飛来した雌が、2021年に産んだ受精卵(左)とふ化して3日目のヒナ(2021年6月中央アルプス駒ケ岳周辺)

日本のトキとコウノトリは絶滅寸前になってから保全活動が開始された。現在日本で飼育下繁殖されているトキは中国から、コウノトリはロシアから贈られたものだ。

「絶滅してから手を打つのでは遅い。野生のライチョウがまだ生息できる環境が残っているうちに保護増殖を成功させたいと、環境省、研究者と動物園が連携して取り組んでいます。こうした連携はこれまでも実施していますが、目に見えて成果を挙げている点では、まれな例だと言えます」

散歩中の親子(2021年7月中央アルプス)
散歩中の親子(2021年7月中央アルプス)

動物園が担う「種の保存」

ライチョウの保護増殖事業は環境省主導で行われているが、2015年から開始された生息域外保全は日本動物園水族館協会と加盟動物園が実施している。動物園での域外保全は、「保険」としての種の保存や飼育を通じて科学的知見を集積することが目的だ。18年に施行された「種の保存法改正」により、動物園が絶滅危惧種の保存に寄与する役割を担うことが明確になった。

動物園でのライチョウ繁殖生理の研究で中心的役割を担うのは、楠田哲士(さとし)岐阜大学准教授だ。飼育・繁殖のために、性ホルモンや温度、照明条件などとの関係を調べている。

楠田哲士・岐阜大准教授(本人提供)
楠田哲士・岐阜大准教授(本人提供)

「域外保全を成功させるには、まず野生の生態を知る必要があります。通常、性ホルモンは血液から分析しますが、糞(ふん)でも可能だと分かったので、中村先生、小林さんの協力を得て、野外の糞を収集してもらい、分析しました。また、鳥の繁殖は光に影響され、ライチョウは日が長くなってくると繁殖期に入ります。特にニホンライチョウは光のさじ加減で敏感に反応が変わるので、できるだけ野生に近い照明条件を確立する必要があります。温度のコントロールも課題です」

楠田さんの動物繁殖学研究室では、これまで最も絶滅の恐れが高い「絶滅危惧IA類」のツシマヤマネコなど、動物園で飼育する希少哺乳類を中心に生息域外での繁殖事業に関わってきた。21年4月末、共同研究を行っている名古屋の東山動物園で、2頭のツシマヤマネコの赤ちゃんが生まれた。同動物園では、無事に生まれて育っている初めてのケースだ。

「繁殖に成功して、とてもうれしいです。ツシマヤマネコの場合、1年に1、2頭しか生まれないことが多く、繁殖もなかなか難しい。ライチョウは一度に6、7個産卵するので、順調にふ化してケージ保護がうまくいけば、効率よく増やすことも可能です」

野生の姿を見てほしい

もっぱら実験室と動物園での研究にいそしむ楠田さんが、野生のライチョウを初めて見たのは、2013年6月、中村教授の調査に同行して乗鞍岳を訪れた時だった。

「ちょうど巣の中で雌が卵を抱き、雄が岩場でなわばりを見張っている様子を見ることができました。抱卵の様子を見ることはなかなかできませんが、幸運にも中村先生のおかげで出会うことができた。雄大な自然の中で野生の姿を見ると、感激もひとしおでした」

以後、年に1、2回は学生を連れて乗鞍岳のライチョウに会いに行く。「自然の中で生きる姿を見れば、大事な鳥を守らなければという思いがさらに強くなり、動物園での域外保全に取り組む姿勢も、おのずと変わってくるはずです」

乗鞍岳山頂周辺のライチョウの生息地までは、バスで上ることができる。「5、6月のなわばりを作っているシーズンなら雄が見られるし、卵がふ化し始める7月以降なら、親子連れが見られる可能性もあります。ぜひ多くの人に野生の姿を見てほしい」

ライチョウ保全は豊かな自然を守ること

希少野生動物に関する啓発活動にも積極的な楠田さんは、一大生息地である乗鞍岳や御嶽山などを擁する岐阜県でライチョウへの関心が低いことに危機感を覚えている。2021年現在、動物園を中心に富山県、長野県をはじめ全国7カ所で飼育下繁殖事業が行われているが、岐阜県には動物園がない。動物園の情報発信と身近に接している富山、長野とは比較にならないほど保護事業の認知度が低いと言う。両県と同様に、ライチョウを「県鳥」に指定しているにもかかわらずだ。

「ライチョウが生息できる飛騨地方の高山生態系は、南部の美濃地方にも豊富な水を運び、アユなどの淡水魚などを育みます。ライチョウを守ることは、美濃和紙や鵜(う)飼いなどの文化・歴史の継承にもつながっているということを認識してほしい」

こうした思いで、2020年、「第19回ライチョウ会議大会」を岐阜大学に招致した。中村教授を中心に環境省、生息自治体、動物園、大学研究者などがそれぞれの取り組みを共有して議論し、広く一般にも情報発信することが目的の会議だ。

関係者たちの熱意で、かつての「神の鳥」ライチョウが、豊かな自然のシンボルとして守られ、復活する日も近いかもしれない。

<参考文献>『神の鳥ライチョウの生態と保全 日本の宝を未来へつなぐ』(編著=楠田哲士/ 緑書房)

飛翔する雄(2017年5月乗鞍岳)
飛翔する雄(2017年5月乗鞍岳)

バナー写真:なわばりを見張る雄ライチョウ(2019年5月乗鞍岳)=バナーおよび本文中写真は小林篤氏提供(出典明記以外)

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