サッカー日本対サウジ戦の人種差別行為考: 「沈黙は美徳」ではない

スポーツ

2021年10月8日、サッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会アジア最終予選、日本対サウジアラビア戦。0-1でサウジが勝利した後のピッチ上で「事件」は起きた。日本の主将吉田麻也がサウジサポーターから受けた差別的なジェスチャーに激怒し、抗議の声を上げたのだ。当初、サウジの人々はなぜ吉田が怒っていたのか、分からなかったが、nippon.com編集部のアラビア語スタッフ八山勇士が事の次第をアラビア語版ツイッターで投稿すると、瞬く間に拡散、大きな反響を呼んだ。

差別行動に怒りをあらわにした吉田主将

私はサッカーが大好きだ。エジプトで過ごした少年時代は、アニメ「キャプテン翼」に夢中になり、サッカーをするようになった。来日してからコロナ禍前までは、エジプト人の仲間とチームを作って、毎週末、日本人の友達とフットサルに興じていた。仕事のストレス発散には最適だったが、コロナ感染防止のために残念ながらもう2年間もできずにいる。

今はもっぱらテレビのサッカー観戦でストレス発散をしている。そんな中、エジプト代表と同じくらい愛してやまない日本代表の試合、W杯カタール大会アジア最終予選のサウジ戦を夜中にライブで見ていたら、その試合後、見過ごしてはならない出来事が起きた。本稿ではそのことについて論じたいと思う。

(左写真)仲間とフットサルを楽しむ筆者(中央)、(右写真)フットサルを楽しむエジプト出身者チーム。右端が筆者 写真提供:筆者
(左写真)仲間とフットサルを楽しむ筆者(中央)、(右写真)フットサルを楽しむエジプト出身者チーム。右端が筆者 写真提供:筆者

ご存じの方も多いと思うが、敵地サウジアラビアで行われた試合後、インタビューを受けていた主将の吉田麻也が、サウジの一部ファンから “挑発的なジェスチャー”を向けられて激怒し、スタンドに詰め寄る場面があった。

SNSで拡散した動画には、吉田が指を差しながらフェンスに向かって詰め寄り、叫んだりする様子が映っていた。その後、彼は関係者に制止され、引き戻された。後に彼は「差別的なジェスチャーがあった」と説明し、「受け入れるのは難しい。前回の予選でもそうだった。非常に残念だった」と語っている。

この事件は日本のメディアで大きく報道されたので、国内で広く知られることとなった。どんな差別行為があったのか、吉田は具体的に言及していないが、おそらく一部のサウジサポーターが東洋人を差別するしぐさ、手で目をつり上げるような行為があったのではないかとささやかれている。

サウジで広がった謝罪キャンペーン

しかし、この映像について当初、サウジのツイッターでは「日本が負けたので吉田選手が観客席に近寄って激怒した」と紹介されていた。これはもちろん重大な間違いであり、正さなければと思ったので、私はその日のうちに、nippon.comのアラビア語ツイッターに、吉田の発言も含めた映像を投稿した。もちろん、彼が怒った本当の理由も書いた。

すると、この投稿が非常にホットな話題となり、映像は約370万回も再生された。この映像がサウジで拡散されると、多くのサウジファンが当該サポーターたちの行動を非難するようになった。また、この投稿は英BBC放送のアラビア語ニュースサイトにも転載され、国際的に大きな反響を巻き起こした。

日本対サウジ戦後に起きた吉田麻也激怒事件についての投稿 @nippon_arのTwitterより

サウジのツイッターでは、「#サウジアラビアのファンは日本に謝罪します」という日本語のハッシュタグを付けた、謝罪キャンペーンが行われ、吉田のツイッターやインスタグラムのアカウントには、「本当にごめんなさい」「申し訳ない気持ちでいっぱいです」「吉田さん、あなたは素晴らしいプレイヤーです」「私は日本が好きです。一部のファンの行動は決して容認できず、サウジアラビアを代表して心から謝ります」といったコメントがサウジの人々からたくさん寄せられた。

さらに、サウジ駐在の日本大使に向けて、「サウジ国民の謝罪を日本チームに伝えてほしい」といったツイートもあった。日本大使は自分の公式ツイッターアカウントに「日本、および日本代表に対して謝罪のメッセージが届きました。本当にありがとうございました」と投稿した。

怒りを表すことは「正当防衛」

日本人がオフィシャルな場で激しい怒りを表すのは非常に珍しいことだが、今回のケースに関しては、個人的にはとても良いことだと思う。なぜなら、こういう差別行為に対しては、その場で怒りを表明するのは大事なことだから。

吉田が「受け入れられないものは受け入れられない」「差別的なジャスチャーがあったのでハッキリ言った」と発言したのは、おそらく、きちんと意思表示をすることの重要性を欧州で学んだからではないか。彼は今、サンプドリアというイタリア1部リーグ(セリエA)のチームに所属していることもあってか、イタリア人の多くがそうであるように、言うべきことはきっちり言うようになったのかもしれない。私の印象では、地中海周辺の国には、こういう問題に関してハッキリした物言いをする人が多い。

吉田がこのような行動を取った結果、日本サッカー協会(JFA)の須原清貴専務理事が10月9日に明かしたところによれば、サウジアラビアサッカー連盟会長から吉田、日本代表チーム、JFA、日本サッカー界全体に対して真摯(しんし)な謝罪があり、「サウジ連盟から当該サポーターに対しては既に厳格な処分を下したと説明された」という。

日本には昔から「沈黙は美徳」「言わぬが花」「見て見ぬ振りをする」「沈黙は金」「事なかれ主義」などということわざや慣用句があり、日本人の社会生活に今もかなり深く浸透している。

しかし、こういった日本社会独特の「謙譲の美徳」とされる慣習は、こと人種差別行為の根絶には役に立たない。もし、吉田が差別行為に対して何もアクションを起こさなければ、こうしたサウジ側の謝罪を引き出す結果にはならなかったし、おそらく残念ながらその後もこのような行為が続いていたであろう。

吉田はアニメ「キャプテン翼」の主人公・大空翼のライバル・日向小次郎みたいに心も体も強い選手だと感銘を受けた。嫌なことをされたら、嫌だと言えばいい、怒ればいい。怒ることは、時には自分の権利を守るための立派な正当防衛でもあるのだ。

今回の事件は多くの日本人に、たった一人の行動でも問題解決につながるケースがあること、正当な発言をすれば良い化学反応が起きること、国際社会では必ずしも「謙譲は美徳」とは限らないことなど、いろいろなことを教訓として与えてくれたのではないだろうか。

バナー写真:2022年W杯カタール大会アジア最終予選、サウジ対日本戦終了後、サウジサポーターから挑発を受け、フェンスに詰め寄り、関係者から引き戻される吉田麻也=2021年10月7日、キング・アブドゥラー・スポーツ・シティー (日刊スポーツ/アフロ)

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