デジタル終活の要はスマホの “スペアキー” : 遺すべきものと内緒にしたいものは分割管理を

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故人のスマホやSNSアカウント、○○ペイの残高などは死後にどう対処すればいいのか。近年はそうした「デジタル遺品」への関心が高まっている。親が死んだ後で慌てることのないように、あるいは、自分が死ぬ時に家族が困り果てることのないように、効果的なデジタル終活の方法を身につけたい。

パスワードが分からないスマホはFBIでも開けない

「他界した父のスマホが開けません。どうにかできませんか?」
「夫が急死しました。仕事の重要な情報がスマホに入っているのです、助けてください」
「一周忌を機に娘のスマホを開こうと思います。協力してください」

私は6年前からデジタル遺品に関する相談をウェブサイトなどで受け付けている。最も多く寄せられる相談は当初から一度も変わっていない。

故人のスマホを開きたい―全体の7割に上る相談がこれだ。

この相談はとても難易度が高い。スマホはセキュリティがパソコンよりも数段厳重で、パスワード(あるいはパスコード)が分からないとどうにも先に進めないからだ。2015年末にカルフォルニア州で銃乱射事件を起こしたテロリストは銃殺された現場にiPhoneを残した。それを回収したFBIは製造元のAppleに対して、ロックを解除するためにマスターキーを提供するよう連邦裁判を起こしている。たった1台のスマホですら米国の警察機関が自力で解決できない。それくらい厳重なのだ。

機種によっては、10~15回連続で入力をミスすると中身が初期化される設定になっている可能性もあり、うかつには手が出せない。

2022年1月現在、パスワードなしに故人のスマホの解析に着手できる企業はほんの一握りに過ぎず、「デジタル遺品サービス」をうたう大半の企業はスマホの解析は対象外としているのだ。

iPhoneの設定メニューにある「Face IDとパスコード」。最下段にある「データを消去」を有効にすると、パスコードの入力を10回連続で失敗したときに端末が初期化されるようになる。
iPhoneの設定メニューにある「Face IDとパスコード」。最下段にある「データを消去」を有効にすると、パスコードの入力を10回連続で失敗したときに端末が初期化されるようになる。

私が、冒頭のような相談を受けたときは、どうにかしてパスワードを見つけ出すようアドバイスしている。スマホを購入した際の書類にメモ書きされていることもあるし、クルマの電子ロック解除キーと同じ文字列を使っている場合もある。それでもパスワードが見つからない場合は、状況に応じてクラウドやパソコンなどにバックアップが残っているか調べる方法や、スマホ以外からお金の流れや保険の有無などを調べる方法などを提示する。成功報酬で平均約30万円かかることを伝えたうえで、スマホ解析に応じてくれる“一握りの企業” を紹介することもある。

こうしたデジタル遺品に関する相談メールは年々増えている。遺族はなぜそうまでしてスマホを開きたいのだろう? なぜ、わざわざ私のサイトを検索してまで連絡をくれるのだろう?

それはデジタル資産の重要度が高まっており、なおかつデジタルサービスの遺族対応が追いついていない現状があるからにほかならない。

利用規約やFAQページで死後対応を調べるのが基本…

多くの人が、10年前と比べて、デジタルがぐっと身近になったと感じているのではないだろうか。総務省「家計消費状況調査」によると、電子マネーを保有する世帯(2人以上の世帯)は2010年時点の4割未満から2020年には約7割に伸びた。同じ期間の間にSNSの利用率は5%前後から70%超に増え(総務省「通信利用動向調査」)、モバイル端末におけるスマホ比率も4%弱から88%(2021年には92.2%)に急伸し、用途が限定的になるフィーチャーフォンを大きく逆転している(NTTドコモ モバイル社会研究所「2021年一般向けモバイル動向調査」)。

この傾向は働き盛り世代に限らない。2020年時点のSNSの利用率は60代で60.6%、70代で47.5%、80歳以上で46.5%ある。所持するモバイル端末も60代と70代でスマホが第一選択だ(総務省「通信利用動向調査」)。世代間の垣根もなくはないが、老いも若きもデジタルと無縁の生活はむしろ難しくなっている。

政府も2021年9月にデジタル庁を発足したが、その前からマイナンバーカード機能をスマホに搭載する技術検証を進めている。すべての団塊の世代が後期高齢者となる2025年までにDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するために本腰を入れている感がある。今後は公的な身分証明を要する手続きにおいても、デジタルツールは欠かせないものとなっていくだろう。

それだけ日常生活に欠かせない存在になっているのにもかかわらず、利用者が亡くなった後の対応についてはまだまだ整備が間に合っていない。

「○○ペイ」などと呼ばれるQRコード決済サービスのチャージ残高は相続対象となるが、FAQ(よくある質問)ページにその方法を載せているサービスは2022年1月時点でほとんどない。そればかりか、会員死亡時の対応について利用規約に明記していないこともあれば、会員死亡時に残高もろとも権利が消失すると断りを入れているものもある。

QRコード決済大手のPayPayは、2021年1月15日の改定により利用規約にチャージ残高が相続できる旨を明記した。
QRコード決済大手のPayPayは、2021年1月15日の改定により利用規約にチャージ残高が相続できる旨を明記した。

故人が残したSNSやブログについても同様で、法定相続人が引き継げる手立てを用意していたり本人が死亡した時点で利用する権利が消失したりと、対応はバラバラだ。

そして、スマホに関しても、パスワードが分からず右往左往している遺族に差しのべられる公式の救いの手は前述のとおり存在しない。メーカーも通信キャリアショップも端末の中身に関しては原則としてサポートの対象外となる。

デジタル遺品と一括りにしても、総合的なガイドラインがあるわけではないので、遺品としての対応方法は個々で調べていくしかないのが現状だ。何しろデジタルが日常生活に浸透してまだ30年程度しか経っていない。死後対応のノウハウが業界全体で十分に蓄積されていないため、足並みがそろっていないのは仕方がない面がある。いまは過渡期なのだ。

一般的な遺品整理や相続のプロも、デジタル遺品に精通しているとは限らない。結局、最前線で対応するのは遺族ということになってしまう。だから、年々相談メールが増えているというわけだ。

この状況を解消するには、デジタル業界や相続業界がデジタル遺品に対応するのを待つか、デジタル資産を持つそれぞれの人が生前から死後のことを備えておくしかない。「デジタル終活」を勧める意図はそこにある。

デジタル終活の要は「スマホのスペアキー」

必ずやるべきデジタル終活は「スマホのスペアキー」を作る。これだけだ。

名刺大の厚紙を用意し、まずは残される家族に分かるよう、「青い革ケースのiPhone」などと自分のスマホの特徴と、そのパスワードをペン書きする。次に、パスワード部分に修正テープを3回ほど重ねてマスキングする。照明にかざして透けるようなら、パスワードの裏面にも同じように修正テープを走らせておこう。これで、お手製のスクラッチカードができあがる。

マジックやボールペンでスマホの特徴とパスワードを記入する。修正テープを3回ほど重ねることで透けないようにする。その後に照明にかざして、文字が透けるかチェックする。コインなどでテープ部分を削ったときに紙自体が削れないように、厚紙は光沢紙を使うのが望ましい。
マジックやボールペンでスマホの特徴とパスワードを記入する。修正テープを3回ほど重ねることで透けないようにする。その後に照明にかざして、文字が透けるかチェックする。コインなどでテープ部分を削ったときに紙自体が削れないように、厚紙は光沢紙を使うのが望ましい。

このカードを年金手帳やパスポート、預金通帳などと一緒に保管すれば、万が一の時、家族が発見できる可能性が高まる。

コインなどで修正テープを削りさえすれば、家族は難攻不落の(しかし、乗り越える必要性が高まっている)スマホの城壁に悩まずに済む。逆に、平時は修正テープに守られているので、盗み見されるリスクも抑えられる。材料さえそろえれば、3分もかからずに作れるはずだ。

その上で、余力があるようなら、死後を見据えてデジタル資産を整理することをお勧めしたい。

遺品は大きく5つに分けられる。故人が遺した債務や進行中の業務内容などの「責務」と、預金や不動産などの「財産」、家族写真や形見になるような「思い出」、できれば知られたくない「内緒のもの」、最後に「あまり重要ではないもの」だ。一般的に残された側が求めるのは、このうち「責務」と「財産」、「思い出」だ。

デジタル遺品についても同様で、これら3点にかかるものをスマホのトップ画面に置いたり、エクセルなどで一覧表を作ったりすれば、万が一のときに家族が効率的に発見できるだろう。一方、「隠しておきたいもの」はこれらと重ならないところに保管する。動線が重ならないようにしたうえで、別のアプリで管理したり鍵をかけたりすれば墓場まで持っていける期待値が上がる。

業務にかかわるものや“へそくり”は「内緒のもの」ではなく、「責務」や「財産」に入れて整理する。あくまで優先すべきはピラミッドの上位だ。

そうした整理の過程で不要なサブスクリプションが見つかれば解約すればいいし、散らばりきったバックアップ先を統一化するのもいい。死後のための整理であると同時に、生前のデジタルライフをより快適することができれば、それが最上のデジタル終活ではないかと思う。

バナー写真 : PIXTA

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