大型フェリーによる無人運航実証に世界初の成功:MEGURI2040が見据える海の未来

技術・デジタル

新門司港から伊予灘の海域において、大型カーフェリーの無人運航実証が行われ、実用化に向けて大きく前進した。最新の自動操船システムや、プロジェクトを通して見えた海運や水上交通の未来、その課題についてリポートする。

日本財団と三菱造船、新日本海フェリーは2022年1月17日、北九州市の新門司港から伊予灘までの往復240キロの海域で、大型カーフェリーの無人運航実証に成功した。使用した「それいゆ」号は全長222.5メートル、総トン数1万5515トン。200メートル超の大型船で自動離着岸、最速26ノット(時速約48キロ)の高速での自動操船は、世界初の試みだという。

岸壁に停泊する実証実験開始前のそれいゆ。旅客定員は268人
岸壁に停泊する実証実験開始前のそれいゆ。旅客定員は268人

最大トラック154台と乗用車30台を積載できる巨大な車両甲板
最大トラック154台と乗用車30台を積載できる巨大な車両甲板

8つの赤外線カメラが、船員の目の役割を果たす

新日本海フェリーが所有するそれいゆは、建造段階から日本財団が推進する無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」に参加したスマートフェリーの新造船。自動航海システムの開発を三菱造船が統括し、自動操縦に必要な要件設定や実証実験の運航を新日本海フェリーが担当。2021年7月に横須賀-北九州(新門司)間で就航以来、無人運航に向けたデータを蓄積してきた。

今回の主なテスト内容は、他の船舶や障害物を検出して接近・衝突を回避しながら運行する自動操船と、車の車庫入れに当たる、方向転換や後進を伴う自動離着岸の2つ。無人運航時は、自動操船システム「SUPER BRIDGE-X」が計画航路に沿って船を動かし、AIS(船舶自動識別装置)やレーダーに加え、物標画像解析システムの情報を解析して他船との衝突を回避する。船員による目視の代わりをする物標画像解析システムは、8台の赤外線カメラを使用。夜間でも高い検出能力を備える。

物標画像解析システムで、目の役割を担う赤外線カメラ
物標画像解析システムで、目の役割を担う赤外線カメラ

左がSUPER BRIDGE-Xのモニター、右には赤外線カメラの画像が表示されている
左がSUPER BRIDGE-Xのモニター、右には赤外線カメラの画像が表示されている

約240キロ、5時間半の航路には、通常操業する漁船やタンカーが行き来していたが、十数隻を回避しながら自動操船の高速運航に成功。

一度だけ手動に切り替えたが、三菱造船船舶技術部の森英雄主席技師は「システムは正常に稼働していた。相手船に対して少し不安を与える可能性がある航路を示したので、念のため船長が手動で回避した」と説明。こうした課題は、実証実験をして初めて生まれるもので、「これからもテストを重ね、課題を解決していきたい」と付け加える。

自動航行中の操舵(そうだ)室。舵輪(だりん)には誰も手を触れていない
自動航行中の操舵(そうだ)室。舵輪(だりん)には誰も手を触れていない

操船が難しい離着岸にはAIを活用

自動離着岸は実際の岸壁ではなく、海上に仮想岸壁を設けてテスト。前方に進むだけの通常航海時と違い、後進や横移動、その場回頭など高度な操船が必要となる。船体側部に設置した岸壁測距システム「LiDAR」などの情報を基に、人工知能(AI)がプロペラや舵、横移動のための船首尾スラスターの操作や最適出力の判断をする。着岸時は強い風が吹く厳しい条件だったが、無事に実証を終えた。

同船は他に、燃料油漏れ検知システムや電動機状態監視システムなど、機関部の遠隔監視機能も搭載。今回の運航時にも、動作確認やシミュレーションを行った。無人運航において故障時の対応は大きな課題で、日々の状態の推移や、異常発生につながるわずかな兆候を感知することで整備の精度を高めていく。

岸壁までの距離や方向を測定するLiDAR
岸壁までの距離や方向を測定するLiDAR

AIの指示を可視化する離着岸自動操船システムモニター(左)と、リアルタイムで船の位置を表示する操船状況モニター(右)
AIの指示を可視化する離着岸自動操船システムモニター(左)と、リアルタイムで船の位置を表示する操船状況モニター(右)

オールジャパンの無人運航船プロジェクト

実証実験後の記者発表で、日本財団の海野光行常務理事は「人口減少に伴い、船員の高齢化や労務負担の増加が進んでいる。さらに海難事故の約8割はヒューマンエラー。無人運航船は、社会課題の解決策の一つになる」と、プロジェクトの意義を述べた。

「MEGURI2040」には約50の企業・団体が参加し、5つのコンソーシアムを構築。すでに、神奈川県横須賀市で小型観光船の無人運航にも成功しており、2021年度中に、営業コンテナ船や水陸両用船の無人運航、船舶の集中する東京湾での実証実験を予定している。この段階までの事業費総額は約88億円で、その内74億円を日本財団が助成した。

海野常務は「個社での開発だと時間を要し、国際競争に後れを取るため、オールジャパンでプロジェクトを実施するべき。その成果を基に、IMO(国際海事機関)などに働きかけ、国際的なルール作りを日本が主導したい」という考えだ。25年に無人運航船の実用化、40年には内航船の50%を無人運航船とすることを目標に掲げている。

実験成功後の記念撮影。左から三菱造船常務執行役員 上田直樹氏、日本財団常務理事 海野光行氏、新日本海フェリー代表取締役常務 佐々木正美氏
実験成功後の記念撮影。左から三菱造船常務執行役員 上田直樹氏、日本財団常務理事 海野光行氏、新日本海フェリー代表取締役常務 佐々木正美氏

2040年には経済効果1兆円超に

自動運転といえば、車やドローンに注目が集まっているが、身近な水上交通においても無人運航船は大きな変化をもたらす。約400の有人離島がある日本では、船員不足は生活航路にも影響を与えている。それを解消するだけでなく、訪日外国人を含む観光客増加も寄与が見込まれる。都市圏でも水上交通が発達すれば、渋滞緩和やウオーターフロントのにぎわい創出にもつながるだろう。

横須賀市の新三笠橋-猿島間の無人運航実証に成功した「シーフレンドゼロ」 写真提供:日本財団
1月11日に横須賀市の新三笠橋-猿島間で、無人運航実証に成功した「シーフレンドゼロ」 写真提供:日本財団

航行中の操舵室。スロットルなども自動で動く 写真提供:日本財団
航行中の操舵室。スロットルなども自動で動く 写真提供:日本財団

海運・水上交通の効率化や多様化によって、造船業や港湾関係のサービス業など、無人運航船による経済効果は大きい。日本財団は、2040年には1兆円を突破すると試算している。「既存の船員が職を失うのでは」との指摘もあるが、実際の操船経験を生かした遠隔監視が必要なほか、大きな経済効果によって新たな雇用が生まれていく可能性も高い。森主席技師は、無人運航船の実用化までの道のりについて「まだ始まったばかりだが、実証実験で頂も見えてきた。現在は5合目くらいとしたい」と評価する。

故障時の対応に加え、遠隔監視システムへのサイバー攻撃など課題も多い。技術の進化に加え、法整備や国際基準などルールづくりも重要だ。海野常務は「実証実験は本年度で一区切り。これから、法律的な整備や無人運航船の事故対応について本格的に取り組んでいく。今後も各コンソーシアムの実用化をサポートしていくか、それぞれの得意分野を一つに集約して進めるかなどを検討し、現在5割のものを6割、7割へと進めていきたい」と、MEGURI2040の今後の展望を語った。

7時間に及ぶ実証実験を無事に終え、着岸するそれいゆ 写真提供:日本財団
7時間に及ぶ実証実験を無事に終え、着岸するそれいゆ 写真提供:日本財団

それいゆの豪華なエントランスホール。無人運航船によって、船旅が身近なものになりそうだ
それいゆの豪華なエントランスホール。無人運航船によって、船旅が身近なものになりそうだ

写真:ニッポンドットコム編集部
バナー写真:自動操船システムを監視するMEGURI2040のメンバー

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