日台交通安全比較: 事故の多い台湾と少ない日本、この差は何が原因?

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台湾交通部の統計によると、2019年の日本からの訪台客は216万人以上、台湾からの訪日客は491万人を超え、いずれも過去最多だった。近年、日台間の行き来はますます盛んになってきているが、こと、台湾の交通事情に関しては、必ずしも日本人にとって好ましいものではない。日本では交通事故が減少傾向にあるが、台湾では増加を続けている。台湾は日本から何を学べるのだろう?

日本が憂慮する台湾の交通事情

コロナ禍は未だ収束が見えないが、多くの人が一日も早く日台間を自由に行き来できる日が来ることを心待ちにしている。

ただ、交通事情という観点では、台湾への旅行や現地での暮らしは決して望ましいものではない。日本台湾交流協会(大使館の役割)が発行する『台湾在留邦人安全の手引き』は、

「台湾では、日本に比べ、交通事故に遭う危険を感じる場面が多くあります。最近の台湾警察の統計では、犯罪発生件数よりも交通事故発生件数の方が多くなっており、皆様は日頃から防犯以上に交通事故防止に注意を払う必要があります。」(『台湾在留邦人安全の手引き』より引用)

と呼び掛け、「日本と台湾の交通事情や習慣の違いを明確に意識することが重要」と指摘する。

さらに、歩行時の注意として以下の項目が並び、日本側が在留邦人の事故を憂慮していることが伝わってくる。

  • 台湾人のドライバーは、歩行者よりも車両を優先する傾向があり、日本と比べて運転マナーが良くないことを常に意識する。
  • 時間帯を問わず、青信号であっても横断歩道を渡る時は周囲の車両をしっかり確認する。
  • 歩行者の目の前をギリギリですり抜けていく右折車両には十分に注意する。
  • スクータータイプのバイクを歩道に駐車することが一般的であり、バイクが歩道を走行することもよくあることから、歩道を歩く際でも前後のバイクの走行状況にも注意する。
  • バスやタクシーの乗降車時も、バイクが車両と歩道の間をすり抜けてこないかを確認する。(『台湾在留邦人安全の手引き』より引用)

まずは日本と台湾の警察が発表しているデータを見てみたい。2010年から新型コロナウイルス流行直前の2019年までの10年間で、日本における交通事故の死傷者数は約90万人から約46万人へと減少した。各年末の日本の人口を分母として計算すると、交通事故による死傷者率は10年間で0.70%から0.37%まで減少したことになる。

同じ期間における台湾の交通事故による死傷者の合計は、約29万人から約45万人にまで増加。死傷者率は1.28%から1.94%に上昇した。2019年の交通事故による死者数だけ見ても、日本が3215人であるのに対し、全人口が日本の2割にも満たない台湾では1849人。台湾での交通事故問題がいかに深刻かが分かる。

台湾はバイク保有率が世界で最も高い二輪大国(筆者撮影)
台湾はバイク保有率が世界で最も高い二輪大国(筆者撮影)

車両保有率の違い

日本では交通事故が減っているのに、台湾では増加の一途をたどっているのは、運転マナーと習慣の違いによるところもあるだろう。ただ、マナーや習慣は数値化できないため交通事故との因果関係を立証するのは難しい。

だが、日台における個人の車両保有率には明らかに差がある。道路上の車両の密度が高ければ、自然と交通事故も増えるものだ。日台の車両保有率の差が交通安全問題の根源にあるのではないだろうか。

日本自動車工業会(JAMA)と台湾交通部のデータによると、2019年、日本の車両保有台数は、自動車が1000人あたり492台、自動二輪車は同83台だった。台湾では、自動車が1000人あたり293台、自動二輪車は同587台である。合計すると、日本では1000人あたり575台の車両を有しているのに対し、台湾だと880台ということになる。

データによると、日台ともに自動二輪車の保有が減少し、自動車の保有が増加傾向にある。ただ自動二輪車から自動車への乗り換え進行速度は、日本の方が速い。2010年から2019年の間、日本では1000人あたりの自動二輪車の保有の割合が14%減少。自動車保有の割合は8%増加している。

一方、台湾では1000人あたりの自動二輪車の保有数の減少はわずか7%、しかし、自動車の保有数は17%も増加しているのだ。

そもそも台湾は自動二輪車の保有率が世界トップだ。世界保健機関(WHO)の調べによると、台湾の1000人あたりの自動二輪車保有数はバイク大国として知られるインドネシア、マレーシア、ウルグアイ、タイを押さえ、さらに2位のベトナム(500台)を大きく上回っている。日本側が『安全の手引き』でバイクとの事故に対する注意喚起をするのはもっともなことだ。

台湾のバイク保有率が高い理由

台湾の自動二輪車への高い依存度は、交通インフラの影響だけでなく、経済発展レベルと人口密度にも関わるものだ。日本統治時代の台湾では、日本本土と同様に積極的に鉄道輸送の開発が行われていた。しかし戦後、台湾を接収した中華民国政府が重視したのは、鉄道ではなく道路建設だった。当時、多くの鉄道が廃線となったが、公共バスだけでは輸送需要に応えることができず、市民の足としてバイクが普及。台湾が再び鉄道輸送に力を入れるようになるには、1996年の台北メトロ開業まで待たねばならなかった。

経済発展に伴い、自動車の数は増加していく。では自動二輪車にはどんな変化がもたらされるのだろうか? 関西学院大学の西立野修平准教授は2014年に所得と自動二輪車の保有台数の相関を示す「モーター・クズネッツ曲線」を提唱した。1人当たりGDP(国内総生産)の増加に伴い自動二輪車の保有台数は増加するが、1人当たりGDPが7000米ドルを超えると自動二輪車の保有台数は減少に転じるという現象を指す。人口密度の高い国では、経済成長時における自動二輪車の保有台数の増加がより顕著であるという。

台湾の1人当たりGDPは世界トップレベルではあるが、国際通貨基金(IMF)によると、21年の1人当たり名目GDPは日本の82%になる見通しだ。台湾は経済的に発展していると言えるにもかかわらず、自動二輪車の保有台数が多いということになる。その理由はモーター・クズネッツ曲線に照らし合わせてみると、人口密度の高さによるものだと考えられる。台湾の人口密度は、人口800万人以上の国の中ではバングラデシュに続く世界第2位なのだ。

とはいえ、日本の人口密度も決して低いわけではない。日本の人口密度は台湾の約50%ほどではあるが、世界でもトップクラスだ。では、日本はどうやって自動車、及び自動二輪車の急激な増加を食い止めているのだろうか? また、なぜ交通事故が減少しているのだろう? 筆者は日本の都市計画と交通法規にその理由があると考えている。

日本統治時代の台湾は鉄道運輸を積極的に発展させたが、第二次世界大戦後に多くの鉄道が廃止された。台北の地下鉄が開通してから、もう一度鉄道運輸の拡張の時代を迎えたのである。(筆者撮影)
日本統治時代の台湾は鉄道運輸を積極的に発展させたが、第二次世界大戦後に多くの鉄道が廃止された。台北の地下鉄が開通してから、もう一度鉄道運輸の拡張の時代を迎えたのである。(筆者撮影)

鉄道網を基礎とした都市開発

日本の都市開発には、鉄道と密接に結びついた土地の開発システムが存在する。加えて2つの交通法規によって自動車、及び自動二輪車の増加が抑制され、安全性の高い交通社会が維持されているのだ。

カナダ・トロント大学のアンドレ・ソレンセン教授は2002年刊行の著書『The Making of Urban Japan(日本の都市の形成)』で、日本では大正年間から、鉄道沿線の郊外住宅開発ラッシュが始まったと指摘している。当時の日本政府は鉄道建設を厳しく制限していた。既存の私鉄、たとえば東急や阪急なども新線開業が難しくなり、そこで既存路線の沿線を住宅地として開発することで、旅客収入の増加が図られたのだ。

住宅地は駅から徒歩圏内に設定し、同時に駅周辺は商店街のように店を密集させる。このような沿線開発は、その後数十年にわたり日本の都市開発の主流となり、自治体によるニュータウンや公営住宅建設のモデルにもなった。放射状に広がる鉄道網を基礎とした都市開発により、雇用の機会は都市の中心部に集中。その結果、都会では鉄道通勤が当たり前になり、日本人は長きにわたりクルマに頼らないライフスタイルを維持しているのだ。

放射状の鉄道網に基づく都市の拡大により、都市部に住む日本人は自動車なしのライフスタイルを維持できる。(筆者撮影)
放射状の鉄道網に基づく都市の拡大により、都市部に住む日本人は自動車なしのライフスタイルを維持できる。(筆者撮影)

ソレンセン教授はこう指摘している。日本でも1970年代末期からモータリゼーション(車社会化)が進んだが、自動車の運転頻度と燃料の消費量が他の先進国より遥かに低い。それは都市近郊では鉄道網が高度に発達しているためだ。

その点、台湾では鉄道を軸とした都市開発は行われていない。主要都市のメトロ網の拡張は評価できるが、たとえば台北市近郊の林口や淡海などのニュータウンに鉄道が開業するのは20年以上も先の見通しだ。

自動車取得の抑制と飲酒運転の防止

車庫法によって、自動車の保有には車庫の確保が義務付けられている(筆者撮影)
車庫法によって、自動車の保有には車庫の確保が義務付けられている(筆者撮影)

日本の交通法規の中で自動車の増加の抑止力となる重要な法令は、自動車を取得する際に、車庫の確保を義務付けた1962年制定の通称「車庫法」だ。車庫の保有を自動車の利用の前提とすると保有のコストが上がり、自然と保有に慎重になり、自動車の台数増加の抑止力になると考えられるので、筆者は車庫法に賛成だ。

そして交通安全の要とも言える法令が1960年制定の「道路交通法」。厳しい交通ルールを定め、交通安全教育についても定めている。交通違反の罰金は年々引き上げられている。特に、2007年の道交法改正では、飲酒運転の罰則対象が運転者だけでなく、「車両の提供者」「酒類の提供者」「同乗者」にまで広げられ、飲酒運転への大きな抑止力になった。

台湾では、主要都市では市民の車両利用を減らすための施策として、路上駐車が有料化されたが、日本の車庫法に相当する法律はない。飲酒運転については、最近、罰金が引き上げられ、連帯責任制も取られるようになったが、罰則対象は運転者と同乗者のみで、その抑止力は日本と比較すると弱い。

台湾ではいまだ交通事故の増加に歯止めがかからない。だが、日本にならって都市開発と交通法規を整備し、市民の車両の使用を抑制して交通面での安全を改善できるなら、観光地としての質が高められるだけなく、地域住民のためにもなるはずである。

バナー写真:台湾のバイク保有率は世界で最も高い。通勤時間もよく見られる「バイクの滝」は、交通事故の発生にも関わっている。(時事)

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