台湾の福島等5県産食品の輸入禁止問題:政争を排し、冷静な議論を

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台湾で続いている福島等5県産食品に対する輸入停止措置。これは台湾にとって冷静に議論することが難しい問題である。野党がこれを政争の道具にし、住民投票に持ち込み、輸入停止を継続させたことなどが与党・民進党にとって問題解決の「足かせ」になってきた。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への加入希望を表明した台湾にとって、今こそ、科学的見地に立った冷静な議論が求められている。

日台間に刺さったトゲ

2011年に発生した東日本大震災は、台湾では「311地震」と呼ばれている。あの地震が引き起こした津波の映像は、日本旅行に慣れ親しんでいた台湾人に大きなショックを与えた。そして、福島第1原子力発電所の事故発生は、台湾人の原発への懸念を極限まで高め、台湾第4原子力発電所の建設凍結を決定づける要因になった。

台湾第四原発は1980年に計画がスタート。その後、建設延期、再開、計画中止、建設中止、そして再々開という紆余曲折を経て、2014年、馬英九総統(当時)が正式に1号機の稼働凍結と2号機の工事停止を表明、中止が決まった。

18年からは1744本の燃料棒を米国のゼネラル・エレクトリック社に返送している。38年間にわたった台湾第4原発問題。その間、総統は蒋経国、李登輝、陳水扁、馬英九、蔡英文と5人入れ替わった。任期にして10期分だ。政権交代は3回、いずれの政権下でも原発に反対する多くの抗議デモが起きている。

台湾人が「原発なき故郷(非核家園)」の重要性を真剣に考えるようになった大きな出来事が二つある。一つは1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故、もう一つが311地震で起きた福島第1原発事故だった。

311地震発生後、台湾は同じ地震国として、日本の復興に少しでも役立てればと、募金をはじめさまざまな形で日本を支援した。当時のことは、この10年来、日台友好の美談として語り継がれている。

だが台湾はあの時の思いやりと同じだけ憂慮すべき問題を抱えている。それは食品輸入問題だ。福島第1原発の事故発生当初、台湾も大多数の国と同様に福島、茨城、栃木、群馬、千葉の5県産(以下、福島等5県産)の食品の輸入停止を決定した。日本の他の地域で生産された食品8品目についても、放射性物質のモニタリング検査を実施し、基準を満たさない食品の輸入を禁じた。

福島の原発事故から間もないうちは仕方がなかった。台湾の消費者には日本の食品を不安視する空気が漂っていた。また、インターネット上でさまざまな根拠のない噂が広まり、「日本人が食べないものを、なぜ台湾が輸入しなければならないのか」という声も出るほどだった。状況が見えない中で生まれた恐怖から、福島等5県産の食品の輸入問題は多くの困難に直面していったのだ。

その後、日本政府がデータを公表し、安全な状況が明確になるにつれ、各国は福島県と周辺地域で生産された食品の輸入規制緩和や撤廃に踏み切るようになった。2016年の段階で全ての食品 に対し輸入規制をかけていたのは、台湾、中国、香港、マカオ。その後、18年11月末に中国、香港、マカオは新潟産米に限ってではあるが、輸入を解禁した 。しかし台湾では住民投票を通じて食品輸入を再検討する道が閉ざされたのだ。

国民党の提議で実施された住民投票

政権与党である民進党が輸入停止措置の緩和や調整に向けて動こうとしたが、野党・国民党はあらゆる手を使って反対した。そして2018年、当時の国民党の副主席・郝龍斌(かくりゅうひん)氏が旗振り役となり、福島等5県産の「核食(放射性物質に汚染された食品の意) 」の輸入停止継続の是非を問う住民投票案を提出した。

住民投票案の主文は「福島第1原発事故の関連地域(福島、茨城、栃木、群馬、千葉)で生産された農産物及び食品への輸入停止措置の継続に同意しますか?」というものだった。科学的な論拠や各国の規制緩和の動きを無視した住民投票は、市民の「核食」への恐怖をあおることに成功し、その結果、輸入停止継続に同意が799万票と、反対の223万票を大きく上回り、法に定められている成立要件「有権者の4分の1の同意を得ること」を満たした。

ちなみに「799万票」は、同時に行われた全10項目の住民投票の内、最も高い「同意票数」であった。台湾では、住民投票で成立した議題について、成立後2年以内は投票の結果に相反する措置をとることができないと定められている。

住民投票の結果について当時の河野太郎外相は、世界貿易機構(WTO)への提訴を検討する考えを示し、さらに「輸入停止措置の継続により、台湾は年内に発効するTPPへ参加できなくなった」と遺憾の意を示した。この住民投票の結果は日台関係に衝撃を与えたのだ。

国民党は食品輸入問題を提起することで、民進党の痛いところを突いたと言える。蔡英文政権が規制緩和に対しどのような姿勢を取ろうとも、とにかく強烈に反対さえしておけば、野党が望む政治的利益と支持の声が得られるのだ。

あの住民投票から2年がたった。現在、福島等5県産食品の輸入解禁問題には、与野党の政争だけでなく、市民の二極化など、さまざまな軋轢(あつれき)が存在する。2020年末、駐日経済文化代表処の謝長廷代表はこの食品輸入規制問題について、「放射性物質が検出されなければ解禁するなど、科学的根拠に基づき解決すべきである。もし、台湾が国際ルールを採用しないようでは、TPPへの加入にも影響があるだろう」と言及した。

そして2021年9月になると、中国が台湾に先んじてTPPへの加入申請を行う事態となった。中国のTPP加入申請は、福島等5県産食品の輸入規制解除について明確な態度を示していない台湾にとって、大きな障壁になりうるだろう。

台湾では食品の安全に関する問題が起きると、往々にして激しい不買運動が巻き起こる。だが問題を起こしたメーカーがあの手この手の販促策を講じることで、消費者の態度を軟化させ、購買ブームが生まれることもある。

米国産牛肉の輸入解禁の際には強い反発があったものの、実際にスーパーに米国産牛肉が並ぶと、大変な人気となった。続いて米国産豚肉の輸入解禁問題で与野党が激しい攻防を見せている時、野党の政治家は米国産牛肉を食べながら、米国産豚肉の輸入に強く反対していたものだ。

台湾では社会問題や国際的な施策を議論する際に、それぞれの政治的な立場により、政治が科学を凌駕(りょうが)するようなダブルスタンダードが現れやすい。多くの場合、政治家が政治的利益のために誤った情報を乱用すると、大変やっかいなことになる。

福島等5県産食品については、さまざまなデータから安全性の裏付けが取れている。にもかかわらず一部の人は5県には依然として原発事故の影響があり、5県で生産された食品の輸入などもってのほかと考えているのである。

実際に見た福島の姿

筆者は2018年3月、福島を旅行した。出発前、多くの友人や親類が現地での食べ物や水のことを心配してくれたものだ。中には「水は必ずペットボトルを買って飲むように」「N95マスク(空気中の粒子の少なくとも95%を捕集するマスク)をつけるように」と強く勧めてくる人もいた。

筆者は福島に到着した夜、コンビニで地元の酪農家が生産した牛乳を買い、桃プリンを食べた。スーパーに行けば、福岡産と福島産のイチゴが一緒に並んでいた。滞在中は旅館の水道水を沸かして緑茶をいれ、福島駅近くの物産館に行った時は、福島産の地酒が何度も日本一になっていることに興味をかき立てられた。

この旅行期間中、どこに行っても簡単に放射線量の測定値を確認することができた。筆者もスマートフォンで台湾各地の放射線量のリアルタイム測定値を検索し、福島の測定値と比較した。旅行前は多少の不安はあったが、実際に現地で観察したことで不安は解消されたと言える。

ただ、ネット上で福島での体験をシェアした際、一部から「日本政府から袖の下をもらって、『核食』と『原発被災地』に好意的な主張をしているのではないか」と言われることがあった。福島等5県の食品輸入を再開すべきと言うだけで、「日本にこびている」「原子力賛成派だ」と決めつけられるのだ。

そもそも「放射性物質に汚染された食品」の意で使う「核食」という言葉自体に差別的な意味が含まれてはいないだろうか。福島に関する報道を見ると、地元の産業が風評被害に苦しんでいることが手に取るように分かる。

311地震発生時、台湾の多くの人が思いやりを見せた。だが、この風評被害に対しては思いやりを見せることができないという自家撞着(どうちゃく)が起きている。

しかし2021年になって、ニュースチャンネル「年代新聞」の張雅琴アナウンサーらが番組内で「核食」という差別的な言葉を使わないよう呼びかけるようになった。それも一度のみならず、何度もだ。

また、この10年間、筆者の知人の多くが福島を旅した。中には避難指示が解除されたばかりの富岡町に行き、1泊した女性もいる。台湾の桃園市富岡出身の彼女は故郷と同じ名前の町が、今どんな状況なのか、その目で確かめたかったのだそうだ。

台湾が食品の輸入停止措置をとっている福島等5県は、新型コロナウイルスの流行前、すでに台湾人にとって旅行の際にあえて回避するような場所ではなくなっていた。群馬の温泉に行けば、当然、現地で生産された牛乳を飲む。福島の会津地方の大内宿に泊まれば、当然、地元の食材を使った郷土料理を味わう。

台湾人に人気の東京ディズニーランド、空の玄関口である成田空港、さまざまなイベントを楽しめる幕張メッセ、野球観戦なら千葉ロッテマリーンズの本拠地であるZOZOマリンスタジアム……これらは全て千葉県にある。

旅行先で地元の食材を食べるのは自然なことだ。旅行先が東京や大阪、京都や福岡であっても、日本政府の検査基準をクリアした5県産の食品は旅行者の口に入っていただろう。

科学的観点と思いやり

福島等5県産の食品輸入規制問題とTPPの関係はひとまず置いておくとして、中国が台湾産のパイナップルを輸入停止した際、日本はすぐに台湾の農家へ手を差し伸べた。台湾人も風評被害の苦しさが身に染みたはずだ。

台湾の921地震、そして日本の311地震以来、日台は互いに支援し、励まし合ってきた。ここには善意と恩返しの循環が存在するのだ。

今後、台湾はより科学的な観点から、5県産の食品輸入解禁を検討すべきではないだろうか。輸入規制は事故発生当時、情報が錯綜(さくそう)する中で、福島県周辺の地理や海流を想定して緊急に設定されたものだ。

あれから10年、多くの科学的なデータや根拠が公表された今、台湾の与野党だけでなく、市民にも理性的な判断が求められる。

輸入規制の緩和や撤廃には反対の声、恩返しの感情に流されてはいけないという声もあるかもしれない。そんな今こそ、理性的に、そして科学的に議論を進めていく時ではないだろうか。

バナー写真=日本産食品の輸入解禁に反対し、住民投票に向け署名を呼び掛ける台湾の国民党幹部、2018年11月25日、台湾台北市(中央通信社=共同)

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